9話 ホテルの支配者 その7
白銀は吐く息を止め、空気を一気に吸い込んだ。コアが提案した、作戦の第一段階が始まる。
「支配人ジョキュ!」
白銀が迫る怪物の名を叫ぶ。
◆◇◆◇
「何を狙っている……?」
支配人は自身が追いかける人間の行動を訝しんだ。
◆◇◆◇
「ワタシ達は捕まらない!そして追いつけない!支配人ジョキュ、キミはただ指を咥えて見てるだけ!あの時と同じように!」
◆◇◆◇
宝玉に新たなヒビが入る。
◆◇◆◇
「現世帰還隊の戦いで、キミはエリア3に押し込められ、そのまま現世帰還隊にエリア2とエリア3を断絶する『壁』を造られ、封印された!」
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宝玉に亀裂が走る。
◆◇◆◇
「あの時と同じく、キミは人間を舐めていた。兎を狩るのに全力を出す獅子と違い、キミは最低限の力で狩りをした!それがあの時の敗因!そして今の大きな失敗!あの時と同じく、キミはワタシ達に負ける!キミは敗者だ!!」
◆◇◆◇
「人間共が……言わせておけばっ!!」
支配人はその怒りでその手の宝玉を粉々に砕きさった。
◆◇◆◇
「貴様……そこまで死にたいのなら、望み通りにしてやろう!!」
丁寧だった言葉遣いを辞め、支配人が偽運命手帳を開き万年筆を強く握った。
作戦の第一段階が終わり、次は第二段階。
「なっ?!」
コアが亜空間格納庫から大量の瓦礫や残骸を射出し、支配人の動きを一瞬だが停止させた。
この残骸と瓦礫はホールの一角で山となっていた発明の失敗作や未完成品。
それと同時に、俺は支配人に向けて手榴弾を計8個を投げつける。投げられた手榴弾は順に1つ1つ爆発し、支配人の視界と行動と聴覚を妨害する。
「ヤケクソか?しかし、もう終わりだ!!」
その爆発をものともせずペンを走らせ始めた。だが、まだコアの想定内。
爆破音が響く中、第二段階が終わり、次が最終段階。
◆◇◆◇
支配人は全ての妨害を無視し、た1つのことに集中する。
[荒起白銀。急性心筋梗塞により――]
◆◇◆◇
「な?!」
銃弾が偽運命手帳にピンポイントに貫き、支配人がその衝撃で偽運命手帳を手放した。偽運命手帳は銃弾が直撃したことで手帳の形を保てず崩壊した。
これまでの行動は支配人ジョキュが持つ偽運命手帳を破壊し使用困難にさせる為。
支配人の視界から完全に外れていた常盤は、支配人に見えぬように発射消音装置が付けられた銃を後ろに持ち、ただ撃った。それだけだ。
だが放たれたその銃弾は、何度も残骸や瓦礫を跳弾し、結果偽運命手帳に着弾した。
現世帰還隊について理解のある白銀は支配人を挑発し支配人の意識をただ一点に向けさせ、俺は手榴弾で射撃音と跳弾音をかき乱し、コアは乱雑に射出したように見せつつ、高い演算能力で丁度良く支配人の偽運命手帳に着弾するように残骸と瓦礫の位置を調整し、常盤が時を見て銃を撃つ。
意識外からの不意打ち。
爆発音で跳弾時の音を掻き消し、意識を白銀に向けることでできた時間。
コアの作戦と演算能力で初めて実現した、残骸と瓦礫への跳弾と偽運命手帳へのピンポイント着弾。
コアの亜空間格納庫には、必要なのか?と疑問に思うほどの銃の付属品が入っている。十中八九荒起博士の仕業だろうが、まさかここで役に立つとは……
「コア!小型電磁砲銃を!」
「了解しました」
ここで温存して来た小型電磁砲銃を使い、あの支配人を遠くに吹っ飛ばす。004号室に到着するまでの時間は稼げるだろう。
小型電磁砲銃の弾を込め、即座に撃――――
「何度も何度も痛いですねぇ……人間不勢がぁ!!」
……な?!小型電磁砲銃で加速させた弾を…………受け止めた……?!
いや、2回も小型電磁砲銃の直撃を受けているし、流石に対策はしているか。だがこれは完全に……支配人の底力を見誤っていた。
問題である偽運命手帳は何とかできたが、それ以外が……少し……疎かになっていたか…………
◆◇◆◇
「あの様子……まさか別のエリアに……?逃がすものか!」
◆◇◆◇
支配人の速度が一段階ほど増した。
どうすれば……
『新條蓮!小型電磁砲銃の左側面にあるレバーを引け!』
次元間通信機器から荒起博士の声が聞こえ、ずっと聞き守っていた荒起博士が突然そう言った。
とっさに小型電磁砲銃の左側面を見ると、銃身の色と同化して分かりづらいが、確かにレバーがあった。
荒起博士に言われた通りにレバーを引いた。何も起こらなかった。
「博士!レバーを引いたんですがその後はどうすれば?!」
『今小型電磁砲銃を所持している新條蓮以外は新條蓮に掴まれ!新條蓮は目的方向を背にしてそのまま弾を撃てば良い!舌を噛まぬように注意せよ』
荒起博士の言葉から推測すると、恐らく小型電磁砲銃の反動の抑制を無くし、小型電磁砲銃本来の反動で004号室方面に吹っ飛ぶと言ったところだろう。
それで、元々抱えていた白銀。残骸や瓦礫を射出する為に少し離れ、今は常盤がその手に抱えているコア。そして背後から俺にしがみつく常盤。この状態は中々にきつい。
小型電磁砲銃を持ち直し弾を新たに入れ、そして構える。
「コア。例の扉の方向はどっちだ?この途方の無い距離だと、角度がズレたら大幅に……」
「そのまま撃って下さい。ボクの力で細かい部分は調整します」
「そのおもちゃで私を倒せるとでも!?いい加減諦めろ!!」
支配人がさらに速度を上げた。迷っている場合では無さそうだ。
落ち着いて深呼吸をして、照準を合わせて……引き金を、引――――
『ビュュュュュュュ…………!!!!』
◆◇◆◇
「がはっ?!」
◆◇◆◇
撃った……撃ったのは良いが……
この小型電磁砲銃では、今まで反動と呼べるほどの反動は無かった。
今引いたレバーは反動の抑制を無くす物だと思っていた。
だが今の弾を撃った瞬間、俺に抱えられるもしくはしがみついている特殊部隊全員が撃った方向の反対側に超速で吹っ飛ばされ、今の弾が直撃した支配人は遥か彼方。
恐らく地球ほどの大きさを持ったこの空間の壁端にまで吹っ飛ばされていることだろう。
ただ、何と言うか……色々おかしいだろこの威力。
『どうじゃ新條蓮。凄まじい威力じゃろう。小型電磁砲銃に搭載した反動抑制機構が修理不可能にぶっ壊れるほどの威力を持った威力じゃ。
小型電磁砲銃に溜め込んだ全エネルギーを放出し、オーバーロードを起こすことで、超速で超威力の弾を撃ち出す最終手段。デルメントルトの科学を参考にした結果、儂すら分からぬ速度の数値を叩き出した』
正に切り札だな……
そうこうしている内に、今の反動で吹っ飛ばされた俺達も壁に近付いていた。
「速度を減らします!衝撃に備えて下さい!」
コアがそう言った途端、急に体全体に負荷が掛かり、指一本も動かせなくなった。
数瞬の内に落下の速度が目に見えて遅くなり、ガチャッと扉が開く音と共に、世界が変わった。
「ぜぇはぁぜぇはぁぜぇはぁ…………」
俺、常盤、白銀、コア……全員確認。先程までの負荷は消失。逆に体が軽くなり過ぎて動き辛い。
それで、ここは見たところエリア2やエリア3とは別のエリア……004号室の扉の先。
周囲は見渡す限りの木々。だが、当然普通では無い。木は天の見えぬほどの高さまで貫き、あらゆる方向から木々の枝々が伸び、そして足元にはビルと同じくらいの大きさを持った枝があり、しかもこの枝は他の枝や幹に比べて少し小さい。
俺達が今立っている枝の先には、また別の木に衝突しくっ付いていた。
今俺達がいる太い枝から下を覗くと、その先は見えず木々や枝や葉が延々と続いていた。
この太い枝の根本には、木に埋め込まれた扉。扉は開いており、その先を覗くと先程まで支配人から逃げ回っていたあのホテルがあった。まだ元の姿に戻らず、落下し続けた空間が広がっていた。
負荷と落下によって、息も絶え絶えで倒れていた白銀が起き上がり、大急ぎでエリア2に続く扉を閉めた。
「林檎さーん!!助けて下さーい!!」
扉を閉めた瞬間に、白銀が大声を何処かに向けて発した。
林檎…………リンゴ?周囲には木、幹、枝、葉、そして天から零れる木漏れ日。それ以外には何も無い。今まで見て来たエリアの中で一番何も無い。
『ガチャ』
?!まさか…………!
「やっと、やっと追い付きましたよ…………人間っ!!」
あの攻撃では倒し切れなかった支配人が扉を開け、このエリアにまで来ていた。
流石にあの攻撃で支配人の姿はボロボロになり、全身から深紅の体液を吹き出し、息も絶え絶えで今にも倒れそうだった。だが今の俺達には倒す術は無い。
荒起博士曰く、小型電磁砲銃の反動抑制機構は完全に壊れた。こんな場所で使えば、反動でどうなるか想像に容易い。
ゆっくりと一歩、また一歩と距離を縮める支配人に白銀がコアに返された改造銃を使い銃弾を放ったが、虚しく叩き落とされた。
「…………退いてください。今、貴方に用はありません」
支配人が深紅の体液を口から噴き出しながら、何処か虚空を見つめそう言った。
すると突然何かが俺の目の前に、支配人の目の前に現れた。
それの姿形は完全に怪物。だが先程のスライム同様、敵意や害意は感じられない。
「退かないのなら、力尽くで進むとしましょう!」
支配人は持っていた万年筆を砕き、4本の腕で目の前の怪物に殴り掛かった。
しかし、支配人の突き出した腕は難無く掴まれ、支配人は何もできず、抵抗する暇も無く、そのまま扉の先に、ホテルに投げ飛ばされた。
そしてすぐさま扉が閉まり、細い枝や蔦が大量に巻き付き、ホテルに続く扉を封じ込めた。
「白銀ちゃん……ここは……?」
余りのことで唖然としていた常盤が、支配人よりも、支配人を投げ飛ばした怪物よりも先に、このエリアについての疑問が零れていた。
白銀は支配人を投げ飛ばした怪物を気にする様子は無く、大手を振って口を開く。
「ここはあらゆる実の楽園であり、黒果実の自生地。エリア24果実楽園。ようこそ、脅威の無い安全なエリアへ」




