15話 治癒能力の自覚とこれから
どうりで二人とも元気なわけだ。
まあ、普通なら三日程度でこんなに元気になるわけないだろうが、何しろここは異世界である。
魔力だとか回復ポーションだとかでどうにでもなるのだろう。
しかし、いくら異世界とはいえ、大怪我は自然に治癒するのが難しいから大怪我なのである。
だからこそ、アクラはヤヒトに問う。
「ヤヒト、お前はどうやってツノグマを殺した?」
「はい? いや、えっと、爆火魔石を口の中で爆発させて――」
「ああ、悪い。言葉が足らなかった。質問し直そう。――冒険者パーティーですら歯が立たなかった魔獣と対峙して、傷一つ負わずにどうやって勝ったんだ?」
「――――」
当然の質問だった。
セツナはあまり興味がなさそうだが、リーナは違った。
ずっと壁に寄り掛かったまま目を閉じて話しを聞いていただけだったのが、この質問がでた途端、ヤヒトをギロリと睨みつける。
それもそうだろう。
もしもヤヒトに赤黒のツノグマを単独撃破できるだけの力があったのなら、デュアン達は死なずに済んだのだから。
ヤヒトは少し考えた後、手元にあったフォークをおもむろに手に取る。
「ふっ!」
「――――!?」
「なっ!?」
「ヤヒト!?」
突然、自らの手にフォークを突き立てたヤヒトに、皆が驚く。
慌てて手当てしようとするセツナをヤヒトは「大丈夫だから見ててくれ」と制止すると、フォークを引き抜く。
「おい、お前は何がしたいんだ? さっさと質問に答えろよ」
ヤヒトの理解不能な行動にイライラしだしたリーナが詰め寄る。
それでも、ヤヒトは口を開かずに血が流れる掌を全員に見えるように差し出すだけ。
そのまま十秒が過ぎたくらいだろうか
「だからいいかげんに――!」
「え!? ヤヒト!?」
「ほお……。ヤヒト、これはいったいどういうことだ?」
今さっき開けたばかりの掌の穴からの流血が止まり、まるで傷など最初からなかったように完全に傷が治癒する。
それを見た三人は、三者三様の驚き方をヤヒトに披露する。
「俺自身、こんなことにわかには信じられませんでした――」
あの馬鹿げた治癒力を三人に見せた後で、ヤヒトはこの謎の力について説明する。
初めは一か月前、ツノグマに襲われた時のこと。
先に述べた通り自分でも半信半疑で、きっと夢か記憶違いなのだろうと思っていたが、今回のツノグマとの戦闘でそれが夢でも何でもなく、現実であることをハッキリと認識し直したこと。
そして、この力を利用して、ツノグマの口に何度も爆火魔石を押し込み、爆破することで何とか勝てたこと――。
「――だから、俺も自分にこんな力があるなんて知らなかったんだ。いや、何度も言うけど、信じられなかったんだ。それでも、デュアンさん達のことは俺のせいであることに変わりはない。俺がもっと早くに自覚して、一人で何とかするべきだったんだ。謝っても許してはもらえないだろうけど、リーナ、本当にごめん。すみませんでした。アクラさんとセツナにも迷惑かけたし、怪我までさせて、すみません」
「……少し歩いてくる」
「あっ、リーナ!」
ヤヒトの謝罪を受けたリーナは、許すでも激昂するでもなく足早に家を出ていってしまった。
セツナは追いかけるかどうかあたふたと迷っていたが、そっとしてあげようという考えに至ったのか、またヤヒトの隣に座り直す。
「取り敢えず、お前が無傷だった理由はわかった。ただ、魔法もポーションも無しにこの回復力は――――。正直、今見たことをそのまま信じていいものか、いや、否定できる材料ないんだから信じるしかないんだろう」
この世界においても、ヤヒトのような治癒力は異常であるらしいが、アクラは冷静にそれを受け入れる。
人によっては、気味悪がったり化け物と罵ったりしてもおかしくないような事態であろうが、そういったことをする気配は微塵もなかった。
「ヤヒト、もう痛くないの?」
「ああ。ほら、完全に治ってるだろ?」
心配そうにヤヒトの様子を窺うセツナに掌を近づけてみせてやると、指でつついたりグニグニと揉むようにして触って確かめる。
「ほんとだ! よかったぁ! 突然フォークを刺すんだもん。眠り過ぎておかしくなっちゃったのかと思ったよ」
そんなセツナの純粋な優しさに、ヤヒトから思わず笑みがこぼれてしまう。
しかし、ヤヒトはすぐに顔を引き締め、一呼吸置いた後にある決心を口にする。
「――アクラさん、俺、明日の朝、村を出ようと思います」
「えぇ!? 待って! なんでそんな急に!?」
「急に」というセツナの反応は最もだが、実はずっと考えていたことではあった。
いつまでもここで世話になっているわけにもいかないし、せっかく異世界に来たのだから、もっといろんなものを見てみたいという気持ちもある。
が、決心するに至ったのはそれらが理由ではない。
「冒険者になろうと思う。それで、この力を利用して、色んな人の助けになりたいんだ」
「でも冒険者は危ないんだよ!? 死んじゃうかもしれないんだよ!? それこそ今回だって――」
「わかってる。でも、俺は簡単には死なない。だからこそ、罪滅ぼしとは言わないし、デュアンさん達の代わりとも言わないけど、せめてデュアンさん達が生きていたら救われていたであろう人達を救える人になりたいんだ」
それはあまりにも傲慢で自分勝手な意見だ。
冒険者になったところで、きっとヤヒトはデュアン達のようにうまくはできない。
より多くの人に迷惑をかけ、目の前で起きている不幸に手が届かない理不尽に絶望することだってあるだろう。
何より、この治癒力についてわからないことが多すぎる。
どの程度の傷なら癒えるのか、癒えるまでの時間は、副作用は、回数は、生きている限りこの力は消えないのか、そもそもさっきのフォークの傷の治癒が最後で、もう能力は枯れてしまったのではないか――。
治癒力についてだけでもこんなに不安材料があるのに、冒険者になるには戦う術も装備もそれを買う金だって必要だ。
しかし、そんなことはヤヒトにだってわかっている。
わかった上で、ヤヒトは決心したのだ。
「そうか。お前がそう決めたのなら引き留めることはするまい。後で町に行くまでに食べる食料と少しだが路銀も出してやる」
「お父さんまで!? なんでそんな簡単に行かせちゃうの!? ヤヒトのことが心配じゃないの!?」
ヤヒトの選択を推してくれるアクラとは違って、セツナはどうしてもヤヒトを行かせたくなさそうだ。
というよりも、ヤヒトに対する心配が大きすぎる気がする。
ヤヒトがどう説得を試みても食い下がるセツナに対し、アクラは痺れを切らしたのか、
「セツナ! いい加減にしろ! ヤヒトはお前の所有物でもペットでもない! 本人が覚悟を決めて望んだことなんだ! ヤヒトはガキでもねえ! 応援してやるのが一番だろう!」
「わかってるよ! でも、でも……! うー、お父さんの馬鹿! ヤヒトの分からず屋!」
そう吐き捨て、セツナはものすごい速さで家を飛び出す。
追いかけようにもヤヒトの足ではセツナには追いつけず、玄関を出たところで見失ってしまった。
仕方なく食堂に戻ると、すっかり湯気の立たなくなったお茶をずずっと飲み切ったアクラが大きなため息を吐いたところだった。
「すまんな、わがままな娘で。あいつも本当は駄々をこねても意味がないことはわかってるはずだ。ただ、一か月の付き合いとはいえ、親しい者が冒険者になるということに抵抗があるんだろう。――母親を思い出すから」
「母親って……。セツナのお母さん――アクラさんの奥さんですよね? 奥さんも冒険者だったんですか?」
セツナに母親がいないことは気になっていたが、あえて触れることでもないため、何も言わなかったが、まさかこのタイミングで話題が出て来るとはヤヒトも予想していなかった。
「俺はあいつの最期がどんなものだったのか、詳しくは知らない。それでもいいなら、いや、どうか聞いてくれ」
アクラは新しくヤヒトの分のお茶を木製のコップに注ぐと、ゆっくりと語り始めた。
「女房――サクヤが死んだのは、セツナが七つの時だった」




