13話 楽園を望むは人の形 その2
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「うわぁ……新條君が言ってた通り突破されちゃってるなー…………」
服に付いた綿を払い、常盤は人形の残骸で染まった廊下を進む。白銀は寝ぼけつつ常盤の後ろについて行く。
常盤を襲う人形は全て常盤に軽く叩かれ壁に潰れる。しかし何度も襲来する人形に常盤は無傷とはいかず、何度か致命傷を受け、だがその度に常備していた抽出黒錠剤を齧りその致命傷は瞬時に塞がっていた。
「あ、コア!」
人形達にとっては死屍累々の光景が広がるその廊下に、コアが凄まじい速度で移動していたのを常盤が視認し呼び掛ける。
コアはその声に気付きその場で停止した。
「どうしたの?」
何かを察した常盤がコアにそう聞くと、コアは数瞬の沈黙を置き、ゆっくりと応える。
「……先程この事態に対し、カラット情報道社以外の組織が発信している情報を調べた結果。この事態とエリア50についての関連性が判明しました」
「何があったの?」
「……エリア50は、安全なエリアではありませんでした。エリア50は、数多の組織に放逐された危険地帯。エリア17で検索した情報は、誤情報として改竄されていたようです。申し訳ありません。カラット情報道社の情報のみを信じた、ボクの落ち度です」
「大丈夫大丈夫。失敗は誰にでもあるし、そもそもアビスシステム実験は犠牲上等の危険な実験らしかったから、いつかこんなことになるのが今になっただけ。コアの責任だけじゃ無い。私達にも落ち度はあるから」
「ご主人様……」
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「走れ走れ走れ!!絶対に追いつかれるなっ!」
「分かってます!分かってますけど!何ですかあれ?!人形じゃなくてキグルミですよあれ!」
いつの間にか俺と本郷の背後からは、チェーンソーを片手に人型で人間サイズの不気味に血濡れた兎人形が追いかけて来ていた。
無作為にブンブンと振り回し、壁や床に傷跡をつけ、自転車より少し遅い程度の速さの速度で標的であろう俺と本郷に迫ろうとしている。
銃さえあれば射的の長さで圧倒的な優位を取れるが、まともな武器さえ無い状態であの人形に勝てる見込みは無い。そもそも振り回している速度的に人間の胴体は真っ二つになるだろう。
俺としては、無作為に振り回されると攻撃の軌道が読みづらいとか言う比では無い。チェーンソーの回避が格段に難しくなっている。
「何か、何か武器になる物!投げれる物はあるか?!」
「しゅ、手榴弾のピンなら!先の罠作りに余ったのが!」
「それじゃ小さ過ぎて使い物にならない!」
「じゃあどうすれば良いんですか?!」
「知るか!」
「はぁはぁ、はぁ……何とか逃げ切れた……」
「です……ね……」
あの兎人形から何とか逃げ切り、今は誰もいない掃除用具が詰まった部屋で息を整える。
しかしこの部屋に入れたのは行幸。殺傷力には欠けるが、武器として使える物が沢山。バケツや雑巾や掃除機。モップに竹箒。その場凌ぎなら問題は無い。
「行くか」
本郷の息が収まったのを見計らい、モップを持ち部屋を出る。俺が部屋を出るのを見送ると、深く息を吐き何も持たず部屋から出た。
「あっ」
またあの兎人形に見つかった。
こちらをギロリと見つめ、再びチェーンソーを振り回してこちらに迫って来た。
だが今俺はモップを持っている。このモップかなり大きくリーチは俺が上。
また逃げ切ることは可能だろうが、あれを放置するだけで被害が大きくなる。今の内に倒した方が良さそうだ。
ある程度近付いた所で、兎人形がチェーンソーを上に振り上げる。
手の甲、指、手首、腕の第二関節。チェーンソーを持つ上で重要な箇所全てに、モップの持ち手で強烈な突きを喰らわせる。
目論み通り兎人形はチェーンソーをその手から滑り落とし、間髪入れずに落ちるチェーンソーを突き少し離れた場所に弾き飛ばす。
こいつが危険なのはチェーンソーを持ち振り回していることだ。だから真っ先に叩き唯一の強みと危険を潰せた。
そして問題はこの後だ。もしチェーンソーに向かって一目散に取りに行くのならそこを潰せれる。手榴弾を喰らった人形が俺と本郷を追いかけて来なかったように、人間でない人形と言えど、体をある程度破壊すれば動きは止まるはずだ。
しかしチェーンソーを無視して俺に殴りかかる。それが問題だ。あのチェーンソーをあの速度で振るえるのなら、パンチの速度は想像に難く無い。2対1なら何とかなるかも知れないが、本郷は研究員で職員で俺や警備員と違い非戦闘員――――
「おりゃあ!!」
いつの間にかメリケンサックを両手に装備した本郷が兎人形の頭を殴り倒し、兎人形がピクリと動くと本郷が何度も何度も兎人形を殴り続け、兎人形が完全に動かなくなった時には、そこには兎人形だった物が散乱していた。
皮の布は粉々に千切れ、内臓の綿は周囲に飛び散り綿の水溜りになり、兎人形の目として付いていた2つのボタンは真っ二つに割られていた。
本郷伊波…………一体何者なんだ……?
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『ビー!ビー!ビー!ビー!ビー!』
「んあ?……荒起ぃ……また目覚まし時計を持って来た――――」
『――――繰り返す!アビスシステムの予定外の稼働により、人形が実験室に侵入!警備員の食い止め虚しく実験室外への侵入を許したと報告あり!職員は自身の命を最優先に――――』
「……面倒だな……はぁ」
『ビキ……ギギギ……』
「ん?あぁ、あのアナウンスが言ってた人形はこいつ等か」
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あの兎人形を俺と本郷の協力で何とか倒した後、少し廊下を進むと所長室に到着した。
この緊急事態には人手が多い方が良い。性格はともかく優秀な水葉所長なら大きな力になってくれるだろう。
いつも所長室のソファーで四六時中寝ていると荒起博士から聞いた。恐らく今も所長室にいるはずだ。
「……な?!」
所長室では、扉が強引に破壊されこじ開けられていた。
本郷と一瞬目を合わせ、すぐに扉の取手に手を掛けこじ開けられた隙間から所長室を確認する。
するとそこには、水葉所長が人形の軍勢を拳銃1つで圧倒する姿がそこにあった。
四方八方からの攻撃を紙一重で避け、その際に銃弾を人形の頭や腹に的確に直撃させていた。適度に拳や膝で人形を弾き飛ばし、弾が切れると目にも止まらぬ速さで銃弾を装填し、隙を見せること無く戦闘を継続していた。
時間は然程掛からず、1分で所長室にいた人形全てを水葉所長が全滅させた。まさかあの頼りたいという気分すら喪失させる水葉所長がここまで強いとは……
背後を振り返ると、本郷が構え装備していたメリケンサックを外していた…………武闘派の非戦闘員ばっかだなこの研究所。
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新條達が所長室に到着した頃、常盤達は荒起博士の研究室に到着していた。
「とうちゃーく!あー疲れたー……」
「おお!皆無事だったか!」
常盤が扉を開くと、そこにはバリケードを作り何かの兵器を構えた荒起博士の姿がそこにあった。
自身の過ちでこの事態を引き起こしたことに猛反省中のコアと、完全に眠気が覚めた白銀が研究室に入る。
荒起博士は持っていた兵器を降ろし、2人と1台を再度見つめ、疲れたように椅子に腰を下ろす。
「あの警報が鳴ってから、儂はこの研究室から出ていない。お主等の意見を交え、今一度状況を整理し、儂等が今、この事態の収束する為に必要なことを見つけるとしよう」
その言葉に白銀が真剣な面持ちで頷き、常盤は抽出黒錠剤の容器を取り出して中の残数を1人静かに数え始める。
「博士!」
その時、荒起博士を呼ぶ声と共に息を切らした3人組が研究室の扉を強引に開いた。
「おお!本郷に水葉!新條蓮!お主達も無事だったか!丁度今、事態収束の為の会議を執り行おうとしてる所じゃ!」
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