16話 知も常から堕ちる その1
極秘異界研究所の大幅改修工事が終わり、それと同時に職員の休暇が解かれ、俺達特殊部隊員も同じく久しぶりの帰省が終わり極秘異界研究所に戻って来た。
あれから商人と名乗った怪物は現れず、何事も無く日常が過ぎた。まぁ、近所が警察とマスコミで溢れ日常どころでは無い部分も多少あり…………マスコミのお陰でかなり疲れた。
約10日に及んだ改修工事により、前の研究所には無かった施設や部屋が追加された。その1つがここ、修練道場。
ある程度広い空間とまぁまぁ高い天井。硬過ぎない程度の木の床。
道場を参考に造られた対異常生命体の戦闘訓練部屋。だが実際に格闘技等のステゴロで勝利したのはほぼほぼいない。そしてここの職員は現状誰も利用していない。それもこれも荒起博士と白銀の造る武器や防具が常軌を逸しているからに他ならない。
武器威力が高くて対抗可能。防護性能が高くて低威力攻撃を弾く。お陰で今まで武器や防具に頼って来たが、支配人ジョキュが物理減衰シールドを貫通し拳を全力で避けた時、今まで培った技術の訛り、全体的な体力の衰えを痛感した。
一度何処が衰えているのかを再確認する為に、俺と常盤で何でもありの模擬戦闘を行うことになった。
いつもは興味を持った常盤が強引に誘う。だが今回は俺から常盤を誘い、常盤はそれに了承した。
最近こう言う対人戦闘をサボり過ぎて危機感を覚えていた所だ。怪物相手に通用せずとも、基礎体力の向上は必須。衰えの再確認と共に体力を補う。
「それじゃあ行くよー!」
ラフな格好の常盤が俺から少し離れた地点で手を振る。
「始めてくれ!」
俺がそう言うと、常盤がかなりの速度で迫り右腕を振りかぶる。速度、距離、速度から推測される威力。充分対応可能。
最低限の移動及び体力で躱し、常盤の振りかぶった右腕を掴み足に力を入れ柔道の要領で常盤を投げ飛ばす。
この反撃に常盤は黙らず、空中で体を捻り予測落下地点より手前に着地し再び俺に向けて突撃した。
再び同じように向かってくればまた投げ飛ばそうと考えていると、今度はただ突撃及び突進した。ここまでならまだ対応可能だった。
常盤はかなり低い位置から、狼を相手取っているような低い体位から足元を中心に攻撃を放ち、流石にたまらずその場で大きく跳ねる。
常盤の全体像を上から確認し、その状態では回避不可能な攻撃を跳ねて空中にいる間に取捨選択。
常盤は低い体位を保ち着地狩りを狙っている。ならば、最適解は何もせずの落下。
着地の瞬間、体を丸めしゃがみの体勢に。そのまま常盤の着地狩りの対処。しゃがむことで同じ高さになったことによりリーチが同一化。つまり後出しで俺が着地狩りに出された手を対応可能になる。
出された常盤の両手を掴み、しゃがみを崩す。そのまま体勢を変え、片手の拘束が緩くなった常盤がその片手で掴んでいた手を弾く。ここまでは想定通り。
片手を掴んだままもう片手を床に付け重心を掛ける。両足を床から離しそのまま回転して回し蹴りを――――
「さっすが!新條君。やっぱり強いね」
回し蹴りを止められた?!
ギシギシと音を立てながら、常盤が俺の回し蹴りを拘束を解いた手で受け止めていた。
反応速度を見誤った……!
そして不味い。常盤の手が俺の足を握っている。模擬戦闘とは言え常盤の力では拘束を解くのは難しい。打開策として絞技が上がるが、絞技では常盤に超接近しなければならない上に、足を掴まれていては確実に絞技は不完全に終わってしまう。
痛みを感じない常盤に痛みに関する攻撃は通用しない。通用すれば痛みに怯んだ隙に抜け出せるが…………いや、痛みが通用しなくとも衝撃は喰らう。なら……
「すぅーー……!はぁーー……!」
一度深呼吸を挟み、ミリも動かぬその手を軸に、常盤に急接近する。そのまま掴んだままだった手を離し、両手で常盤の腹に渾身の一撃をお見舞いする。
「かはっ?!」
流石の常盤も耐え切れず足を掴んでいた手を離し、その隙に常盤と距離を取る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――――ねぇ新條君。今の何……?」
息の上がった常盤が今の攻撃について聞いて来た。下手に隠すような技では無いし話しても良いか。
「発勁だ。かなり前に中国武術を習ってな、あの頃よりも威力も精度も落ちたが、常盤を怯ますには充分だったらしい」
「そうだね……結構な衝撃だったけど……あれで威力が落ちた方なんだ……荒起博士がスカウトするのに充分な力があったんだね……」
「そうだな。あった、が正しい」
一時の会話を終え、この場が一瞬にして静まった。まぁ、誰もいないし風も吹かないから当然と言えば当然である。
今度はこちらから攻めてみようか。
隙の無い最短最適解の道筋。翻弄する為にジグザグに進み、視線が逸れた常盤の視覚外から拳に力を込め常盤の顎に向けてスカイアッパーを放つ。
「そう簡単には喰らわないよ!」
間一髪で常盤が頭をズラし、スカイアッパーが頬を掠るのみに終わった。これを躱すとは、やはり動体視力と反射神経は常軌を逸している。
距離を取られる前に拳を引っ込ませもう片方の拳を放つ。だが直前でガードされた。間髪入れずに再度拳を放つ。今度もガードされ、その上常盤から俺の腹に向けて反撃の拳が迫るのが見えた。堪らず体を横に動かし反撃の拳を空振らせ再度攻撃に転じる。
常盤の拳の速度、空気が切れる音、想定される威力は果てしない。故に単純なガードでは受け切れず貫通する恐れがある。だからこそ体を大きく動かし空振らせなければならないという点は痛い。
俺の攻撃は常盤に全てガードされ、稀に反撃が飛び堪らず大きく避ける。繰り返す内に常盤の反撃の頻度が上がり、さらには攻撃を逸らされ始めた。
流石にこうなってしまったら大きく避けるのが相当痛い。仕方ない。こうなったら、できうる限り常盤の拳を両手両腕使い逸らす。この隙間には片足を振り上げ茶を濁す。
「……!」
常盤の足が攻撃中で一本になった足に向けて回し足払いを仕掛けて来た。しかも早い……!
常盤の片腕は俺の振り上げられた足をガード。もう片腕は逸らされ空を切っている。
こうなったら両腕で足払いをし始めた常盤の足を掴み、そこを起点に片足を上げ足払いを回避。そのまま体重を掛けて押し倒し、常盤が呆気に取られた瞬間を狙い絞技で行動封じ。
……したかったんだが、完全に絞技が決まる前に凄まじい勢いで床をゴロゴロと転がられ絞技が解かれそのまま遠くに転がり距離を取られた。
打撲の箇所を確認しつつ、常盤に視線を合わせ立ち上がる。常盤も同じく立ち上がる。
状況が振り戻しになった。
前に一歩踏み出す。常盤も同じく。速度を上げ、迫り、再び拳を――――
「そこまでじゃああ!!」
「?!」「?!」
再び殴り合いか開始されようとした瞬間、荒起博士が扉を叩き開けその大声が道場に響き渡り、俺と常盤の拳は荒起博士の乱入と大声で力を失い、ふにっと頬に接触した。
荒起博士によって模擬戦闘が強制中断され、そのまま荒起博士の研究室に半強制的に連れられた。研究室には既に白銀とコアがいた。
荒起博士が周囲に視線を巡らし特殊部隊全員が集まったのを確認すると、いつも座っている椅子に腰を掛けた。そして一呼吸置き荒起博士が口を開く。
「次の調査実験は、先の件を考慮し長期間に及ぶことになった!コアには3ヶ月ほどの食糧と飲料水。それとスペアの武器と防護服。そして念には念を入れ、無限ウォーターサーバーと24時間時計を持たせる予定じゃ!実験の終了はお主等が絶対に安全だと認定したエリアに到達するまで。明日の15時30分より実験を開始する!」




