28話 魔法の使い方なんて知りません
アリッサにもらった地図を頼りに、冒険者ギルドと契約している薬屋に赴いた二人。
薬剤師にメディンの花を渡し、事情を話すと、すぐに調薬してもらうことができた。
薬の服用方法を聞いた後、シリルの待つ鈴の音に急ぐ。
「シリル! 薬持ってきた!」
勢いよくドアを開けてそう叫ぶと、受付カウンターで座っていたシリルがビクッと体を跳ねさせる。
「いらっしゃ……じゃない! お帰りなさいヤヒトさん! ウィルさん! えっと、く、薬!? メディンの花ではなくて!? それより、依頼を達成してくれたんですか!? ロックバードは!? ヤヒトさん服ボロボロじゃないですか! 怪我は!? えっと、えっと――!」
驚かせてしまったせいか、少々混乱してしまっているらしい。
おろおろと目の前を行ったり来たりするシリルをウィルフレッドが落ち着かせると、何とか依頼を達成した事、採ってきたメディンの花を薬屋で調合してもらい持ってきた事を簡潔に説明する。
「本当ですか!? 本当に、本当にメディンの花を! ありがとうございます! ありがとうございます!」
シリルは何度も何度も頭を下げる。
無事二人が帰って来てくれたことに対する安心、メディンの花を持ち帰ってきてくれたことに対する感謝、怪我を負わせてしまった罪悪感、母が助かるかもしれないという希望――。
色々な感情がごちゃ混ぜになって溢れ出した涙がシリルの頬を濡らす。
「いいっていいって! それより早く薬をお母さんに飲ませてあげよう!」
ヤヒトがそう言うと、シリルは何度も頷きながら、二人を客室とは別の奥にある部屋へ案内する。
ドアを開けると、ベッドにはシリルと同じ栗色の髪の毛の女性が横になっていた。
ろくに食事を摂れていないのか、頬がこけ、顔色もあまり良くない。
「お母さん!」
「ん、どうしたのシリル? ゴホッゴホッ……。おつかい?」
「違うのお母さん! ヤヒトさん達がメディンの花の薬を持ってきてくれたよ! これを飲めばきっと良くなるよ!」
「薬を? でも、花は魔獣の――ゴホッゴホッゲホッ!」
「ああっ、シリルのお母さん落ち着いて下さい!」
咳が落ち着くのを待って、ヤヒトとウィルフレッドはシリルの母の体を起こして支えるのを手伝い、シリルは調薬された粉薬を飲みやすいよう水に溶かして、母の口に流し込む。
休み休みではあるが最後まで飲み切ったのを確認して、またゆっくりと寝かせる。
「――ウィルフレッドさんに、ヤヒトさん……でしたか? どうもありがとうございます。魔獣のせいで、薬の材料の入手が困難だと聞いたのですが、どうやら無理させてしまったようですね。申し訳ありません」
「いやいや、俺は何も。ほとんどウィルのおかげでどうにかなったっていうか――それよりも、お礼はいいですから今は安静に。薬も飲んだし、絶対治るので!」
喋るのも辛いだろうに、掠れた声でヤヒト達に感謝を伝えるシリルの母。
これが原因で力尽きてしまうなんてことになったら元も子もないので、ヤヒトは身振り手振りを使いながら安静を促す。
「――ありがとうございます。シー、ヤヒトさんに手当してあげて。それから二人に食事も。私はまた少し休むわね。お仕事を任せきりにしてごめんね」
「ううん! 大丈夫! じゃあ、ゆっくり休んでねお母さん」
シリルは母をそっと抱きしめると、ヤヒト達を連れて静かに部屋を出る。
食堂まで戻ると、ウィルフレッドはトイレに、シリルは母に言われた通りヤヒトの怪我の手当てをするために、棚から薬箱を持ち出す。
「わぁ……。落ち着いて見ると、かなりボロボロですね……」
椅子に座ったヤヒトの服はあちこちが破けていて、前にも後ろにも乾いた血の跡がべったりと付いている。
ヤヒトの痛々しい様子にシリルの顔が歪む。
「えっあっちょっと! そんな顔しなくていいって! もう痛くないし! 血も止まってるから! そもそもこの傷は自業自得であって、ウィルの言う通り逃げればよかったものを自分から囮になったのが悪いし――」
細かな傷ならば既に治っているが、外れていた肩や一部の内出血はまだ痛みが残る。
しかし、このままではまたシリルが泣いてしまうのではないかと焦ったヤヒトは、体を大きく動かして自分の健康をアピールする。
「――ほんとだ。出血のわりに大きな怪我はないですね。よかったぁ。でも、囮なんてよく自分から……。怖くなかったんですか?」
「あー、そりゃあ怖かったけど、諦めて帰るのも嫌だったし、俺が注意を引けばウィルが何とかしてくれると思ったからな」
「でも咥えられて空に行った時はさすがに驚いたぞ。」
ヤヒトとシリルの会話が聞こえていたのか、トイレから出てきたウィルが呆れたように物申す。
するとシリルは「えぇっ!?」と大声を上げながら目を見開く。
「空にって! えぇ!? そんなのどうやって助かったんですか? 今生きているってことは落とされたりはしなかったんでしょうけど」
「それはまず俺がロックバードの前に飛び出す前にウィルの矢を借りて――――」
シリルに手当てをしてもらっている間、今回の出来事をヤヒトからの視点、ウィルフレッドからの視点をそれぞれ話す。
「そういえば、ウィルが矢を射るときに何かブツブツ言ってたけど、あれってなんだ?」
「ああ、あれはまあ、魔法の一種だよ」
「すごい! ウィルさんは魔法も使えるんですか!? 魔法使いですか!?」
魔法と聞いたシリルは、目をキラキラとさせながら対面に座っているウィルフレッドの方に身を乗り出す。
どうやらシリルは魔法使いに憧れがあるようだ。
「いやいや、魔法使いではないよ。なんかごめんな」
期待の眼差しを向けるシリルには申し訳なさそうに、ウィルフレッドは否定する。
「い、いえ! こちらこそ勝手に興奮してしまってすみません」
困らせてしまったと思い、慌ててシリルは謝罪をするが、当のウィルフレッドはヒラヒラ手を振って、少しも気にした様子はない。
「でも、魔法が使えるならそれって魔法使いってことじゃないのか?」
「それが違うんだなあ。わかりやすく言うとさ、武器とかを使わないで戦うタイプの『武闘家』っているじゃん?」
この世界にあるかはわからないが、ヤヒトが想像するのは空手やボクシング、総合格闘技とかだ。
一瞬、オニガ村のセツナが頭を過るが、あれは確かに殴る蹴るで戦っていたが、武闘家ではないと思う。
「ああ、まあ。いるな。でもそれって魔法とは真逆な感じがするんだけど?」
「まあ聞けって。じゃあ、ヤヒトは相手を殴って攻撃できるか? 蹴りとか頭突きでもいいけど」
「そりゃあできるだろ。さすがに馬鹿にしすぎじゃないか?」
ヤヒトがムッとした表情をすると、ウィルフレッドは「悪い悪い」と軽く謝罪をする。
そしてピッと人差し指をヤヒトに向け、
「じゃあ、ヤヒトは『武闘家』か?」
「いやいや、それは違うだろ。武闘家ならもっと技とかあるだろうし、ただ殴るにしてもやり方とか威力が全然――――」
そこまで言ったところで、ヤヒトはハッとした顔をする。
シリルもウィルフレッドが言いたいことに気付いたようで「そういうことかぁ!」と手をパンと打ち鳴らしている。
「俺がやったのは、ちゃんとしたとこで習えば誰でもできるような魔力強化で矢の威力を上げただけ。羽や骨を貫いて確実に仕留められるようにな。もしも俺が魔法使いだったら弓矢使うよりも火の玉とか風の刃を飛ばしたほうが強そうじゃん?」
「なるほどな。まあ、俺は魔法のことが全然わからないから正直ピンとこないけど納得はした。てか、習えば誰でもできるってことは、もしかして俺でもできたりする?」
まだ武器すら持っていないヤヒトだが、この技術は今後絶対に役に立つ。
それに、もしもこの技術があったなら、あの赤黒のツノグマの硬い毛皮だって切り裂くことができたかもしれない。
覚えておいて損はないだろうと聞いてみたのだが、そんなヤヒトにウィルフレッドはおかしな質問をするものだとばかりに首を傾げる。
「何言ってんだ? ヤヒトはもうできるだろ?」
「は?」
「いや、だから、ヤヒトはもう武器の魔力強化できるだろって」
一瞬、ヤヒトの質問が上手く伝わっていないだけかと思ったが、どうやら違いそうだ。
ウィルフレッドが冗談を言っているようにも見えないし、教えるのが面倒だからと誤魔化しているようにも見えない。
純粋に、ヤヒトが魔力強化をできると本気で思っているのだ。
「さっきも言ったけど、俺は魔法に関する知識はないの。だから魔力強化? もできないし、そもそも魔力自体どうやって使うかもわかんねえって」
ウィルフレッドがなぜそう思っているのかはわからないが、一応ここでヤヒトが魔法を使えないことをハッキリと言っておく。
冒険者として、またウィルフレッドと依頼を受ける機会があるかもしれないが、その時にヤヒトの実力に変な期待を持たれては困るからだ。
「冒険者になったばっかりで武器も防具もないのに、そんなのできるわけないだろ。こちらは戦闘ほぼ未経験だ」
しかし、ウィルフレッドも食い下がる。
「そんなはずないって! 仮に戦闘未経験でも魔力強化は習えばできるってさっき言っただろ!
「だから! できないって言ってんじゃん! じゃあなんだ? 俺が魔力強化使ってるとこでも見たのか?」
「いや、直接使ってるとこは見てない。けど! ロックバードに俺の矢を突き刺してただろ! 弓使わないで素手で! あれがただの腕力だって言うならどんな馬鹿力してんだよ!」
「…………ん?」
「…………え?」




