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最高のトレーナー

 ラグビーの名門高校出身の俺はスポーツ推薦で大学に進学した。

 大学も当然ラグビーの名門校で監督以外にもトレーニングメニューごとに指導してくれるコーチ陣も揃っていて、将来プロになりたい俺にとっては申し分のない環境である。


 そんな恵まれた環境ではあるが、練習の中で唯一苦手なのがウェイトトレーニング。


 高校までは成長期と言うことで本格的なウェイトトレーニングはしてこなかったが、大学生ともなると専属のフィジカルトレーナーがついて、個別に指導をしてくれる。


 ちなみに俺の担当はつるっぱげでムキムキの50代のオッサン。

 選手によっては少し年上の若いトレーナーや中には若い女のトレーナーが指導している選手たちもいる。


「後藤さん、これあと何セットやるんですか?」

「あと、5セットだな。 試合中にケガされては困るから、きつくてもちゃんとメニューはこなしてもらうよ!」


 後藤さんはとにかく筋肉をつけることに執着があるらしく、俺を鍛えるだけでなく、自らもスクワットをしたり、指導しながら鉄アレーで鍛えたりしている。


 紅白戦とか他の練習はやっていておもしろいが、このウェイトトレーニングだけは地味な上にしんどくて逃げ出したくなる。


「筋肉は鍛えないとつかないし、大事にケアしないと体を痛めるから、もっと自分の体を愛してあげて!」

 

 これが後藤さんの口癖。

 ウェイトトレーニングのたびにこれを言われて、本当に嫌になる。


 ある時、練習をサボって後藤さんに説教された。


「後藤さん、正直、俺もアンタよりもっと若くて、女のトレーナーとかの方がよかったよ。アンタ、ただの筋肉オタクだろ?」


 俺はチームの中心選手ということもあり、サボっておきながら生意気な口を叩いた。


「そうか。それはすまなかったな……。もし、別のトレーナーに担当を替えたいなら、監督に相談してみてくれ」


 後藤さんに思い切り叱られるかと思ったが、後藤さんは寂しそうな顔をして、トレーニングルームに帰って行った。


 俺は監督にトレーナーを替えてもらおうと話をしに行くと、OBで日本代表にもなっている田中さんが練習を見学に来ていた。


「あれ、日本代表の田中さんじゃないですか?」


「ああ、君は監督が期待している一年の杉山君か。杉山君はかなり期待されているみたいだね。だってフィジカルトレーナーも後藤さんをつけてもらっているみたいだし」


「後藤さん? あの人凄いんですか? ただの筋肉オタクじゃないんですか?」


「あの人は勉強熱心なトレーナーだよ。お子さんの体が弱くて、最初は子供の体のことを思ってフィジカルトレーニングの勉強を始められたらしいんだけど、お子さん亡くなられてしまったみたいでね……。それ以降はこの大学のフィジカルトレーナーになられて、若い選手の体づくりに協力してくれているんだよ」


「実績とかあるんですか?」


「この学校からプロになっている選手は大体後藤さんが担当してたし、俺も後藤さんに担当してもらっていたからね。おかげでいまでも大きなケガをせずに現役を続けていられるんだと思うよ」


 俺は何も知らないで酷いことを言ったことに気づき、監督の元には行かずに、トレーニングルームに向かった。


 トレーニングルームでは後藤さんがパソコンで何かを見ながら、メモを書いている。


「あの、後藤さん、さっきはすいませんでした! これからもご指導いただけますでしょうか?」

「ああ、君か。今ね、君のデータを見ていたんだが、半年前よりかなり上半身の筋力が上がっていて、下半身の筋力とバランスの良い体になってきているから、試合でもそれが実感できることが増えると思うよ」


 後藤さんは、先ほどの俺の無礼を問いただすこともなく、今後のトレーニングの方針について丁寧に説明してくれた。


「君も将来は日本代表にでもなって、ワールドカップで活躍するような選手になってくれると嬉しいな!」


「はい、そのためにもトレーニング頑張りますんで、よろしくお願いします!」


 ただの筋肉バカではなかった。

 後藤さんは俺の体の状態を第一に考えてくれている最高のトレーナーだった。


「こんなオッサンとの二人三脚は嫌かもしれんが学生のうちだけだから、頑張ろうな!」

「はい!」


 俺は選手として明確な目標ができた。

 将来、日本を代表する選手になったら、『今の自分があるのは後藤さんのおかげ』とインタビューされた際には必ずそう答えようと心に誓った。

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