14話 人の不幸を買う商売 その3
間違いない。間違うはずが無い。これは、何度か嗅いだことがある人間の血。
扉の向こうから血の匂いがする。だが、どうして?
ここまで匂うならただの切り傷や擦り傷では無い。もっと大量な血…………殺人……!
警察……いや時間が無い。俺なら武器持ちの一般人は片手でいなせる。
扉に手を掛ける。
鍵は掛けられておらず、すんなりと開いた。血の匂いが濃くなった。
何があっても良いように、土足で踏み上がる。あいつには後で謝ろう。玄関から廊下に進み、その奥。血の匂いがする部屋……台所。
「え……?」
包丁を片手に持ったあいつがいた。足元にはあいつの母親が血まみれで倒れていた。あいつが俺の方を向いた。
あいつの目からは理性が感じられ無かった。ただ、異常界の怪物と重なって見えた。
俺の方を向いたあいつが包丁を握り直し、俺を襲って来た。しかし、あの時のような技術や技能は感じられず、ただ目の前の敵を襲う獣のようだった。
と、取り敢えずあいつの攻撃を軽くいなし、足首を払い転ばせ、包丁を奪い取り、絞技であいつを拘束する。
「ほう。案外持ちましたね」
?!
誰だ?いつからいた?何処から入った?
誰なんだ……いきなり目の前には黒スーツに細目で黒い中折れ帽子を被った男。
両手を後ろに回し、俺の背後からあいつを覗き込むよう立っていた。
今のこの男の言動は変だ。
まるであいつがこうなったらのを知っているかのよう……まさか……!
「お前が、やったのか…………」
「ほう?」
片目を開け、その男は考え込む素振りを見せると、男の体がぐにゃりと歪んだ。
「初めまして、私はヴェルデント商会の商会長をしている者です。商人、とでもお呼び下さい」
男が、怪物に変わった。
身長は3メートルをゆうに超え。2本ずつある手足は身長に比例するように細く長く。言うなれば細身の巨躯。
紳士服をまとい、頭にはシルクハットをつけていた。肌は灰色で、口は大きく裂け、そして唇が無く、歯茎が剥き出しになり、その口は笑っている様な印象を受けた。
それの顔には目、鼻、耳が存在せず、顔の中心に、何処までも沈んでいきそうな黒が、渦巻いていた。
……異常界の怪物。なのに、不気味なほど恐怖が感じられない。
「おや?貴方は……成程成程。興味を持つ訳ですか」
突然目の前の怪物……商人がそう呟く。何が言いたい……?
商人が自身の懐に手を伸ばす。少しゴソゴソと漁ると、1つの瓶。そして瓶に入った錠剤を見せつけられる。
「これは全能薬。これを一粒飲めばあらゆる才能が一時的に手に入り、それを極めた者と遜色無い力と才能を得る。デメリットとして、全能薬を使用すればするほど神経は擦り減り、理性を失い、最終的には目の前の男のように、自己が磨耗し続け自己が崩壊していまう。天才だと言われたこの男も、これが無ければただの弱者と成り下がる」
…………それは……本当なのか……?俺が何度も苦渋を舐めた天才が、その才能が、ただの虚構だと……?
「…………」
何とも言えない怒りが込み上がる。俺が絞技で拘束しているあいつは、致命傷にならない程度の一撃を浴びせ気絶させる。自業自得だ。これくらいは甘んじろ。
立ち上がり、目の前の怪物を見つめる。拳に力を込める。怪物との距離を縮め……殴った。だが怪物を殴れなかった。俺は突如として怪物の前に発生した金属の盾を殴った。
「衝撃逆流」
「?!」
殴った腕に逆方向から殴られたような痛みと感覚が走った。
「この盾に付与した異常の名です」
盾から離れ念の為隠し持ったサイフに擬態した擬態型の小銃でその盾を撃つ。
荒起博士に何かあった時の為、特殊部隊全員に1つずつ自衛用に何かの物に擬態した小銃を渡されている。こんな場所で使うことになるとは……
この小銃は小型で擬態している分、威力は低い。だが人を殺めるには十分な火力を持っている。
『パンッ!!』
小銃から放たれた弾丸が盾に着弾すると、弾丸が跡形も無く破裂した。
この銃弾は柔く造られていないはず…………まさか、そうか、成程。
あの盾はダメージをそのまま相手に反射させるのか。だから腕に痛みが走り、銃弾は同威力を鏡写しの角度で浴びせられ、銃弾は耐え切れず破裂した。
だがどうする?あの盾の異常を知れても、あの盾がある限り、攻撃を防がれる限り勝ち目は無い。
「次いでです。これも受けて貰いましょうか」
突然空中にナイフが出現した。
「がはっ……?!」
吐血?!しかも早い。反射で避けてもナイフが掠ってしまった。
「今のナイフに付与した異常は流動暴走。ナイフに接触した『流れる』を暴走させる異常です。貴方の場合……つまり人間の場合ですと、血液。血流が該当したようですね」
ご丁寧に解説を……それほどまでに話したいのか、もしくは俺が取るに足らない、か。こいつの言動から察するに、恐らくその両方。
「暴走した時間はごく僅か……ですが大ダメージですね。どうですか?体内の届かぬ異変に成すがままにされる気分は」
「…………」
「それが返答ですか。案外頑丈何ですねぇ?さて、もう少し増やしてみましょう」
1、2、3、4、5、6……恐らくさっきのようなナイフが14。それ等が突如出現し、空中で俺を取り囲み静止している。不味い。怪物が言うように俺の体はあのナイフで大ダメージを喰らった。
もし仮に全力で体を動かそうとしたのなら、俺の体は致命傷を負う。その思考と共に、俺の体はそうだそうだとでも言うように激痛が迸る。
「痛覚爆増。感覚鈍感。身体過負荷。筋繊維破壊。霧散麻痺毒。体水分吸収。重力波。極度冷気。極度熱波。思考停止。完全即死。超加速。法則無視。次元貫通……これくらいで良いでしょう。さあ、貴方は異常が付与されたナイフを、全て避けられますか?当たれば即死。掠れば即死。防いでも即死。これ等全て、そうなる程度の異常です」
「新條君!」
常盤と白銀があいつの家に入り込み俺の名を呼んだ。
実は血の匂いがした辺りから、念の為常盤のスマホと通話を繋げていた。恐らく俺の実家からここまで走って来たのだろう。常盤の息が軽く上がっている。
「邪魔が入りましたか。まあいいでしょう。全能薬の効果限界を知れましたし」
俺の周囲を取り囲むナイフが消失した。
商人がルービックキューブのような四角い箱を取り出し、それは計27個の小さな四角に分解し、商人を取り巻き始める。
瞬く間に商人が消え、その場には意図してなのか、全能薬が残されていた。
「新條君!大丈夫!!?」
「な、なんとか」
全身から、激痛と、危険信号を、発して、いる。
思考が停止しそうだ。
しかし今はこいつの処理をしないと。警察には荷が重い。仕方ない、ここは荒起博士を頼るとしよう。
◆◇◆◇
アビスシステム研究統括主任。荒起小金が運営する国内有数の私立病院にて。
ムラサキケマンを含めた様々な花束を持った荒起博士が、病院の中にある薄暗い廊下の奥へと進んでいた。
ある程度進み突き当たりに達すると、突き当たりにある扉を開け、その部屋の中へ入って行った。
その部屋には、大量の医療器具と生命維持装置。そして、様々な花束に囲まれた、ベッドに横たわる1人の少女。荒起博士はベッドの横にある椅子に座り、花束を空っぽ花瓶に入れた。
「久しいな……」
その患者に対し、親しげな口調でそう言った。
「すまない。ここ最近は忙しくて、会うことができなかった」
話しかけられている少女は動かない。口は開かない。
「そういえば、お主と初めて会ってから今日で150年になるらしい。9歳の時に、親から紹介されたお主と会ってびっくりした。いきなり儂を見て逃げ出したからな。お主の家族と儂と儂の家族総出でお主を探すかくれんぼは大変だった。やっと見つけ、お主に逃げた理由を聞くと結婚したく無いからと来た。理由を知った時は腹の底から笑った。友達から始めることでやっと頷いてくれたが、中々に苦労した。その後はもう1人入れて、悪餓鬼3人組として色々やったなぁ。あの頃が懐かしい」
懐かしむ荒起小金の独り言に誰も答えず、静寂だけが過ぎて行く。
「あの時の悪餓鬼3人組は、1人は理性を失い、1人は100年以上眠り続け、1人はただ塵のような虚しい努力を延々と続けた。あれからお主が昏睡状態になってから、儂の時は停滞したままじゃ。地球上に存在するあらゆる治療法を試した。全て効果は無かった。苦肉の策で異常界とこの世界を繋げ、お主を目覚めさせる方法を探した。異常界の高度な科学技術も持った者達が残したコアにも、他の者達に気付かれぬように協力を頼んだ。だが…………」
荒起小金は静かに目を伏せ、拳に力が籠る。
「あの商人と取引を……あの花を受け取ってしまったのが間違いだったのか。だが…………そうしなければお主は…………どうか……応えてくれ、目を、覚ましてくれ。日向」
昏睡し続ける少女に対し、荒起小金はありもしない空想と願望を、その口から溢した。
◆◇◆◇
『――――覚ましてくれ。日向』
「狸ジジイめ。初めから目的はそれだったか。どうりで……お前が言った仮名がダブった辺りから確信に変わったが、やはり小型無線機を白衣に隠して正解だった。さて、上にどう報告したものか……」




