4話 現世帰還への道 その3
「ぜぇぜぇ……ぜぇ……」
春夏秋冬に振り回されたが、やっと目標に到達した。疲れた。爆風が収まるのを見計らって墓石から腕時計を取り外す。
やっとこの手に収められた。長かった。少し体を上げ扉の方向をかくに…………
?!不味い。まずい!風で足がすくわれた。しかも扉とは別方向に吹き飛ばされた。
今まで扉に向かって吹き飛ばされたから何とかなっていた。凄くまずい。だが、まだ何とかなる。冷静になれ。
丘からまだ数十mしか飛ばされていない。歩いて戻れる距離。周囲は何処までも続く森や草原。海や湖では無い分、何とかなる。
これ以上吹き飛ばされる前に、急いで白銀から聞いた3分時計の暴走解除を始める。たしか、3分時計の横にある小さな金属製の突起物。
それを静止させて3分時計に向かって押し込む。解除方法を聞いた時はまさかと思ったが、この突起物。ねじ巻きのようにゆっくりと回っている。しかも硬い。
そのせいで指で押さえつけているのに止まる気配が全然ない。ならば、全力で押さえつけると同時に逆方向に回す。
防護服の指部分が擦れ、それと一緒に指の皮が剥けているがているが関係無い。
……………………!一瞬だけ止まった。この好機を逃さない為に、全力で3分時計に向かって押さえつける。
「ぐふは…………!」
押さえつけた。それと同時に俺は地面に叩き付けられ、爆速で流れていた昼と夜、風、気候、季節が超低速になった。
いや、違う。低速になったのではなく普通になった。
風は静かに周囲の草木を撫で、空は雲一つなく、今の季節は夏。全てが過ぎることは無く、ゆっくりと夏の季節が流れ、空には綺麗な夜空が映し出されていた。
現世帰還隊の隊長と副隊長が見た夜空。
この世界に来て、俺は初めてリラックスできた気がする。
「これが本来のエリア7の姿。エリア7四季流れる丘。
いやー、一年前にバグってからやっとまともなのを見たよ。で、大丈夫?」
心配して来てくれたのか、常盤と白銀が走って来てくれた。
「なんとか」
常盤が疲れて動けずにいる俺の肩を持ち、エリア2の扉に向かって歩いた。
エリア2に戻る頃には疲れがある程度取れ、普通に歩けるくらいに体力が戻った。
「3分時計」
「あ?あぁ」
そのことを言われ、暴走を解除してからずっと持ちっぱなしだったことに気づき、白銀に3分時計を渡した。
3分時計を受け取ると、白銀は小さな箱を取り出しその中に仕舞い込んだ。
「3分時計は回収できたけど、どうする?このままヘヴンシステムの動力源を取りに行ってもいいけど」
俺は全力で首を振る。流石にもう動く気にもなれない。
エリア2で体力が削れて、多分数時間すれば筋肉痛で動けなくなる。今すぐ防護服を脱いでその場に寝転がりたい。
白銀の視線が常盤に向かっ―――――――
「え?」
本当に嫌なほど、この世界は無茶苦茶で意味不明。
人の科学では説明がつかないほどに。半ば理解することすら諦めるほどに。
ここ最近で何回も、何体もヤバい生物に遭遇し、死にかけた。あの時、特殊部隊の3名が殉職し、1名が辞表を出し辞めた。
それを知って俺は特に何も思わなかった。特にそれほど印象は無かった。3名の亡骸の果てと思われる白い怪物に遭遇しても、ただ淡々と処理した。
だが、これは…………
「スキンリーパー………!!」
白銀が目の前の存在の名と共に、その声から焦りを感じた。
目の前には中年の男の姿。
人間の皮膚を、眼球を、血肉を突き破り、人間と言う服の下から醜い怪物が現れた。
醜い怪物、スキンリーパーは音も無く忍び寄り、近くにいた常盤をスキンリーパーの長い刃物のような手が現れ、常盤の防護服を貫通しその下にある右腕すらも傷を付け両断した。
右腕はただ重量に逆らうこと無く、廊下にぼとりと落下した。
「せいっ!」
常盤は痛がる様子も無くすぐ側にいたスキンリーパーを蹴り飛ばした。
俺はすかさずスキンリーパーに実弾銃を乱射する。弾丸はスキンリーパーの体に傷をつけられ無かったが、何十発もの弾丸に怯んでいた。
白銀が即座に常盤の切り落とされた腕を回収し、怯んで動けずにいたスキンリーパーに改造銃から何かを1発撃った。
「ピィィィィィィ……!!」
着弾した弾から、耳を塞ぎたくなるような金切り音が響いた。
「白銀、今一体何をした?!」
「呼び笛」
それだけを言い、白銀がすぐそこにある部屋の扉を開け、その中に飛び込んだ。
そしてその部屋の入り口からこっちに来いと手招きをして来た。俺と常盤はその部屋に飛び込む。それを確認した白銀が扉を閉めた。
遠くからドゴドゴと音がする。恐らく、白銀が放った弾丸は百手を呼ぶ為の物。
それを使い銃弾で傷を付けられないスキンリーパーを轢き潰す魂胆だろう。
だが、今は別のことに集中しなければ。
俺は防護服を脱ぎ、その下の戦闘服から治療用具を取り出す。包帯、針、手術用糸、消毒液、治療用接着ジェル、化膿止め剤、現状常盤の手術に使えそうな道具と薬。
手術の実技をしたことは無い。
だが、様々な治療、手術の専門本を読み漁ったことはある。簡単にだが手術も出来る……はず……しかし、いかんせん道具と設備が無い。
焦燥に駆られながら常盤を寝かせ、白銀から常盤の腕を受け取る。腕にくっついたままの防護服とその下の戦闘服を剥ぎ取り、状態を確認する。
スキンリーパーに切り落とされた常盤の右腕。切り落とされた箇所は上腕。切断面は比較的綺麗。出血量はそこまで、最初こそ血は噴き出ていたが、2秒経つ頃には血は数滴程度しか出ていなかった。
このことから出血は心配しなくていい。麻酔は無いが常盤なら要らないだろう。
常盤と言えど、腕を落とされたなら最低限ちゃんと手術をしなければ駄目だ。流石に右腕が生えたりは流石に出来ないはずだ。
そんなことを考えつつも、接着剤と糸で大きな血管と見えている限りの全ての血管を繋げる。
それが終われば針に糸を通し、糸で右腕を繋げる。
最低限しか出来ないが、常盤の高い自己治癒能力を信じるしか無い。
常盤が眠そうにあくびをした。緊張感が無い、そのあくびで手元が狂うから今すぐ辞めて欲しい。
出来るだけ早く正確に繋ぎ終え、その上から包帯を巻く。裁縫がある程度得意で良かった。
「ふう……」
ドゴドゴと遠くから音がした。その音は段々と小さくなっているので、恐らく既にスキンリーパーを轢き潰し、そのまま離れて行っているのだろう。
手術に集中していて全く気づかなかった。
常盤の手術に使った道具を片付け戦闘服に戻していく。
「あ」
治療道具を片付けていると、常盤が俺に右腕を見せつけて来た。
「……ん?……………?!」
微かに、微かにだが今さっきくっ付けたばかりの右腕が動いていた。いくら何でも早過ぎる。常盤の回復能力は凄まじかったが、これは異常だ。
「どうなってる……?」
余りのことに疑問が口から溢れていると、白銀が常盤に近づき、ペチペチと付けたばかりの腕に触れながら脈を確認した。
「再生能力がすごいってことは聞いてたけど。多分これ、ハズレ黒果実を食べたから更にすごくなってる」
「あの不味い果実か……」
俺も常盤も、あのハズレの黒い果実を一口食べただけで卒倒した代物。不味いだけだと思っていたが、流石この世界の産物。普通じゃ無かった。
「良薬口に苦し。あのハズレは死ぬほど不味いけど、
その代わりに膨大な栄養とエネルギーが内包している。
結果、食べた対象に強力な自己回復の活性化を促す。
その不味いけど。たしか現世帰還隊に記録されていた資料では、ハズレを食べただけで致命傷の大怪我が通常の2、3倍以上の速度。僅か6日で完治したと記載されていた。だとしても、常盤さんは一口しか食べてなかったはず、すごすぎなんだけど……」
いくら何でも早すぎる、と呟きながら白銀が常盤の右腕をペタペタと触った。気が抜けた。その場にへたり込んでしまった。床に寝そべった。疲れた。
だけど、良かった。
扉の向こうではドゴドゴとした音は完全に過ぎ去り、静かな時間が流れていた。
「……そう言えば、あの微妙な味の水に微妙以外の効能はあるのか?」
不味いハズレ果実には回復能力の活性化。普通じゃ無い世界の産物だ。微妙な水にも何かあるだろうと思ったが…………
「特に無い。ただ微妙なだけだよ。まぁ、水に困らない代償と思えば」
「あー…………」
改めて考えると、水に困らないの一点だけでも結構ヤバいな。




