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21話 冒険者登録 一

 エレガトルの中央通りは昨日同様、活気に満ち溢れ、商人と冒険者を筆頭に、数多くの人々が入り乱れている。

 そんな中、ヤヒトは一人浮かない顔をして道の端を歩いていた。

 少し萎んだ穴の目立つリュックを背負ったヤヒトは、冒険者カードを受け取るために冒険者ギルドに向かっているところだ。


 「まじで最悪だ。朝目が覚めたら顔の腫れとか傷が治ってたのは良いけど、まさか金をごっそりいかれてるなんて。あんなにボコボコにした上に金まで盗るなんて育ちが悪すぎだろ。んで、ほんの少しだけ金貨を残してくれてるのは何のつもりなんだ……。こんなことならツノグマの角も持って来るんだった。ちくしょう! あの荒くれ共め! 次あったらただじゃおかねぇ」


 もう奴らには二度と会いたくないというのがヤヒトの本心ではあるが、それを口にしたら何だか気持ちまで負けたみたいで気に入らない。

 まあ、また会ったとしてもヤヒトがもう昨日ほどの大金を持っていないことを向こうも知っているし、わざわざ狙ってくることはないだろう。


 ぶつぶつと昨日の不満を溢しながら歩けば冒険者ギルドまではあっという間だった。

 まだ昼前だというのに、ギルドの中では酒盛りをしている人が多数見受けられる。


 「冒険者ってのはこの世界じゃあ『飲んだくれ』って意味じゃないだろうな」


 そんな皮肉も少々に、受付に冒険者カードを貰いに行こうとした時、


 「――あ」

 「――あ」


 目が合ったのは他でもない、昨日の瘦せ男。

 向こうもヤヒトを見て驚いているのか、骨付き肉を食べていた手が止まっている。


 「よ、よお兄ちゃん! あれ!? 何でそんなピンピンしてんの!? げ、元気そうで何より! あ、そうだ、これ食べる? お、俺のおすすめなんだ。ハ、ハハハー……」


 「ああ、おかげさまで俺はとっても元気だよ。腹も減ってるけど、俺よりも革袋の方がもっと腹が減ってるらしい。でも、肉じゃあこいつの腹は膨れないってよ。それと、お前のおすすめは胸の大きい店主がやってる宿屋だろ? それとも体が大きいブサイクだったか?」


 ダラダラと汗を滝のようにかきながら、痩せ男はニヤニヤと笑顔を振りまくが、それでヤヒトを誤魔化せるはずもない。

 近くには巨人はもちろん、巨漢もいなさそうだ。


 「昨日の恨みをこんなに早く晴らせるとはなぁ」


 「ちょちょ、ちょっと待ってくれよ兄ちゃん! 俺はを殴ったりなんかしてないぜ!? だ、だからさ! な!? 殴るのは公平じゃあないんじゃ――」


 「いや、肩外したのはお前だろ? てか、元はと言えばお前が俺の金を騙し取ろうとしたのが始まりだろ! 実際ほとんどの金持ってったよな!」


 ヒートアップしたヤヒトが痩せ男の胸倉に掴みかかる。

 痩せ男も余裕がなくなってきたのか、ニヤニヤとした笑みの中、時折、本当に焦った表情を覗かせる。


 「ん? お! いいぞ若いの! やれやれ! ぶっ飛ばせぇ!」


 「細いのも負けんなあ!」


 ヤヒト達の争いに気付いた周りの酔っ払い連中もわいわいと盛り上がりを見せ始める。

 まるで小さなステージライブのような白熱した空気感に、二人とも引くに引けなくなる。


 「に、兄ちゃん! もしもその振り上げた拳を納めないってんなら、俺だっていきますぜ! た、ただ殴られるってのは気分が悪い!」


 「何言ってんだ! こっちは昨日から気分を害してんだよ!」


 周囲から歓声が上がり、正に今、痩せ男の顔面にヤヒトの拳が振り下ろされ――――


 「ストップストーップ!!」


 「「――――っ!?」」


 「ギルド内での揉め事はダメですよ! 皆さんも! 煽ってないでちゃん止めてください!」


 二人の間に割って入ったのは大きなお胸、ではなく、その持ち主のギルドの受付のお姉さん――

アリッサだ。

 「そんなに暇なら依頼をこなしてください!」と、最もなお叱りを受けた大勢はそそくさと逃げるようにヤヒト達から離れていく。

 取り残された二人も、このまま喧嘩を続けられるような雰囲気でもなく、ヤヒトが突き放すように痩せ男の胸倉を離して争いは一旦収束する。


 「いやぁ、助かりましたよアリッサさん! では、俺はちょいと用事があるので! 兄ちゃんもいろいろと悪かったな! そんじゃまた!」


 「あっ! おい!」


 いつものニヤニヤとした笑みで、アリッサにペコペコと頭を下げた痩せ男は今しかないとばかりにヤヒトの前から逃げだす。

 後れを取ったヤヒトは慌てて追いかけようとするが、痩せ男はギルドの外に飛び出し、あっという間に人混みの中へと紛れて姿を晦ませてしまった。


 「やられた。あのガリ、逃げ足が早すぎる」


 今日は油断していたようだが、きっとこれからはヤヒトのことを警戒するだろう。

 ヤヒトは、痩せ男に恨みを晴らす絶好の機会を失ったことに舌打ちをしながら、痩せ男が消えていった往来を睨み付ける。


 「あの、ヤヒトさん――ですね?」


 後ろから名前を呼ばれたヤヒトは、反射的に「はい!」という返事を返しながら振り返る。

 立っていたのは先程喧嘩の仲裁をしてくれたアリッサだった。


 「もう! ギルド内で騒ぎを起こしたら駄目ですよ! ヤヒトさんもこれから冒険者の一員なんですから、しっかりしてくださいね!」


 「はい、すいません」


 巨乳で美人なお姉さんに叱られるのは悪くなかった。

 ヤヒトは自身の内で新たな扉が開いてしまいそうになるのを必死で押さえつける。

 このままでは、一時の快感のためにギルド内で騒ぎを起こすという厄介冒険者になってしまいかねないからだ。


 「え、えっと、どうしてそんなに汗をかきながら笑っているのかしら?」


 「あ、さっきのでちょっと熱くなってしまって……。気にしないでください」


 「そ、そう? あまり問題を起こしたら駄目ですよ。じゃあ、改めて、冒険者カードをお渡しするので冒険者受付のカウンターまでどうぞ」


 アリッサの後に続いてカウンターに行くと、言っていた通り、一枚のカードが手渡される。

 何か色々書かれているが、ヤヒトには読むことができない。


 「こちらがヤヒトさんの冒険者カードになります。確か、ヤヒトさんは文字の読み書きができないということでしたが、カードに描かれているのは、名前と、登録が完了した日時、それと現在の冒険者ランクです。ただ、これは身分証としても使えますので、落としたりしないようにお気を付けください。もしも紛失された場合は、冒険者ギルドで再発行は可能ですが、銀貨三枚の料金がかかってしまいます」


 「へぇー、身分証。そもそも、このカードってどんな時に必要になるんですか?」


 「依頼を受注する時はもちろんですが、他国の王都に入る時や、土地や家などの大きな買い物をする時、その契約に使われることもあります」


 元の世界で言うところの『免許証』や『保険証』、『マイナンバーカード』みたいなものだろうか。

 そう思った時、ヤヒトの中で一つの疑問が生じる。

 ――カードに文字が書かれているだけの()()なら、簡単に偽造できてしまうのではないだろうか。


 元の世界では免許証等の個人情報が入ったカードは、ICチップが入っていたり情報がクラウドなどに保管されていたりするが、この世界ではそうはいかない。

 確かに、カードの素材はあまり見たことのないものだが、どうにかして手に入れてしまえば簡単に作れてしまう。

 そうなれば、不正入国や偽の契約を結ぶような輩が大量に出て来そうなものだが――。

 そんな疑問をヤヒトが投げかけると、アリッサはにこりと微笑み、


 「確かに()()()()ではそうなってしまいますね。ですがご安心ください。そうならないためにも、ヤヒトさんにはやってもらうことがあります」


 「やってもらうこと?」


 アリッサは一度奥に引っ込むと、半透明の水晶玉のような物を抱えて戻り、ゴトンという鈍い音をさせながらカウンターに置く。


 「こちらは吸魔水晶を加工した魔道具です。魔力には人それぞれ特徴的なパターンがあるのですが、この水晶玉は、触れた人の魔力のパターンを記録してくれます。そして、一度記録されたパターンの魔力が感知されると水晶玉が発光するので、それによって登録のされている冒険者かどうかが照合できるのです」


 「でも、ここにある水晶玉に魔力を記録させても他のギルドに行ったら照合ってできなくないですか? 初めて行く場所に行くたびに登録ですか?」


 「はい。普通の吸魔水晶あればそうですが、最初に言った通り、こちらは吸魔水晶を加工して作った

()()()です。この水晶玉が記録した魔力は、他ギルドにある水晶玉にも共有される仕組みになっています」


 アリッサの説明通りの機能があるのなら、かなり便利であり、正確な照合が可能だろう。

 魔力のパターンだとかはヤヒトにはわからないが、指紋とかDNAとかと同じと考えれば納得はできる。


 「あ、じゃあ、この水晶玉が陰で作られて、記録してある情報を抜き出したり、反対に勝手に登録されたりってことはありえないですか?」


 「――ヤヒトさんって結構頭が良いんですね」


 「ん?」


 「あっ! いえ! すみません! 決して頭が悪そうに見えるとかそういうことではなくて! さっきすごい激昂して喧嘩をしていたし、よく私の胸を見ていらっしゃるので、てっきり考えるよりも感情で動くタイプの人なのかなと……。あ、じゃない! これも失礼になってしまいますね! ええと、何て言えばいいか――」


 「……もう大丈夫です。ほんと、気にしないでください。悪いのは全部俺のほうなので。ごめんなさい」


 決して気付かれぬよう、細心の注意を払っていたのに、まさか――。

 流石は冒険者ギルドの受付嬢である。

 ヤヒトが深々と頭を下げるとアリッサは、「いえいえ、よくありますから」と微塵も気にしていない様子。

 いつか冒険者として生計を立てられるようになったら、絶対アリッサ(この人)にプレゼントを買ってお詫びをしようと、ヤヒトが心に決めた瞬間だった。


 「――では、話しを戻しますね。この水晶玉が密造されないか、ということですよね。最もな疑問ですが、その点については全く心配いりません。なぜなら、この水晶玉を作っているのは他でもない、この冒険者ギルドのギルドマスターでなのですから! もちろん、作れるのもギルドマスターただ一人なので、ギルドマスターが悪に染まらない限りは安全なのです」


 少々興奮気味に冗談を交えて説明するアリッサ。

 この饒舌っぷりを見ていると、元の世界でよく遊んでいた同じクラスの太田君を思い出す。

 彼も普段は大人しいのに、アニメの話しをしている時はとても饒舌だった。


 「ギルドマスターかあ。やっぱギルドマスターってすごい人なんだろうなぁ」


 前にアクラから、エレガトルは国王の代わりにギルドマスターが国を治めていると聞いたのを思い出す。

 冒険者ギルドのギルドマスターと聞けば、大柄で筋肉がすごくて、歴戦の傷跡が体中に刻まれているような渋いおじさんをヤヒトはイメージしていたが、もしかしたら屈強なだけでなく、かなりインテリなところもあるのかもしれない。


 「いつか見てみたいかも」


 「――――というのがギルドマスターの凄いところで……。あ、ゴホン。すみません、熱が入り過ぎてしまいました。ええと、他に何か質問が無ければ、魔力の登録にお移りしますが」


 「はい、大丈夫ですお願いします」


 アリッサはずっとギルドマスターについて語ってくれていたみたいだが、ヤヒトは、まだ見ぬギルドマスターの姿の想像を膨らませることに夢中で聞いていなかった。

 まあ、校長の経歴を知らなくても学校生活が送れるのだから、冒険者だって同じだろう。


 「で、魔力の登録ってのはどうすればいいんですか?」


 「はい、別に難しいことはありません。ただこの水晶玉に触れて頂ければそれで登録完了です。どんな人でも体から自然に微量の魔力が漏れているものですから、それをこの水晶玉が吸い取って記録してくれます」


 オニガ村でセツナから魔力の操作を少しだけ習ったが、これっぽちも理解できなかったので、触れるだけでいいなら本当に助かる。

 ヤヒトは水晶玉にペタンと手を乗せる。


 「……これでいいんですよね?」


 「はい。五秒程そのままお待ちください」


 アリッサの指示通り、五秒程置いて水晶玉から手を離す。

 魔力を吸われるというのはどんな感覚なのだろうとドキドキしていたが、特に違和感のようなものはなく、手を離した後も別段変わった様子はない。


 「これで水晶玉が魔力を記録してくれたんですか? 何か呆気ないというか何ていうか……」


 「はい。吐き出した息を温めようが冷やそうが本人に何の影響もないように、漏れ出た魔力をどうしようと、余程敏感でもない限り何も感じません。では、一応確認のため、もう一度水晶玉に触れてもらえますか? 発光しますので」


 あまりピンとはこなかったが、そういうものだとヤヒトは無理やり自分を納得させ、水晶玉に手を乗せる。


 「――――ん?」


 何も起こらない。

 接触の問題――なんかがあるのかどうかわからないが、何度か手を水晶玉に乗せたり離したりを繰り返してみるが何も起こらない。

 もしかしたらものすごく小さな明かりが点いているのではないかと目を凝らしても、やはり駄目。


 「故障ですか?」


 「い、いえ、そんなはずは……。あのすみません――」


 アリッサが近くの冒険者を呼び、水晶玉に触れてもらうと、ぼんやりと水晶玉が発光するのが確認できた。


 「ん? どうした? まさか俺を未登録の冒険者だって疑ってるのか!?」


 「違います! 水晶玉の調子が悪くて、壊れてしまったのかと思ったのですが、大丈夫そうでした。ご協力ありがとうございます」


「む、そうか。それならいい」


 どうやら水晶玉の故障ではなかったらしい。

 では、どうしてヤヒトの魔力を記録できないのかが謎だ。


 「んー、ヤヒトさんご自身で魔力の操作は可能ですか? ほんの少しでいいのですが」


 「全くです。ちょびっと習ったけどさっぱりで」


 「そうですか。では――」


 アリッサはそう言うと、カウンターの下から護身用のナイフを取り出す。

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