表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/56

12話 善戦

 セツナと合流し、簡潔に状況を説明したヤヒトはこの場をどう切り抜けるかをセツナに問う。

 セツナのおかげでヤヒトとリーナは目前に迫る死を回避できたはいいものの、依然として状況が好転したわけではない。


 「うん、逃げよう。畑に出るイノシシなら私でもなんとかなるけど、ツノグマ――それもこんなに硬いとなると、私が思いっきり叩いてもビクともしないと思う」


 「そうか……。でも、どうやって逃げる? 俺もリーナも足手まといだ。爆火魔石だって一瞬驚かせるくらいだし、今のセツナのでさらに警戒してる」


 「爆火魔石はあと何個残ってるの?」


 「五個」


 「五個かぁ。うん、わかった。じゃあ、私が合図したら投げてね!」


 そう言うとセツナはヤヒトの返事を待たずに「とりゃああ」という間の抜けた声を上げながらツノグマへと突っ込んでいく。

 警戒していたツノグマは、セツナの突進に合わせて剛腕を振って迎え撃つ。


 「ガアアア!」


 「おわっ! 危な!」


 すんでのところ、スライディングで回避したセツナはそのままツノグマの股を潜り抜けて背後を取る。

 しかし、ツノグマの背は硬い毛で覆われていて攻撃を通さない。

 聡いセツナなら先程の爆火魔石でそれをわかっているはずだが


 「せいやぁ!!」


 「ガアッ!」


 ピョンと飛び上がり、両足でツノグマの背中を蹴とばす。

 ズンという鈍い音をさせたセツナのドロップキックに、ツノグマが前方につんのめる。


 「き、効いてるのか……?」


 斬撃も爆撃も通さなかったツノグマ。

 リーナが頬の内側から短剣を突き刺して、ようやくダメージを与えるに至ったのが、ヤヒトよりも小さく細い女の子の蹴りを受けて簡単に仰け反っている。

 もしかしたら、セツナならこのままツノグマを倒せるんじゃないかとさえ、ヤヒトには思えた。

 だが、そううまくはいかない。


 「ゴアアアア!!」


 「わっ!」


 数回の攻防の中、ツノグマの突進をセツナが高く跳んで回避した時だった。

 丁度着地点にあたる地点に狙いを付けたツノグマが腕を振り上げ、魔力を溜める。

 いくらセツナがすばしこいと言えど、空中であれば避けられないと踏んでのことだろう。

 実際、セツナは空中を移動する術を持たない。


 「ヤヒト! ここ!!」


 「まじか!?」


 セツナが指差すのはツノグマが狙うのと同じ自分の着地点。

 そこを爆破しろということだろうが、そんなことをすれば当然セツナが爆発をもろに受けることになる。


 「ああもう!」


 それでも、ツノグマの攻撃に当たるよりもマシということにヤヒトもすぐに考え至る。

 心の内で謝罪の言葉を唱えながらヤヒトは爆火魔石を投げる。

 ツノグマがの咆哮と重なるようにして爆ぜた爆火魔石は、軽いセツナの体を簡単に吹き飛ばす。


 「ぐっ!」


 「セツナ! セツナ!?」


 ツノグマの一撃を避けることはできたものの、小規模とはいえ爆火魔石の爆発をもろに受けたセツナは、受け身を取ることができずに何度か跳ねるように転がった後、倒れた木にぶつかってようやく止まる。

 ツノグマがいるせいで、地面に倒れ込むセツナを助け起こすことができないヤヒトは名前を呼んで安否の確認をとる。


 「――――」


 何度かの呼びかけの後、グッと地面を押すようにして上体を起こすセツナ。

 遠目からでも、無事とは言い難い状態であることは見て取れる。

 ゴシゴシと手の甲で鼻血を拭いながら立ち上がり、ツノグマを睨みつけるセツナは、両手をグッと握りこぶしを作って戦闘続行の意思を見せる。


 「セツナ! 大丈夫なのか!?」


 「うーん、正直かなりマズイ! ダメそうだったらヤヒト一人でも逃げてね!」


 「な、何言って――」


 リーナもそうだが、セツナは特に人の返答を待たない。

 セツナは、ヤヒトの口から否定が飛び出す前にツノグマに走りだす。

 「クソッ」と焦りともどかしさから悪態を吐き出し、ヤヒトもすぐに頭を切り替えて自分に出来ることを考える。


 「――今のうちにリーナを」


 戦力外とはいえ、ヤヒトはセツナの指示通りに爆火魔石を投げなければいけない。

 さしあたって、リーナを抱きかかえたままではそれがやりずらいため、今のうちにリーナを安全そうな岩陰に寝かせる。


 「頼むからこのままコロッと死んじゃうとかはやめてくれよ」


 そう呟いて、ヤヒトはセツナの邪魔にならないギリギリまで近寄り、いつでも投げられるように爆火魔石をポーチから取り出して手に握っておく。


 いつの間にか、ツノグマの周りをグルグルと回るように動くセツナ。

 どういう意図であんあ風に回っているのかヤヒトにはわからないが、ツノグマも素早さに関しては劣っていることを理解してか、むやみやたらに手を出すようなことはせずに、黙ってセツナの動きを警戒しているようだ。


 「グウウウ……。ガアアアア!」


 「――――!」


 どれくらいそうしていたのか、遂に痺れを切らしたツノグマがセツナに向かって突進し、大きく伸ばした腕で踏みつけるようにして跳びかかる。

 ヤヒトは突然起きた状況の変化にビクッと体を跳ねさせる。

 バキャッという木が砕ける音と、周囲に舞う土埃と木片。

 ヤヒトの視界にあるのはツノグマの広い背中だけで、さっきまで走り回っていたセツナの姿はない。

 まさか今の一撃で声を上げる間もなく潰されてしまったのではないかと焦るヤヒト。


 「セツナ! おいセツナ! 嘘だろ!?」


 ヤヒトが呼びかけてもセツナの声は返ってこず、代わりに、「グルゥ……ゴフゥ……」というツノグマの低い息遣いが聞こえるだけ。

 そんなツノグマの様子に、ヤヒトは違和感を覚える。

 セツナを倒したのなら、すぐにヤヒトに標的を変えて襲ってきてもいいはずなのに、その場に留まって何かを探すように首を動かしている。


 「――ァァァァ」


 「セツナ……!?」


 聞き間違えるはずもない。

 紛れもなくそれはセツナの声なのだが、不思議なことに声はツノグマがいるあたりではなく、もっと上の方から聞こえてくる。

 声を頼りにヤヒトが空を見上げれば、木が無くなり見晴らしがよくなった山の上空、逆光ではっきりとは見えないが()()が飛んでいる。

 否、その何かは飛んでいるわけではなかった。

 重力に逆らうことなく段々と速度を増しながら、真っ直ぐ真っ直ぐ落ちてくる。

 高度が低くなるにつれてその姿は鮮明になり、加えて、セツナの声も近づく。


 「ァァァァアアアア!!」

 

 詰まる所、落下してくる何かはセツナである。

 どういうわけか、いつの間にか上空に飛び上がったセツナが、もの凄いスピードで落ちてきているのである。

 おまけにその手には、これまたいつの間に拾っていたのか、リーナの短剣が握られている。


 「アアアアアアアア!!!!」


 「グルォ……!?」


 地上にばかり目を向けていたツノグマも、ようやく上にいるセツナの存在に気づいたようだ。

 驚いたせいか、体が硬直したツノグマは僅かに回避が遅れる。


 「ダリャアアア!!!!」


 落下の速度をそのままに、セツナが構えた短剣はツノグマの右眼に深く突き刺さる。

 

 「ゴガァァアアアアア!!」


 右目を失った痛みとショックに、ツノグマは激しく暴れだす。

 頭をゴンゴンと地面にぶつけたり、周囲の倒木を蹴散らしたり、何とかして痛みを誤魔化して和らげようとしているのだろう。

 それに巻き込まれないようにと、セツナは早々に離脱してヤヒトの隣へと戻って来る。


 「すごいなセツナ! いつの間に空に跳んだんだ!? 俺はてっきりツノグマに潰されたかと思って焦ったんだぞ!」


 「真ん中に物を置いてその上に板とか棒を置いて、片側をドンッてしたら反対側がピョンッてなるでしょ?」


 「ああ、てこの原理な」


 「てこ? えっとそれで、それができそうな岩と木が丁度あったから、そこにツノグマを誘導してピョーンって!」


 「いや、誘導ってどうやるんだよ。一歩間違えたら即死……。いや、とにかくやったな! あいつもかなり痛がってるみたいだし!」


 詳しいことは後で聞くとして、今はあれだけ歯が立たなかったツノグマに深手を負わせたことにヤヒトは大喜びする。

 しかし、そんなヤヒトの様子とは裏腹にセツナの表情はどこか浮かない。


 「うーん、正直今ので倒せなかったのはかなり痛いかな。本当は脳天を狙ってたんだけど、ギリギリであの角に逸らされちゃった。全く、このツノグマは頭がいいね。多分もう同じ手は効かないだろうし、さらにこっちの動きを警戒してくるよ」


 「そ、そうなのか……。じゃあ――」


 「うん。今のうちに逃げよう」


 ツノグマが痛みに悶えている今が逃げるのには絶好のチャンスである。

 ヤヒトはリーナを、セツナはデュアン達の遺品を担いで村を目指す。


 ――そう、目指しはしたのだ。


 「――――ぁ」


 「ん? どうしたセツ……ナ?」


 ヤヒトのすぐ横にいたはずのセツナがふっと消えた。

 いや、消えたように見えただけで、実際は何の予備動作もなしに急にその場に倒れ込んだだけだ。

 大きく裂けた背中から大量の血を噴き出しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ