つり革
仕事があまりに辛かったので、次に生まれ変わる時は殆んど働かなくても良い人生にして欲しいと死ぬ間際に神に祈った……。
そして生まれ変わったら、電車のつり革になっていた……。
願い通りといえばそうだが、働かないというより自分の意志で何もできない……。
それでも最初の頃はよかった。
朝の通勤電車で元気のない会社員に掴まれ、彼らが職場の人間関係に悩んでいたり、どう処理したらよいかわからない難しい仕事に悩んでいたりするのが伝わってくると吊革に生まれ変わってよかったと思った。
しかし、そんな気持ちは1か月もしないうちに変わってくる。
朝の通勤電車は良いが帰宅時の会社員は家族のことや晩御飯のことや、趣味のことなど、朝とは違いリラックスした考えに変わっている人が多い。
特に金曜日の夜などはホッとした感情が伝わって来て、仕事が終わると真っ暗な車庫に入る自分とは違い、とても羨ましい。
吊革ではとなりの吊革も俺のように思考があるのか、話もできないのでまったくわからない。
毎朝同じ時間に車庫を出て、同じ時間に車庫に入る。
苦しいことはないが、変化のない生活……。
毎日、いろんな人を見て、人生は苦しい時もあれば、楽しい時もあると気づかされた。
苦しい時の感情だけで働かなくてもよい人生に生まれ変わりたいなどと願ったのが間違っていた……。
いま願うのは、早くこの車両が廃車になってこの人生を終えること。
次は苦しいことがあってもまた人間に生まれ変わりたい。
怖いのはこの国での役目を終えても、海外で違う路線として活用されてしまうことだ。
〇〇線車両お疲れ様などと称えられて何十年も活躍しなくてよい。
極端なことは願うべきではなかった。
毎晩、車庫に入るときにそれを思うのである……。




