18話 お上りさん
赤に黄色に青に白――様々な色が視界に並ぶ。
薄目で見たら花畑にでもきたように錯覚する人もいるのではないだろうか。
実際のところ、色とりどりに見えているのは人の毛髪である。
赤毛だったり青毛だったり、はたまたそれらが交ざっている人までいるではないか。
しかもそれらは極々自然で、近くで見ても決して染めているようには感じられない。
もしも染めているのであれば、ここは、読書を嗜むおとなしそうな女の子や、杖を突いて日向ぼっこに興じるお爺ちゃんまでが髪を染めるようなファンキーな町ということになる。
和平国家エレガトル――通称エレガトル王国の往来をヤヒトは歩いていた。
見慣れない造りの建物に見慣れない人種。
中には獣のような耳と尻尾が生えた人や、肌が鱗で覆われた人もチラホラ。
「何て言うか、ザ・異世界って感じだな。ゲームの中にでも入ったみたい」
オニガ村の村民は、瞳が赤いところ以外は髪色も肌の色もほとんど日本人と変わらなかったため、親近感が持てるとでも言えばいいのか、『異世界の人』であるという、ある種、人種の違いをあまり感じることがなかった。
「すげえなぁ。あのデカい剣を背負ってる人は冒険者かな。あっ! あの見るからに強そうなムキムキのおじさんは冒険者――じゃないか。果物売ってる」
物も人も、目に映るもの全てが新鮮で、ヤヒトは歩を進める度に周りをキョロキョロキョロキョロ――。
そうしているうちに、目に留まったのは大きな建物。
何かの施設なのか、周りの建物とは一線を画した造りだ。
感嘆の声を上げながら、建物の下から上までを眺めれば、入口上部に大きな文字が書かれた看板が設置してあるのがわかる。
しかし、生憎ヤヒトはこの世界の文字が読めない。
中は飲食店だろうか、開けっ放しにされた扉の奥には多くの人が食事をしたり何かを話し合ったりしている様子が見える。
「話してる言葉は通じるのになあ。あ、すみません。このデカい建物って何ですか?」
何とか解読できないかと、無謀にも看板を凝視していたヤヒトが丁度建物から出てきた男に話しかければ、
「おお? 何だ観光か? 別にエレガトルは観光するようなもんはねえけどなあ。おっと、ここがどこかだったな。ここはエレガトルの冒険者ギルドだ。っても 普通に飲み食いに使ってるやつも多いけどな」
そう言って、笑いながら去っていく男からも微かに酒の匂いがするあたり、一杯ひっかけてきたところだったのだろう。
「ここが、冒険者ギルド」
冒険者になるにはここで手続きを済ませなければならない。
先に宿を探すつもりだったが、来たついでに冒険者登録をしてしまおうと、ヤヒトはやや緊張した面持ちでギルドの中に足を踏み入れる。
ギルドの中は、外から様子を窺った時よりもずっとにぎやかで、男が言った通り飲食に利用する人が多いのか、酒と肉の焼けた良い匂いを振りまきながら、給仕さんがせわしなく料理を運んでいるのが印象的だ。
「おじゃましまーす……。すげえ。まるで金曜の夜の居酒屋だな。まあ、ドラマでしか見たことないけど」
ヤヒトはあまりの人の多さに尻込みしてしまいそうになるのをグッと堪え、正面にあるカウンターを目指す。
飲食のカウンターは別にあるため、きっとあれが冒険者用の窓口だろう。
「あ、あのぅ、冒険者になりたいんですけど……」
恐る恐ると言った感じで、カウンターの向こう側で作業をしている職員に声をかける。
緊張で消え入りそうになるヤヒトの声は、周りの喧噪に飲まれて届いていないかと思われたが、職員はすぐにヤヒトに気付くと、ニコリと明るい表情を向ける。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はいかがなさいましたか?」
「あ、えっと! ぼ、冒険者になりたいんですけど! あの、初めてで! その――」
ヤヒトは先程とはまた違った理由で緊張し、声が上擦る。
理由は単純、職員がヤヒト好みの年上で美人なお姉さんだったからだ。
おまけにシャツの胸元をはち切れんばかりに押し上げる二つの果実がこれまた大きいこと。
ヤヒトは、人生で彼女がいた経験など一度もなく、そもそも女性と一対一でまともに会話したことさえ最近はなかったのだから、心の準備なくしては、まともに話すことすら難しい。
セツナとリーナは、まあ、別だ。
たどたどしくなるヤヒトの言葉だったが、さすがは冒険者ギルドの職員。
日頃から多くの人と関わっていることもあってか、ヤヒトの言わんとしていることをきちんと理解してくれる。
「冒険者登録ですね。手続きには銀貨一枚が必要となりますが」
「ぎ、銀貨……。ちょっと待ってくださいね! えっと、銀貨は、ない、から、コレでも大丈夫ですか?」
アクラに貰った路銀の入った革袋には銀貨は入っていなかった。
入っていたのは金貨ばかり。
試しに一枚を取り出してカウンターに置いてみる。
「金貨ですね。はい、こちらでも大丈夫ですよ! それでは、銀貨九十九枚のお返しになります!」
「あ、ありがとうございます」
と言うことは、銀貨百枚で金貨一枚という計算になる。
まだ、いまいちこの世界の価格相場というものがわかっていないが、ひょっとしてアクラはとんでもない額を路銀としてヤヒトに持たせたのではないだろうか。
「次に、『冒険者ギルドに加入します』という契約書に記名をしていただきます。こちらの書類ですね」
「はい、わかりました。名前――あ、あのう、俺、文字の読み書きが……」
「そうでしたか! 大丈夫ですよ! 私が代筆しますね。お名前を教えてください。
「代筆でも大丈夫なんですね! よかったあ! あ、えと、アマモリ・ヤヒトです。アマモリが家名でヤヒトが俺の名前です」
「かしこまりました。アマモリ・ヤヒト様ですね。では、代筆させていただきます。ヤ、ヒ、ト、ア、マ、モ、リ――と。はい、これで冒険者登録の手続きは完了です! 冒険者カードの発行には時間がかかりますので、明日のお受け渡しとなります。従って、今すぐに依頼を受けると言うことはできませんのでご注意ください」
「ありがとうございます。じゃあ、また明日来ます」
「はい! またのお越しをお待ちしております!」
無事、冒険者登録を済ませたヤヒトは、上機嫌でギルドを後にする。
まさか受付があんなに美人なお姉さんだなんて夢にも思わなかった。
「いやあ、明日からの冒険者生活が楽しみだなあ。っと、そうだ、宿を探さないとだった。ギルドに戻ってお姉さんにおすすめの宿でも聞いてこようかな。んー、でもわざわざ戻って聞くのもカッコ悪いしなあ」
少々悩んだが、結局歩いて探すことにした。
町に何があるのか把握しておきたいというのもあるし、何より、外国にでも観光しに来ているみたいでわくわくするからだ。
実際、異世界であることを踏まえても、日本から来たヤヒトにとってエレガトル王国は外国と言えるだろう。
「でも翻訳したり発音を気にしたりしなくても会話してコミュニケーションが取れるのは楽でいいよな。問題は――」
ヤヒトは目の前にある果物を売っている露店に目をやる。
見たことのない果物であることは置いておいて、その果物の名称も値段もわからない。
――文字が読めないからだ。
買い物くらいなら会話で何とかなるだろうが、冒険者登録の際の記名もそうだったが、今後を考えると文字の読み書きだできないと困ることは多そうだ。
「どうしたもんかなあ――」
「よう兄ちゃん、困りごとか?」
道の真ん中で腕を組んだまま天を仰ぐヤヒトは、不意にかけられた声に驚き、慌てて後ろを振り向く。
そこには、目つきの悪い瘦せ型の男がニヤニヤと口角を上げて立っていた。
「兄ちゃん、もしかして宿でも探してたりする?」




