2話 遭遇
初めて書いた作品です。
拙い文章やわかりにくい表現が多々見受けられることもあると思いますが、これからの執筆を通して成長できればと思います。
さしあたって、ブックマークや感想等を残して頂けますと、やる気や励みになりますので、ぜひお願いします!
もう一時間は経っただろうか。
開拓のされていない悪路――というより、獣道に苦戦しつつ何とか進んでいるのだが、一向に山から抜けられない。
もうここまでくれば、この誰かが通ったような跡が自分のものではないのだろうということは察しがついている。
「チッ。 携帯も圏外かよ。今どこら辺まで来たんだ? 方角もわかんねえし。 まさかこれって遭難ってやつか!?」
山での遭難なんて、山菜取りも狩猟もしない自分にとっては縁のないものだと思っていた。
運動による発汗か、焦りからくる冷や汗なのかは分からないが、一筋の汗が背中を伝うのがわかる。
自分のものではないとはいえ、何かしら辿る目印があるだけマシと考えるべきかもしれないが、最終的にこれが山の麓にまで続いているとは限らない。
ただでさえ見覚えのない景色なのに、深い木々で視界が遮られるせいで先の様子が見えないことも相まって、焦燥感に拍車がかかる。
「あっ! うーわ。やっちゃった。卵割れたー」
焦りで視界が狭まっていたのか、低めの枝を避けようと屈んだ時に、うっかり木の幹に買い物袋をぶつけてしまったのだ。
パックに十個入っている卵のうち、割れたのは三個で済んだというのは不幸中の幸いだろう。
「狐にでもつままれたような気分だわ。なんてな」
などと軽口をたたいて、自分はまだ余裕であると自己暗示をかけてみるが、効果があるとは言えない。
途中、誰かに連絡すればいいのではないかとポケットからスマホを取り出してみたのだが、ここが山中であるせいか電波が届いておらず、画面上部には圏外という虚しい二文字が表示されていた。
せめて同居人の一人でもいれば、遅い帰りを心配して警察か消防にでも連絡をしてくれるかもしれないが、生憎一人暮らしであるため、そんな期待もできない。
だから、今できるのはひたすら歩くことだけ。
屈んで、跨いで、掻き分けて、進んで、進んで、進んで――。
それでも変わらない景色と風に揺られる葉の音、時折聞こえる鳥や得体の知れない獣の鳴きは、少しづつ精神を削り取っていく。
そんな中、渇いた喉を潤すために生卵でも啜ろうかと考え始めた頃、これまで聞こえていた環境音に変化が現れる。
「――水の音? 川?」
進行方向から微かに水が流れる音が聞こえてくる。
この辺の地域には川は流れていないはずだが、もしかしたら山から出る前に枯れるような小さな小川でもあるのかもしれない。
水音に導かれるようにまた、草木を掻き分けて進む――。
▲▽▲▽▲▽
進むにつれて、辺りが少しずつ明るくなる。
木々の密度や枝葉の量はそこまで変わっていないように見えることから、純粋に前方から多くの光が入り込んでいるのだろう。
つまり、このまま進んで行けば木々の薄いエリア広場か、川に出ることができるのではないか。
後者であれば喉を潤し、それを辿ることで下山できる可能性も上がるのだが、どうも聞こえる水音が少し遠い気がする。
「でも、ただの広場だったとしても休憩くらいできそうだよな。こんなに生い茂ってちゃあ座るのも大変だし」
行く手を阻む枝葉に苦戦しつつもようやく日の当たる場所に辿り着いた。
予想通り、空を覆い隠すような木々はなく、とても開けた場所だった。
そして、目の前の光景に驚愕する。
「ええぇ……。いや、まじか……」
それは大きな渓谷だった。
聞こえる水音は谷底を流れる川のもので、遠く聞こえるのは偏にその渓谷の深さからである。
「高えぇ。怖えぇ。こんなとこに落ちたら普通に死ぬんだろうなあ」
まるで、サスペンスドラマの犯人が追い詰められそうな突き出した崖から下を覗き込むと、その恐怖から思わず足が竦んでしまう。
ただ恐怖心を覗けば、ここはかなりの絶景である。
しばらくの間、まるで海外の観光地か何かのような風景を見渡していたのだが、そこで改めて疑問が浮かぶ。
「ここはどこだ?」
初めのうちは、自分の頭がおかしくなったとか、土地勘のない山に入ったせいで遭難しただけだとか考えていたのだが、それは違った。
下山に苦戦しているとはいえ、そろそろ町が見えてもおかしくないくらい進んできた。
それなのに、建物どころか電柱や電波塔の一本も見えない。
いくら過疎化が進んでいるからと言って車の音が聞こえないのもありえない。
「じゃあ、俺はどこからこの山に登ったんだ?」
よくよく考えてみれば、ここまで辿ってきた獣道はまだしも、神社があった場所にも自分の足跡がなかった。
境内をあれだけ歩き回ったのに、足跡の一つ見つからないのはおかしい。
神社と鳥居と一緒に足跡まで消えた――そんな馬鹿な話はあるだろうか。
渇いていた喉がさらに渇く。
パックの中で割れた生卵を啜る。
新鮮な卵だった。
もちろん、買ったのは今日――それもほんの二時間ほど前なのだから新鮮で当然だ。
「……二時間? まてよ? 今の時間は――」
携帯に表示された時刻は、十七時十二分。
時間的にはもう薄暗くなっているはずだ。
せめて夕焼けで空が橙に染まっていないとおかしい。
それなのに、明る過ぎる。
太陽はまだ沈むどころかまだ高い位置にある。
「携帯の時間がそんないきなり狂うか?」
自分自身、信じられないだけで、本当は薄々気づいていたのかもしれない。
消えた神社、覚えのない山道、合わない時間――。
もっと頭が良ければ、この状況に別の解釈ができるのかもしれないが、そうできるだけの知識も発想力もないのだから仕方がない。
「消えたのは、神社じゃなくて、俺……。まさか――――異世界転生」
友達に借りた小説で読んだ話だが、もちろんそれが創作物であることは重々承知している。
しかし、そんな考えが一度頭に浮かぶと、なかなかそれが離れてくれない。
「でも、死んだわけじゃないから転生ではないよな。異世界転移? 神社だから神隠しか?」
いずれにせよ、自分の頭がおかしくなったわけでないとしたら、そう考えるのが一番楽で妥当だろう。
だとしたら、
「退屈な日常とはおさらばってことか!? なんかスゲースキルとか魔法とかで無双して、美少女を助けて英雄に――とかあるんじゃないの!?」
夢のある妄想が膨らむ度に、気分が高揚する。
そんなある種、現実逃避のような思考を巡らせていると、
――ガササッ!
「――――!?」
突然、後ろの茂みが激しく鳴る。
風かと思ったがすぐにそうではないと考えを改める。
もしも風が原因であるならば、もっと山全体が鳴るはずだ。
それに、枝が折れ、小石が弾ける音が一定の感覚で聞こえる。
間違いなく何か生き物が近づいて来ている。
それも、音からしてかなりの大きさに感じる。
緊張で強張った足がその場に体を固定する。
動く茂みから目が離せない。
「カモシカ――とかじゃないよな。さすかに。多分、クマだよな。ヒグマとかまじで勘弁してほしいんだけど。確か、叫んたり死んだふりとかはダメって言うよな……。いや、頼む。カモシカであってくれ。超デカいカモシカ」
緊張と恐怖が一線を越えたせいか、自分でも驚くほどに冷静だった。
そんな心境が場違いであるとわかってはいるのだが、異世界云々のせいで混乱しているのせいかもしれない。
だとしたら、それは冷静であると言ってよいものか。
「ゴフー……」
「――――」
そして、遂に音は茂みから正体を現す。
低いため息のような息を吐きながら出てきたのは、毛の塊だった。
もちろん、カモシカなどではない。
パッと見の特徴から、自分の知っている動物とを照らし合わせる。
丸みを帯びた耳と、黒光りする湾曲した鋭い爪。
血か泥でも付着しているのか、赤黒い色をしている厚い毛に覆われた太く堅牢な四肢。
「く……ク、マ? なのか?」
それだけであれば、まあクマであると断言できたかもしれない。
しかし、そうできなかったのには大きな理由がある。
自分が知っている限り、クマにあるはずがない特徴――。
「なんで角が生えてんだ……!?」
爪と同じく、黒光りする立派な一本角がその頭部に突き出ているではないか。
これを突然変異だとかという理由で片付けていいものか。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
今考えるべきはこの状況をどう乗り切るかである。
後ろは崖――下に川が流れているからといって、この高さから落ちようものなら無事ではいられないだろう。
クマがこちらに興味を示さず去ってくれれば一番いいのだが、そう簡単にはいかないようだ。
「ゴフ……ゴフゥ」
「――――」
クマは警戒しつつも、その巨躯を揺らしながらゆっくりと近づいて来る。
下手に刺激して、攻撃されないように身動きを取らずにジッとしている。
すると、クマの視線が持っていた袋に向いていることに気が付く。
そういえば、前にニュースで、クマが食べ物を狙ってキャンパーの荷物や車を漁っているのを見たことがある。
もしやと思い、そっと袋から割れていない卵を取り出して、コロコロとクマの方へ転がしてやる。
クマは、それがすぐに鳥類の卵であるとわかったのか、殻ごと咥えると、そのまま丸呑みにしてしまう。
「ゴフゥ……」
しかし、この大きなクマにたった数個の卵では足りるはずがない。
卵は足止めにもならず、クマはまたゆっくりとこちらへと寄ってくる。
隙をついて逃げようにも、隙を作れそうな道具も発想もない。
「どうする……どうする……どうする」
「ゴフ、ゴフ」
頭をフル回転させたところでこんの状況では打開策など出るはずもなく、そうしている間にもクマとの距離は縮み続ける。
やがて、こちらに攻撃手段がないということをクマも察したのか、徐々に警戒を解き、むしろ余裕そうな雰囲気さえ感じさせる。
「ゴガァァァァアアアッ!!」
「ひぅっ!?」
突如として発せられたクマの雄叫びに竦み上がり、情けない声を漏らしながらその場にへたり込んでしまう。
直後、下半身はお湯に濡れたような感覚を覚え、アンモニア臭が鼻を突く。
極度の緊張に加え、恐怖と驚きのせいで失禁してしまったのだ。
恐怖からくる体の震えは初めてだった。
驚いた拍子に今しがた啜った生卵を吐き戻さないように必死で耐え、、揺れる視界の中で、せめてクマだけは視界から外さないように努める。
「ゴフゥ――」
「――――」
そんなみっともない様子を見たクマの表情はどこか嗤っているように感じられた。
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