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人の顔面積3分の1ほどの占有率を持ち、唇を橋として2か所に位置する部位。恥を感じれば赤くなり、笑いたければしわが寄る部位。それは一般的に「ほっぺ」、「頬」と呼ばれる。
僕はある日、これについて言及しなければいけない機会があった。そのときの話の流れは長くなるので端折らせてもらうが、とりあえず、言及しなければその場から帰ることはまず不可能な状況だった。
僕は言及することに躊躇してしまった。内容が言いにくいものだったとか、その場の雰囲気が険悪だったとかそんなことではない。むしろフランクな話で、ムードもマイルドそのものだった。僕が気にしていたのはそんな大きなことではなく、言及せざるを得なかった部位をどう呼ぶか、という些細なことだった。つまり、「ほっぺ」と「頬」どちらを使って話を進めるかということだ。
まず「ほっぺ」という呼び方。一般的な名前の一つで、かわいらしい響きが特徴的だ。僕はこれを口に出して言うことに抵抗がある。その理由はもちろんかわいらしさにあり、「ほっぺた」と派生させてみてもそれは変わらない。
僕は間違ってもかわいらしいとは言えない風貌で、且つ男だ。男でもかわいらしい見た目の人はバンバン使っていいと思う。また、女性でボーイッシュだったり不細工だったりしても、女性は誰であれ小さじ一杯分のかわいさくらいは持っているものだから、使用してもまったく問題はない。しかし、僕はどうだろう。僕の声は平均より低く、粒が粗い。もろ男だとわかる姿から発せられる、ざらざらとした低音の「ほっぺ」。どうしても僕は首をかしげてしまう。
そして「頬」という呼び方。一般的な名前のもう一方で、「ほっぺ」よりも落ち着いた響きを持つのが特徴。こちらも「ほっぺ」同様、口に出して言うことに抵抗感を覚える。
この呼び方は、僕の持つイメージでは、会話よりも文章の上で出てくることが多い。特に文学小説でよく見かける言い回しだ。そのため堅い言い方だという認識があり、それは僕の中で、発音する資格のある人でないと使ってはダメだという勘違いを引き起こしている。先ほど自分の容姿について触れたが、僕はかわいらしくもなければ、これが似合うほど貫禄があるわけでもない。そういう、一般人の中の一般人といった見てくれの男から発せられる「頬」。どうしても僕は首をかしげてしまう。
というように、言及の際に僕は非常に難しい選択を迫られていた。というか、これ以前にも悩んだことは何度もあったが、その毎に迷っては毎度答えが変わっているのが現状だ。
結局その時は、「頬が…」と話し出すことに決めた。これについて、他からつっこまれることはなかった。僕の主張が終わった後、言及先のうちの一人にいたマッチョイズムの権化みたいな男が、「ほっぺというものは…」と語りだしたときにはついコーヒーを吹き出してしまった。
しかしちょうどいい言い方はないだろうか。貫禄とかわいさの数直線上、その原点周辺をうろちょろする僕らは、一体なんと呼べばいいのだろう。いっそのこと、これについて一切言及しないですむ人生を送れればいいなとすら思うが、やはりそれは夢物語に過ぎないだろう。また、辞書を開いて類義語からちょうどのやつを探してもいいが、一般性がなければなんの意味もない。
とりあえず、インフルエンサーが新しい呼び方を流行らすのを待つしか僕には選択肢がない。でも思い出したが、最新の言葉を生み出すのは僕よりも若い学生、とりわけ女子の高校生、さらにいえばイケイケの魔法学校の生徒なのだ。結局「ほっぺ」に類似したかわいい言葉しか生まれないわけだ。僕はこれからもこの2択に悩まされながら生きていくだろう。