小さな断罪
数十分後には訓練中だった騎士が動員された。
抜き打ちで始まった家捜しに、使用人達は騒然としている。
潔白な者は他人事のように待機し、後ろめたい者は冷や汗をかき、心当たりのある者は青白い顔で肩を震わせている。
レイラの婚約記念品が紛失したという情報は、エメラルドの首飾りであることも含めすぐに広まった。
「ねぇ……! これってやばいんじゃない?」
「見つかったら、私達どうなっちゃうの……!」
「お願い精霊様……! 私達をお守り下さい」
宿舎のエントランスの隅で、エマとルームメイト達は身を寄せ合っていた。例の物が見つからないようにと必死に祈りを捧げている。
「だ、大丈夫よみんな。あたし達には奥様がついてるじゃない」
エマはそう言うが、彼女も発覚の恐怖に打ちのめされそうになっていた。騎士達はきっと部屋の首飾りを見つけるだろう。他の宝飾品も同じだ。そうなれば残る希望はオリヴィアの庇護のみ。公爵夫人の口添えがあれば、せめて厳罰は免れるはず。
戦々恐々とするルームメイトの中で、一人だけゆとりのあるメイドがいた。青い髪の、眠たげな目をした若い女だった。
「うひひ。公爵家で泥棒した奴は手首を斬り落とされるんだってさ。こわいねー」
「ちょっとモニカ。おどかさないで」
「べっつに~。そういう話を聞いたことがあるってだけさ」
「言っとくけど、見つかったらあんたも同罪なんだからね」
「えー。なんでさ。お嬢様の物くすねてたの、あんた達だけじゃん」
「しっ! 声が大きいっ……」
モニカの口を塞ぐエマ。汗ばんだ手から余裕のなさが窺えた。
「首尾はどうだ」
エントランスに公爵が立ち入ると、不意に喧騒が静まった。使用人達は一斉に主人に最敬礼を行う。
公爵の後ろにはレイラ。さらに後ろにはメルビンが続いていた。
彼は動き回る騎士を捕まえて、張りのある声を放った。
「首飾りは見つかったか」
「いえ。まだそれらしき物は見つかっておりません」
「隅々まで探せ。メイド達の潔白を証明するためにもな」
「御意」
「待って」
捜索に戻ろうとした騎士をレイラが呼び止める。
「は」
「床下や天井裏もよく見るのよ。あと、ベッドの下なんかは見落としがちだから、ちゃんと調べてちょうだい」
「承知しました」
騎士はレイラに話しかけられて緊張していたが、柔和な声色に安堵して調査へ戻っていった。
エマとルームメイト達は、恐怖と憎悪の入り混じった目をレイラに向けている。
(そんなに睨むなんて。罪を白状しているようなものよ)
緩む口元を扇で隠し、メイド達の視線を受け流す。
「公爵様! 発見しました!」
まもなくして騎士の一人が小箱を手に戻ってきた。蓋を開いて差し出された箱の中には、エメラルドの首飾りの他、いくつかのアクセサリが詰め込まれていた。
公爵の眉間に皴が寄る。
「どこにあった」
「二階四号室の、ベッドの下に隠してありました」
「メルビン」
「はい。二階四号室はメイドの部屋です。室員は六名。エマ・コルターク。アメリア・レイ。ミア・ホールソン。エミリー・トーン。ローラ・ウォーカー。モニカ・ウィリアムズ」
メルビンが名簿を片手に読み上げていく。その最中、エントランス中の視線がエマ達に集まっていった。彼女達の顔は真っ青になり、呼吸はいやに乱れている。
「以上の六名です」
「……姓を持つ者ばかりか」
苦々しく呟く公爵のもとに、六名のメイドが跪いた。
「申し訳ございませんでした! 旦那様!」
メイド達は声を揃え、目に涙を溜めて叩頭した。
「謝って許されると思っているのか! お前達が盗んだのは、ジェラルド王太子殿下より娘に贈られた婚約記念品なのだぞ!」
「存じ上げませんでした! 私達は、お嬢様が捨てろと命じたものを勿体なく思い、取り置いていただけなのです!」
言い訳がましく熱弁するエマ。その頭のすぐ近くの床を、レイラは力いっぱい踏みつけた。
「バカも休み休み言いなさい。殿下からの贈り物を、私が捨てろって? そんなことがあると思うの?」
「で、でもっ。確かにあの奴隷がっ」
「もう黙って。これ以上は聞く価値もない。あなたの部屋から私の物が出てきた。状況を判断するのに、それ以外なにがあるというの」
冷徹に言い捨てるレイラに縋りつくように、メイド達は更に身を低くした。
「お、お嬢様! 私が悪うございました! どうか……どうか寛大なお心でお許しください!」
「お嬢様! どうかお慈悲を!」
「申し訳ございませんでした!」
涙を流して謝罪する姿に、周囲の使用人達は圧倒されていた。六名のメイド達は全員が良家ないし貴族の娘である。姓を持つ以上それなりに格式ある家の出身なのは間違いなく、つまりシュネーグランツと主従関係にある家門であることを意味していた。
そんな彼女達が、なりふり構わず許しを乞うている。
「貴様らのやったことはシュネーグランツに対する反逆だ。この場で手首を斬り落とし、地下牢に放り込んでやろうか!」
「そんなっ! 旦那様どうかお許しを! 魔が差しただけなのです!」
「魔が差しただけでこれほどの物を盗むか!」
公爵は、騎士が持っていた小箱を叩き落とす。床にたくさんのアクセサリが散らばった。だが、エメラルドの首飾りだけは公爵の手の中にあった。
「他の物は取るに足らんが、これはただの首飾りではない。王室と我がシュネーグランツの婚約の証なのだぞ!」
激怒した公爵の迫力は、吹き抜けのエントランスの隅々までを突き刺した。青白い魔力を帯びた怒気の煽りを受け、尻もちをつく使用人が何人もいた。
(すご……これが公爵の魔力……)
傍にいたレイラも立っているのがやっとだった。
けれど、ここで倒れてしまえば令嬢の威厳も形無しだ。レイラはなんとか踏ん張って体を支えていた。
(筋トレしててよかった)
平伏したメイド達はガタガタと震えていたが、ただ一人じっとしている者がいた。
青髪を長いポニーテールに結ったメイドだ。土下座の格好をしているが、謝罪の念は伝わってこない。
(あれがニコルの言ってたモニカ・ウィリアムズね。盗みに反対してたっていう)
自分は盗みに加担していないから、罰を受けないとでも思っているのだろうか。
(見て見ぬふりをしていたのなら、同罪だけどね)
それはさておき、肝心のエマは額を床に押し付けたまま嗚咽を漏らしていた。泣いて許しを得られるほど、公爵は甘くないというのに。
「レイラ。お前はどう思う」
鋭い視線をメイド達に落としたまま、公爵はレイラに意識を向けた。
「お父様のお考えに賛成です。しかしながら、この場で刑を執行する前に一切の余罪を白状してもらいたいですわ。手首を斬り落とすのはそれからでもよいでしょう」
「いいだろう。おい!」
「はっ」
公爵は騎士達を呼びつける。
「この者達を拷問にかけろ。何もかもを吐くまでな」
「御意!」
騎士達は一斉にメイド達を拘束する。
「そんなっ……拷問なんて! 旦那様、今すぐすべてをお話しいたします!」
「私達の話をお聞きください!」
騒然となったエントランス。連行されていくメイド達。その中で、騎士達の拘束を抜け出してレイラに駆け寄ってきた者がいた。
「お嬢様! どうかお許しください! 私が間違っていました!」
エマであった。
「これからは誠心誠意お仕えいたします! 二度と生意気な真似は致しません! どうかお慈悲を! なんでもします! なんでもしますからぁ!」
彼女はレイラの足に縋り、泣きじゃくりながら何度も床に額を打ち付ける。
無様なメイドを冷めた目で見下ろす黒い瞳に、周囲の使用人達は背筋を震わせた。
(あんなにレイラを苦しめたエマが、こんな簡単に折れるなんて)
痛快な光景かもしれない。けれどレイラは素直には喜べなかった。
騎士に連行されるメイド達を見ていると、作中最後のレイラの姿を思い浮かべてしまうから。
だが、レイラはエマのようにみっともなく許しを乞わなかった。徹頭徹尾、邪悪であり続けた。ただ幸せになるために。
力ずくで引き剝がされ連行されていくエマを見送るレイラの表情は、決して愉快な感情を湛えてはいない。
(断罪する側も、あまり気分のいいものじゃないわね)
小説でレイラを断罪したエリーも、もしかしたら同じような気持ちだったのかもしれない。




