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真夜中に、カップ麺を買おうとコンビニへ出かけたのを覚えている。その道の途中、神様のミスでトラックに轢かれて命を落とし、誰もが夢見た異世界行きに選ばれたのだ。この世界で僕は、神様が申し訳なさそうに授けてくれた、いくつもの能力と武器を駆使して世界を魔の手から救い、富、女、名誉をほしいままにした。
前の世界では童貞引きこもりニートという良いとこなしの人間をしていたはずの僕は、ここまでのことを転生してからたったの半年という時間で成し遂げた。全く豊臣秀吉や朱元璋なんてかすんでしまうほどの成り上がりぶりだ、と自惚れられるようになったのもこちらへ来てからのことだ。
そして現在は、高級住宅街に豪邸を購入し、冒険の途中で出会った、今では嫁である5人と生活を送っている。この5人というのも、さんざ遊んできた僕が選び抜いた美貌、性格の持ち主たちで、僕と彼女らの関係はもちろん、彼女ら同士の関係も良好である。前の世界で聞いたことのある、一夫多妻制の男の居づらさなんてものは微塵もなく、むしろ彼女らはいつも僕を気にかけてくれているし、さっきも言った通り嫁同士も仲良しこよしだから、キーキー耳を刺すよう罵りあいを聞くこともない。
全くここは天国だ。一時僕は天国が消えて、死後は地獄か異世界かの二択に改正されたのかと考えていたことがある。また今度神様に会ったら聞いてみようかと思う。
しかし、少し前からこの生活に飽きを感じ始めている。人の欲望には底がないという、耳にタコな話を、身をもって実感したのはこれが初めてだった。確かに何度も言って回りたい先人たちの気持ちもわからないでもなかった。
昔のことわざに、1週間幸せになりたいなら結婚を、一生幸せになりたいなら釣りをしなさい、というのがある。ちなみにこれは転生前の世界の方のものだ。単純計算で1週間×5人、つまり1か月強だから、このことわざの作者よりはずいぶん長く楽しめていたようだが、ついにそれも限界だった。だからと言って、追加でもう一人と結婚したとしても、もう1週間プラスということにはならない予感もしていた。
僕は人心掌握のためのスキルを一通り覚えているのだが、この前、向こうはどう思っているのだろうかと、5人の家内の胸中を覗いてみたことがある。そのときは、異常なまでの僕の好感度の高さに唖然とした。特に、一番初めに出会った、金髪ツインテでツンデレのリサ(初めて会ったときはこんな嘘みたいな人がいるのかと驚いた)なんて、ずっと昔に暴漢から助けてあげたのを未だに感謝しているようだった。そんなリサをはじめとする、いつまでも僕を思ってくれている嫁たちと、どうしようもなく飽き性な自分との乖離に申し訳ない気持ちがふつふつと沸いたが、その日の夜、特に眠れないことはなかった。
そして今日、僕はそのことわざ通りに釣りをしてみようと、森の奥の湖に6人全員で出かけた。久しぶりの遠出だったため、みんなとても喜んでいるようだった。中でもエルフで巨乳お姉さんのリーフ(2人目に出会った人で、当時はその豊満な体とエルフ特有の露出多めの恰好に鼻の下伸ばすような若さがあった)は、「あなたがここで溺れていた私を助けてくれたのよね」と、思い出をささやきながら僕を抱きしめてきた。
このお惚気をリサが暴力交じりにツッコんで終わらせると、ついに僕は本題であった釣りを開始した。言わずもがな能力は一切使わない。辛うじて持って来ていた釣りの知識によると、釣りの醍醐味は待つことだそうだ。僕は丈夫な木の棒に糸を、さらにその先に重りと釣り針、浮きを取り付け、簡素な釣竿を作成した。釣りは雰囲気が大事だと思い、お金やスキルで釣竿を用意するのはやめた。こうして手間をかけるのも悪くはなかった。そしてそのあたりで這っていたミミズを捕まえ釣り針に通すと、初めての釣りに期待してしまう高揚と、気持ちを出しすぎては魚にばれてしまうぞという抑制の気持ちがいい具合に混ざってきた。その相反する感情の対立がちょうど気持ちよくなった瞬間、僕は湖に向かって釣竿を放るように振った。浮きは水面に数回揺れ、周りを小さく波打たせた。
しかしどうだろう。僕は期待しすぎてしまったのだろうか。ふたを開けてみれば、その釣りの醍醐味は待てども待てどもやってこない。何度投げ入れても、魚が次々に食いつくのだ。普通なら大喜びする事態なのだが、待つことを楽しみにしていた僕にとって、これほどつまらないことはなかった。その後、この湖の魚をすべて釣り切ってしまったのではないかという量を過ぎたあたりで、後ろで釣りを見ている5人のうちの一人、博識無口幼女のフロップ(3人目に出会った人で、今でも王立図書館の司書を幼いながら務めている)がこっそり教えてくれたのだが、僕の運のステータスはカンストしていたのだ。
運のステータスは、顔の美醜と同じように引っ込めて隠してしまうことができない。僕がいくら、魚がかかるのを待ちたくても、この世界が、この湖の魚がどうしても僕にお節介を焼いてしまう。全くもってついていない一日だった。