8話 天国の既知を求めた神童 その3
ここは研究所の応接室。
さほど広くない部屋に、四角いテーブルを囲んで白銀と荒起博士が向かい合うように座り。俺と常盤は隣り合うように座り。コアは俺と常盤の反対側に浮かんでいた。
あの後、俺は混沌と沈黙が混ざり合ったあの場を移させ、応接室で双方の意見を整理した。
「えーと、荒起博士の主張は孫なんていないし、そもそも結婚すらしてないと」
「そうじゃ」
「白銀の主張は自分は荒起博士の孫で、既に荒起博士は死んで久しいと」
「うん」
ややこしい。この上無くややこしい。
さっきから荒起博士の主張も白銀の主張も食い違い、どちらも一歩も引かない。
「だから!じいじはじいじだって!」
「そう言われても儂はお主を知らん!そもそも、そのじいじが儂に似ているだけの可能性もあるじゃろう!名前は?!」
「じいじの名前は荒起小金!これがじいじの名前!」
白銀が荒起小金と紙に書いた文字を荒起博士に突き出した。
「な……?!儂の名前…………」
「年齢は没50歳で1964年生まれ!」
「合っておる……儂は確かに1964年生まれ…………だが、知らん。儂は知らん!そもそも死んでいるなら人違いじゃろう!」
「でも今ワタシの目の前にいる!」
「だから儂は違うと言っている!」
「はぁはぁ、はぁはぁ……」
「はぁはぁ、はぁはぁ……」
2人は言い合いに疲れたのか、一時休憩を始めた。
「聞きたいことがさらに積み上がったぞ。新條蓮」
荒起博士が目をギラリを光らせながら、俺に向かってそう言われた。
「そう言われましても…………」
何故俺なんだ……しかし、この状況を何とかしないと他が止まる。だが、2人の主張が嘘とは思えないんだよなぁ。
俺にとって、荒起博士と白銀の主張の信憑性を裏付ける物などないが、2人の言動から嘘とは言い難い。どうしたものか…………
その時、バタン!と応接室の扉が壊れそうなくらいの速さで開かれた。開かれた応接室の扉の前には、この研究所の所長がいた。
「荒起君。嘘発見器を持って来たよ。ハハハ、こんな面白い珍事に僕が参加しない訳がないじゃないか!」
「水葉……」
どこから嗅ぎつけて来たのか、この研究所の所長。水葉所長がドカドカと応接室に押し入り、俺達が囲んでいるテーブルの真ん中に、少々手作り感のある大きな装置を、嘘発見器を置いた。
「誰?あの人は……?」
水葉所長を知らない白銀が、目の前の変人に対して疑問を溢した。
「あの人は――――」
「儂から説明する」
話の主導権を荒起博士に持ってかれた。
しかし、この中で水葉所長について1番詳しいのは荒起博士だ。だから、もう何も言わない。
「こやつは水葉柳。この極秘異界研究所の所長にして、儂の――――」
ん?
「ちょっと待って下さい荒起博士。今の言葉。極秘異界研究所なんて初めて聞いたんですけど…………」
この研究所に来てから、異界研究所なんて言葉は一言も聞いたことが無い。
「……そうじゃった。はぁ、下手に情報を渡して言い触らされるのを恐れ、お主達に情報制限をしていたのを忘れとった」
一回目の実験前ならまだしも、二回目の実験前には教えて欲しかったな。
「後で一般職員用の情報を渡す。それで我慢してくれ。今はこやつのことじゃ。儂の唯一の上司にして、この研究所一番の問題児。享楽主義で自由奔放な男じゃ。面白いと思ったことに興味を持ち、今まさに儂等の言い争いを犬の如き嗅覚で嗅ぎ付け嘘発見器を持って来た変人。とまぁ、概要はこんなところじゃ」
荒起博士は的確にこの変人を説明してのけた。俺だったらもう少し説明するのが長くなっていただろうな…………
今の説明で白銀が目の前の変人について理解していると、説明された本人である水葉所長が荒起博士を椅子から引っ張り、水葉所長が荒起博士の肩に腕を乗せ、応接室の端で俺達に背を見せながら2人の間に小声が飛び交う。
「なあ荒起。そろそろ無視するのが辛くなって来たが、あの浮遊する銀色の箱は何だ?お前の新たな兵器か何かか?」
「儂も知らん。聞くなら当事者である新條蓮と常盤凪沙に聞け」
「そういえばお前に孫、というか子供いたのか?」
「儂に子供はおらん。そもそもお主は確認の為に噓発見器を持って来たんじゃろ?」
「見抜かれていたか」
2人の間に小声が聞こえなくなると、水葉所長が荒起博士に乗っけていた腕を離し、荒起博士が元の位置に戻った。水葉所長は1人立ったまま噓発見器を起動させていた。
水葉所長は太いコードで繋がれた2つのバンドを白銀と荒起博士に渡し、2人に右腕に装着させるように言い、2人は言われた通りに右腕に装着した。
「ちなみに嘘をついたら罰として電流が流れる」
いきなり水葉所長がそんなことを言い出した。まさかこれ、パーティー用の噓発見器を高精度に改造したのか。
「はぁ?!聞いておらんぞ水葉!!」
「…………変人だぁ」
今の言動で、白銀は水葉所長を変人と認めたようだった。
「約50の質問で計測した嘘の回数。そして電流が流れた回数は4回。白銀さんの身体測定の結果を、本来の体重52キロを40キロと噓をついて電流が流れ、荒起に初恋の相手はいるかどうかの質問でいないと嘘をつき電流が流れ、同じく白銀さんに同様の質問で初恋の相手はいると見栄を張り電流が流れ、白銀さんに友達がいるかどうかの質問にいると噓をつき電流が流れた。
いやー寂しい子供だなー。ハッハ」
「プライバシーの侵害だ!裁判だ!無効だー!」
白銀が憤慨した様子で大声を出していた。
始めは真面目な質問だったが、後半に行くにつれ、本題とは関係の無いふざけた質問に様変わりしていた。
しかし、今水葉所長が出した嘘以外は噓発見器に検知されず、白銀の主張も荒起博士の主張も本当と言うことが判明した。
…………頭が痛い。意味が分からない。横に座っている常盤は考えるのを止めていた。
「ボクなら荒起様と荒起様のズレを説明できますが…………」
今まで完全なる置物と化していたコアが、この空気の中そう言い切り出し、この場の全員の視線がコアに集中した。
「どっちも名字が荒起だから、白銀ちゃんと荒起博士に変えた方がいいんじゃ無いかな?」
「了解しました。まず、白銀様と荒起博士様の主張の前提として、異常界と呼ばれる世界群の説明をします。異常界とは――――」
コアは常盤に動力室での出来事を話した時のように的確に重要な部分を抜き出し、凄く分かりやすく異常界について説明した。
「にわかには、信じ難いが…………否定する材料も無い…………」
「はぁぁ。報告書を読んだから分かるが、まさか意味不明が理由になるなんてな…………これは、上に報告する以前に情報を選定しないと不味いぞ…………」
この研究所のトップ2である荒起博士と水葉所長は、天井を見上げて溜息をついた。
「ここで本題に入りますが、白銀様と荒起博士様のズレの原因。それは、壁抜けバグで異常界に到達するのは、この世界だけでは無い。と言うことです」
「……………………!」
荒起博士は目を見開き固まっていた。
「上に報告するのは僕の仕事だぞ…………!こんなこと、どうやって報告すればいいんだ…………!」
水葉所長は頭を抱えブツブツと呟き始めた。
「はぁ、成程…………」
俺は異常界で理解を超える光景を見過ぎたせいか、衝撃は薄かった。
「まさか…………」
白銀が絶望を隠せない様子で頭をテーブルに落とした。ガンッと痛々しい音が鳴った。
「えっと…………どゆこと?」
この中で常盤が唯一コアの言葉を理解できず、疑問を溢した。そこに荒起博士が常盤に対し捕捉を入れる。
「つまりじゃ。お主達が異常界で出会ったこの白銀という少女は、この世界の住人では無い。話が多少噛み合う点を考慮すると、可能性の数だけ存在すると言われるパラレルワールドや平行世界。この世界と似て非なる世界の住人じゃろう」
「なるほどー…………もしかして、白銀ちゃんだけ帰還失敗?」
「……そうなる」




