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14話 自爆

 毛皮で止められたリーナの短剣も口の中なら貫けた。

 同じく、あの頑丈な毛皮のせいで邪魔することにしか使えなかった爆火魔石も、内側で炸裂させればツノグマもただでは済まないだろう。


 「喰らいやがれ!」


 こう密着していればわざわざ投げる必要もない。

 ヤヒトはグッと手を引くと、持っている爆火魔石でツノグマの喉の奥を力任せに殴りつける。


 ――ドパァン!!


 発生する熱と衝撃は、大きな破裂音を轟かせながらツノグマの体内を焼く。


 「ゴァアアァアアァアア!!!」


 「痛っづぁあああああああ!!」


 当然、爆火魔石を握っていたヤヒトの右手だって例外ではない。

 爆発の衝撃と痛みで反射的に引っ込めた手は、手首から先が欠損しており、それ以外も皮が焼け爛れ、黒く焦げている部分も見て取れる。

 体験したことのない痛みに、全身から嫌な汗が吹き出す。


 「ゔぐぅぅううゔゔ!!」


 早く治れと心の中で唱えながら耐えていれば、次第に痛みは和らいでいく。

 まるでトカゲの尻尾が生えていくのを早回ししたように、手首から先がニョキニョキと再生し、焼けた皮膚は時間を巻き戻したようにきれいな肌色に張り替わる。

 全くもって信じられない現象ではあるが、今はそんなことを考えている暇はない。


 残念ながら今の爆発ではツノグマを倒すことはできなかった。

 それでも、予想通り内側からであれば爆破も有効なようで、鼻や耳からも血と煙が出ている。


 今の一撃でようやくヤヒトを脅威と感じたようで、頭を振り回して刺さっている角を引き抜こうとするのだから堪ったものではない。

 ヤヒトは絶対に逃がすまいと腹や口から血を飛ばしながら左手でしっかりと角を押さえ、足も使ってツノグマに組み付く。


 隙を見て、元通り傷一つ無い状態に戻った右手で、残り三個になった爆火魔石のうち一つを手に取り、同じようにツノグマの口の中を殴りつける。


 ――ドパァン!!


 「ガアアアアァァァアァアァアア!!!」


 「――――っ!!!」


 再び爆火魔石が炸裂すると、今度はさっきよりも多い量の血を噴き出すツノグマ。

 二度の爆発には耐えられなかったのか、角はヤヒトに刺さったまま根元から折れ、顎やその周辺もグチャグチャに弾け飛んでいる。


 「ヒュウ……。ヒュオォ……」


 見るからに痛々しく、まるでクマのゾンビのようになってもツノグマは呼吸をし、血に濡れた片目でこちらを睨む。

 しかし、睨むだけで攻撃する素振りはなかった。

 二度も体内を爆破されたのだ。

 多分、もう動くことさえままならないのだろう。


 「痛いだろ。頭も内臓もそれだけ傷めば文字通り死ぬほど痛くて、死を覚悟るすんだ。っていうか、人間だったら死んでる。だから、お前は俺が生きてることに対してもっと警戒するべきだったんだ。せっかく頭いいのに、使い方は下手くそだ」


 「ヒュウゥゥ……。ヒュオォ……」


 ヤヒトは、右手が治る間にツノグマに語りかける。

 きっとツノグマにはヤヒトの言葉は伝わらないだろうし、別に伝わらなくたって構わなかった。


 「じゃあ、これで終わりだ。お前のおかげで、俺の異世界生活のスタートは、最悪だった……。デュアンさん達を殺したことも、許さない。だから俺は、お前を――殺すよ」


 ヤヒトは右手が治りきったことを確認して、また一つ爆火魔石を手に取る。


 ――ドパァァン!!


 躊躇うことなく叩きつけられた爆火魔石は、ヤヒトの腕とともに、ツノグマの頭部を完全に吹き飛ばす。

 そうして、ようやくツノグマは動かなくなった。

 念のため、残った最後の爆火魔石でもう一度爆破しておく。

 破裂音を山に響かせながら、太い四肢に支えられたツノグマの体はズシンと地面に横たわる。


 異世界に来たばかりのヤヒトを襲い、デュアン、ペッカ、ギルベルトを殺し、リーナとセツナに大怪我を負わせた赤黒の体毛を持つツノグマは――――死んだ。


 「やっと…………。早くセツナ達を村に運ばないと」


 急いで二人の所に駆け付けると、無事――とは言えないだろうが二人ともちゃんと息をしていた。

 リーナの熱は相変わらずだが、セツナの背中の出血は止まっている。


 「よかった。二人とも村に、帰れば、何とかなりそうだ。はぁ、アクラさんに、怒られるだろう、な……」


 帰った時のアクラの反応を想像すると、少し帰るのが億劫になる。

 それでも二人をこのままにするわけにもいかないため、すぐには帰らないなんて選択を選ぶことはない。

 それに、赤黒のツノグマを殺したことも伝えなければなるまい。

 何度もため息を吐きながら、二人を担ごうとしたところで、腹に角が刺さりっぱなしであることに気付いた。


 「あぁ……。通りで、息がしづらい、わけだ。ったく、あのクマは、まじで最、悪だな」


 ヤヒトは両手で角を握ると一息に引き抜く。


 「――――っ!」


 激しい痛みが全身を駆け巡り、脳を揺らす。

 ぽっかり空いた穴からは血が溢れ、地面に生温かい血だまりが広がる。


 「――――」


 腕を爆破した時だってもちろん痛かったが、なぜか今が一番痛い。

 ツノグマという驚異が無くなり、一安心してせいで脳内麻薬が切れたのだろうか。

 痛みは一向に引く様子はなく、手で押さえたって簡単に血は止まらない。

 待っていれば何もなかったように穴は塞がるだろうが、この苦痛はあまりにも耐えがたい。


 「痛、すぎ……る……。シ、ぬゥ」


 戦闘の疲れの後押しもあり、限界を迎えたヤヒトの視界は暗転し、意識が――――。



 ▲▽▲▽▲▽



 「――――」


 美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。

 これは、セツナお得意のキノコとオオリス肉を使ったシチューの匂いだ。

 瞼を開けば見知った天井。

 一か月の間、毎日見上げた天井だ。


 「――あれ、今日は水汲みしなくていいのかな。セツナが起こしに来ないってことはいいのかな」


 寝台の上でぼうっとしていたヤヒトだが、段々と意識が覚醒するにつれて頭も回りだす。

 ハッとしたように窓から外を見れば、日は高い位置にまで登っている。

 だいたい昼を過ぎたくらいだろうか。

 ツノグマと戦っていた時はまだ朝の早い時間だったはずだが。


 「ってか、いつ帰ってきたんだ? 帰ろうとした時に角が邪魔で、引っこ抜いて、それで……。あっ! セツナとリーナは!?」


 寝台から跳ね起きたヤヒトは、ドタドタと騒がしい足音を立てながら落ちるように階段を駆け下りる。

 シチューの食欲をそそる香りが盛れる食堂の戸をスパンと開け放てば、


 「セツナ! リーナ!」


 「うわぁ! ビックリしたよ! 急に大きい声出さないでよヤヒト!」


 丁度食事を終えたところなのか、食器を洗うセツナと食卓に座ってお茶を飲んで一息入れるアクラがいた。

 なんてことない、ここ一か月でよく見慣れた日常だ。


 「あ、あれ?」


 今朝あれだけの大事(おおごと)があったのに、それがまるで夢であったかのように、焦っているのはヤヒトだけだった。

 セツナも背中に大怪我を負ったはずだがもうピンピンしている。


 「おい、入口で固まられると邪魔だろう。入るなら入れ」


 「リ、リーナまで! どうなってんだ!? 二人とももう大丈夫なのか!?」


 理解が追いつかないヤヒトが入口で立ったまま呆けていると、後ろからやってきたリーナに背中を押される。

 リーナも、軽い傷を手当てした痕は見受けられるが熱がある様子もなく元気そうだ。


 「いったいどうなってんだ……」


 「ヤヒト、腹減ってないか? まだ昼食のシチューの残りがあるから食え」


 アクラの言う通り、腹はかなり減っている。

 まあ、あれだけ激しく動いたのだから腹が減るのも当たり前である。

 アクラに促されるまま食卓に着くと、セツナが黒パンとシチューを用意してくれる。


 「い、いただきます!」


 自分が思っている以上に腹が減っていたのか、セツナ特製のシチューを前にした途端、さっきまでの疑問はどこかへ吹っ飛び、ガツガツと料理を口に詰め込む。

 こんなに夢中になって食べるのは一か月前、それこそ、ツノグマと初めて対峙した後以来だ。


 「ヤヒト、飯を食いながらでいいから聞いてくれ」


 「――――」


 お茶のおかわりをセツナに頼みながら、アクラはヤヒトに言う。

 ヤヒトも、食べながらでいいという言葉に甘えて、手や口は止めずに目だけアクラの方に向ける。


 「まず、赤黒のツノグマの件だがよく討伐してくれた。おかげで次の犠牲者を出さずに済んだ。だが、手練れの冒険者パーティーが敵わなかった相手に魔獣と戦ったこともないお前が迂闊に近づくのはあまりに軽率だ。セツナも、なぜ俺に黙って行った? 俺がいたらもっと安全だっただろう」


 「……すいません」


 「……ごめんなさい」


 アクラの正論に、さすがに食べることを中断して頭を下げるヤヒト。

 セツナも丁度食器を洗い終えたのか、ヤヒトの隣に座って肩をすくめる。


 「そうだぞ! セツナは仕方ないかもしれないが、あたしは危ないから来るなって言っただろう! それなのにヤヒト! お前は無理やりついて来やがって!」


 「リーナお前もだ。仲間の遺品をいち早く取りに行きたかった気持ちはわかるが、パーティーで勝てない相手に手負いの冒険者一人で何ができる。運良く遭遇せずに回収できる可能性もあっただろうが、それでも命を賭けてまでやることじゃない。実際今回は遭遇したわけだしな。仮にそのまま命を落としていたら先に逝った仲間に顔向けできるのか?」


 「そ、それは! その……悪い。その通りだ」


 思わぬ飛び火に何か言い返そうとするものの、実際、アクラの言っていることは正しく、結局ばつの悪そうに目を逸らすしかないリーナ。


 「まあ、結果三人とも生きて帰って来れたから説教はこれくらいにしよう。セツナとリーナには散々注意したことだしな」


 「ほんとにすみませんでした。ツノグマの恐ろしさは俺もよくわかってるはずなのに……。あの、それと、この流れで聞くのはあれなんですけど、俺達ってどうやって村まで帰ってきたんですかね?」


 アクラの言葉をしっかりと受け止めたあと、ヤヒトは気になっていたことを質問した。

 今はセツナもリーナも元気で、この状態なら気絶したヤヒトを運ぶことは可能だろうが、当時は二人ともボロボロで意識もなかったはずだ。


 「あ? それなら俺が連れ帰ったに決まってるだろ。朝起きたらお前たちの姿が見当たらないし、まさかとは思ったが一応昨日リーナがツノグマを見たというところまで行ってみたら、案の定ってわけだ」


 薄々そうだろうとは思っていたが、やはりアクラが三人を運んでくれたようだ。

 もちろん、デュアン達の遺品も含めてだ。


 「あぁ、なるほど。まじですみませんでした。でも、セツナもリーナもよくそんなにピンピンしてるな。今朝のが嘘みたいだ」


 「ん? ああ! それでヤヒトあんなに驚いてたのか! ――私たちがツノグマと戦ったのは()()()だよ。ヤヒトずっと寝てだんだよ。特に怪我も無かったし、初めてヤヒトを拾った時もこんな感じだったからあんまり心配はしてなかったけどね」


 あっけらかんとした様子でセツナは言った。

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