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22話 冒険者登録 二

 「どうぞ」


 「い、いや、どうぞと言われても」


 ナイフを手渡されたもののヤヒトはどうしていいのかわからず、視線がアリッサとナイフを何往復も行き来する。


 「どうせ冒険者になったらもっと傷だらけになりますから! サクッとやっちゃいましょう!」


 「いや、だから何を!?」


 アリッサは胸の前で両手をグッと握って応援の意を表す。

 魔力を記録する代わりに血判でも押せというのだろうか。

 いや、もしそうなら血判を押す紙はどこだ。

 まさか、指を詰め――。

 そんな馬鹿なと、首をブンブンと振って良くない想像を頭の中から追い出し、このナイフでどうすればいいのかをアリッサに改めて質問する。


 「あ、そうですよね! これは説明しないとですよね! 久しぶりでつい興奮してしまいまして。すみません」


 「ああいや……興奮?」


 もしかしたら、このアリッサという人は見かけによらず変な人なのかもしれない。

 昨日までは、対応も丁寧で説明もうまいし、冒険者の揉め事の対処までできる聡明でしっかりとした人という印象だったのだが。


アリッサは誤魔化すように咳払いをしたあと、水晶玉を指さす。


 「この水晶玉の材料になる吸魔水晶というのは、原石の状態で触ればあっという間に体中の魔力を吸い取られてしまうくらいに危険なものなんですよね。おまけに、通常の水晶と見た目がほぼ同じで判別がつきにくいという厄介者でして」


 「はあ。危ないものなんですね。でも、それがどうかしたんですか?」


 突然吸魔水晶の説明をされても、別にヤヒトは吸魔水晶を取りに行きたいわけではない。

 今知りたいのは魔力を記録する手段と渡されたナイフの意味だ。

 顔を曇らせるヤヒトを見て楽しそうに笑うと、水晶玉を指していた指を上に向ける。


 「ここで問題です。その場に魔法使いや魔力の操作を得意とする人がいない場合、水晶と吸魔水晶をどうやって判別するでしょう」


 「触ったら魔力を吸われちゃうんですよね? じゃあ、専用の道具とかがあるんじゃないんですか?」


 「あー、ありますけど……。それも無い場合は?」


 あるのなら正解ではないかと文句を言いたいところだが、大きな胸に免じて許すことにした。

 ただ、そうなると難しい。

 触ればアウト、魔法も魔力も使えない、道具も駄目、ヤヒトの知識では旧魔水晶を採取することは不可能であるとしか思えない。


 「魔力を吸われても死なないんなら、大人数で手当たり次第に触って、倒れたりする人が出たら助け合うくらいしか俺には思いつかないですね」


 「まあ、それも手の一つですが、それじゃあ危険を伴うし、人件費も馬鹿にならないので正解とは言い難いですね。もっと簡単で危険の少ないやり方があるんです」


 「どうやるんですか?」


 ヤヒトが両手を上げて降参する。

 すると、にこりと微笑んだアリッサはヤヒトに渡したナイフを手に取ると、自分の指の腹を軽く傷つける。


 「えっ!? 何やってるんですか!?」


 「見ててくださいね」


 目の前で行われた自傷行為に取り乱すヤヒトだが、当のアリッサは冷静で、傷のついた側を下に向けて指を空中で停止する。

 当然、傷口からは血が溢れ、指先に溜まった血は雫となって水晶玉に垂れる。

 何の不思議もない、ごく当たり前のことだ。

 ただその当たり前も、次に起こる現象によって驚きに変わる。


 「光った……! 何で? 触ってないのに?」


 アリッサの血が水晶玉に落ちた途端、水晶玉が淡い光を放ったのだ。

 もちろん、アリッサは触れてはいないし何かをした風にも見えなかった。

 それならば、水晶玉はいったい誰の魔力に反応したというのだろうか。

 その答えは聞かずともアリッサが教えてくれる。


 「実は血液にも魔力は含まれているんです。と言っても、その量は微々たるもので、血液が体外に出てからほんの二、三秒程でその魔力は霧散してしまいます。ですが、そんな少量でも魔力の記録、照合には十分ですので、この水晶玉が発光したというわけです。まあ、それを可能としているのもギルドマスターの技術のすごいところで――――」


 「あーあー! なるほど! 血にも魔力があるんですね! 魔力ってもっと気というかオーラというか、そういうスピリチュアルな感じだと思ってたけど、血液にも含まれてるなんて、何か栄養っぽい」


 アリッサによるギルドマスター語りが開演される前に、大声で遮るヤヒト。

 ただ、ギルドマスターについてはヤヒトも興味がないわけではないため、また今度ゆっくり聞かせてもらうことにする。


 それにしても、魔力というものは不思議だ。

 魔法に使ったり身体能力の強化に使ったり、個人の判別にも使われる特殊なエネルギー。

 そんなすごいエネルギーが当たり前に血液に乗って流れているのに、普段の生活では()()()()()使()()しない限りはなんの影響ももたらさない。

 

 「では、どうぞ。一応簡単な回復魔法なら私も使えますのでご安心ください」


 そう言って、アリッサは既に血が止まり傷が綺麗に塞がった指をニョキニョキと曲げたり伸ばしたりして見せる。

 どうやらいつの間にか回復魔法とやらを使っていたらしい。


 アリッサが回復魔法を使えるのなら安心だ。

 止血がとか、痛みがとかではなく、ヤヒトの場合、例の異常な治癒能力が公になることへの懸念があった。

 この間のアクラやリーナの反応を見たところ、どうやらこの治癒力はこっちの世界でも普通ではないらしい。

 もしもヤバい奴に目を付けられて、この能力を利用しようとか、実験体にしようとか考えられても困る。

 あと、傷が治るとはいえ痛いものは痛い。

 ヤヒトも痛いのは嫌だ。


 「では――」


 一呼吸置いて、ヤヒトは再度受け取ったナイフで左手の人差し指の腹を浅く切る。

 溢れ出した光沢のある血液は指先を伝い、水晶玉へと落ちていく。

 一滴垂らして数秒、もう一度血液を垂らせば、水晶玉が淡い光を放つ。

 それは、水晶玉がヤヒトの血液に含まれる魔力を吸収し、記録、照合ができたことを意味する。


 「おお! 光った! 良かった、これで正式に冒険者の登録が完了したってことでいいんですよね?」


 「はい、おっしゃるとおり、冒険者ギルドが認める正式な冒険者です! 最初はランク一からのスタートになります」


 「ちなみに、ランク一だとどんな依頼が受けられるんですか? ちょっと大金を失ってしまって……。すぐに受けられるものがあればやりたいんですけど。あ、できるだけ安全なやつだと嬉しいです」


 「はい、ちょっとお待ちくださいね。今確認してみます」


 アクラに貰った路銀は昨日の一軒のせいでほとんど残っていない。

 ギルドに来る途中に見つけた宿屋で宿代を聞いたところ、今持っている額では食事代込みで一週間ちょっとしか泊まれないらしい。

 実際は、さらにそこから装備代や道具代を引くことになるため、おそらく一週間も分の宿代も残らないだろう。

 先のことを考えれば、財布の状況はかなり厳しい。


 「――思い出したらまたムカついてきた。あの痩せ男、やっぱり殴っておけば……」


 「お待たせしました。今すぐに受注可能且つ安全という条件であればこちらの三つが挙げられます」


 怒りの感情が再燃しかけたヤヒトに、アリッサが三枚の依頼書を提示する。

 一つ目は『薬草採集』の依頼だ。

 聞けば、この依頼は常に受注が可能であり、報酬も時価。

 薬草は幅広い薬の調合に使われるため、あり過ぎて困るというものでもないのだろう。


 二つ目は『鉄鉱石採集』の依頼。

 これも報酬は時価となっているが、薬草と同じように道具や装備品に多く使われることから量が必要なのだろう。


 最後は『害獣駆除』の依頼である。

 こちらは、銀貨三十枚という報酬が記載されている。

 なんでも、町に程近い農村で作物の食害が出ているらしい。

 オオイノシシが村近くの森に巣を作ってしまったようだ。


 「()()イノシシって言うからにはデカいんだろうな。けど、これはダメだな。イノシシって結構危ないって聞くし、武器も防具も無いし――じゃあ、この薬草採集を受けたいです」


 薬草採集と鉄鉱石採集――どちらも量を必要とする依頼であるが、ヤヒトには肝心の運搬に使えるものが今背負っているリュックしかない。

 薬草を集めるか鉄鉱石を集めるかの二択であれば、薬草を選ぶのが無難だろう。


 「かしこまりました。必要な薬草とその生息地はこちらの依頼書に載っています。読み書きができない方でもわかるように絵や地図の記載があるので大丈夫ですかね? 依頼書は持って行ってもかまいません。採集したものはギルドの裏手にある窓口で納品してください。では、頑張ってたくさん集めてくださいね!」


 「はい、多分大丈夫だと思います。じゃあ、さっそく行ってきます!」


 眩しい笑顔で、ポヨンと形の良い胸を弾ませるアリッサに見送られ、ヤヒトは冒険者として人生初の依頼を遂行するべく、冒険者ギルドを後にする。

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