事故物件の女神様
都内某マンションの一室。
私は彼氏にフラれてこの部屋で自殺した。
それ以降、成仏できなくなり、この部屋に住む人間を呪うようになり、この部屋を借りる者は1か月ともたずに引っ越すようになった。
この部屋も事故物件として有名になり、借りる人間もいなくなり、不動産屋も頭を悩ませていた。
そんなある日、眼鏡をかけた如何にもインテリのような風貌のサラリーマンが部屋の内見に現れ、部屋中を見渡すなリ、即決で部屋を借り、翌日からこの部屋に住むようになった。
今までの奴と違うのは、まったく私を恐れる様子もなく、毎晩会社から帰ってくると白い袴に着替え、魔法陣のようなものを床に描いてはブツブツと何かを唱えながら儀式を始める。
「何コイツ? 新興宗教?」
私はイラついた。
少し驚かしてやろうと食器棚の中から皿を数枚落としてやった。
「なんと! これは奇跡だ! やはり、この部屋には女神がおられる!」
男は喜びに満ちた顔をして、私が予想したのとは真逆の反応をした。
それから、私とこの男の攻防が始まる。
風呂場のシャワーから血の様な赤い水を出してやったが、この男は、「女神の神秘! 命の泉だ!」と大興奮。
夜中におぞましい姿で枕元に立ってやれば、「ついに女神が降臨された!」と私に手を合わせ、意味不明な経文を唱えだす始末。
生前によく聞いていたが、これがカルト宗教の教祖って奴かと少し面倒なことに捲き込まれたことに気づき始めた。
しかし、私にとって事態は更に悪化する。
この男に信者というのができて、初老の女性たちが部屋に集まるようになった。
「聖母エレーナ様」という中二病全快の女神名がつけられ、週末は私に対して集団でのお祈りが行われる。
私の生前の名前は佐々木洋子で、エレーナなんて名前とは程遠い。
怒りでタンスを倒してみても、「女神様の奇跡!」と大盛り上がり、もはや、私も人を呪うのがバカらしくなってきた。
そんなある日、信者の女性が小さな女の子を連れてきた。
教祖の男に話しているのを聞いていると、信者の娘で何かに取り憑かれているらしく、食事をとらなくなり、日に日に弱っているので何とかして欲しいということだった。
確かにこの子をよく見ると、真っ黒な大蛇のような悪霊が巻き付いている。
男は女の子を私の前に座らせるとお祈りを始めて私に悪霊祓いをお願いしてくる。
「え、え、無理無理! こんな気持ち悪い大蛇なんて引き剥がせないから……」
私は必死に拒むが、信者たちは必死に私に祈り、女の子も助けて欲しいという目で
私とは似つかない女神の絵を眺めている。
「おい、お前、この部屋の地縛霊だろ? 私はこの家を祟っている怨霊だ。痛い目に合いたくなければ、大人しく引っ込め!」
私に気づいたのか、女の子に取り憑いた大蛇の悪霊が私に話しかけてくる。
「あの、恨みとかあるのかもしれませんが、その子は子供ですし、何とか……していただけないでしょうか……」
大蛇の迫力に押された私はしどろもどろになりながら、何とか女の子を救ってあげたいと懇願する。
「男にフラれて自殺で死んだ女の霊みたいだな! それが女神として祀られているのか、笑えるわ。これは滑稽、滑稽」
大蛇は私を見て大笑い。
私の前には必死に私を拝む信者たちと涙を流して私に助けを求める女の子の姿が目に映る。
なんだか、この大蛇の怨霊に怒りが沸いてきた。
「みっともないのはあんたも一緒じゃない! 何の恨みか知らないけど、何世代もこの家を祟っているんでしょ! そもそも気持ち悪いのよ、動物園の爬虫類館で飼ってもらったらどう?」
毎日、女神として拝まれて、恐れられていた私に綺麗なお花やお水が供えられて、信者の人たちが楽しそうに、最近は人生がよくなったとか、私が何もしていないのに、私に感謝している姿を思い出して、なんだかどうしても助けてやりたくなった。
「女、お前とは悪霊としての年季が違う、争ってただで済むと思うな!」
「やってみなさいよ! 女神の実力見せてやるわ!」
ここから、しばらく口論をした後にお互いの霊力でぶつかり合うが、さすがに長く怨念を抱いた大蛇の霊に押され始める。
「苦しい、もうダメかも……」
私は諦めかけたが、部屋に集まる信者たちが涙を流しながら私に必死に祈るのを見て力が湧いてきた。
「よく、怨霊が神社に祀られると祟り神ではなくなって、人々を守る神になるって意味がよくわかったわ……。みんなごめんね。諦めたらダメよね、みんなの女神だもの! 頑張らなくちゃね!」
信者の祈りが私に力を与える。
(こんな私に期待してくれて本当に嬉しい……。元カレへの恨みとかどうでもいい。この人たちを救ってあげたい……)
そう思った直後、突如天井に光の穴が開くと、私も大蛇もその光に吸い込まれていった。
しばらくして目が覚めると、あの世の案内人といういわゆる死神って人が目の前に立っていた。
「私はどうなったんですか?」
「あ~あなたは恨みが消えて、現世への執着がなくなったことが確認されたので迎えに来ました」
「あの大蛇はどうなりました?」
「あいつは地獄行きです。あれだけ、暴れましたからね」
私は空とは違う上空らしきところにいて、自分がいた部屋の姿が薄っすら見えた。
あの教祖らしき男性と苦しんでいた女の子や信者たちが歓喜の声をあげて、喜んでいるのが見える。
「あの子助かったんだわよかった。でも、あの宗教団体、大丈夫かしら? あの女の子がカルト教団で悩むことにならなければよいけど……」
「まあ、それは、我々死後の案内人もわかりません。きっとあなたを女神として、これからも拝み続けるんでしょうね。霊感商法とかであくどいことすれば、あの教祖は地獄行きですけど……」
「そうですか……」
今後の教団がどういう方向に進むか、少し不安はあったが、私はこうして事故物件の悪霊から事故物件の女神様となり、無事にあの世に戻ることができるのであった。




