9話 ホテルの支配者 その2
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「逃げますか、残念です。代金を踏み倒すのなら容赦はしません。
やはり、現世帰還隊の代金を徴収できなかったのは痛いですねぇ。まさか滅亡しているとは。ワタクシのホテルを踏み荒らした緋色信仰には後で報復するとして。
今はあの人間達に集中しましょうか。とは言っても数千人規模の代金を賄うには3人は少な過ぎますし……いや、あの3人はあの大きな装置から出て来た……しかもその装置は何処かにテレポートされた。
ならば、装置の向こう側には人間のコロニーがある可能性が高い。捕まえて吐かせましょう。となると、尚更傷物にはできませんか……」
支配人ジョキュは少し唸り考え、何かを思いついたかのように下の手を叩いた。
「あらかじめ回収して置いて正解でした。捕まえるならこれが有効ですね」
ポケットから、荒起白銀と書かれた布切れを取り出した。
「不用心ですね。これを残して行ってしまうなんて」
いつの間にか支配人の手には、小さな赤黒い手帳と手の平サイズの紅色のガラス玉と古びた万年筆が、4本ある腕にそれぞれ握られていた。
「ヴェルデント商会から購入したこの手帳と、ワタクシが持つエリア2とエリア3の空間改変能力。
この2つがあれば――――」
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支配人とやらがいるホールを別の出口から抜け、怪物が闊歩する廊下に出た白銀を、俺と常盤とコアで全力で追いかける。
『……』
異常界の現状を知る術が次元間通信機器から聞こえる音声のみである為、荒起博士達は状況をいまいち掴みきれず、黙りこくっていた。
今のところあの怪物が追いかけて来る様子は無く、怪物すらいない不気味で静かな廊下が延々と続く。
「白銀ちゃーん!ねぇ!あのヤギ頭って何なの?!おーい!」
その大声で一心不乱に走っていた白銀がすこしスピードダウンし、俺と常盤と同じ位置まで下がり並走した。
「俺からも聞きたい!白銀!なんだあいつは?!」
俺と常盤からあの怪物について質問された白銀は息を切らしつつも口を開いた。
「ぜぇはぁはぁ、すぅー……あのヤギの頭をした怪物は二層構造である2つのエリアを束ねる者。エリア2ディメント・ホテルとエリア3アブノマル・ホテルの支配存在!支配人ジョキュ!
今までは現世帰還隊が特殊な方法を使ってエリア3に封印してたから、このエリア2のホテルは比較的安全だった!」
「言うほど安全だったのか?」
何回か死にかけた記憶しか無いが。
「エリア2は元々超危険なエリアだった。武装した人間よりも圧倒的に強い怪物達がホテル内を闊歩し、支配人ジョキュによって怪物同士が協力し連携するほど危険だった。
あの支配人がいなかったエリア2を見たでしょ?!支配人がいなければ怪物はバラバラになり、百手も支配人の言い付け通りの道順を動くだけの障害物になっていた。でも支配人によって全ての怪物がワタシ達を全力で襲い、支配人と一緒に封印されていたエリア3の怪物もここに出張ってくる。つまり支配人がここにいるだけでこのエリアの難易度が爆上がりしたんだよ!」
早口で言い切ると、白銀かなり疲れた様子で息を切らした。
「ちなみに、支配人がエリア3を封印を破ったなら、エリア3に来てしまう可能性が出て来たから先に言っておく。まず、エリア2昔ながらのアンティークなホテル。これはもう色々説明しているから必要ないよね。
そしてもう一つ、エリア2と繋がってるエリア3 アブノマル・ホテル。デルメントルトほどでは無いにせよ、地球よりも数段近代的で先進的。プールやギャンブル施設にパーティ会場。このエリアには無い物や部屋や怪物がたくさん。怪物が出たらその都度説明するつもりだけど、ワタシは前任者達が残したことしか知らないし、エリア3に行ったことが無いから、ワタシの知らない怪物とかが出て来る可能性も考えて置いて」
……これまでの話を聞いて1つ思ったことがある。無理では?
未だあの怪物は追いかけてこないが、白銀の話通りに怪物達を統率できるのなら、こんな広いエリア2では広さと数の暴力による鬼ごっこで死ぬ。
エリア3の怪物が不意打ちで仕掛けて来たら普通に死ぬ。
ヘヴンシステムを出して今すぐ帰りたいが、そんな暇は無いだろうし、怪物がヘヴンシステムを開きアビスシステムを抜けたのなら、待っているのは混沌。
この状況でどうすれば…………
『……今までの会話で大体の状況は分かったが……その前にコア。ヘヴンシステムは回収してあるか?』
先程まで黙りこくっていた荒起博士が、ヘヴンシステムの現状について聞いて来た。
「はい。ヘヴンシステムは現在。ボクの亜空間格納庫に収納されています」
『よし、なら小型電磁砲銃とヘヴンシステムの恒久エネルギーオーブを繋げ充電してくれ』
「既に充電は開始しています」
もしかして、異常界で恒久エネルギーオーブを使って充電する前提だったのか?
『ならいい。この場において、儂から有用なアドバイスはできん。全力で生き延びてくれ』
「……了解」
俺としても、こんな状況ではそれしか言うことができなかった。
おかしい。不自然だ。あの怪物から逃げる為に未だ廊下を走っているが、怪物は全くおらず、廊下は不自然なほどの一本道。
軽く1キロは走った。しかし別部屋への扉や脇道。階段は無く、ただただ目の前は一方通行。
そう言う廊下なのかと疑問に思い白銀の顔を見たが、焦りと疑問が顔に出ていた。
つまりこの廊下は白銀の知っている廊下では無いと言うこと。
まさか誘われているのか……?
ホテルの宿泊代金は人間の血肉と言ったヤツがやすやすと俺達を見逃すのか……?
分からない。考える情報が足りない。走りつつも、白銀と相談し対策を――――
「あ……」
いきなり隣で走っていた白銀の足が絡まり転んでしまった。
「え……?!」
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支配人が持つ赤黒い手帳の開かれたページには、たった一文。
[荒起白銀。足が絡まりその場で転ぶ]
「正解」
支配人は不気味なヤギの顔で、ニヤリと笑った。
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白銀が転んでしまったが、立ち止まることはできない。
だから白銀が立ち上がるよりも早く担ぐ。白銀の体力も限界に近かったし、そのせいで転んでしまったのだろう。
……?真っ直ぐ目の前に視線を向けていたのに、今は何故か天井を向いている…………
「うわぁ?!」
いやこれは違う。俺が立っている廊下の床。それが波のように歪んでいた。
方向を確認すると、支配人がいると思われるあのホールから、床が脈動の波を起こしていた。
「…………は……?」
急に下が上になった。まさか俺が逆さまに……いや、常盤も白銀も同じく逆さまに。
そして重力は床では無く天井の方向に……上下逆転しているのか……!
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「突然の事態に混乱し足が止まった瞬間に、退路を、消し、去る!」
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急に上下が戻ったと思ったら、いつの間にか前後の廊下が壁になった。
逃げ道が無くなったかと思ったが、右側の壁が新たな廊下となっていた。
これは……何処かに追い込まれているのか?
しかし、来た道も進む道も通れないとなると、新たにできた道を進むしか無いか。
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「……どうなっている?
閉じ込めようとしたら失敗して抜け道が出来上がった。まさかワタクシが座標をミスしたのか……?
いや、妨害があるな……仕方ない、ならばワタクシが直接……!」
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新たに出現した廊下を進むが、先程までの廊下とは違い無数の扉や階段や脇道が散見された。
……?後ろから気配が…………
「……等速直線運動…………」
「そんなこと言ってる場合じゃ……って浮いてる?!しかも速い?!」
廊下を走る俺達を追いかけるように、床から20cmほど浮遊した支配人が、かなりの速度で追いかけて来ていた。
背後に迫る支配人を確認した白銀が、背後に向かって特殊弾が乱射し、分厚い煙幕の壁が形成された。
「そんな煙幕でワタクシを止められるとでも?!」
支配人が煙幕の壁を、速度を緩めること無く豪快に砕き、廊下には砕かれた煙幕の塊が散乱した。
「あの煙幕……コンクリ程度の硬度があるんだけど…………」
俺に担がれた白銀が、改造銃を抱えて苦虫を嚙み潰したような表情で呟いた。




