4話 現世帰還への道 その1
目が覚めた。いつの間にか気を失っていたらしい。
起き上がると、俺に気休め程度の薄い布が被せられていることに気づいた。被されている布を取り、すぐ横に寄せ置く。
周囲を見渡す。
面影がほぼ消失している広いホール。その端に寝かせられていた。立ち上がると、左足が痺れ力が入らず前方にうつ伏せで倒れた。
なんで左足が痺れ……いや違う。左足だけでは無かった。
舌、右頬、右手小指、右手の平、右足太もも、つま先。左足と右半身に痺れが出ていた。そして、起きてから頭がガンガンと痛い。
原因の予想はつく、意識が途切れる前にかじった黒い物体。白銀に勧められた黒い果実。絶対アレだ。意図してなのかは分からないが、あの黒い果実について聞き出さなければ。
一口かじっただけで、ほぼ何も食べていないお陰で空腹だ。
「らいしょぉふ?」
少し顔を上げる。俺を上から常盤が覗いていた。今の声もだが、今の常盤の状態に目を疑った。片足を引きずり、長くまっすぐな棒で体を支えていた。
そして常盤の背後から、俺の今の状態に気づいた白銀が、俺をうつ伏せから仰向けにした。
「なぁ、なんでおれとときわはこんなじょうたいなんだ?あと、おれがきをうしなってからどれくらいのじかんがたった?」
舌が回らずふにゃふにゃ声になってしまった。予想以上に舌の痺れが酷い。常盤も同じか。
「あー……気を失った理由だけど。ワタシが渡した黒い果実。ハズレだった」
「はずれ?」
「大体5%くらいの確率ですごーく不味いのが混じってるんだよ。まぁ、死ぬこと……は無い……と思う。から、安心して」
その濁した言葉じゃ全然安心できない。
そして、ただ不味いだけでこれほどの痺れを引き起こすのは理解し難い。毒でもあるんじゃないか?普通の黒い果実どんな物かは分からないが。
しかし、元の世界に帰る方法を探していた白銀のことだ。帰る為に必要な協力者に対し、故意にハズレを渡すとは考えにくい。
……と言うことは、俺と常盤は5%の運試しに負けたのか。
白銀が1枚の紙を取り出した。
「初めてハズレを食べると、あまりの不味さに脳が反射的に反応して気絶するんだよね。あれ。で、その後の症例だけど、舌を中心とした身体の広範囲に痺れが出る。数時間に及ぶ味覚の消失。摂取から数分後に、38度前後の高熱。
症状の例としてこれくらいかな。大体12時間後には後遺症無く回復するから安心して」
その言葉に、俺は静かに安堵の息を吐いた。それにしても、恐ろしい実だな……
そんなことを考えている俺を傍目に、白銀は読み上げた紙を木製の箱に仕舞い込んだ。
「ハズレの2つ目を食べたら分かると思うけど、常軌を逸した不味さだよ、あれは。それで、気絶していた時間だけど、ざっと9時間…………あと3時間は足止めか……」
白銀が小さくぼやいた。
それから3時間後。
体の痺れがほとんど取れ、頭の痛みは消え去り、俺と常盤はまともに立って動くことができるようになった。
その間、痺れがまだ残っている時に、白銀が切り分けた黒い果実を俺と常盤両方の口に大量に突っ込まれた。
口に突っ込む前に、白銀が一切れ食べて味見していたからハズレに当たりはしなかったが、ハズレでは無い黒い果実、不味くは無かった。
不味くは無かったが、黒い果実を噛むたびに後から地味な苦味が襲い完全に食欲が喪失した。まともな味の食糧は無いのかこの世界。
「仲良いな、キミたち」
改造銃を背負い、ゴーグルを頭に装着し準備万端な白銀が俺と常盤を見てそんなことを言った。
今、俺と常盤は倒れていた。怪物に襲われ戦い、倒し探索したら新たな怪物に遭遇し、怪物から逃げていると少女に助けられ、少女からこの世界について知り、少女から渡された果実がたまたま不味くて気絶。
今になって精神的な疲れがどっと押し寄せて来た。
「私は付き添いー」
常盤は特に理由無く倒れていたらしい。付き添いで一緒に倒れるか?普通。
「まぁ、その状態でいいから改めて今からやることの説明をする。ワタシの目的はこの狂った世界からの脱出及び元いた世界への帰還。この目的達成の根幹を成す為に、作り上げたこの装置」
白銀は静かに、ホールの中央にある扉のような装置に視線を向けた。
「……誰かに見せるなんて思っても見なかったから、名前なんてつけてなかったな……けど、装置装置言っても格好つかないから。だから考えた」
そんなことを呟きながら、咳払いをして大きく息を吸った。
「空間次元穴発生装置。名はヘブンシステム!メイン含めほとんどが出来上がっている!ただし、無いのは動力源と稼働の為のエネルギー!あとついでに、目的地に続く道の障害を乗り越える為に、3分時計の回収を頼みたい!
…………ふぅ。昨日ヘヴンシステム完成の為に素材等が必要って言ったけど、ぶっちゃけ素材って言っても必要なのはほぼ動力だけなんだよね」
何の素材を回収するか考えていたが、1番重要な動力が無いのか。
何回も着る内にこの重さに慣れて来た防護服を装着し、白銀のナビの元、目的地まで進む。破熱弾用の銃と地形測定機は置いて来た。かさばる上に重いからだ。
白銀を先頭として、俺と常盤が実弾銃を構え警戒する。
黒い顔、笑顔と初めて遭遇した薄暗い廊下では無く、明るく長い長い廊下を進み、たまに広い場所に出て、また別の廊下に入る。
稀に階段があり、その階段を登ったり降りたり。その繰り返し。
似たような景色が続く。少し廊下に置いてある物や部屋の数が違ったりの変化はあるが、このエリアの地理を知らないと普通に迷って遭難しかねない。
そんなことを考えながら、何回か廊下に入り出てを繰り返していると、突然白銀が足を止めた。
「しっ……!」
いくつものダイニングテーブルが並ぶ広い部屋の前の廊下で、先頭にいた白銀が俺と常盤に見せつけるように口に人差し指を立てた。
廊下の壁に寄り、何かにバレないように白銀が部屋を覗いた。俺と常盤も白銀を真似る。その部屋で、ボロい服を着た男が徘徊していた。
「何あ――――」
常盤の口を白銀が即座に手で塞いだ。
「あれはスキンリーパー。人間を襲い内臓を食べ、人間の皮を剥いで被り、次の獲物を襲う怪物。聴覚が良いから、音を立てたらこちらに寄ってくる」
ギリ聞こえるくらいの小声で、ダイニングテーブルにいた怪物の説明をした。パッと見、人間にしか見えないのに怪物なのか。
エリア2に来て初めて遭遇したのがスキンリーパーだったら油断して死んでいたな。多分。
「?!……ん……!ん……!」
突然、常盤が口を塞がれた状態で口にある白銀の手を剥がそうと抵抗を始めた。
「声を出したら気づかれる。そのままの状態でいて」
「ん……!ん……!」
常盤が俺等の背後、廊下の先に指を差した。
「後ろ……?……!!白銀、あれは……?!」
俺はとっさに白銀の肩を揺すり、廊下の奥を覗かせる。奥を見た瞬間、幼さが残るその顔からだらだらと汗が流れ、常盤の口を塞いでいた手を離し立ち上がった。
「ふあ、ふう…………」
息を大きく吸い、常盤は酸素を体に取り込んだ。
「走って、走って走って走って……!なんでこんな時に百手が……?!」
混乱を隠せない様子で前方に走り出した。俺と常盤もその背中を追いかける。背後からドゴドゴと音がする。廊下にいたのは、図体が大きく、数を数えるのが億劫になる程の人間の手と腕の塊だった。
今までで1番意味不明だ。
意味不明過ぎて混乱よりも理性が前に出て来た。
大きさは廊下の高さギリギリ、横幅ギリギリ。そんな大きさの怪物があり得ない速度でこちらに向かって来ていた。
ついでに、音を立てたので男の姿をしたスキンリーパーがこっちに向かって走って来ていた。と思った次の瞬間、スキンリーパーが百手の手に捕まり轢き潰された。
百手。まだ白銀に確認を取っていないが、恐らくこのエリアの主的な存在だろう。ダイニングテーブルのある部屋を過ぎ廊下を全速力で進む。
「ワタシが右側の扉を開けるからその中に入れ!」
そう言った瞬間すぐ横の扉を開けその中に飛び込んだ。俺と常盤も白銀に続き、白銀が3人全員いることを確認すると思い切り扉を閉めた。
扉を閉めた数秒後。扉の向こうでドゴドゴとした騒音と遜色無いほどの音が鳴り、すぐさまその音は離れて行き聞こえなくなった。
「ふぅ……助かっ……た……あの怪物、百手はワタシの発明した武器でも、現世帰還隊の力を持ってしても、損耗すら与えることは出来なかった。
厄介な怪物……だけど、百手はエリア2の廊下だけを巡回している。廊下以外の部屋とかに入れば助かる。
けど、逃げれる場所が無ければさっきのスキンリーパーみたいに轢かれて潰される。
エリア2で1番強い怪物。百手。別名、廊下の掃除屋。ちなみに名付け親は現世帰還隊の隊長」
取り出した布切れで汗を拭きながら、あの手の怪物について説明した。




