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異世界転生はまず恩返しから  作者: 漱木
1.はじめての異世界は塔の見える屋敷
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白は黒にもなるし白は赤にもなる




 無秩序だった喧噪はいつの間にか騒めきに変わっている。例のストールを真上から被り直されたから周囲が全く見えなかったが、音が落ち着いてきていることに気付いた。

 少しだけずらして周りを見渡すと街並みの様子が変わっている。

 商店街のような場所から少し離れたらしい。看板らしきものもなく、出入りしている人が先程の商店の並ぶ広場とは少し違うように見えた。


 こざっぱりとした服装で、所々に汚れが目立つ。不潔にしているというよりは、何度も何度も同じ服を着ているから擦り切れていて、汚れた部分の染みが落ちないくらい布がくたくたになっている、というような印象を受ける。

 もちろん全員が全員そうである、という訳ではなさそうだが。

 顔つき等をみていると何となく見えてくるものもある。おそらく、職人達が集まる場所なのだろう。男性の比率が高いような気がした。


 ストールから覗いた人々の視線を辿るとみな一点を見つめて何か言っているようだった。

 視線の先を辿って、空の方を見上げる。


 広場からどのくらい離れたのかは知らないが、こんな位置でもあの塔は良く見えた。

 空はまだ太陽が中天にあって明るいというのに、それでもなおあの塔は光って見えるから空から降りそそいでいる光とは根本的に光る本質が違うのかもしれない。夜空をバックにしているならまだしも、こんな明るい中で眩しいと感じるくらいの光ははっきりいって異常現象である。

 よくあることなのか、と聞きたい所だが、カルフの様子から見ても、街の人々の様子からみてもその線は薄そうだ。




 何の変哲もない街中の長屋のようにもみえる建物の一室の前でカルフは息をゆっくりつくと、壁に手をついた。

 扉ではなくてなぜ壁に向かっているのだろうか、と疑問を口にする前にカルフは俊敏な動きで壁から手を離してすぐ横の扉を開けて身を潜らせた。外からは見えなかったが、内側の扉がほんのりと光っている。

 仕掛けはどんなものが施されているのか分からないが、何やら魔導か魔術か、どちらかの何らかのものが施されているのだろう。

 どんなものだろうと身を乗り出して目を凝らそうとした所で支えられていた腕が少し緩んで、態勢を崩された。

 思わず情けない悲鳴が出て、それを起こした元凶に文句ひとつでも行ってやろうと見上げると、にっこりと満面の笑みが落ちてくる。これは、あれだ。大人しくしていろのアレである。


 カルフの腕の中で落ちた尻がなんとも居心地が悪けれども不安定なこの態勢で姿勢を正せる訳でもない。落とされないようにカルフの背に手を回すが、もちろん手が届かず、はたから見たら巨木に無様にしがみつき、登ったはいいが、降りられなくなった子どもだろう。

 見る人がいなくてよかった。


 ゆっくりと観察する間もなくカルフは静かに扉を閉めた。

 すると不思議なことに外から見えていたのは扉だったのに内側に入ると壁になって、閉じられたと同時に閉められた境目がわからなくなった。あっという間に外の光が見えなくなり、一瞬暗くなったかと思うと照明がぱっと点いた。人感センサーのようで便利であるが、これも魔導具の一つだろうか。


 子どもとはいえ、私を抱えたまま軸の一切のブレを見せず、しゃがんだりしているからどういう体幹をしているのだろう。

 片手で木箱の上を払ってから、ハンカチらしきものを出して、その上に座らせられた。こういう所は意外と紳士なので、どういう顔をすればいいのかわからない。カルフは気の遣うところがちょいちょい頓珍漢なのは今に始まったことではないけれど。


 二段積みされた木箱は意外に高い。足をプラプラさせると箱がずれて崩れ落ちそうだからしないが─そもそもした時点で、はしたないとは言われそうだ。

 飛び降りたら足がじんっとなるほどには高いから、これはもしや私が万が一にも言い逃れをして逃げないようにでは、という考えが過る。まさかな、という否定の言葉すら浮かばないのはこれまでの経験則だ。

 いつも見上げている見慣れた顔が近い。首が痛くないので今後もこれくらいの椅子を用意してもらいたいものだが、そんな財源うちにはないだろう。


 さて、どう言い訳をしたものだろう、と対峙する人を見上げ、似たようににっこりと微笑むことにする。


「運んでくれてありがとうございます。ところで此処は?」

「礼など必要ございません。必要であるからしたまでのことですから」


 般若オーラが消えてない。

 いつものアルカイックスマイルだというのに、そのいかにもなオーラはなんでしょうか。 


「それで。お嬢様、今度は何を仕出かしたのでしょうか。正直に答えていただけたのなら、弁明くらいはお聞きしますが」

「え、冤罪です!触ってもないのに何もできるわけないじゃないですか」


 精一杯無罪を主張したつもりだったのだが、何やらカルフは変な顔をしただけだ。口元は薄ら微笑んでいるというのに、何か考えているのか妙なものでも噛んだとでも言いいたげ雰囲気さえある。


「お嬢様、僭越ながら私が離れてからの事を一つづつお教えいただいてもよろしいでしょうか」


 僭越ながらで始まり、でしょうか、の語尾で締められているのに何一つ疑問形の体をしていない。これは自主的に言うか吐かせられるか選べということなのだろうか。

 黙っていた際の報復がどのようなものか興味がない訳ではないが、生憎私は被虐趣味ではない。ねちねち嫌味を延々と聞かせられるのも御免こうむりたい。

 場が許すなら腕を組んで詰問しそうな雰囲気さえある。有無を言わさなさがすごい。


「本当に何もしてないですよ。カルフがいる方を最初に見てたけど、途中で飽きて銅像に何か書かれているみたいだから、見たら楽譜みたいだなって」


 まだ結ぶ言葉はあったのに途中で口を閉じた。もしかしなくても多分あれが原因であるだろうが、なぜあんな風になってしまったのだろうか。いや、原因が私であるという判断は時期尚早だ。


「譜面を読めるのですか?」


 てっきりお小言が散弾銃のように飛んでくる事を身構えたが、出てきた言葉は予想してなかった言葉だった。楽譜が読めるくらいで何かあるのだろうか。


「何かおかしな事なのでしょうか?」

「いえ……それならば、本当に以前の教育係は歪な教えをお嬢様になさっていた、と再確認しただけでございます。音楽等の教養は必要ないとは申しません。それよりも先に学ばなければならないことを……」


 不自然なタイミングでカルフは言葉を切る。

 開きかけた口はぐっと閉じて何かを飲み込んだ、という事だけはわかった。


 以前の教育係の人ごめんね、と必死で謝るが言葉にはしないし、できない。

 私が楽譜を読めるのはあちらで習った事があるからだ。罪のない罪状がまた知らない人に重なっていく。私ができることと言えば、二度とかち合いませんように、ということだけだ。

 読めるとはいっても、記号はなにやら違うようだし、楽譜らしきあれは五線譜で近代の譜読みの仕方に限りなく似ていたからそれとなく諳んじただけだ。さすがに四線譜とか古代の楽譜までいくと何となくでしか読めない。

 まぁ、あくまでもあれが楽譜であるなら、という大前提だが。


「それよりもカルフはあの広場の像が何か知ってる?」

「いえ、お嬢様のようにまじまじと見た事がございませんので何であるかはわかりかねます。精霊の気配も魔力の流れも見えなかったのでただの建造物だと認識しておりました。けれどあれは」

「あれは?」

「本当に触れてないでしょうか」

「ほんとうに触ってないです!」


 あまりにも念押しして聞くものだから抗議もかねて身を乗り出す所で、今の不安定な場所に気が付いた。足が空を掻いて、バランスを崩したところで近くに立っていたカルフが支えになってくれた。危うく頭から転落は避けられたようだ。


「触れず、起動できる魔導を知ってはいますが、簡易陣でできるようなものではない筈です。少なくとも知る範囲では見聞きしたことはございません。術者が近くにおらず起動できるような魔力を溜める式もありませんでした。仮にあったとしても、あんな大衆が集う場所に安易に設置するようなものでもないはずですが」

「結局のところあれはなんだったの?」


 眉根を寄せるなどというレアな表情が見えた。

 他者を不快にさせないような表情作りをしているとしか思えないカルフにしては珍しくも目に見えるというとこでは珍しい感情の発露だ。


「それで銅像に楽譜のようなものが描かれていた、からお嬢様はどうしたのでしょうか」


 いつもは馬鹿みたいに丁寧に説明を懇々としてくれるのに、質問には答えてくれなかった。尋問はまだ続くらしい。


「楽譜みたいだなぁ、と思ったから鼻歌でそれとなく歌を再現してただけですよ」


 何となくそれが面白くなくて、拗ねた気分で投げやりに答えると、ぴたりとカルフが動きを止めたのが見えた。

 何か拙いことでも言っただろうか。自身が言った言葉を反芻するが、それらしいものはない。


「……歌ったのですか?」

「何かまずかったですか?」

「いえ……いえ、お嬢様は当然ご存じだろう、と説明を省いた私の不徳の致すところです」


 あとに続く言葉をカルフが何かぽつりと呟いたようだったが、言葉を正確に聞き取れなかった。

 左手で顔を押さえたカルフの顔にはどんな表情が浮かんでいたのだろうか、言葉も感情も一瞬の隙に知る機会を失ってしまい、どんな事を思っていたのか私は知ることができなかった。

 すぐ、いつもの微笑みに戻っていて、どうしたの、と聞く機会すらなかった。何というか、隙があったとしても踏み込ませてくれないような頑なさがある。


「ここを離れましょう。見咎められることなどないでしょうが、万が一でも聖都の騎士達がきたら厄介です」

「事情を説明しなくて大丈夫なの?」


 なぜ光ったのか、この会話の流れでカルフは理解したのだろう。事情を知っているというなら、聖地と呼ばれるあの塔がぴかぴか光ったままにしていてもいいのだろうか。

 未だに何をしてしまったのかいまいち理解していないが、おそらく大変なことをしてしまったのではという事だけはわかる。いや、像が光ったのは私のせいではないが。おそらく。

 ならばこの街の自治組織に説明をしなくても大丈夫なのだろうか。


 首を傾げて疑問を投げたというのに、カルフは目をすっと細めて唇に薄らと微笑みを浮かべるだけだ。

 先の言葉を促すように、カルフと名前を呼んで再度催促すると仕方がないな、とでも言うように長いながい溜息を吐かれた。


 何か疑問があればお聞きくださいとの言質はとってあるのだ。撤回などさせないし、カルフが教えてくれなければ、私はそれ以外で情報を得る方法がない。

 私の中にある常識とカルフが知るソレと違うのであれば、積極的に問わなければいつまでも非常識扱いされるだろう。カルフの前であればそれは許されても他では許されることではない、というのはさすがの私でも理解している。


「拘束されて、終日拷問にあいたいというなら苦渋の決断でお嬢様を置いていきますが、それでもよろしければ」

「まったくよろしくないです」


 何でもない顔でさらりと恐ろしい事を言うものだから、カルフの言葉を食い気味に遮ってしまった。まるで当たり前だろう、みたいな声の調子だから事実なのかもしれない。

 力を持つものが黒といえば白も黒というのだろう。あの不思議の国の少女の物語を思い出して背中がぶるりと震える。権力者におもねて白いバラも真っ赤に染めてしまうだろう。

 両手を差し出すと仕方なさそうに抱き上げられた。やはり抱え方はそこはかとなく雑である

 その持ち方は何かに似てるな、と思った所で、あれだ買い物をしたときに下の段から米袋を持ち上げるそれに似ている、と。

 指圧になって腹にまた食い込んでるが、今は文句は言うまい。

 想像してしまったそれに複雑な胸中がもやりと湧いてはきたが敢えて蓋をした。


 ストールのずれを直されて、ぐるぐる巻きにされる。

 抱きかかえられて丁度目の前にきた左胸をぺしぺしと叩いたのに、全く意に介さずストールの端と端を顔の前に結ばれた。口呼吸ができるようにそこをよけられたのは配慮なのだろうか。配慮には全くなっていないが。


「買付けは終わったの?」


 思った事を聞いたのにぎろりと一瞥された。

 ひんやり視線がざくざく刺さっている気がしたが、多分、おそらく、きっと、気のせいではない。


「後日改めましょう」

 

 端的にそれだけいうとカルフはまたこちらに来た方法と同じ手法をとって、一瞬で帰宅してしまった。これがあればもっと簡単に買付けできるのでは、とも思ったが、気軽に使う物ではないのかもしれない。

 上下ひっくりかえしたようなぐるぐるとした吐き気も先刻と同じで、これは俗にいう乗り物酔いと同じなのかもしれない。今後も同じような交通手段を使うというなら、カルフに言って要改善を訴えるべきなのだろうか。べんりではあるのだが、同じ轡は踏みたくない。


 あの後、気になったから結局なんであの塔は光ったの、という質問した。なのに、すごい顔をされてから、存じ上げません、と切って捨てられた。

 これは知ってるけど私に教えないということなのか、それとも知るかぼけなすと言っているのかどっちだろうか。反応を見る限り、どちらの割合も高そうで自己判断できない。

 表情を読み取ろうにもいつもの微笑み以上の何らかの感情の上下は見えなかった。カルフはおもしろくなくえても面白くても常に同じ表情だから、これはどういった感情の発露なのだろうか。じっと見上げていると、何か?というような慇懃な態度が返ってきた。

 いつも通りだな、これも。


「意地悪ですね」

「だから存じ上げませんと申しておりますが、お嬢様のその耳は飾りなのでしょうか」

「返事をしているのだから飾りではないのはわかりそうなものですが、カルフは頭がいいのにおバカさんですね」

「お嬢様にそう評されるのは大変遺憾でございますが、不肖の身で足らぬ事がありお嬢様にご不便をおかけしていることは心苦しい限りでございます」


 軽口のつもりが嫌味になって返ってきた。心苦しく思っている人の顔ではない。

 面白くなくて、思わず頬を膨らますと、はしたないですよお嬢様、といって親指とその他の指で膨らんだ頬を潰された。

 ふっと緩んだ吐息が聞こえたが、見上げた顔はかわりない微笑みのままだ。


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