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25話 シリルの依頼

 「いや、ここかよ!」


 この道を通っている時からまさかとは思っていたが、案の定ウィルフレッドがおすすめの店――と言うか宿屋は、ついさっきヤヒトが宿に選んだ鈴の音だった。


 「ここかよって、ヤヒト鈴の音知ってんの?」


 「知ってるっていうか、ウィルとの待ち合わせの前にここに来たんだよ。しばらくの拠点にしようと思って、とりあえず一日だけ泊まることにしたんだ」


 運命というには大袈裟だが、よく偶然が重なったものだ。」


 「まじかよ!? じゃあ、もしかしてもうここの料理食べちゃった? おすすめとか奢るとか自信満々に言ってたのに、誤算だった!」


 しまったというように頭を抱えるウィルフレッドは、そんなにショックを受けるようなことでもないだろうに、「ちくしょう!」だの「俺のバカ野郎!」だのと大声で自分を叱咤する。

 丁度帰宅する人の多い時間帯というのもあってか、道の真ん中で喚くウィルフレッドには多くの冷ややかな視線が向けられる。


 「いや! まだ食べてない! ウィルが奢ってくれるっていうから下手に食べ過ぎでもしたらあれかと思って食べてないから! だから早く入ろう! 近所迷惑だから! ウィル! 頼む!」


 これが共感性羞恥というものなのだろうか。

 ウィルフレッドの近くにいるヤヒトの方まで恥ずかしくなり、ウィルフレッドの背中を押しながら、辺りの視線から逃れるように鈴の音の扉を開ける。


 「あ、お帰りなさいウィル様! あまり外で騒いだらご迷惑ですよ! それと、夕食のご用意はできてます!  今日はお友達のご一緒だと――あれ? ヤヒト様も帰りなさい! 今日はお知り合いの方とお食事って……。あっ! なるほど!」


 シリルは察しの良い子のようで、ヤヒトの食事相手とウィルフレッドの食事相手がそれぞれお互いのことだったということに気付いたらしい。


 「うん。そうらしい。なんか、さっき食事を断ったばかりなのにごめん。ウィルがおすすめの店がここだったって知らなくてさ」


 「いや、悪いのは全部俺だから。もったいぶってないでおすすめは鈴の音だって言ってればこうはならなかったんだ」


 「いえいえ! 気にしないでください! さあ、冷めないうちにどうぞ!」


 シリルに促され食堂に行けば、色々な料理がテーブルに準備されている。

 スープやサラダに加え、一番目を引くのはメインであろう大きな肉。

 豪華な食事に目を輝かせるヤヒト。

 「すげえ! まじで美味そう! こんな肉、漫画でしか見たことねえ!」


 「もごぉ! ふえふえ! おえのおおりがから、いっぱいふえ!」


 ウィルフレッドはというと、いつの間にか席に着いており、早速口いっぱいに料理を頬張っていた。

 さっきまでの落ち込み様はどこにいったのか、夢中で料理を口運んでは幸せそうな笑顔を浮かべる。


 「い、いただきます!」


 そんなウィルフレッドの食いっぷりを見ていては、ヤヒトも居ても立っても居られなくなり、マンガ肉にかじりつく。


 「うんめぇええ! 何だこれ!? 何の肉だこれ!? っていうかタレもうめえ!!」


 「そうだろそうだろ! ここの料理は何だって美味いんだ! しかもこの味がものすごいお手軽価格で味わえるんだから最高だよな!」


 ウィルフレッドが何か言っているが、ヤヒトの耳には届かない。

 空腹だったとかは関係なしに、どの料理も美味しすぎて息をする暇さえないくらいである。


 「そんなに美味しそうに食べてくれると作った甲斐がありますね! ちなみにそのお肉は今日ウィル様が届けてくださったオオイノシシのお肉です! とっても柔らかいし、脂がのっていて美味しいですよね!」


 「あっ! これあのオオイノシシか! ってことはウィルが肉を届けに行くってのは鈴の音だったのか」


 「そうそう! 完全にすれ違ってたな! あ、それより、そんなとこに立ってないでシリルちゃんも食べなよ。腹減ってない? 俺達二人じゃあこんなに食べきれないしさ」


 「確かに! 食べな食べな! ウィルの奢りだし――って、シリルには関係ないか」


 「あ、いいですか? 実は、私もまだ夕食を食べてなかったので! お言葉に甘えさせていただきます!」


 シリルは奥のキッチンから皿を持ってくると、少し恥ずかしそうにチョコンと席に着いて、大皿から料理をよそう。



 「そういえば、シリルのお母さんとかお父さんは? まさか宿屋をワンオペしてるってわけじゃないだろ?」


 「ワンオペ? えっと、お父さんは別の国で料理の修行をしてて、お母さんは少し前から体調を崩してまして……」


 ずっと笑顔だったシリルの表情がスンッと暗くなる。

 あまり出してはいけない話題だっただろうか。


 「あ、そっか。えーと、なんかごめん。きっと良くなるって!」


 「はい、ありがとうございます……。でも、薬が手に入らないことにはどうにも……」


 「あぁ……。薬って結構高いの? あの、少しなら俺も出せるぞ?」


 「い、いえ! そんな! その、薬が高いわけではなくて、薬の在庫が無いんだそうです。何でも、お母さんに効く薬を作るための材料が採れる所に厄介な魔獣が出たらしくて。ギルドでも一応その魔獣を駆除対象にしているらしいんですけど、誰も……」


 俯くシリルの声はどんどん萎んでいく。

 自分から振った話題とは言え、この空気に耐え切れなくなったヤヒトは、


 「まじか! じゃあ、俺達がその材料を取ってくるって! そういうのって冒険者の仕事だろ? なあ、ウィル!」


 「ん? ああ! もちろんだ! シリルちゃん、俺らに任せてくれ!」


 「本当ですか!? で、でも、私じゃあ、依頼の報酬に出せる金額が相場よりもずっと低くて……」


 「いいっていいって! こんなに美味しい料理を作ってくれたし、これからもお世話になるかもだし! なあ、ウィル!」


 「ん? ああ! 報酬のことはきにしないでくれ!」


 「ヤヒトさん、ウィル様……! ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 服の裾を握りしめて、大粒の涙を溢すシリルは、何度も何度も感謝の言葉を述べる。

 ――今までどれほど辛かっただろう。

 ――ヤヒト達の言葉がどれほど嬉しかっただろう。

 まだ無事に薬の材料を取って来れたわけでも、まして、ギルドを通して依頼を受けてわけでもないのにこんなにも喜ぶなんて。


 だからこそ、考えなしに安請け合いしたことをヤヒトは()()()()

 もちろん、シリルのお母さんを助けてあげたいのだが、他の冒険者達が受けたくなくなるような厄介な魔獣が出るというのは聞き流せない。

 なぜなら、ヤヒトはとてもとても弱いからである。


 「俺達が」などと言っておいて、ほとんどウィルフレッド頼みになるだろうし、それだけで済むならまだしも、もしもウィルフレッドを危険に晒してしまったらと考えると申し訳ないどころではない。

 実際、ヤヒトには赤黒のツノグマという前例があるせいで杞憂だと簡単に割り切ることもできないのだ。


 泣いて喜ぶシリルと相変わらずのウィルフレッド、そして不安と緊張でいっぱいいっぱいのヤヒト。

 明日に備え、三者三様の夕食会は早めのお開きとなった。



 ▲▽▲▽▲▽



 ヤヒトとウィルフレッドは、シリルの依頼を受注するために朝一番で冒険者ギルドに向かった。


 「『メディンの花の採取依頼』ですね。ランク二のウィルフレッドさんが一緒なら受注可能ではありますが、メディンの花の生息地である岩場にロックバードの目撃情報がありまして」


 「シリルが言ってたやつか。そのロックバードってのはどんな魔獣なんですか?」


 「名前の通り岩場に生息している縄張り意識がとても強い大型の鳥です。巣に近寄ったものに容赦ない攻撃を仕掛けてきます。また、とても執念深く、縄張りから出た後もしつこく追い回して攻撃を繰り返してくるというのが厄介な点です」


 そのロックバードが目標であるメディンの花の近くに巣くったのだろう。

 メディンの花を採りに向かえば十中八九ロックバードの標的となる。


 ヤヒトにできることといえば、その辺に落ちている石を投げたり大声を出したりして囮になるくらいのもので、正直、戦闘になった場合ほとんど役に立たない。

 まして、相手が鳥である以上、高度によっては投石も届かない可能性だってある。


 最初からわかっていたことだが、戦闘はウィルフレッドに頼り切るしかない。

 しかし、そのウィルフレッドが「ロックバードはどうしようもない」などと言った時には、この依頼は諦めるしかなくなってしまうのだ。


 「補足ですが、ロックバードの討伐はある程度経験を積んだランク二以上の冒険者が推奨の難易度です」


 隣で話を聞いているウィルフレッドにチラリと視線を向ける。

 ウィルフレッドは一応ランク二の冒険者ではあるが、正直ヤヒトにはウィルフレッドがどれほど実力を持っているのかわからない。

 正確には、判断するためのものさしを持ち合わせていない。


 「ウィル……。どうしようか」


 恐る恐るヤヒトが問いかければ、


 「ん? やろうぜ。シリルちゃんのお母さん助けなきゃだろ?」


 あっけらかんと答えたウィルフレッドが何の迷いもなく依頼を受注してしまった。

 実はかなりの力を持っているのか、もしくはただの馬鹿か。

 何れ、蛮勇を振るっているようには見えないウィルフレッドに、ヤヒトは「え? あ、ええ……?」と戸惑うことしかできなかった。

 受付のアリッサも少し困ったような表情で微笑んでいる。


 「おーいヤヒト! 早く行こうぜー!」


 いつの間にか、ヤヒトの隣にいたウィルフレッドは冒険者ギルドの出入口に移動していた。

 この依頼の危険度が本当にわかっているのかと聞きたいくらいに楽しそうに手を振るウィルフレッドを見ていれば、ヤヒトの心情は心配よりも呆れの方がずっと大きくなっていた。


  「ったく、こっちの気も知らないで……。きっとウィルみたいな奴が物語の主人公とか勇者とかになるんだろうな」

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