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アビスシステム  崩れゆく常識、積み重なる異常  作者: 鷹鴉
二章 法則を超越した怪物達
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10話 暗転迫る楽園 その2

「荒起博士。現在時間は何時です?」

『……時間は、15時23分…………はぁ、お主等くつろぎ過ぎじゃ!どうしたら2時間もくつろげる?!』


疲れ気味な荒起博士の声が全員の防護服内に響き渡った。


俺達は腐れ林檎姫から差し出された果実を…………常盤は赤、白銀は黒、俺は白銀から味覚消失麻酔液を借りて黒果実を食べ、その後この部屋で心行くまでくつろいだ。


だがくつろぎ過ぎたらしい。しかし2時間も休んだのは、それだけ支配人との逃走で疲れたからだ。体力的にも精神的にも。


『2時間変わり映えの無い会話を聞く身にもなれ!新人から借りた漫画が無ければ儂の精神が持たなかったぞ?!流石に良い加減そろそ『やはり漫画は良いでしょう?!これを期に博士も漫画をーー』今はそんなことはどうでも良い!警備員!こやつを離してくれ!お主も漫画は返すから少し黙れ!!』


荒起博士の通信に、先日見かけた漫画好きの新人研究員が割り込み、声はそのまま遠くに離れて行った。博士も博士で苦労しているんだな。


「ねぇじいじ。さっきから反対されてるけどさ、このエリアは安全だから一回ヘヴンシステム使って戻っても良かったんじゃないの?」


床に寝転がった白銀がぜぇぜぇと息を切らす荒起博士にそう聞いた。


『この実験は長時間続けるつもりじゃ。だからまだまだ調査を続けよ!さっきなんて、ただ逃げてるだけじゃったろ?!』


それもそうだが……


そのまま荒起博士の小言が始まった。頭を空っぽにして聞いていると、二時間の間俺達の様子を楽しそうに眺め椅子に座っていた腐れ林檎姫がおもむろに立ち上がり、外へと出て行った。


「……」


荒起博士の小言を無視し、腐れ林檎姫の後を追う。外に出て少しばかり進むと、腐れ林檎姫がただ静かにある方向を見つめていた。


…………?腐れ林檎姫と同じ方向を見ても何も見え……………………黒?分からない。だが今俺がすべきこと、それは……

「常盤!白銀!緊急事態だ!!」






「何?あの黒い雲」


次元間通信機器を通して常盤と白銀を呼び寄せ、腐れ林檎姫が見つめる方向に目を向けさせた。疑問が零れる常盤に対し、このエリアについて知っている白銀は緊迫した様子でそれを見つめていた。


「ワタシは知らない……現世帰還隊にはあの黒い雲に関する情報なんて無かった…………」


腐れ林檎姫が見つめる方向には、遠くからこちらに迫る小さな黒い雲があった。俺が見た時の大きさはピンボールほどだったが、今はバスケットボールほどの大きさになっている。


「うーん?こっから見ても小っちゃい黒い雲……全然分からないなー…………コア。あの雲の映像を出して」

「了解しました」


常盤の要望にコアが応え、空中に黒い雲に対し少しズームした映像が映し出された。


「ズームして」

「了解しました」


さらにズームしたが、黒い雲が映像の端に埋まったが全然分からない。


「もっと、もう少し。んー、まだよく分からないな……もっとズ――――」


……腐れ林檎姫を除いた、この場の全員が絶句した。


「あれ全部飛蝗(バッタ)……?もしかして、あれって蝗害(こうがい)?!」


あの黒い雲は飛蝗の大群によって形成されたものだった。常盤はその様相に慌てふためき、白銀は気絶し、俺はただ口をあんぐりと開くことしかできなかった。取り敢えずコアに映像を消してもらい、白銀を叩き起こす。軽く揺らしたらすぐに起きた。


「ね、ねぇコア。あの黒い雲に……蝗って何匹いるの?」


あまりの光景に若干引きながら、常盤は黒い雲にいる飛蝗の具体的な数をコアに聞いた。


「数にして、4235680486517826887593021460392745――」

「ストーップ!大体でお願い大体で!」


眩暈しそうなほどのあまりの数の文字の羅列を、常盤がすぐさま止める。


「数にして、約423恒河沙ほどです」


「…………ほえ?」

常盤がその数に一瞬フリーズした。


えっと確か……一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秭、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙…………一体どうやったらこんな天文学的な数になるんだ。おかしいだろ…………


「検索中…………検索中…………検索中…………ヒット。ご主人様が黒い雲と形容した飛蝗。その名称は天文学的な蝗。

ごく短時間に100前後の卵を空中で産卵し、その卵は瞬時に孵化、飛蝗は急速に成長して新たな天文学的な蝗となります」


結果あの数にまで増えたのか。


「そして有機物無機物全てを喰らう完全なる雑食です。金属を嚙み砕く顎を持ち、当然人肉も食べます」


確か飛蝗は自身の体重と同じ量を1日で食べる。当然恒河沙にまで増えた飛蝗が食べる合計量は想像を絶する。


ごく短時間に100前後の卵を産み、その後すぐに成長。そしてその飛蝗が新たな卵を産む。あの黒い雲の中でねずみ算方式で増え、今尚増え続けているだろう。


人肉すらも喰らう……もし地球の全戦力で根絶を目指しても下手すれば負けて絶滅の一途を辿る。


あの数ではたった1匹倒してもほぼ意味が無い。戦っても何もできず負けて死肉を食い漁られるだろう。


ならどうすれば良いか?決まっている。逃げるしか無い。だが単純に走って逃げても、飛行する飛蝗に人間の足は勝てない。エリア24の動きづらい地形なら尚更だ。


ヘヴンシステムを使い研究所に退避しても、ヘヴンシステムは無機物だ。無機物を喰らう飛蝗によってその場からヘヴンシステムが消失するだろう。これからの調査にとって、かなりの痛手となる。


別エリアに逃げることも考えたが、支配人のように別エリアにまで追いかけられたら目も当てられない状況になる。逃げた別エリアが閉鎖空間ならば即死だろう。


天文学的な蝗に防護服を喰い破られるか、足場の木が喰われてこの高さから落下するか……どうしたものか…………



「うわ?!」

「な、何を?!」

「ちょ、全員暴れないで!林檎さんには何か考えがあるはずだよ!」


いきなり俺と常盤と白銀とコアを腐れ林檎姫が抱き抱えた。


腐れ林檎姫が俺達全員を抱き抱えてからの行動は早かった。


天文学的な蝗から逃げる為に腐れ林檎姫は木々を飛び越え、枝々を駆け巡り、時には枝から飛び降り、時には木を駆け上がり、少しづつ天文学的な蝗との距離を離して行った。






「止まれっ!!」

突然そんな声が聞こえ、腐れ林檎姫は瞬時に動きを止めた。


俺含めたこの場の全員が、声が聞こえた方向を見上げる。そこには、巨大な枝の上に数十もの人型の怪物達が俺達を見下げていた。


統一された軍服のような物を着用し、その中で1番地位が高いであろう一際目立つ軍服を着用した怪物に視線を移す。恐らく今の声もあの怪物が発したのだろう。


すると、怪物達の中の一体。黒いヘルメットを頭に着用した人型の怪物が前に出て来た。


「なんだ新人、お前の知り合いか?」


新人と呼ばれた怪物は急に軍服を脱ぎ捨て――――


……!!


「じょ、情報保管室、警備者……?!」


白銀が特殊部隊全員の心の内を代弁した。


黒いヘルメットに、背から伸びる4本の触手。そこには、かつてデルメントルトで常盤と戦った情報保管室警備者がいた。


何故ここに……


「すまないな。我々はヴェルデント商会、異常抑制支部所属の異常鎮圧部隊だ。先日脱走した天文学的な蝗の回収任務を承っている」


情報保管室警備者の行動を一旦無視し、目立つ軍服を着た怪物がそう言うと、突然情報保管室警備者が消えた。


次の瞬間には情報保管室警備者が俺達の目の前で目立つ軍服を着た怪物に捩じ伏せられていた。


はや……いや待て、こいつがこんな簡単に……?


常盤から聞いた強さと厄介さ。今まで出会った怪物の中では支配人の次くらいだったこの怪物が……こんな簡単に捩じ伏せられた……?!


「改めてすまない。今は因縁がどうこう言っていられないのだ。さて、話の続きだ。あの飛蝗の異常は甚大な被害を引き起こす。元々あれはこちらの不手際による物であり、その為被害を受けた者達。もしくはあの蝗に追われている者に、ヴェルデント商会から相応の手当を差し出すことになっている。

だが、まずはあの蝗の処理をしなければならない。そして、主等に我々との戦闘に巻き込む訳には行かない。

なので、主等はそこで待っていて欲しいのだ。当然、ヴェルデント商会について知っているのなら、我々言葉が信用に値しないのなら、そのまま逃げて貰って構わない。我々は何もしない」



そう言うと、目立つ軍服を着た怪物は情報保管室警備者を他の怪物に投げ渡し、目立つ軍服を着た怪物が今にも迫る黒い雲に視線を移し口を開いた。


「異常鎮圧部隊の戦士達よ!今より作戦の最終確認をする!本隊は事前に話した作戦通り殲滅を!遊撃部隊は天文学的な蝗を必要数確保せよ!天文学的な蝗殲滅作戦を始める。作戦開始!!」


目立つ軍服を着た怪物はその言葉で怪物達を鼓舞し、怪物達は黒い雲に向かって超高速で突き進んだ。

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