9話 自責の念と遺品回収
「そうか……。まずは、よく生きて帰ってきてくれた。報告してくれたこと、感謝する」
リーナから話を聞いたアクラは深く頭を下げる。
きっと、リーナがこの情報を持ち帰ってくれていなければ、次にこの依頼を任されたパーティーも犠牲になっていただろう。
討伐こそできなかったものの、赤黒のツノグマの調査という面では多大な貢献である。
それでも、リーナの顔は暗いまま。
当たり前だ。
長い間冒険を共にした仲間を失ったのだから。
「よしてくれよ村長さん。結局あたしは仲間を置き去りにして逃げてきたんだから。礼を言われるようなことは何も……」
「リーナさん」
元気のないリーナをセツナは心配そうに見つめることしかできない。
ヤヒトもリーナが言ったことが信じられないといった様子で口をぽかんと開けている。
なんであんなに気さくで良い人が死ななければいけない。
本当はまだ生きていて戦っているんじゃないか。
それなら早く助けに行かなければ。
しかし、誰がどうやって助けに行くというのか。
――――そんな考えがヤヒトの頭の中をグルグルと回る。
自分が異世界に来ることがなければ、赤黒のツノグマと出会うことなんかなかった。
そうすれば、デュアン達が依頼を受けることなどなかった。
こんなことにはならなかった。
――きっとこの考えは半分正解で、半分間違いだ。
ヤヒトが異世界に来なくても、赤黒のツノグマの存在はいずれ誰かに確認され、依頼が出される。
それを受注するのがデュアン達とは限らない。
限らないが、誰かは必ず受注する。
そして、犠牲になる。
赤黒のツノグマは人を殺す――――変えようのない厄難なのだ。
ただ、もしもその犠牲になるのがどうやってもデュアン達であったというのなら、ヤヒトはそんなクソみたいな運命を定めた神を呪う。
「まあなんだ、今はうちで休め。ギルドに戻るのもそんな怪我じゃ無理だろう」
「……ああ、まあ、そうだな。お言葉に甘えるよ」
リーナの歯切れの悪い返事には少し思うところがあるが、仲間を失ったのだから心に相当な負担があるのだろう。
四人は話を切り上げ、リーナはセツナの部屋で安静にしてもらうことになった。
ギルドへの報告は、事態も事態であるため早いほうがいいということになり、リーナから聞いた話をアクラが封書にして使者を送ることにした。
――その日の夜。
ヤヒトは何となく寝付くことができずに、寝台の上でぼうっと外を眺めていた。
「そういえば、この世界って月が二つあるんだな。っていうか、あれって『月』なのか? ――――デュアンさん、マジで死んじまったのかな……」
気を紛らわそうとしても、どうしてもリーナの話が頭を過る。
正直、初めて会った日にちょろっと話したぐらいで、デュアン達との思い出なんて特にあるわけでもない。
それなのに、どういうわけか心にぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じてしまう。
「きっとリーナはもっと辛いんだろうな。これがセツナやアクラさんだったら、俺はどれだけ泣き喚くんだろう」
そう呟いた時、微かに誰かの足音が聞こえた。
足音は、セツナの部屋の辺りから玄関の方へ向かっている。
「セツナ、寝ぼけて水汲みにでも――」
違う――今日、セツナはアクラの部屋で寝ているはずだ。
せつなの部屋を使っているは――――。
「あいつ、まさか……!」
ヤヒトが急いで玄関に向かうと、丁度リーナが外に出たところだった。
服装も、冒険者用の軽装備に着替えている。
「――――」
「――世話になった」
どう声をかけるか迷っている間に、リーナに先を越される。
多分、リーナが向かうのは町ではないだろう。
もし町に向かうのなら、こんな夜中にこっそりと抜け出す必要がない。
考えられるとしたら、
「――デュアンさん達の所に行くのか?」
「……ああ、でも勘違いするな。なにも仇討ちしようってんじゃねえよ。みんなで戦っても勝てなかったんだ。あたし一人で敵わないことなんてわかってる。それに、せっかくみんなが逃がしてくれたのに自分から死にに行ったら怒られちまう。だから、せめてあいつらの遺品だけでも持ち帰ってやりたいんだ」
リーナが握った拳がブルブルと震えている。
その震えは恐怖からじゃない。
ツノグマを仕留めきれなかった自分の弱さ、デュアンの「逃げろ」という指示を飲み込むしできなかった不甲斐なさ、本当は今すぐにでも復讐してやりたいのに、それができない悔しさからくるものだ。
「でも、その手負いじゃあまともに動けないだろ」
「冒険者をなめるなよ! 回復ポーションも効いたのか、ほら! このと――っ!!」
短剣を振るところを見せて、問題ないとアピールしようとしたようだが、腰から短剣を抜き放って構えようとしたところで、険しい顔をして動きを止める。
どうやらまだ背中の傷が痛むようだ。
この様子では走ることも厳しいだろう。
「いやいや、全然大丈夫じゃないじゃん! 遺品って言っても、冒険者ギルド? とか、他の冒険者の人が回収してくれるんじゃないのか? アクラさんが冒険者ギルドに手紙出してたし」
「ダメだ! みんなのは絶対あたしが回収して一緒に帰るんだ! それであたしが弔って、お疲れって言ってやるんだよ!」
リーナはヤヒトの胸倉を掴んで声を荒げる。
いくらリーナが怪我をしていると言っても、さすがは冒険者だ。
ヤヒトが胸倉を掴む手を外そうとしてもビクともしない。
「わかった! わかったから! 声がデカい! 近所迷惑!」
「えっ! あ、ああ、すまない。つい熱くなり過ぎた。でも、これでわかったろ? 止めても無駄だ。あたしは行くぞ」
ヤヒトが慌ててそう言うと、リーナはハッとしたように手を放す。
「ゲホッエホッ。――ハアァ。じゃあ、俺も行く。戦闘では役に立たないだろうけど、なんかはできるだろ。荷物持ちとか」
「馬鹿を言うな! 普通の魔獣なら今のあたしでも多少は何とかなるだろうが! もしもまだアイツがいたらどうするつもりだ!? お前に何ができる!? 冒険者でもなければ戦闘経験だってろくに無いくせ――むぐっ!?」
また声が大きくなるリーナの口を手で覆って、「静かに!」とヤヒトがまた注意をする。
冷静になったのか、リーナがコクコクと頷いたので口から手を離す。
「赤黒のツノグマが出たら何かできてもどうせ死ぬでしょ。それに二人だったら遺品を二倍持ち帰れるだろうし、怪我人だって知ってんのに危険な場所に一人で行くのを黙って見送るのもできない。最悪、また知った顔が犠牲にでもなられたら俺の気がおかしくなるわ。あと、これでも俺は赤黒のツノグマと遭遇して生き延びたんだぞ。それも仲間もいなければ、冒険者でもないのに」
「いや、だが……」
「いいから、早くしないとアクラさんやセツナに気付かれるぞ。そしたら家の柱にでも縄で縛られるかもしれない」
「でも……」
「ああもう! 俺だって色々思うところがあるんだよ! もういい! 俺一人で行く! だからリーナも一人で行けばいい!」
煮え切らないリーナに対して、ヤヒトは段々イライラしてきた。
結果、よくわからないことを口に出して、一人でずんずんと歩いて行く。
「何なんだお前! もう! 連れてけばいいんだろ!」
さすがにここまでくるとリーナが折れて、ヤヒトの同行を承諾した。
これ以上言い争っても、村の人々が騒ぎを聞いて起きてきてしまうかもしれないからだ。
その後も多少の言い合いが起こりつつも、何だかんだで落ち着いた二人は、順調に目的地に近づいていた。
幸い、道中に魔獣と遭遇するということもなかったおかげで無駄な戦闘で消耗することを避けられた。
リーナが戦えると言っていたが、もしも傷が開いて倒れられでもしたら大変だ。
戦力は完全にリーナ頼りだからだ。
「かなり生い茂ってるけど、意外と通りやすいな」
「あ? そりゃあ、あたしが道作ってったからなあ。歩きやすいだろ? デュアンが先頭歩くくせに道作ってくれないからな。しょうがなくあたしが切り拓いてやったんだ」
「へー。意外と優しいんだな」
「意外とはなんだ! まあ、ギルベルトやペッカには危ないだの体力を温存しろだの怒られたけどな」
少し悲し気な表情をするリーナ。
気丈に振舞ってはいるが、やはり昨日今日で完全に立ち直るのは無理な話だ。
仲間想いのリーナであれば尚更のこと。
「……確かあのあたりに」
そう言って、リーナはベルトに下げていたランプを手に取って奥を照らすように前に向ける。
そこには、割れたポーションの瓶や爆火魔石などが散乱しており、近くには幾分しぼんだ大きなリュックが無造作に転がっていた。
「――あれって」
「ああ、ペッカのリュックだ」
リュックの付近には赤黒く乾いた血溜まりが残っているが、ペッカの姿はどこにもなかった。
頭のどこかでは、まだ生きているんじゃないかなんていう都合のいい妄想を繰り返していたリーナだが、それを目にしてしまってはもう受け入れるしかなかった。
「ごめん。助けられなくて、ごめん」
リーナは強く歯を食いしばり、静かに血溜まり撫でる。
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