7話 地獄の未知を探した天才
決死の思いで恒久エネルギーオーブを入手した新條達。
一方で新條達の事情を知らない研究所側、荒起博士達はどのような思いでいるのだろうか……?
7話 地獄の未知を探した天才 では、視点が新條蓮から荒起博士に変わります。
先日のアビスシステム緊急エラーの稼働停止から15日が経過。
アビスシステム稼働後に一度の定期メンテナンスを1時間に変更の後、複数回実行。結果、異常及び破損は確認されず正常と判定。
これまでに5回のアビスシステム稼働実験を実施。
稼働を開始した瞬間エラーを起こし、全ての実験で亀裂は発生せず実験は失敗。
エラーの原因調査は難航。
アビスシステム本体に不備は見つからず、外部からの干渉を受けている可能性大。
主にエラーは、アビスシステム本体が危険と判断された場合、強制シャッドダウンを起こす安全装置の役割を持っている。
それ故安全装置を外すことはできない。
何度アビスシステムを稼働しても、エラーが発生し停止するこの事態に対し、打開策は未だ上がらず、現時点では不透明。
今の現状をまとめ終わり、一度椅子から立ち上がってデスクワークの凝り固まった体をほぐす。
アビスシステムのエラー。新條蓮と常盤凪沙の行方不明。
これに関してはアビスシステムが動かない限りどうしようも無い。
元々は違う世界の物質やエネルギーを使い、こちら側の世界の発展に転用する。
もしくは新たな人類の居住可能な施設を造るという目的で始まったが、このままでは、このままでは儂の計画が全て白紙になってしまう。
「神隠し、か…………」
やっとここまで辿り着いた。それを棒に振る訳にはいかない。原因究明を急がねば。
「博士ー!」
新人の研究員が小走りで儂の研究室にやって来た。何しに来たのかと聞くと、所長が儂を所長室に呼んでいると言った。
仕方なく、今まとめたデータが入っているノートパソコンを閉じ、研究室から出て所長室に向かう。
「………………いい加減起きんか!水葉ぁぁ!!」
いつもいつもぐーすかと四六時中寝ている目の前の男を叩き起こす。
ここは所長室。
重要な案件やアビスシステム実験の最終許可など。研究所の全てを取り纏め、全ての責任を持つ所長の仕事部屋。
「ん?あぁ、ハイテンション爺か」
こやつの名は水葉柳。儂の上司にしてこの『極秘異界研究所』の全てを統括する所長である。のだが、享楽主義で自由奔放。この研究所1番の問題児。
面倒を嫌い、こやつが楽しい面白いと思ったことのみを追求してしまっている。本来は優秀。優秀じゃが……
水葉の性格が全て台無しにしてしまっている。
儂をハイテンション爺と呼んだことから分かる通り、こやつはいつも適当。いつもここの職員を適当なあだ名で呼ぶ。
しかしそれは水葉が面白いと思っているからで、水葉はこの研究所の職員全ての名前と性格と好物と身長と体重と弱みと口調と家族構成を全て把握している。
水葉の優秀さはそれだけでは無く、儂のアビスシステムの構造を設計図を一眼見ただけで理解してしまった。
悔しいが、全体的に見れば儂よりも優秀で天才。その性格さえ無ければ完璧だが…………
「ふあ〜今何時なんだ?」
「儂に聞くな」
水葉が今の今まで寝ていたソファーから起き上がる。水葉がソファーから移動し、それを目で追いかける。
所長室をぐるりと見渡すと、机の上に滞った書類が山積みになってしまっている。原因はいつも散々寝ているせいに違いない。
「で……なんでハイテンション爺が所長室に?」
「お主が呼んだから!」
水葉を相手するといつも疲れる……
「ハイテンション爺を呼んだのはアビスシステム関連」
欠伸をしつつも、やっとその気になった水葉にそう言われた。
「確か、あれから5回も失敗したそうだけど、流石に上も待ち切れないそうだ。毎度アビスシステムを起動する為に使うエネルギー。もう無駄だから実験を辞めようという声も上がっている」
当然だな。アビスシステムを一度起動させるだけでも、丸一日の火力発電所2基分のエネルギーが必要。さらに稼働中は毎秒かなりのエネルギーが消費されている。
「儂としてもアビスシステム本体に不備が見つからない以上、どうすることもできん。ただ、今はそれよりも未だ安否不明な新條蓮と常盤凪沙。2人の最後の言葉である、ログハウスについて気になっている」
「あーそれかー……今ここでどうこう言っても仕方がないけれど、確かに気になる。単純に人類文明があるとは考え辛い。そもそもの根底が違う可能性もある。その時の報告書を読んだけれど、直径100mのドーム。それは本当か?」
「ああ、そうじゃ。亀裂の向こう側は密封された円形のドーム。その空間内に雪原が広がり、白い怪物が跋扈している」
「成程。話は変わるけれど、あそこにあるのは雪とモンスターと木でできたログハウス。アビスシステム緊急エラーの稼働停止から15日が経っている。その2人がもう飢餓ってる可能性は?」
「……縁起でも無いことを言うな」
実際、あの2人が今も生存している可能性は低い。水葉は冗談では無く本気で言っている。
基本享楽主義な水葉だが、所長である以上、必要ならある程度真面目になる。
「それで、実験はどうする?やるとしてもあと1回。上に全力土下座でもう1回できるかどうか。どうするかは決まったか?アビスシステム研究統括主任。荒起小金」
恐らく水葉は気付いている。儂の目的が、上の目的と違うことに。
「儂は諦めない。今までの努力を水の泡にしたく無いのでな」
「へぇー。本気なら口出しはしないよ。ただし、所長命令。あまり無茶はするな。ここの責任者として、冷房暖房完全完備な部屋でもう少し寝たい。アビスシステムとあの世界のことは任せた」
「あ、そうじゃ。水葉にはまだ行っていなかったな。あの世界に仮名をつけた」
「ん?」
「まだ正式に決めていないが、暗雪原と」
翌日の実験開始日。
職員にアビスシステム実験の準備をさせる。
操作室から、アビスシステムを見下ろしてみる。
あれから150年。
この世界の素材だけで造るのに、手に入れるのに苦労した。
時代がアビスシステムを造る材料まで辿り着くのに、時間が掛かった。
あの世界は人類にとって激毒だが、薬だ。誰にもバレることは無い。
あの世界の異常は、誰にも想像し得ない。
「すぅーふぅーー」
落ち着け。水葉は儂の目的が上と違うことを勘づいているだけ、バレた訳では無い。太平洋戦争中に戸籍は消した。
この場では、60歳の研究統括主任。
「博士。準備が整いました」
「そうか……」
全てが決まる。
「これよりアビスシステム実験を開始する!現状を報告せよ!」
研究員達に僅かながら緊張が走る。
「整備班からの報告。アビスシステム本体の不備は確認できません」
「システム異常無し。前回同様、特に問題ありません」
「動力エネルギー。異常は見当たりません」
「アビスシステム。非常に安定しています」
「博士。アビスシステムを起動し、前回と同チャンネル……仮名、暗雪原に繋げます」
前回、前々回、その前も。これ以上の失敗は儂の計画に関わる。
「ああ、アビスシステム実験開始!」
儂の言葉で、研究員達が手慣れた手つきでアビスシステムが起動される。
「今回またアビスシステムがエラーを起こし稼働を停止した場合。稼働実験、そして異世界調査の無期限凍結も視野に入る。今回こそは、繋がってくれ……!」
もう失敗はできないという事実に、自然と拳に力が入る。意を固めていると、研究員の1人が声を上げた。
「な……?!」
「何があった」
「そ、それが……仮名暗雪原に繋げる途中。何処か別のチャンネルに繋がりました。どうしましょう…………?」
急いで操作室からアビスシステムを見下ろす。亀裂が発生する前兆として、小さな閃光と微かな電撃が迸っていた。
「……構わず、続けよ」
本来この実験は危険極まり無い。怪物がこちら側に侵入する可能性や、あの世界の1つがこの世界と同化する可能性すらある。
しかし、実験を止めるつもりは無い。
研究員達がそのまま作業を続行する。
不安な空気が漂る中、アビスシステムから目が眩むほどの閃光と凄まじき電撃が迸る。
「?!」
実験室を中心として大規模な振動が周囲を駆け巡った。亀裂が初めて発生した時も振動が実験室を揺らしたが、今回はその比では無い。
地震大国である日本でも、これほどの揺れはそうそう起きない。
「つ、繋がった……」
研究員の1人がそう呟いた。
「博士!」
周囲の研究員の歓喜の声色を上げた。
「いや、まだじゃ。偵察機と無線の用意を。まず先に無線を使う」
そう時間は掛らず偵察機と無線の用意ができ、儂に無線機が手渡される。
「あー……あー、こちら――――」
◆◇◆◇
「王手」
「負けました」
「……今の試合で159263戦の内1敗159263勝0引き分け。よくぞ我から1勝を勝ち取ったな」
「お情けの1勝ですが……………」
「しかし飽きて来たな……またチェスをするか」
「了解致しました」
「……………………?!…………成程、そう来るか。やはり異常界では我の予測が不確定。分かるも分からないも興味が惹かれるが………………そうだ。エリア674について覚えているか?」
「あれですね。確か、異常界随一だった科学技術とバイオテクノロジーを保有し、様々な実験体である生命体と、それらを実験に使用していた上位種の支配エリア」
「その通り。第二評議長ですら実験段階に至っていない『生命融合技術』を持ち、それによって生まれ『異常的保持融合生命体』の"失敗作"は、我々にすら匹敵する力を持った。自滅という形に終わり、エリア内に存在していた数々の都市が消滅した上に、今の時点で最終的に残っていた首都である都市が陥落。これだけのことをした。退屈で終わらせずにして欲しいものだ」
「第一評議長様。チェスのご用意が完了しました」
「そうか………………さて、面白い。その手を打つとは」




