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16話 セツナの母親

 冒険者には一から七までのランク区分が存在し、実力に比例してランクの数字も大きくなり、それに応じて、受注できる依頼の種類や難易度が変わってくるのが基本だ。


 わかりやすい例えを出すなら、まだまだ経験の浅い初心者であるランク一の冒険者なら、依頼掲示板に貼られた薬草集めや迷子のペット探しといった依頼がメインであるのに対し、熟練者であるランク三以降の冒険者であれば、ギルドの受付から受注する危険な魔獣や魔物の討伐、未開拓である謎の多い地域の探索などの高難度の依頼がメインになるという感じだ。


 ただし、ランク七については例外であるため詳しい説明は省く。

 というのも、ランク七は、ランクという規格に当てはめられない冒険者に暫定的に付けられるランクだからだ。

 早い話、規格外というやつである。



 ――――アクラの妻であり、セツナの母親であるサクヤは、ランク六の冒険者だった。

 冒険者ギルドでは勿論、近隣諸国でも名の知れた敏腕の冒険者で、純粋な戦闘力で見ればランク七に最も近い冒険者であるとまで謳われていた。


 そんな実力者である反面、面倒見が良く、情に厚い人柄から多くの人に好かれ、慕われた彼女は『咲夜叉姫(さくやしゃひめ)』様などと持て(はや)されることもしばしばあり、その度に顔を赤くし、照れ隠しに「バカ」や「アホ」などと騒ぐ子供っぽい一面も持ち合わせていた。

 アクラと結婚が決まった時には、嫉妬と羨望によりギルドで暴動が起きたりもしたが、それはまた別の話――。


 サクヤは家庭を築いた後も冒険者を引退することはなく、冒険者の仕事を続けていた。

 単純に冒険者の仕事が好きなのと色んな人々と関わるのが好きだからという理由からだ。


 ――そんな順風満帆だった彼女の最期は突然に訪れた。


 「おはようセツナ! 今日はお寝坊さんじゃなかったね! 偉いぞぉ!」


 「おはよう! だって今日はいい天気だし! それに、もうすぐ七歳になるからね!」


 「ハハハッ! そっかそっか! さすが、もうすぐ七歳になるお姉さんは違うねえ! さて、そろそろ母さんはお仕事に行ってくるからね! 父さんをあんまり困らせるんじゃないよ! それじゃあ、セツナを頼むよ」


 「はーい! いってらっしゃーい!」


 「おう」


 その日もいつも通り、元気な娘と朝に弱い旦那への挨拶を済ませると、「いってきます」の掛け声と共に、足に魔力を込める。

 一歩踏み出せば、サクヤの体は宙を舞い、その勢いのまま、空を駆けるように町へ向かう。

 まさに一飛びで冒険者ギルドに到着したら、依頼の一覧に目を通す。

 ランク六の冒険者とは言え、今は子育て中あるサクヤは、危険な依頼は他の冒険者に任せ、できるだけエレガトル近辺の簡単な依頼を受けるようにしている。


 しかし、今日の依頼の中には『緊急』、『ランク六の冒険者募』という目を引く文字があった。

 内容を見てみれば、どうやら一昨日、隣国との境にある村が突然現れた魔獣に襲われたらしい。

 幸いと言っていいのか、たまたま村の外にいて無事だった村民が帰ってきた時には魔獣の姿はなかったらしいが、家々は焼け崩れ、そこが道だったのか畑だったのかわからないほいどの惨状だったとか。


 「村民はどうなった!? えっと、あの、村にいた村民だ! 他に生き残りは!?」


 「――――」


 「そんな……!」


 そっと目を閉じ、首を横に振るギルドの受付とは対照的に、サクヤは目を見開いて驚愕を顔に浮かべる。

 まさか、たった一頭の魔獣に村一つが滅ばされたのか。

 いや、そのまさかだろう。

 だからこそ、この強力な魔獣を討つべく、ギルドは緊急依頼でランク六の冒険者を募集しているのだ。


 「他のランク六のやつらは?」


 「皆さん、ちょうど他の依頼に出てしまった後で、エレガトルに残っているのは今サクヤさんしか……」


 「はぁ!? いつも二、三人は暇してるのに!? チッ! タイミング悪すぎだろ!」


 結婚前のサクヤなら迷わず受注し、すぐにでも村に駆け付けているだろう。

 そして、咲夜叉姫の名に恥じぬ一騎当千の戦いぶりで、強力な魔獣などあっという間に倒していたかもしれない。

 いや、子育てに手を割いている今のサクヤにだって魔獣を倒すことは可能である。

 しかし、どうしてもこの依頼を受けるという決断に踏み切れずにいた。

 なぜなら、


 「この村って、行くのに馬を使って一週間、私でも二日くらいかかるよな。明後日はセツナの七歳の誕生日なんだよ。それに――」


 いくら魔獣を倒す自信があっても、実際に相対してみない限りは勝てるかどうかはわからないものだ。

 また、仮に勝てたとしても、完勝できるかどうかという問題もある。

 最悪、手足の欠損くらいで済むならまだいいが、帰ってきた後にすぐに死んでしまうような状態や、脳がやられて植物人間のようになってしまうという可能性だって無きにしも非ずだ。


 そうなっては愛すべき家族を悲しませることになる。

 もうこの命は自分だけのものではないのだ。


 「帰還予定が一番早い奴は? それかその村に近い奴はいないのか?」


 依頼書には、『現在、魔獣は滅ぼした村に居座っている』とのことだが、それがいつまでそうしているかはわからない。

 もしも魔獣が活動を再開したらどんでもないことになる。

 何せ、相手は単騎で村一つを潰した魔獣だ。

 時間が経てば一人二人でなく、村単位での被害が出る。

 早急に討伐しなければならないのだが。


 「帰還予定が一番早いのは――イザーク・ロイターさんですが、それでも三日後です。残念ながら、村の近辺には誰も……。勿論、強制ではありませんが、可能であればサクヤさんが依頼を受けて頂ければ、それが最速で、完遂率も高いのですが」


 受付が言っていることは最もだ。

 家族か、多くの命か、サクヤの頭の中で天秤が揺れ動く。


 「三日後……それじゃあ魔獣が。セツナの誕生日だって……。ああもう――!」


 数分間の葛藤の末、サクヤは選択する。


 「わかった! 私が出る! 今すぐ出る! それですぐに終わらせる! あと、何か書くものあるか?」


 サクヤは、受付から受け取った紙とペンで、家族への手紙を書く。

 いや、手紙というより書き置きとも見て取れるような簡単な文面。

 依頼で少し遠くの村に行くこと、セツナの誕生日に間に合わないかもしれないこと、それらへの謝罪――。

 サクヤは汚い字で綴ったそれを受付に渡すと、


 「これ、アクラに届けといてくれ。すごい謝ってたって」


 「はい。承りました。依頼を受けていただき、本当にありがとうございます!」


 「ああ。報酬には色を付けてくれよ! んじゃ、さっきも言ったけど私はすぐに向かうよ」


 「はい! よろしくお願いします! あ、では急いで馬車と御者を用意しますね!」


 大急ぎで移動手段の手配に取り掛かろうとする受付をサクヤは片手で制する。

 それに対して、一瞬戸惑ったような表情を浮かべた受付だったが、「ああ! そうでした!」と何かを思い出したかのように手を鳴らすと、一礼する。


 「失礼しました。サクヤさんが遠出するのは久々だったもので。――咲夜叉姫様はご健在のようで何よりです!」


 「だから姫様はやめろって! 別に私は姫とかそんな身分でも何でもないんだから! 馬鹿! もう行く! 手紙頼んだぞ!」


 サクヤは恥ずかしさを誤魔化すようにギルドから逃げ去る。

 外に出たところで、軽く準備運動をして体をほぐす。

 体が温まったところで、自分の頬をパンッと叩いて気合を入れ、家を出るときよりも多い量の魔力を足に込める。

 その様子をギルドの中から見ていた職員は、ハッとしてギルドを飛び出す。


 「皆さん! 彼女から離れて――!」


 「じゃあ、できるだけ早く戻るから!」


 職員が言い終えるか否かというところで、サクヤは地面を蹴る。

 ドンッという音がした途端、大砲の玉のように空へ射出されるサクヤ。

 その衝撃は風となり、薄桃色に輝く魔力の残滓を乗せて周囲の土を巻き上げる。


 「村はあっちの方だな」


 空中に浮いたまま、ぐるりと周りを見渡したサクヤは、地上への落下運動を始めることもなく宙を蹴り、天を翔る――。



 ▲▽▲▽▲▽



 「――それが俺の知っているあいつの最期だ。ほとんどは後にギルドに聞いた話だから結末はわからないし、中途半端な話だったろう」


 「ということは、その依頼でサクヤさん――セツナのお母さんは……」


 「ああ、そういうことになる。まあ、冒険者の最期なんてそんなもんだ。魔獣や魔物との戦闘は常に死と隣合わせ。ランク六だろうがそこは変わらない」


 当然のことのようにアクラは言葉を並べられるが、きっと当時の感情は褪せることなくアクラの中に残ったままなのだろう。

 そんな悲愴感のせいか、いつも豪快なアクラが小さく縮んでいるように見える。


 「冒険者が、多くの人の役に立つ立派な職業であると同時に、危険な職業であることをセツナは理解している。だからこそ、サクヤのように突然、二度と会えなくなるのではないかと心配しているんだろう」


 「セツナ……」


 セツナの母親は冒険者として死んだ。

 だから、親しくなったヤヒトには冒険者になってほしくない――死んでほしくないと、そう思ってのことらしい。


 「アクラさん、でも、俺は――」


 「ああ、いい。わかってる。はじめに言ったように俺はお前の選択を否定しない。セツナのことは、まあ、気にするな。あいつは強い。時間が経てばきっといつも通り元気になるだろう」


 「そう、ですか」


 何と言ったらいいのか、重苦しい空気に食卓を見つめて固まるヤヒト。

 アクラは「うむ」と短く声を発すると、パンッと一つ手を叩いて立ち上がり、空になったコップを流しに運ぶ。


 「さ、話は終わりだ。明日発つなら色々と準備もいるだろう。村の皆にもあいさつしてやってくれ」


 「――はい」

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