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 今回はここ1週間で起きた音楽に関する出来事を二つ書こうと思う。

 まずは新聞で見かけた事件の話だ。各地で、大きく膨らんだ風船ガムに、人が空へ連れてかれてしまう事件が起こった。これが世に知れ渡ったのがちょうど1週間前で、夜にジョギングをしていた男性が、空に赤青黄色の3つの風船ガムに連れられて浮遊する、若者3人を目撃したという記事が新聞に掲載された。その後も若者が風船ガムと飛んでいく事件が相次ぎ、時にはお年寄りや小さな子供が連れ去られることもあった。

 また、この事件はたいてい目撃情報が出てくるのだが、どの新聞会社の記事に乗っている写真を見ても、飛んでいく後ろ姿には焦るような様子が全く見られないのが不気味だった。むしろみんな両腕を横に広げ、空中に身を預け切ってしまっていた。

 この風船ガム連れ去り事件は社会的に大きな問題となり、警察、物理学者、大手ガム会社など多くの人が動く事態となった。ところがこの事件が初めて確認されてから5日後、その3人組の若者たちはそれぞれ、小さくなった赤青黄色の風船ガムを咥えたまま元の場所に降りてきたと報告があった。それを皮切りに空にいなくなっていた人たちはみな、連れ去られてからきっかり5日後、元の場所に、やはり萎んだ風船ガムを咥えて戻ってきた。

 空から戻ってきた人たちは、一人残らず大きな病院で全身を隅々まで検査されることとなった。その検査の結果、不思議なことに帰還した人たち全てが無傷のままだった。体の表面的な傷もなく、内部の骨や内臓、神経の一本にも異常は見られなかった。ただ、飛んで行った先のことを質問すると、全員が混乱気味に、宇宙で見たことの話を口にするが、空の向こうに宇宙が広がっているのは誰もが承知の事実のため、こちらも異常とみなされることはなかった。

 そうしてこの事件には全く危険性がないとされると、警察をはじめとする、この事件の解決にあたっていた人たちは次第に解散していった。むしろ漫画やコメディ映画の題材にとられ、人々は、自分も風船ガムにどこか遠くへ連れて行ってもらえたらと夢想した。ただ唯一、物理学者だけは解析を続けたいと言い続けたが、彼らは軒並み貧乏で研究費用も下りないため、残念ながらこれ以上謎が解明されることはなかった。

 ただわかっているのは、飛んで行った人たちは直前まで音楽を聴いていたということだけだった。その音楽というのは、「太陽光線的オトノ機械」というキテレツな名前のサイケデリックバンドの新曲「君のアームの中で」だ。その角ばった名前からは想像できない、ドリーミーな一曲で、現在人気急上昇中のバンドだった。もしこれが原因であったとするならば、若者の被害者が多かったというのも頷ける話だ。

 そしてこれが原因であるかどうか、昨日の昼過ぎ、僕も実際に試してみた。せっかくなので、うちにいる女性陣も庭に呼び出して全員で実験した。結果は6人中5人が失敗に終わった。唯一飛んでいったのが、音楽好きのリズィーという4番目に出会った嫁だった。

 「君のアームの中で」が流れだしてからタイマーが30秒を示したあたりだった。リズィーの口から水色の風船ガムが膨らみ始め、風船ガムの浮力でリズィーの顔が空を向いた。ちなみに、全員が初めから風船ガムを食べていない状態で実験を開始している。

 その風船はみるみる膨らみ、リズィーの顔より一回り大きいサイズになると、リズィーは操られるように両手をやさしく広げだした。体は見るからに軽くなり、やがてその体は浮き始めた。リズィーは足が地から離れる瞬間からすでに焦る様子がなく、顔も明らかに正気でなく、目は半開きで口元が緩み切ってよだれが垂れていた。そして彼女はそのまま高度を上げて、風船ガムに空へ連れてかれてしまった。その飛ぶ姿は新聞で見たのとそっくりで、まるでそこだけ魔法みたいな光景だった。

 まだ彼女は帰ってきていないため、どうして飛んで行ったかの確認のしようはない。が、おそらく原因は音楽を聴いている時の心持ちにあると考えている。

 実験の後、取り残された4人に実験の最中の話を聞いてみると、みな僕と同じく空を飛ぶことにわくわくし、行った先で何をしようかと考えていた。その内容は五者五様であったが、飛ぶことに意識が向いているのが共通項だった。

 都合よく考えすぎかもしれないがもしも空を飛ぶ条件として、純粋に音楽を楽しんで気持ちよくなることが必要なのだとしたら、リズィーはあまりにぴったりな人物だ。彼女はジャンル問わず音楽を知っているし、他の人は知らないだろうが、自分の部屋では自分の好きな音楽で踊り狂っているようなやつだ。きっとこの音楽は リスナーとしての筋斗雲に違いない。早くリズィーには帰ってきてもらいたい。規則性を信じれば飛んで行ってから5日後か。4日後が楽しみだ。

 しかし、今回の「太陽光線的オトノ機械」というバンドの音楽は、聴いた人にはもちろん、その人を偶然目撃した人にさえ幻覚のような光景を見せてしまう。リズィーの反応を見れば、その効果は元のLSDのそれよりも小さいのだろうが、効果の及ぶ範囲はあまりにも広大だ。いわばLSDの電磁パルスとでも言うべき代物である。まったく優れたサイケデリックだ。

そして二つ目が、昨日飛んで行ってしまったリズィーと約束していたことの話だ。実は明日一緒に、bill wafersの出演するジャズライブを見に行こうと話していた。bill wafersとは、この世界において最も有名なジャズピアニストの一人で、頭が長方形のウエハースになっているのが特徴の男だ。

 今から2週間ほど前、近所の洒落たレストランの表に、bill wafersの名が書かれたビラがあるのをリズィーが見つけてきた。bill wafersは好きだったので、僕は教えられてすぐに二人で指切りげんまんをかわし、現在、彼女は風船ガムと一緒にお空を4泊5日の旅行中だ。

 ちなみに、bill wafersと僕は、年代こそ違うが生まれた場所が同じだ。つまりは彼も転生者ということだ。特に彼と話をしたわけではないが、こっちへ来てから一度だけ演奏しているのを見たことがある。あの演奏中のうなだれた姿勢、落ち着いた抒情的なピアノ、そして今もかけている素敵なメガネ。本当に前とそのままなのだから、彼を知っていれば嫌でもわかってしまう。それにしても、何があって頭がウエハースになったのか。あれは彼の趣味なのか転生の際の事故なのか。まったくそれが気がかりで仕方がない。

 さて、約束の相手がいないまま、約束の日がすぐ目の前にきてしまったわけだが、ここで朗報だ。なんとそのライブに出演するbill wafers本人も、風船ガムに連れられてしまっているそうなのだ。今朝の新聞によると、昨日の夜中にはいなくなってしまっていたらしい。つまりライブは延期だ。さらにリズィーの方が先に行っているのだから、帰りが遅くてライブに間に合わないことはない。こうしてひとまず落ち着いたわけだ。きっと今頃、宇宙で二人仲良くやっていることだろう。とにかく今は、リズィの帰りを待つほかない。

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