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異世界転生はまず恩返しから  作者: 漱木
1.はじめての異世界は塔の見える屋敷
21/28

下準備いたしましょう


 気分よくカルフにいってらっしゃいの手を振ると、怪訝そうな顔をされた。その顔の意味はなんだろうか。瞬きの間の一巡りだけこちらをじっと見られたが、特に言葉はなく、いつもの定型文だけこちらに寄越すと、同じように出かけていった。


 どうやら根掘り葉掘りするより実利をとるらしい。

 最近じんわりと空気が冷える朝が増えてきて、雪が降りだすのもそう遠くない事なのだろう。

 ここ数日はお迎えが初日より遅くなっていて何だか忙しそうだ。

 比例して屋敷での学習時間も減っていて大丈夫なのかなとも思ったけれど、冬ごもりの季節は家にこもるしかなくなるのでそこでみっちりと時間を採るから問題ないと言われた。

 その言葉を聞いた私の方は全く大丈夫ではない。いや、嫌だなんて贅沢な事を言うつもりは全くないのだが、それでも反射的にみっちりなど言われたら気構えずにいられずにいる者のほうが少ないのではなかろうか。

 その内カルフには時間割の概念を理解してもらおう。できれば早急に冬に入る前に。一つの物事に何時間も集中していられるほど私は私の集中力を過信していない。


 背に括りつけられた荷物をゆっくり下して、一息つく。バスケット型の荷は見た目かわいいが、この小さな身体で支えるには手に余る。一度もってみたが、振り回される私をみてカルフは意味深にじっと見つめた後々に用意してくれたのがこれだ。

 夜なべして作ってくれたのかは定かではないが、背中に背負うタイプの布袋はカルフがお出かけの前に準備してくれるようになったのだ。

 初日より荷が多いのは軽食を持たされるようになったから。ドゥラントの宅で軽食をごちそうになったと報告したら、静かにお咎めの言葉を貰った。知らない人からほいほいと渡された物を食べてはいけません、だと。

 カルフの知り合いなのでしょう、と反論すれば、知っている方ではありますがお嬢様の知己の方ではないのですから警戒してください、というような事を回りくどい言い方でこんこんと説明された。

 ちなみに言いまわしが回りくどく過ぎて3回ほど聞き直した。閑話休題。


「では早速はじめましょう」


 両手を叩いて気を引いてみせると、ドゥラントから胡乱な視線をもらった。

 最近こんな風に人に見られることが多いような気がするがきっとおそらく気のせいだろう。何しろ私がまともに知り合っている人は二人しかいないのだから。

 自分で考えていて何だかむなしくなってきそうだ。深く考えるのは止めよう。

 そもそも幼少期の知り合いなどこんなものではないだろうか。私は子どもの頃の記憶などそう覚えていないけれど、家族とご近所さんとの付き合いくらいしかなかった。一年の大半を過ごしていた家の方は近所付き合いなど皆無だったし、もう一つの住まいもご近所さんと言っても田畑を挟んで向こうって言えるくらいには子どもの足で訪ねるには遠く感じた距離だったけれども。


「本日分のお仕事は終わっているように見えたのですが違いましたか?」


 ここに来ると何だかんだと作業をしていた手元に今日は何も持っていない。荷をおろしている間に他に作業をするのかな、と思えばそれをする気配もないので、今日は休業日か何かだろうかと問うたのだが、眉を上げて胡乱な目でこちらを見ろしている。

 忙しいならば私の相手をさせるには忍びないが、ここ数日は話し相手をしてくれる事が増えたし、仕事に目途がついたのだろうと思っていたが違っていたのろうか。


 部屋の様相よりも随分と華美な布に包まれた塊を横目で見る。

 中身はおそらく、ここにたびたび預けられるようになってからずっとドゥラントの手元にあった物だろう。延々と刺繍を施していたそれ。先日のやりとりから幼馴染という人の店に卸すであろう品だ。

 綺麗に包まれているから、あとは納品するだけなのではないだろうか。

 刺繍は門外漢なので、私には見事にみっちりと刺繍された素晴らしい出来に見えるものも本職の人からすればまだまだ完成には届いてないのかもしれない。

 葦の模様のような刺繍が薄いレースの様な布に不規則に並んで美しい模様を作っていた。あの無骨な指で縫っているとは思えないほど繊細な仕上がりで、本職ではないとは言っていたが、仕事を任せられるくらいには確かな腕前なのだろう。

 町内の出し物のお手伝いで、パッチワークショップをしていた知り合いの手伝いをするくらいには刺繍のお手伝いを度々したことがあるから正確に言えば全くの門外漢ではないのだが、さすがにドゥラントの手を見ていると刺繍に少しばかり覚えがあるなどと口が裂けても言えないくらいレベルが違う。


「……話の筋が見えてこないんだが、嬢ちゃんの言ってる始めましょうはつい前の礼をするかしないかのあれか?」

「そうです。お礼を考えるってご相談した先日の件のことですよ」

「私はなぜそういう話になったのか全く納得してないんだが」

「気が進みませんか?」


 気が進まないのなら仕方ない。お礼など嫌々準備するものでもないしさせるものではないだろう。


「気が進まない訳じゃないが、慣れない事をしてアイツに妙な勘ぐりをされたくはないんだが」

「まぁ、親しすぎると気恥ずかしい気持ちはなんとなくわかります」


 父の日とか、勤労感謝の日とかに改まって感謝の気持ちを差し出すのは近しい関係であればあるほど恥ずかしいのかもしれない。


「こういうのは積み重ねですよ。何でもない顔で事あるごとにしてたら、習慣になりますからそのうち気にならなくなると思いますよ」

「それはそうなってくると意味あるのか?」

「だから、そんな大層な事は考えてないって言っていたでしょう。まぁ、自己満足みたいなものです。だって本当に礼をして喜んでくれるかどうかはわかりませんから」

「いや、でもなぁ……」

「まぁまぁ、まずはやってみましょうよ。やらない後悔よりやる後悔っていうじゃないですか」

「仕事の礼に何かおくるっていうのはあまり聞かんが……それは賄賂とかそういうのじゃないのか」

「別に見返りを求めている訳ではないのではないですか?もし相手がそう勘違いしたのなら、それとなく誤解を解けばいいだけの話ですよ。全くの赤の他人ならまだしも気心のしれている幼馴染なのでしょう?」


 よく知らない他人ならまだしも親し気な会話からそれなりに近しい関係なのだろうと察せられる。カルフとの会話を思い出すと驚きの雲泥の差であるのはまぁとりあえず横に置いておいて、それなりに親しいのであればすれ違いの誤解があってもそれとなく誤解も解きやすいだろう。言葉や仕草、表情と声音を聞いていれば、いつもと違う時はどことなく気付く。

 親しいが故に拗れに拗れるということもあるが、大抵は誤解からくるものだから互いに悪感情がなければそのうち関係は修復するだろうし。


 にっこりと笑ってみせるのに、やはりどこか胡散臭いものを見る目で見下ろされる。

 とりあえずじっと見上げていると視線が逸らされて、何か迷うような仕草でうろりと視線があちこちを彷徨う。その後に伏せられたので、どんな感情が浮かんでいるのかわからなくなったが、そう時間がたたないうちに『わかった』という言葉が出てきた。


「確かにいつも世話になってばっかじゃな、とは思っていたから。気負わない程度というなら」


 言葉尻が何となく弱くなっていっているので積極的とは言い難いが、何かしたいとは常々思っていただろう。どことなく私の今と似ている気がして、妙な仲間意識が生まれるような気がした。



 今は富裕層の婦人方にはこういうのが流行っている、とか贈り物の一般的な主流としてはこのあたりだな、とかドゥラントは私に向き合ったまま話を続ける。

 とりあえ今の流行りと贈り物、というより賄賂としてはこんな感じのものが一般的だというような話をしてくれている。何でもいいからどんな贈り物があるのか聞きたいといったら本当に何でも多岐に渡る話を知っている範囲で、という前置きをおいてドゥラントは淡々と思い出す限り教えてくれているようだった。

 賄賂、いや心付けは本当に一般的な事で商売をする上では割と常識的な事らしい。上下関係があるならなおさら。

 商売をする上で贔屓にしてもらうにはそれが一番効果的といえば、そういわれればそうだろう。現代みたいに広告してくれるような場所も少なければ、口コミで広がるにしても行動範囲があちらより圧倒的に狭いであろうこちらの人と人との間では伝播する速度にも限界がある。上位者への顔つなぎにはそういうことをした方が効果的なのだろう。上手くすれば別の所にも顔つなぎができるかもしれない、という面においても。

 そういう認識だからドゥラントは最初に渋っていたようだ。はっきり口にしたわけではないが、幼馴染の間柄をあまり壊したくないというような口ぶりだった。

 まぁ、仕事を貰っているうえで、礼として物品を差し出せば確かに『これからもよろしくお願いしますね』という遠回しな阿りと上下関係の格付けという風に受け止められなくもない。

 おもわずめんどくさいな、と思ったことは心の中にしまっておく。 


「嬢ちゃんの何の足しにもならんのに、随分と熱心に考えてくれるな。カルフから何か言われているのか?」


 何かあるのか、と探る目が少し不審に染まって、見下ろす目が細くなる。強面の顔がさらに恐くなるから、あまりその顔つきで対人するのは商売の神様が逃げてしまうよ、でも思ったがさすがに余計な一言だろうと口を噤む。


 子どもだと思って、今の今まで何を言っても割かし気安い雰囲気であったが、何か彼の琴線に触れたのだろうか。会話を反芻するが、それらしいものは引っかからない。まぁ、私はここの一般常識に疎いので話していても気付いていないという可能性も大いにあるのだが。

 別に痛くもない腹なので、私は正直に話すだけだ。

 あれこれとやってはいけませんよ、とカルフからは言われているが、言動そのものに注意を受けた事はない。思っている事をそのまま話してもあまり問題はないだろう。


「リサーチ、マーケティング、ターゲットとなる個人こじんの需要や求める物を知るため、といった所ですかね。何にせよ圧倒的に調査不足ですから、実地体験してそれを客観的に実習してこう経験値を積み上げていきたいというか。ほら、何事も成し遂げる為には訓練が必要でしょう?だからこれも私の為になるので、いうなればこれは利害の一致です。まぁ、私自身がお店を構えているわけではないので前述の言葉は正確に適した言葉ではないですが、ニュアンスではそんな感じです」

「リ?タ?お嬢ちゃんの言っている事がたまに理解できない言葉があるんだが、それは何かの専門用語か何かか?」

「まぁ、そういうところです。あまり家の外から出た事がないので常用語かどうかわからない時があるので、何かおかしい言葉があった時は教えてください」

「そりゃ構わないが……それにしても嬢ちゃんの家は随分と教育熱心だな。基本の教育の他にも他国の勉強もしているのか」

「どういう教育方針なのかは存じ上げませんが、ドゥラントさんがそう感じるならそうなのかもしれませんね」

 

 つらつらと出る口から出まかせに声が上ずらなかっただろうか、と冷や汗がでる。まぁ、実際知らないのだから、そう言うしかないのは本当だ。

 適当に整合性がでるように話したけれど、怪しまれなかっただろうか、と考えるふりをして目をそらす。

 とりあえずさりげなく話しをそらしておこう。


「そういえばドゥラントさんは冬支度をしなくて大丈夫なんですか?」

「いまさらだな」

「いえ、私を預かっていてできないのなら申し訳ないな、と」

「この時期に忙しなくやってるのは無計画なあほんだらか、この街の気候をしらないばかやろうだけだよ」

「それは、暗にカルフがどちらかだと?」

「おそろしい例えをすんじゃない。きかれてたらどうするんだよ」

「いや、現にカルフがせかせかとしてるので、どう思ってるのかなって純粋に思っただけで」

「あー……まぁあいつの場合理由があるんだろう。念のために要らん事までする人間だから私の例えのどちらでもないと思うが。それより嬢ちゃんの家の方が心配になるな。この時期になるまで誰も何も言わなかったのか?」


 藪蛇だった。

 どうかと言われても屋敷にカルフ以外いないのだからどうもこうもない。

 この時期にせかせかとしているのは、おそらく本職ではないためそこまで手が回らなかったのではないのだろうか。これもあくまで私の予想だから的を得ているのかどうかも知らない。

 子どもの無邪気さで聞いていい事なのかも微妙な所なので、全面的に協力する状況が難しいからせめて邪魔をしないようにお留守番するしか選択肢がないのが何とも歯がゆい。

 気付かれないように精一杯おっとりと笑ってみる。少しはお嬢様らしく見えるかもしれない。


「家のことは何とも。まぁ家庭それぞれで事情もございますから」

「そうか、まぁそうだな」


 そういうとドゥラントはそうかと言ってあっさりとそこで話題を続けなかった。とりあえず場つなぎで聞いただけだったのだろう。まぁ、他人の家庭の事情など相手が話さない限り深入りするものでもないだろうとでも思ってくれたのかもしれない。



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