彼はチョコに手を付けない
ホラージャンルは初めての投稿になります。お手柔らかにお願いいたします。
バレンタイン、小学生の息子に手作りチョコをプレゼントする。
「お母さん、ありがとう」
普段あまり甘いものをあげていないせいか、息子はチョコにかぶりついた。こうも美味しそうに食べてくれると、作った側としてはとてもうれしい。
毎年訪れるこのイベント。訪れる度に彼のことが頭をよぎる。
まだ私が結婚する前のこと、私には遠距離恋愛中の恋人がいた。
普段は電話で彼の声を聞くことしかできない。だから彼と私は何かイベントがある日は、仕事を休んで必ず会うようにしていた。
その日もちょうどバレンタイン。彼とそうなることも考えて、コンビニにアレを買いに行き、アパートに戻ってきた時のこと――
「よぉ」
「わぁ! ちょっと! もう来てたの!?」
いつの間にか部屋に彼がいた。
彼は私の家から車で何時間もかかる場所に住んでいる。
まだ太陽が昇って間もない時間。今の時間に私のアパートにたどり着くには、前日の夜から車を飛ばさないといけない。
「ひさしぶり」
「うん……ひさしぶり……」
違和感を覚えたものの、滅多に会えない彼の顔を見てたら、そんなことはどうでも良くなった。
「そうそう、チョコ作ったの! 食べてみて!」
「あ……うん」
彼は皿の上に乗ったガトーショコラをじっと見つめたまま、手を付けようとしなかった。
「どうしたの? もしかして具合悪い?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
いつも彼は私の作ったものは、すぐに食べてくれた。だけどその日は、いつまで経っても口を付けてはくれず、フォークにすら手を伸ばさなかった。
――プルルル!
そうこうしている内に電話が鳴った。ポケットから振動を感じたので、彼の携帯ではなく自分の携帯が鳴っていることに気付く。
「ごめん、ちょっと出るね」
昨日仕事でミスをしてしまった。私は会社からの電話だと思い、誰からの着信かも確認せずその電話に出た。
『もしもし、理恵さん。あの……徹のことなんだけど――』
予想に反し、電話をかけてきたのは彼のお母さんだった。彼女の声からは重苦しさが感じられ、時より鼻を啜る音が聞こえる。
「え……」
彼女から、彼が昨日の夜、交通事故で亡くなったことを聞いた。道路が凍ってしまい、車がスリップしたのだと言う。
その事実を知った途端、目の前にいたはずの彼が霧のようにその姿を消した。
私は理解した。
彼はチョコに手を付けなかったのではなく、付けられなかったのだと。そして天国に行く前に、私に会いに来てくれたのだと。
最後まで読んで頂きありがとうございました。