9話 ホテルの支配者 その4
白銀の痺れが完全に消え一緒に走り始めてから、支配人の見当たらない廊下を走り始めてから、約3秒。
突然廊下の奥からこちらに向けて次々と天井の明かりが消え、周囲がギリ見えるほどの薄暗い廊下と化した。
「懐中電灯用意!」
白銀の声で即座に懐中電灯を取り出す。
案の定、周囲には何十体もの笑顔が俺達を見つめ近付いていた。懐中電灯で近付く笑顔を照らし、薄暗い廊下を走る。
◆◇◆◇
「…………」
薄暗い暗闇の中、支配人すら気付けないほどに、小さな赤黒い目が、新條蓮達を静かに見つめていた。
◆◇◆◇
軽く100mを過ぎると、いつの間にか薄暗い廊下が終わり明るい廊下が続いていた。薄暗い廊下を抜けると、廊下の奥に何かがいた。
「前方スキンリーパーの大群!武器用意!」
凝視してみると、俺達の進行方向に20体前後の人の皮を捨てたスキンリーパーが待ち伏せていた。だが、確かスキンリーパーは銃で傷を受けないが、銃乱射で多少怯んだはずだ。倒せなくとも無力化できればそれで良い。
3人の銃乱射でできた隙間を通り、スキンリーパーの大群をすり抜ける。背後を確認すると、抜けられたことに気付いたスキンリーパーがこちらを全力で追いかけて来ていた。
そのまま逃げ続けていると、スキンリーパーが天井から一体、俺達に向かって降って来た。
「せいっ!」
とっさのことで俺は反応できずにいたが、常盤がスキンリーパーを背後に蹴っ飛ばした。背後に蹴っ飛ばしたことで、スキンリーパーが蹴り飛ばされたスキンリーパーで進路を妨害されていた。
背後から支配人の代わりにスキンリーパーの大群が迫る。
支配人よりは移動速度は遅いが、それでも速い。だが支配人よりも妨害に弱い。支配人が一瞬で破壊した煙幕の壁も、スキンリーパーは数秒ほど掛かっていた。
もうスキンリーパーは脅威では無くなったが、ここで1つ問題が浮上した。
先程から、今走っている廊下の扉。左右に等間隔に設置された部屋へと繋がる扉が、外開きとなり俺達の移動を妨害して来る。これが厄介。だが、まぁ、扉の耐久は言うて木なので、適度に避けつつ豪快に破壊しながら強引に押し通る。
「ブオォォォォォォォォ!!」
扉の妨害が終わり、未だスキンリーパーから逃げ切れずにいると、何処から汽笛音が鳴り響いた。
「新條君。なんか嫌な予感がするんだけど……」
「俺も…………」
「1/2倍速!」
白銀が3分時計で時間を低速にさせた。背後を見ると、もう見たくも無いあの汽車がスキンリーパーをひき潰していた。
スキンリーパーの他に突撃して来る汽車も介入する混沌と化したこのホテルの廊下。今すぐ脇道や階段で背後に迫るスキンリーパーを撒きたいが、何処まで進んでも一本道の状態が続いてした。
…………?廊下の先からドゴドゴと音が、ま、さ、か……
「前方に百手!…………えっと…………」
今まで指示を出して来た白銀が言葉に詰まった。
進行方向に百手。本来なら絶望してもおかしく無いが、今の状況で絶望するのはまだ早い。現時点で最大火力の小型電磁砲銃がある。
「コア!」
「了解しました」
俺が言うまでも無く、コアが亜空間格納庫から小型電磁砲銃を出し俺に差し出した。
即座に俺は小型電磁砲銃を受け取り、弾を装填し間髪入れずに引き金を引く。
「…………!」
「これは不味いよねぇ!どうすれば……?!」
「分からない」
進行方向である前方で起きていることに、俺も常盤も白銀も、ただ啞然とすることしかできなかった。
小型電磁砲銃の弾が直撃すれば、支配人のように廊下の端にまで吹き飛ばせると思っていた。だが、超音速の弾は百手の体を容易に貫き、百手の体は瞬時に再生した。
白銀の話から、百手は単純に凄まじく硬く頑丈な怪物だと思っていた。だが、現世帰還隊の力では傷つけられなかっただけ。そして現世帰還隊の力を上回るであろう兵器を使用しても、瞬時に再生され百手には通用しない。
これは、困った。
前門の百手。後門のスキンリーパーの大群。
「ブ-オ-ォ-ォ-ォ-ォ-ォ-ォ-!」
そして3分時計で低速中の殺意の高い汽車。こうなった以上、残された道は1つ。すぐ側の部屋に退避するのみ。
白銀の手を引き、すぐ側の扉を開ける。
「ちょ……!それは待っ…………!」
今は白銀の言葉に耳を貸せる状況では無い。俺が白銀を連れて扉の先に入り、常盤は追いかけるように急いで入り即座に閉めた。
「…………か、怪物……の……」
「お、オーケストラ……?」
「何をやっていると思っているんだキミたちは!ここは664号室の扉の先。エリア65!神無きオーケストラ会場だ!!」
あまりの様相に何処かへ行った意識が、白銀の怒りの声で何とか現実に戻れた。
「…………ここが、あのエリア65なのか?」
俺はすぐさま自身の目を疑った。以前来た時は薄暗く笑顔が蔓延っていたが、今はかなり明るくそしてまぁまぁうるさい。
エリア65神無きオーケストラ会場では、怪物達によるオーケストラが開かれていた。
見渡す限り席は満席。律儀に座る怪物の客達は人間である俺達に気付くことなく、汽車を出現させていた不気味な物体の代わりに、怪物達が会場の上で数十もの楽器をそれぞれ持ち、扱い、客は音楽を奏でている様子を見て聴いていた。
「…………ねぇ、このエリア65から別のエリアに行ける道って知ってる?」
常盤は怪物に気付かれぬようにしゃがみ小声で白銀に質問した。俺と白銀も怪物に気付かれぬように常盤の真似をする。
「ワタシが知っているエリア65から別エリアに行ける方法はエリア674終末虚街しか知らないし、そもそもエリア674の壁抜けバグの先である空中都市はもう崩れて無いから、あの会場の上でジャンプしても雲海にダイブするだけ。
エリア2ディメント・ホテルに戻って別エリアの扉を探した方が賢明だよ」
「駄目かぁ…………」
白銀の言葉に常盤が少し項垂れた。
「ここにいましたか。ホテルにいないと思えばこんな場所に」
「…………え?」
いつの間にか俺達の目の前には、エリア2で廊下の果てに吹き飛ばしたはずの支配人がいた。
「…………!?」
そして俺に向かって何も持っていない手で拳を突き出した。
体を横に全力で捻り何とか回避する。
「……チッ」
支配人が短く舌打ちした。そのまま俺に狙いを付けたのか、何も持っていない片手一本で俺に攻撃を始めた。
空手、柔道、柔術、中国武術、合気道、総合格闘技、徒手格闘などの対人格闘の知識と技術を全てフル活用し、弾丸以上の速度を持った連射される拳を何とか紙一重で全て避ける。
だが支配人が歩を進ませ迫り、俺は後退せざるおえず常盤と白銀から少しづつ引き剥がされた。
「鋼……?!ぜぇはぁ!はぁ、はぁ……」
支配人の拳をいなし攻撃に転じようとした時、支配人の拳、腕はピクリとも動かなかった。
まるで鋼だった。
腕が引っ込まれ拳が出された瞬間、今さっきの拳をいなすことに神経を注いでしまい、頭に向かう拳を避け切れず、拳は頭を守る防護服の青白い膜を貫き、刃物のような拳で俺の頬と耳に一線の切り傷が生まれた。
だがこれはさほど問題では無い。問題なのは、まだ支配人は4本ある腕の1本しか使っていない。まだ支配人は本気を出していない。
「避けて!」
常盤の声と支配人の先で見えた小型電磁砲銃を構える様子に、俺は床に伏せることに全神経を注ぐ。
俺が伏せると小型電磁砲銃から弾が射出され、反応できずにいた支配人の背中に直撃しエリア65の壁に激突しめり込んだ。
常盤はコアに小型電磁砲銃を預け、立ち上がる俺の腕を掴みエリア2に通づる扉の取っ手に触れた。
「皆様!ここにチケットを持たず無断で公演を聴く不届き者がおります!」
支配人の足掻きか、その声でこのエリアにいる怪物全員が俺達に視線を向けた。だがもう遅い。
「逃げるよ!」
常盤に腕を引っ張られ、エリア65の扉を抜けエリア2に戻って来た。
エリア2の廊下には、先程まで迫っていたスキンリーパーと百手は何処かに消えていた。
「ブオォォォォォォォォ!!」
ただし汽車は通常運転。
「白銀ちゃん!あの支配人が追いかけて来ない安全なエリアってある?!」
俺と常盤と白銀で先程と同じ方向に向かって走りつつ、常盤が声を軽く荒げ白銀に聞いた。
走りながら白銀がぶつぶつと呟き始める。
「エリア65は論外だし、エリア7は逃げ場が無いし。支配人はその他のエリアも普通に追いかけて……追いかけて…………そうだ!004号室の扉を探して!」
「いや、無理じゃないか?」
「私も無理だと思う。多分だけど、たまたま004号室の扉を見つけるしかないと思うよ。見た感じあの支配人のお陰でシャッフルされてるみたいだし」
エリア65の扉は前にあった場所とは全く別の廊下に置かれていた。これを考慮すると、白銀の記憶通りとはいかないだろう。支配人が思い通りにこのホテルを作り替えることが可能なら、支配人にこの目的を知られた瞬間、004号室の扉は隠される。
「うわ!また来てる!」
常盤が背後を見て声を上げた。背後からはまたもや支配人が浮遊し追いかけて来ていた。
この距離だと会話は聞かれるな……
「004番兵器はあるか?!」
俺は004を強調しつつ全員に聞こえるように大声を出す。当然004番兵器なんて物は無い。だが俺達は直前に004という数字がついた扉についての会話を交わした。伝わるはずだ。
俺は常盤と白銀とコアに見えるように、支配人からは隠れるように人差し指を立て口に近付ける。
「004番兵器……あ、あれがあればこの状況をひっくり返せるんだけどなー」
常盤は棒読み気味な言葉を発した。
「あまりの威力で何もかも消し飛ばすあの004番兵器……あれは危険すぎる。持って来ていたとしても使用する訳には行かない!」
白銀はプロの演者として見ても遜色無い名演技を見せた。
「申し訳ございません。現在004番兵器は武器保管室でエネルギー充電中です」
コアは淡々とそう言った。
2人と一台が支配人を欺く今の言葉と共に頷くのを視認すると、背後から追いかけて来る支配人が俺達には到底届かない距離で手を伸ばした。
「うわぁ?!」
いきなり廊下の重力方向が変わり、床が直角90°の壁となり支配人とは逆方向である俺達の進行方向だった方向に向かって、俺含めた3人全員が凄まじい速度で落下を始めた。
◆◇◆◇
「また妨害ですか。次は目的の方向とは逆方向。先の空間改変で閉じ込めるように改変したが結果は新たな廊下の生成。誰がこの妨害の原因となっている……?
…………そうか、分かったぞ、アレか!!」
◆◇◆◇
あまりの落下速度で一瞬にして俺達を追いかけていた支配人が見えなくなった。
この落下のお陰で支配人を振り切れそうだが、今の問題はこの未だ果ての見えない廊下とこの落下速度だ。
落下速度が速過ぎて過ぎ行く扉の番号が見えない。そしてこの廊下の果てが見えないとなると、落下距離はとんでもないことになるだろう。この距離から落下した場合、この防護服と中の体が耐え切れるか正直怪しい。
常盤はコアをその手に持ち、この落下に置いて行かれない為に強くコアを両手で握っていた。常盤の行動は正しい。この速度で落下すれば浮遊しているコアとは一瞬ではぐれてしまっていただろう。
落下先に視線を移すと、廊下の先が真っ暗になっていた。この落下を止められる手立ては無く、一瞬で視界が暗闇に染まった。
数瞬の暗闇が過ぎると、穴の先に光が見えた。穴の先は市民プールのような広い空間だった。
「まさかバクテリアスのプール?!今すぐ落下地点をプール以外のどこかに!」
白銀が目に見えて慌て始めた。
落下地点はかなり広い屋内プール。プールサイドまでの距離は人間自身の能力でどうこうできるほどでは無い。コアの反重力機構も人間、しかも3人分を浮かばせるにも出力不足。防護服は軽くはなったがそれ以外は…………あ!ある。プールサイドまでプールに入らずに移動する方法。いや、吹き飛ばす方法。
俺は持っている中で1番威力の高い手榴弾を取り出しピンを抜く。そして俺と常盤と白銀の丁度中心の地点に持ち手放す。
「全員衝撃に備えろ!!」
手榴弾が炸裂すると、衝撃でかなり吹き飛ばされ、一瞬浮いてギリギリプールサイドに落下した。落下地点を見る限り、コアの反重力機構のお陰でプールに落下せず済んだようだ。
荒技だったが、何とかなったか……
常盤と白銀も俺が落下したプールサイドとは別々の地点に落下していた。プールに落下しないように気を付けつつ、プールサイドを歩き常盤と白銀とコアに合流する。
「全員プールの水に触れてないよね?」
全員集まった時、白銀が急にそんなことを聞いて来た。
「私は多分大丈夫だよ」
「……俺もコアのお陰で触れてないはずだ。それで、白銀はバクテリアスとか何とか言ってたが、あのプールに寄生する細菌とかでもいるのか?」
俺がそう聞くと、白銀は首を横に振った。
「いや、違うよ。バクテリアス。主にエリア3のプールに生息している細菌。
毒を持ってたり寄生したりが地球上の危険な細菌の通例だけど、バクテリアスは毒を持ってないし寄生とかもしない。ただ恐ろしいのは、その増殖速度と死ぬとガチガチに固まり頑丈になる特性。
バクテリアスが一体でも肌や服に付着すれば、数秒で体を包み込むほど増殖しその後すぐにバクテリアスは死ぬ。
ちなみに、ガチガチに固まれば電動ドリルが壊れるくらい頑丈になるから、人の手ではどうすることもできずにその中で餓死。そしてそれは石像と遜色の無い、物になる」
触れた瞬間にゲームオーバー。恐ろしい細菌だな……
白銀からバクテリアスの説明を聞き終わると、周囲からバチバチという電撃音が聞こえた。即座に周囲を見渡す。
床や壁や天井すら白タイルに染まった大小様々なプールがある空間で、空中を泳ぐ電気と鮫のハイブリットのような鮫の大群に囲まれた。
怪物は1体だけでも脅威なのに、これほどの数だと――――
「さ、鮫V!」
ちょっと待て、何だそのヘンテコな名称は……
今まで白銀の口から聞いた怪物の名称はその怪物の特徴を抜き出していた。笑みにに見える顔をした笑顔しかり百以上の手の塊である百手しかり。だが鮫はともかくVってなんだ?
「……さめ…………ぶい?え、待って。白銀ちゃん。どゆこと?」
「鮫V。エリア3のプールに生息する電脳世界の鮫!」
「……」「……」『……』
というかここ、エリア3だったのか。
「電脳世界と異常界を行き来し、電脳世界を喰い荒らし様々な電脳世界に致命的な打撃を与える超危険な仮想の怪物」
仮想……?ああ、成程。鮫VのVはバーチャルのVか。
「どんな物理的干渉もどんな障害も通り抜け、ダメージを与える術も移動を妨害する術もほとんど無い。エリア2とエリア3の中では百手に並ぶほどの怪物!
唯一の対処方法はゴムのような絶縁体で囲む。ただそれだけ。鮫Vはあらゆる材質の壁も、どんなに分厚い床も、全て通り抜けてしまう。だけど電気を通さない絶縁体なら、電気で構築されている鮫Vを封じ込められる。
ただし、ゴムとかで囲んでも、鮫Vが持つ電気による電熱で溶かされて――――」
「白銀ちゃん、防護服」
「あっ」
この防護服は絶縁体のように耐電だし熱に強い耐熱を持っている。頭の部分は青白い膜のお陰でどんな攻撃や物理的干渉も弾く。支配人には貫かれたが…………
まぁ、つまり俺達はこの防護服の高過ぎる耐性で、鮫Vを完封している。
「い、行こう」
何ともいたたまれない気持ちを醸し出す白銀は、早足でこの白タイルとプールに包まれた空間の壁に到着し、この空間の出口であろう扉を即座に開いた。
鮫V達は防護服に完封されていることを知っているのか、この空間の出口に到着しても、何もせず俺達を静観していた。




