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26話 捨て身の作戦

 薬草採集をした森を抜けた先――ゴツゴツとした岩が転がる地帯をヤヒトとウィルフレッドは歩いていた。


 「メディンの花があるのってこの辺?」


 「いや、ここは丁度森との境目だから、メディンの花が採れる岩場はもう少し先だな。どうした? 疲れたのかヤヒト? 肩に担いでやろうか?」


 どうやらウィルフレッドは冗談ではなく素で言っているらしいが、同年代の友達に担いでもらうのはさすがに気が進まない。

 それに、もしもいきなりロックバードが襲ってきたら戦闘の頼みの綱であるウィルフレッドの足枷になってしまいかねない。


 「大丈夫大丈夫。疲れてはきたけどな。まだ全然歩けるぜ」


 「そっか。それならいいけど。どこからがロックバードの縄張りかわからないから気を引き締めて行こう」


 途中、小休憩を挟みながら順調に歩を進める二人。

 地面に広がる緑が点々としはじめ、遂に視界から消えたという頃、先頭を歩いていたウィルフレッドが足を止める。


 「ん? どうかしたのかウィ――」


 「シッ! 音を立てないでゆっくり岩陰に隠れろ」


 ウィルフレッドは、ヤヒトの顔の前に人差し指を立て、小声でそう指示を出す。

 声を出さずに頷いたヤヒトは、ウィルフレッドに言われた通り、できるだけ物音を立てないようにすぐ横にある大きな岩壁に身を隠す。

 いったい何があったのか、こっそりと半身で覗いてみれば、


 「――――!」


 ヤヒトに続いて、岩壁の陰に隠れたウィルフレッドの顔も曇っている。

 悩みの種は間違いなく、進行方向に現れた大きな存在であろう。


 「ウィル、あれって……」


 「ああ――ロックバードだ。けど、これは参った」


 二人が進んでいた方向には二羽のロックバードの姿があった。

 一羽は大きな岩の上に、もう一羽はその下の地面で何か小動物を捕食している。


 「多分あれは番いだな。上で見張ってるのがオスで、下にいるのがメス。きっと近くに巣があるんだと思う」


 「巣ってことは、まさか――」


 「ああ。いつの間にか縄張りに踏み込んでたみたいだ」


 ウィルフレッドの言葉にヤヒトは息を呑む。

 ロックバードは縄張りに侵入した生物を問答無用で攻撃するという特徴があるとギルドでアリッサが教えてくれた。

 しかも、一度見つかれば縄張りの外に出たとしてもしつこく追って来るらしい。

 そのしつこさが多くの冒険者がロックバードを敬遠する理由の一つだとか。


 せめて迂回してメディンの花だけ採取しようにも、見張りをしているオスのせいで下手に動くことができない。


 「ウィル、どうする?」


 「そうだな。一羽だけなら何とかなるんだけど、これはお手上げかな。他の冒険者が来るのを待つか、一か八かで逃げるか。いずれにしてもメディンの花は諦めるしかないかもな」


 「そんな――」


 ウィルフレッドが言っていることはきっと正しい。

 このまま無策で姿をさらせば危険に晒される。

 しかし、このままメディンの花を諦めたらシリルのお母さんを助けられないし、シリルにも合わせる顔がない。


 来る前はウィルフレッドを危険に晒したくないと思っていたくせに、いざ目標を諦めると言われたらそれは嫌だとか、ヤヒトも自身の我儘さには嫌気がさす。

 亡きデュアン達のように人々を救いたいなんて、それがどれだけ傲慢な考えだったのかと自分自身に腹が立つ。


 どんなに気を奮い立たせても、どうしようもなくヤヒトは弱い。

 まともな戦闘経験もなければ知識も知恵も足りない。

 それでも――。


 「――ウィル、一羽だけなら何とかなるって言ってたけど、もしも二羽の注意を引くことができたらどうだ?」


 「ん? あー、そうだな。それならほぼ確実にやれると思うけど、そもそも注意を引く手段がなぁ。爆火魔石なんかも持ってないし、小動物を囮にしたところで時間稼ぎにもならないだろ」


 「ほぼ確実なんだな。信じてるぞウィル!」


 「ヤヒト? 何言ってんだ? ――っおい!」


 ウィルフレッドが背負っている矢筒から矢を一本抜き取ると、ヤヒトは岩壁から一気に飛び出す。


 「おら鳥共ぉ! かかってこいやああああぁぁぁぁ!!」


 「ギャアアアァァアン!!」


 ヤヒトに気付いた途端、上にいたオスのロックバードが大岩を蹴り、勢いよく滑空を始める。

 ヤヒトを縄張りに侵入した敵と判断したのだ。


 「こっちだ鳥野郎!」


 ウィルフレッドが気付かれないように騒ぎながら、ヤヒトは隠れていた岩壁から離れるように走る。

 全速力で走ってはいるが、ロックバードとの距離はみるみるうちに縮まっていく。


 「ちくしょう! なんで一羽しか来ねえんだ!」


 「ギャアァァン!」


 これでは片方のロックバードを射つことができても、その瞬間、もう一方に気付かれたウィルフレッドが襲われることになる。

 何としてでも二羽のロックバードをヤヒトのほうに引き付けて、ウィルフレッドから距離を離さなければならない。


 「ギャアアン!」


 「――っんが!」


 頑張りも虚しく、ロックバードに追いつかれたヤヒトは左腕を大きなくちばしに挟まれ、そのまま上空に連れていかれる。

 

 「うおぁあああああ!!」


 急激に引っ張られたせいで肩が外れる嫌な音がするし、細かなノコギリ状の牙が食い込み出血もする。

 だがそれよりも、生身では体験したことのない高さで不安定なまま吊るされる恐怖の方が勝り、痛がっている余裕がない。

 ロックバードが少しでもくちばしの力を緩めたりしたら、そのまま硬い岩が転がる地面に真っ逆さまである。

 しかし、どの道このまま咥えられたままいてもロックバードがヤヒトを生かしておくわけもない。


 「それなら、これで!!」


 「ギャアアァァァン!?」


 持っていたウィルフレッドの矢を登山で使うピッケルのようにロックバードへ突き刺し、簡単に振り落とされないようにしがみ付く。

 これで少しは粘れると思った矢先――


 「ギャアア! ギャアアアァァ!!」


 「うおぉあああ!」


 ヤヒトに攻撃の意図があったわけではないが、突き刺した矢が予想よりも痛かったようで、ロックバードは咥えていたヤヒトの左腕を解放し、振り落とすために暴れ出す。

 慌てて両足でロックバードの首に組み付くが長くは持たないだろう。

 さらに想定外の不幸は続く。


 「ギィアァァン!!」


 「――――!!」


 ヤヒトを排除しに行ったはずのオスの様子がおかしいことに気付いたのか、下にいたメスが寄ってきたのだ。

 メスは、オスの首にまとわりついたヤヒトを見るや否や、羽を使ってヤヒトを叩き落としにかかる。


 「ギィアアァァァン!」


 「ぐっ! うぅ!」


 いくら鳥の羽とはいえ、この大きさでは一発一発の重さが尋常ではない。

 ヤヒトはしがみ付くことにやっとで、当然、防御や回避といったことができないせいで顔や腕など、露出した肌からは血が流れ始める。

 それ以外の箇所も内出血をしているに違いない。


 もういっそ手を離してしまったほうが今よりも楽になれる。

 メディンの花だってまた今度採りに来たっていいだろう。

 ――そんな思考が頭に浮かぶ度、それはダメだと歯を食いしばる。


 何時間もそうしているように感じるが、実際は空中に来てから三分も経っていないだろう。

 苦痛と葛藤がヤヒトを追い込み、しがみ付く体力と気力を削り取る。


 「もう、だめか……」


 ヤヒトの心中で諦めるほうに天秤が傾きだした時、状況が大きく変わる。


 「ギィァ――――」


 「――――」


 突如、メスのロックバードの鳴き声が聞こえなくなったかと思うと、そのまま地上に降りて行くではないか。

 いや、滑空姿勢をとらないどころか、あれだけ動かしていた翼も無造作に投げ出してぐったりとしている様子から、あれは降下しているのではなく落下しているのだということがわかる。

 そして、大きな頭と胴体には一本づつ見慣れた矢が突き刺さっていた。


 「ウィル!!」


 地上には、二本の矢を番えた弓を引き絞るウィルフレッドの姿があった。


 「――――」


 ここからではよく聞こえないが、ウィルフレッドが何か口を動かすと、番えた矢が光を纏う。


 「ヤヒト! しっかり摑まってろよ!!」


 狙いを定め、ヒンッという空気を切り裂く音を合図に射出された光りの矢は、勢いを失うことなく真っすぐロックバードに目掛けて空を切り裂く。


 「ギャ――――」


 途中、矢はそれぞれ軌道を変え、暴れるロックバードの頭と胴に深々と突き刺さる。

 そして、羽ばたくことをしなくなったロックバードは、重力に逆らうことなく落下運動を始める。


 「えっちょっと待て!? 俺も落ちあああああああああぁぁぁ!!」

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