執着系の幼なじみにベッタリされてるイケメンに好かれても辛い
「大山さん、誰かにチョコあげた?」
委員会が終わり、通学リュックを背負ったところで、同じ広報委員で違うクラスの河北が話しかけてきた。
「え?」
「昨日。バレンタインだったじゃん」
「ああ、友達に手づくりの友チョコあげたよ。弟には手づくり失敗チョコ」
「あはは」
話しながら教室を出て、廊下を歩く。
「じゃあ本命チョコはあげてないんだ? 彼氏や好きな人いないの?」
「いないよー」
「じゃあ俺、彼氏に立候補していい?」
「えっ」
ピタリと足を止めた。
「大山さんのこと、初めて見たときからいいなあって思ってて。委員会で一緒になって話すようになって、やっぱり好きだなと思って」
照れたように、でも真っすぐに私の目を見て告る河北はイケメンだ。流行りの髪型、切れ長の目、すっと通った鼻筋。背は高くて顔は小さく手足は長い、骨格からしてイケメン。
だけど絶対に無理な案件だ。
「いやいやっ、河北くんには小川さんがいるじゃん」
「アイツとは付き合ってないんだって。ただの幼なじみ」
「毎日登下校一緒なんでしょ。それってもはや付き合ってるって。今日も靴箱で待ってるんじゃないの?」
河北には有名な幼なじみがいる。一年五組の小川さん。入学時から二人は毎日一緒に登下校していることで有名だった。
当然付き合っているものと周りは認識したが、河北は「ただの幼なじみ」と言い張っている。
人づてに聞いた話では「お隣さんで同い年だから、家族ぐるみで仲良くて仕方なく」らしく、毎日一緒に登下校しているのも、小川さんの親に頼みこまれたから、らしい。
小川さんは小5のときに、下校途中で不審者に声かけされたことがショックで、一時期不登校だったそうだ。それでお隣の河北が一緒に登下校する役を頼まれ、断れず、やめどきを失って続いているそうだ。
「とんだ災難だよね」
と噂好きの友達、サヤカが同情する口ぶりで言った。
「不審者こわいよね、ほんと災難」
と私が答えると、
「違う違う、河北くんのほう。そんなんでずっと縛られてさあ、迷惑にもほどがあるじゃん。こわいのは不審者より小川さんだよ。噂じゃ、河北くんがバスケ部だから、自分も女バス入ったって。でも男バスとあんま接点ないって分かったらすぐに辞めて、パソコン部入って。男バスの部活終わるまで待って、一緒に帰ってんだよ。不審者こわいなら、帰宅部になってすぐ帰れって話じゃん」
サヤカは怒り心頭だった。
本来は自由であるはずのイケメンが、冴えない幼なじみに束縛されていることに腹立てているようだ。しかもサヤカはバスケ部だ。不純な動機で入部してすぐに退部した小川さんを目の敵にするのも分かる。
そしてサヤカは私に言ったことを、小川さん本人にも言ったようだ。しばらくして小川さんはパソコン部も辞めて、帰宅部になった。そうしたらなんと河北も男子バスケ部を辞めて、帰宅部になった。小川さんと一緒に帰るためにだろう。「ただの幼なじみ」のために、そこまでできるなんて信じられない。
「とにかく無理だよ。小川さんがいるのに、河北くんと付き合うなんて」
靴箱近くまで来て、私も河北も口を閉ざした。じゃあねと言って、私は自分のクラスの靴箱のほうへ早足で向かった。
河北と並んで歩いている姿を、小川さんに見られたら厄介だなと思ったのだ。
河北のクラスの靴箱前で、じっと待っている小川さんの姿を見かけた。
どうせ委員会が終わるまで待つなら、河北と同じ委員会に入れば良かったのに。翌日サヤカにそう言うと、
「あー、五組のミチが言ってたけど、河北くんが図書委員になるって言ってたから、あの子も図書委員になったんだって。でも河北くんのクラス、図書委員になりたい人多くて、ジャンケンになったらしいよ。河北くん負けて、図書委員にならなかったから。小川ざまぁだよね」
と愉快そうに教えてくれた。なるほど。委員会は一度入るとやめられないが、学期ごとに入れ替わるから、あと少しの辛抱だ。告ってきた河北と顔を合わせるのは気まずいが、委員の仕事は毎日あるわけではない。
なるべく接点を持たないようにしよう。
そう心に決めたのに、河北は積極的に話しかけてくるようになった。校内でたまたまバッタリ会ったり、うちのクラスの男子に会いに教室までやって来たときに。
その河北には、当然のように小川さんがついてくる。少し後ろを金魚のフンのようにくっついている。
河北と小川さんもクラスが違うため、授業の合間の休憩時間や昼休みや放課後に、全力でくっついている感じだ。
河北は「お前はついて来るなって」や「うっとうしいなぁ」などわりと言いたいように言っているが、言っても仕方ないと諦めているようにも見える。
小川さんはへこたれない。
河北に何を言われようが、河北の男友達にドン引きされようが、女子から変な目つきでヒソヒソ言われようが、河北にくっついている。
小川さんには全く友達がいない。かといってイジメられてもいない。
小川さんと小学校が同じだった子から、サヤカが聞いた話によると、
「小学校でも浮いてたから、女子たちが悪口を言って、みんなが避けてた時期があったんだって。そうしたら、イジメられてるって小川さんが親と先生に言って、そのクラスの女子全員が問い詰められたって。別に示し合わしてハブってたんじゃなくて、みんなから普通に嫌われてただけなのに。大人からうるさく言われて、みんな仕方なく、無理して話すようにしたって。最悪じゃんね~。たぶん河北くんもそんな感じだよ。一番の被害者なんじゃないの」
だそうだ。
でも今の一番の被害者は、河北くんじゃなくて私だ。
河北くんは空気を読まず、というか、わざと小川さんを挑発するかのように、私に絡んでくる。
サヤカも、「ユイなら河北くんとお似合いだし、応援するよ」なんて無責任に言うし。河北くんの友達も「河北を救えるのは大山だけだ、頼むよ」と真面目な顔で言ってくる。
いつの間にかできていた、アンチ小川さんの輪が、私と河北をくっつけようとしているのだ。
困ってしまう。河北のことは別に嫌いじゃないし、イケメンでいいなとは思うけど、とにかく小川さんがこわい。
河北に絡まれているときに注がれる、じっとりとした視線。おそるおそる目を向けると、小川さんの目とかち合った。暗い表情、真っ暗な闇を見ているような瞳の中に、チロチロと燃える憎悪の炎が揺らめいていた。
小川さんは無言で唇を動かした。くっきりと三文字で。コ・ロ・ス。
怖い怖い怖い怖い、無理無理無理。やっぱり河北にハッキリ言わなくちゃ。
小川さんに分からないように連絡を回し、河北を呼び出した。
授業中に、それぞれトイレに行きたいと言ってクラスを抜け出してきた。
「ごめん、やっぱり河北くんとは付き合えないし。もう話しかけるのもやめてほしい。困るの」
「話しかけるのも嫌って、そんなに俺のこと嫌い?」
「違うの。分かってるよね。小川さんがこわいの。気にするなって言われても無理だよ。小川さんがいる限り、河北くんは無理」
言わなくても分かってほしかったが、もう言うしかなかった。ここまでハッキリ言えば、河北も諦めるだろう。
河北はひどくショックを受けた顔をしたあと、今まで聞いたことがないくらい低くて暗い声で「分かった」と答えた。
「俺のことを嫌いなわけじゃないんだな。小川さえいなければ。そうだ、アイツさえいなきゃって、ずっと思ってたよ。もう付きまとうなって何度も言ったのに、全然分かってくれねえし……。アイツがいなくなったら、付き合ってくれるんだな?」
「え?」
「小川がいなきゃいいんだろ」
河北は思い詰めた顔をして、目だけはらんらんとさせて言った。瞳孔がかっと開いて、どこか遠いところを見ているようだ。
何だかやばいと思ったが、授業へ戻るという河北を止めることもできなかった。私も戻らなくてはいけない。
その週末明けの月曜日、ショッキングなニュースが学校中を駆け巡った。
噂好きなサヤカもさすがにはしゃいではいなかった。私が教室に入るなり、泣きそうな顔でやってきた。
「ねえ、聞いた?……河北くんが死んだって……土曜日に、ホームから転落して電車に轢かれたって」
「えっ」と私は言い、手で口元を覆った。
死んだんだ、良かった。落ちるのは見届けたが、そのあと無事に絶命したかまでは確認できなかったから、ホッとした。
あのときの河北の言葉で気づいたのだ。
ああそうか、
『河北さえいなければいいんじゃない?』って。
これでもう変に煩わされることはない。私にとっての元凶はアイツだったから。