24話 新たな拠点
ウィルフレッドはオオイノシシの肉が傷む前に依頼者に直接届けないといけないのことで、夕食を共にすることを約束して一旦別れ、ヤヒトは冒険者ギルドの裏手にある素材取引所に来ていた。
「あの、薬草の納品をしたいんですけど――」
「はい! 薬草採集の依頼ですね! では、採集した薬草をこちらに出してもらえますか? あと冒険者カードの提示を」
取引所のスタッフの案内にしたがって、リュックの中に詰め込んだ薬草をドサッとカウンターに乗せる。
いざ取り出してみると薬草は結構な量で、ヤヒトは達成感から思わず薄い笑みが浮かぶ。
「えっと、ヤヒトさんですね。初めてなのにこんなに集めるなんてすごいですね! そういえば、この薬草が生えている森の近くでオオイノシシが出たらしいですけど、大丈夫でした?」
「あー、いや、遭遇はしたんですけど、運良くウィル、フレッドさんが倒してくれて無事でした」
「そうでしたか。危ない所でしたね。確かに、ウィルフレッドさんがオオイノシシの駆除依頼を受注していました」
会話をしながら、取引所のお姉さんは手際よく薬草の品質や重さを確かめ選別していく。
山になっていた薬草は綺麗に整頓して箱に詰められて査定が完了する。
「今回の薬草採集の報酬は、銀貨二十枚になります! 最近は薬草の需要が高いので助かりました! またお手すきの際は薬草の採集をお願いしますね!」
「はい、ありがとうございます!」
流石に害獣駆除依頼の報酬には届かなかったが、ヤヒトにとってはかなりの収入だと言えるだろう。
「さて、ウィルとの約束まではまだ時間あるけど、どうしよっかな。腹は減ってるけどウィルと食べるし。そうだな、まずは――」
ヤヒトは稼いだ銀貨を革袋に入れてもらい、足早に取引所を後にする。
相変わらず周りの店々に視線を飛ばしながらではあるが、足取りに迷いはない。
表の大通りから逸れ、わきの道を進んで行く。
辺りに店が減り、往来の声も遠く離れた頃にヤヒトは目的地に到着する。
「また廃屋で一夜を過ごすのはごめんだからな」
そう、ヤヒトの目的は宿屋である。
寝床もそうだが、いつまでもリュックに服を詰め込んでおくわけにもいかない。
これから冒険者としてやっていけば必要な物も増えるだろうし、拠点を構えておくのは最優先事項であると言ってもいい。
たまたま今朝ギルドに向かう途中に見かけたこの宿屋だが、大通りにある大きな宿屋と違い、簡素な造りで落ち着いた雰囲気に惹かれ、試しに泊まってみようと考えていたのである。
「――っていうか、ここって宿屋で合ってるよな? 文字読めないけど、ベッドのマークが看板に書かれてるし、今朝は冒険者っぽい人が出てくるのが見えた気がしたんだけど」
扉を開ければ、チリーンという可愛らしいベルが鳴る。
建物に入ってすぐ、受付をするようなカウンターはあるのだが、肝心の人がいない。
建物の奥を窺いながら、ヤヒトは恐る恐る呼んでみる。
「す、すみませーん。誰かいないですかー? あのー、ここって宿屋で合ってますかー? すみませーん」
何度か呼びかけていると、奥からパタパタと軽い足音が鳴る。
「はいはーい! すみません、今奥でお肉の下処理をしてまして! 気が付きませんでした! えっと、お客さんですか?」
出てきたのは肩口まである栗色の髪の毛を後ろで束ねた、明るい笑顔が素敵な中学生くらいの少女だった。
「あの、ここって宿屋で合ってる?」
「はい! うちは宿屋ですよ! 『宿屋鈴の音』です! 私はここの娘のシリルっていいます!」
「シリル――ちゃんね。やっぱり宿屋だよな! 良かったぁ! あの、部屋って空いてますか? あと、空いてたら一泊いくらか教えてほしいんだけど」
ここが宿屋で合っていたことに胸を撫で下ろすヤヒト。
もし違っていたら、こんな自分より年下少女の前で恥をかくところだった。
「空いてますよ! 一泊銀貨五枚ですが、食事も付けるなら銀貨六枚になります!」
「なるほど。ちなみに食事ってのは一食? 夕飯だけとか」
「いえ、朝夕の二食です。もしも何かご予定で朝食が食べられないとかでしたら、前日にでもお伝えしていただければ朝食分をお昼にずらしたり、お弁当にしたりして調節もできます」
それはありがたい。
依頼によっては時間通りに食事ができないこともあるかもしれない。
しかし、食事付きで銀貨六枚はかなりお手頃な値段なのではないだろうか。
さっき稼いだ報酬で三日も泊まれる。
最悪、食事を抜けば四日間の寝床は約束される。
ここに決めない手はないだろう
「じゃあ、三泊食事付きでお願いします。あ、でも、手持ちが少ないから一旦一日分だけ」
「はい! わかりました! 鈴の音を選んでいただきありがとうございます!」
シリルはお辞儀をして、また元気な笑顔を見せる。
そして「では――」と前置きをした後、慣れた手つきで引き出しから宿帳をとり出し、
「こちらにお名前と職業をお願いします」
「あ、俺文字の読み書きができなくて……。代筆とかって?」
「構いませんよ! 私が書きますね!」
「ありがとう。えっと、名前はアマモリ・ヤヒト。アマモリが家名ね。職業は冒険者……でいいの? 冒険者って職業に入る?」
「ヤヒト様ですね。もちろん、冒険者は立派な職業ですよ! 一泊食事付きで銀貨六枚になります」
ヤヒトは銀貨を六枚取り出してシリルに渡す。
アクラの家に居候したことを抜きにすれば、異世界に来て初めてできた自分の拠点だ。
これでようやく荷物を置いて動くことができるし、気持ちもどこか楽になる。
「さっそくですが、食事はどうしますか? 昼は過ぎてますし、夕飯にはまだちょっと早いですが少し待っていただければ用意はできますよ」
「えっと、どうしようかな。すんごく腹は減ってるんだけど、後で知り合いが夕飯を奢ってくれるらしくて。すんごい中途半端な時間だなぁ。うーん」
昨日オニガ村を出発してから何も食べておらず、それに加えて荒くれ盗人の一件や薬草採集でかなりのエネルギーを消費している。
正直、すぐにでも何かを食べたいところだがウィルフレッドとの約束までそう時間もない。
「やっぱり我慢するよ。先に部屋に荷物とか置きたいんだけど」
「そうですか。あ、じゃあ、銀貨一枚はお返ししますね。今日は食事を用意しなくてもいいようなので」
「あ、確かにそうか。なんかごめん。色々手間をかけさせて」
「いえいえ! じゃあ、お部屋は二階になります! ご案内しますね!」
途中、トイレの場所を教えてもらいながら、食堂に隣接した二階へ続く階段を上がる。
シンプルな外観同様、内装もシンプルで清潔感があり、綺麗に貼り合わされた木の木目が暖かさを演出する。
オニガ村の家も木造だったが、鈴の音とは違い、もっと自然的なロッジのような造りだった。
「こちらがヤヒト様のお部屋になります! こちらは鍵です! では、すみませんが私はお肉の下処理の途中だったのでこれで失礼しますね。何かあれば食堂の奥にある厨房にいるのでお呼び下さい」
そう言うと、シリルはパタパタと走って階段を降りていった。
「元気な子だな。あれが看板娘ってやつか。――にしても、角部屋なんてラッキー!」
他にも三つの部屋があるが留守にしているのか、それとも空き部屋なのか、人がいる気配はなかった。
「今朝見かけたのは客じゃなかったのかな。まあ、いいか。さて、どんな部屋かな!」
ガチャリとノブを回して扉を引く。
「――うおお! これが俺の新しい城か!」
まあ、城と言うにはあまりにも簡素な部屋ではある。
何ならアクラの家で使わせてもらっていた部屋よりも狭い。
だが、空気に埃っぽさも無ければ窓ガラスには一点の曇りもない。
隅々まで掃除の行き届いた良い部屋である。
「異世界の宿屋の水準がどんなもんかわからないけど、これは当たりだな! 食事お願いしたら良かったな。絶対美味しいじゃん」
まあ、そうしている間にもウィルとの約束の時間が近づいている。
冒険者ギルド前で待ち合わせをしているので、いつまでもゆっくりしているわけにもいかない。
ヤヒトは背負っていたリュックを部屋の隅に下ろし、革袋から金貨を一枚だけ抜き、靴の中に忍ばせる。
「また盗られちゃたまらないからな」
残りの硬貨はリュックの中に入れてそのまま置いていく。
これで余計な荷物で動きも制限されないし、お金を狙う輩に常に警戒しなくてもよくなる。
「で、今何時だ? あの壁にかかってるのが時計だろうけど読み方がわからん。ま、夕暮れだしそろそろ行ったっていいだろ」
部屋を出て、しっかり鍵をかけたことを確認したヤヒトは、ウィルフレッドと待ち合わせた冒険者ギルドまで向かう。
宿屋の人に一声かけたほうがいいかとも思ったが、夕食はいらないと伝えてあるし、門限等は特に言われていないので問題はないだろう。
鈴の音からギルドまでは歩いて十五分程だ。
落ち着いた裏道や閑静な路地を抜け、表の往来に戻れば一気ににぎやかな町に様変わり。
まっすぐに伸びた道の先に建つ冒険者ギルドの入口の傍に、見覚えのある深緑の髪の男が壁に身を預けて立っている。
ウィルフレッドだ。
ヤヒトが近づくと、向こうも気付いたようで片手を上げる。
「おうヤヒト! 薬草は良い値で売れたか?」
「ああ! 全部で銀貨二十枚にだった! おかげで宿を取れたよ! ってか、ウィル、結構待ったか? 俺時計の見方がわからなくて、夕暮れだったからそろそろかなあって思って来たんだけど」
「いいや。俺も依頼の報告とか済ませて丁度今さっきここに来たとこだから、そんなに待ってないよ。それより、ちゃんと腹は空かせてるか!? 今日は俺の奢りだからいっぱい食えよ!」
「そこは心配しないでくれ。腹なら本当に減ってる。何せ昨日の朝に食べてから何も食べてないからな!」
ヤヒトはそう言いながら、腹からグウゥと大きな音を鳴らす。
「いや、逆にそっちのが心配なんだが……。よくそんな状態で薬草をあんなに集められたな。じゃあ、早く行くか! 空腹で倒れられたら大変だ」
心配と呆れの入り混じった結果、苦笑いを浮かべたウィルフレッドは、さっそくおすすめだという夕食が食べられるところに案内を始める。
「そういえば、今日は何を食べに行くんだ? あんまり高いとこだと気持ち良く奢られにくいんだけど」
「何だそりゃあ。相手の財布のこと考えるなら奢ってもらう時点で多少は気にするだろ。ああいや、今回はお詫びってことで何も気にしなくていいんだけどな。――まあ、高い店じゃねえよ。ってよりそこは宿屋なんだよ」
「え? 宿屋? 飲食店とか屋台とか、そういうのだと思ってた」
てっきり奢るなんて言うものだから、ヤヒトは焼肉的なものだったり居酒屋っぽい店を想像していた。
残念だとは決して思わないが何というか、見当違いだ。
それなら、鈴の音で軽く食事を用意してもらったほうが良かったかもしれない。
そんなヤヒトの心の内を感じ取ったのかウィルフレッドは、
「いや、本当に美味いんだって! 何ならそこらの飲食店なんか目じゃないくらいに! そりゃあ、飲食店がこんなに並んでるなか宿屋に飯を食べに行くなんて聞いたら変に思うかもしれないけど!」
「え、いや別に疑ってるわけじゃないけどさ」
「よおし、分かった! 走るぞ! 早く食わせて考えを改めさせてやる!」
「えっ! は!? 走る意味がわかんねえ!」
走り出したウィルフレッドに置いて行かれないよう、ヤヒトも慌てて走る。
表の大通りから脇の道に入り、路地を抜け、比較的静かな細い道を走り抜ける。
「ん? この道ってまさか――」
つい先ほど見た覚えのある裏通りの景色。
日が低くなり薄暗いため確信はないが、おそらくそうだ。
やがて、ウィルフレッドは明るい光が漏れる建物の前で立ち止まる。
ようやく追いついたヤヒトがゼーハーと息を整えていると、ウィルフレッドはヤヒトの頭を掴んで無理やり建物の方を向ける。
「ここが俺のおすすめの飯が食べられる店――宿屋鈴の音だ!」




