表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

第六話「大きな誤算」

 明かり取りの窓から差し込む陽光が、薄暗闇のベールを少しずつ剥がしていく。

 そして、(あらわ)になった女騎士の姿。それはまるで愛玩人形(ドール)のように可憐だった。

 金糸のような長い髪が、照らされた部分だけ、より輝きを増している。


「ふふっ、様子見に来ただけなのに、ラッキーね」


 嬉々とした声は、幼さすら感じさせた。


「随分と、戦いが好きみたいだな」

 僕は、皮肉を投げかけた。

「まあね。私は戦乙女(バルキュリア)だから」

戦乙女(バルキュリア)?」

「戦場に降臨した女神。戦場(そこ)で生きるも死ぬも、私次第」


 戦乙女は構えたまま、

「我こそは、王国近衛騎士団長、ジュリア・ローレシア!」

 決闘開始の合図が如く、名乗りを上げた。


「私のスキル【戦乙女(バルキュリア)】の力、魅せてあげる!」

 そして、獲物でも見るような目で、舌なめずりをしていた。


 僕は、その様子に既視感(デジャヴ)を覚えた。

 この伝わってくる狂喜……ジュリアード騎士団長だ。

 ジュリアも、奴と同じような()()()()を孕んでいた。


「お前、王国騎士団長の――」


「ああ、それは弟よ」


「あ、姉なのか!?」

 僕の口から、驚きが零れた。

 名前や髪色こそ似ているとは思った、が。

「私達、双子なの」

「双子!?」

「うふふ、よく似てるでしょ?」

 言われてみれば腑に落ちた。

 性別や体格こそ違えど、伝わってきた二人の本質は同じものだ。


 血に狂い、理性を捨てて、超越者となる。……その代償は人間性だ。

 そう判るのも、僕の中にレンが居るからだろうか。

 アイツもきっと、コイツらと同じ類の人間だから。


「愚弟の後始末をさせてもらうっ!!」


 その声と共に、刺突剣(レイピア)の切っ先が僕に迫る。

術式(コード):明鏡止水と解析眼(アナライズアイ)】の効果で、慌てることなく見切る事が出来た。


 ……が、身体がついてこない。

 感覚と動きのアンバランスさで、僕は後ろに大きくよろけてしまった。


『ゴウッ』


 それが功を奏し、ジュリアの一撃を寸での所で躱す事ができた。


「あら、外されたわ」


 牢屋の厚い石壁に、大きな穴が穿たれた。


 誰もが想像するような、刺突剣(レイピア)での一撃では無かった。

 ジュリアの放った一撃は、一言で言い表すなら、()()()()()()()()

 まさに一撃必殺の重撃だった。

 不恰好でも躱せた事は、幸運に過ぎない。

 今の僕がマトモに受ける止める事は、到底不可能だ。


「次は外さないわ」

 ジュリアが再び構えをとった。


 僕は素早く起き上がる。

 背筋が凍り、冷や汗が肌を伝った。


 マズイ。

 僕は一人で戦えると思っていた。

 現に、異世界のスキル【術式(コード)】は切り札となる。


 だが、身体がついていかない。

 発動しようにも刹那の間が必要だ。

 そして僕は、戦いに置いての最適解が判らない。

 冒険者でも無い僕に、そんな経験値は一切無い。


 そうか。

 これがレンの真意だったのか。


 力は渡せても、それを役立てる経験がなければ意味はない。

 そもそもが借り物の力だ。自分で努力して習得した力ではない。


 きっと、レンじゃなければ使いこなす事はできない力。

 レンはそれを見越していたのかもしれない。


 これは、大きな誤算だ。


 窮地に追い込まれれば、僕は絶望する。

 それは生物が抗いようの無い本能だ。

 僕は絶望に抗う術を知らない。


「こんな狭い所じゃ僕の力は発揮できないな」


 このまま閉所で戦い続けてもジリ貧だ。

 どうにか外に出たい。


「僕の、本当の力を見たくないか?」

 三文芝居も甚だしいのだが、

「丁度良い出口を作ってくれたからな」

 ジュリアの背後に空いた穴を指差した。


「あら、面白そうね。いいわ」

 ジュリアは振り返らず、後ろ跳びで穴から外に飛び出した。


 よし、掛かってくれた。

 しかし、これは時間稼ぎに過ぎない。

 これから僕は、どうすればいいんだ?



『どうだ? 俺の力が必要になっただろう?』


 レンの声が聞こえる。


『お前は俺を頼りにした。無意識にな』


 そんなつもりは無い。

 ……はずだが。


『拒絶の因子(ファクター)はどうなった?』


 その言葉を振り切って、僕はジュリアの空けた穴から外に出た。


 ここが刑場か。

 城壁に囲まれた中庭の中央には、威嚇するように断頭台(ギロチン)がそびえ立っていた。

 王国は平和な国だ。近年、処刑が行われたなど聞いた事は無い。

 しかし、それは明らかに使われた痕跡があった。


「血の痕がある」

 僕のその呟きに、

「文官共の血よ。即刻処刑されたから」

 答えは嬉々とした声で返ってきた。


文官派閥(あいつら)は、有力貴族との繋がりが強い」

 ジュリアは、一瞬、表情にわざとらしく憂いを浮かべ、

「私達の計画には邪魔なの」

 冷たく言い放った。


 僕は心の中で、文官達の冥福を祈った。

 薄々察してはいたが、僕たちは政変に利用されたのだ。


「ねぇ、貴方とは身体で語り合いたいんだけど」


 ジュリアが苛立っている。

 今は目の前の敵に集中しなければ。


『大丈夫か? いつでも変わるぜ』


 レンの声が頭の中で大きく響く。


「黙れっ!!」

 思わず、焦りが声に出た。

 煩い。全く集中が出来ない。


「ふん、少しはヤル気になったのかしら?」

 レンに言った言葉を勘違いさせてしまったようだ。

「次は外さないよぉ!」

 また、あの構えだ。


 おかしい。

 何かが違う。

 上手く考えが纏まらない。


『そろそろ【明鏡止水】の効果が切れてきたな』


 効果が、切れるだって?

 思わず頭の中のレンに聞き返した。

 僕は、異世界のスキル【術式(コード)】の常識がわからない。

 でも、この世界のスキルは永続的なはずだ。


『【術式(コード)】は効率化されているからな』


 レンが得意そうに語り出す。


『ちゃんと管理しなきゃ駄目なんだよ』


 管理だって!?


『どの道、使いこなす事は、無理だった……』


「お前にはな!」

 ()()、そう叫んだ。


「何だ? どういう事?」

 ジュリアが、また聞き返す。


 それは、レンが言ったんだ。

 ……遂に、僕の口から、レンの言葉が発せられた。


 そう、僕とレンは入れ変わってしまった。


「お嬢さん、お待たせ致しました」

 レンが鼻歌混じりで、上機嫌に言った。


 入れ替わりは、もちろん無意識だ。

 だけど、命の危機に、死の恐怖に、僕の生存本能が反応してしまっている。


子供(ガキ)が、ふざけた事をっ!!」

 あの突きが来る! その刹那。


 (レン)が、ジュリアの間合いにスゥっと踏み込んだ。


『ドカッ』


 (レン)の拳が、ジュリアの胸部軽装甲(プレート)を凹ませて、

『ドガガガガッ』

 地面は抉れ、中央の断頭台まで吹っ飛ばした。

 その衝撃で、土煙が舞い、断頭台が傾き、後ろに倒れていく。


「がはっ!」

 ジュリアの口から鮮血が吹き出した。


「よぉし! この身体でもイケるじゃないかぁ!」

 レンの喜びが伝わってきた。だが、


「痛っ!?」


 突然、尋常じゃない痛みが走った。

 僕は、その痛みの発信源である右腕を見た。

 手が、腕が、折れ曲がり、骨が、肉を突き破っている。


「ぐわあああああ!!」

 その激痛で、身体の主導権が()()()()()()()


『畜生! 駄目だ! 身体が持たない!』


 痛い! 痛い!! 痛いっ!!!!

 頭の中を痛みだけが支配する。


『マシューの、生存本能が! 痛みが! 俺を!!』


 僕の心の中で、レンが大声をあげた。

 そして、声が消えた。


 僕に残ったのは、気を失いそうな激痛。

 その痛みに我を失い、倒れ、呻き、のた打ち回る。


『【再構築(リペア)】を使うの』


 突然、頭の中に、新しい声が聞こえた。

 その声を聞いた瞬間、痛みが少し和らいで、僕は我を取り戻す。

 誰か判らないけど、とても穏やかな、女性の声だった。


「リ、【再構築(リペア)……】」

 声に従って、僕はその【術式(コード)】を発動させた。

 すると、僕の右腕はあっという間に元に戻り、痛みも無くなった。


 だが、その治癒力の代償なのか、僕の身体から【術式(コード)】の力が消え失せていく。

 それを感覚として理解できた。身体は力を失い、()()()()()()()()()


「うう……」

 身体が重い。もう何も考えられない。考えたくない。

 例えようの無い疲労感に、今にも地面に突っ伏してしまいそうだ。


「どうしたんだ!!」

「何があった!」

 今更、騒ぎを聞きつけて、何人かの刑務官や騎士が駆けつけてきた。


「うるせぇ!!」

 その怒声と殺気に、彼らの進む足が止められた。

 血を吐きながら、ジュリアが起き上がった。

 そして、狂気に満ちた表情で、僕に迫ってくる。

 あれほどの衝撃を食らったとは思えない動きだ。


 結局、レンが出てきても、どうにもならなかった。

 僕はここで終わりなんだ。


 痛みも、恐怖も、何もかもが吹き飛んだ。

 目を閉じて、ただ眠りたい。

 これが、諦めの境地かもしれない。


「諦めないで!!」


 その声と共に、太陽が尾を引いたような一撃。

『ドゴン』

 ジュリアは吹っ飛んで、今度は側壁に突き刺さった。


「<流火炎蹴撃(フレアライド)>」

 ま、まさか。

「……とでも名付けようかしら」

「レ、レベッカぁ!」


 そこには、朝日を背に、光を纏うようなレベッカの姿があった。


「ど、どうして、逃げ出せたの?」

「マシュー、大丈夫?」

「うん。大丈夫。ちょっと疲れてるけど」

「手を貸すわ」

「ありがとう。それより、どうやって?」


 僕の視線を促すように、レベッカは、口噤(くちつむ)んだまま、彼方に視線を送った。


「か、母さん!?」


 その視線の先には、母さんと、守るように立つダイアさんの姿があった。

 二人は、僕を見て安堵したように微笑んでいる。


「そう、おば様よ」

「母さんが?」

「ええ、運よく逃げ隠れることが出来て、チャンスを狙っていたって」

「本当に、母さんが?」

「私達を解放してくれたのよ。しかも看守に変装してね」

「ええっ! 本当に母さんがぁ?」

「ホント、私もびっくりしちゃった!」


 確かに、昔から母さんの度胸には驚かされてきた。

 農場に迷い込んだ魔獣を、どうにかして追い払ったり、数えたらキリがない。


「良かったぁ……」

 僕の心からの言葉。

 気が付いたら、目からポロポロと涙が零れ落ちていた。


「ダイアさんが居るなら、何とか逃げ――」


 その時だった。


『ドンッ』


 突然、ダイアさんが吹き飛ばされた。


「なんだお前等? 邪魔なんだよぅ!!」

「アイツ! いつの間に!!」

 傷を負い、怒り狂って、我を失った狂者(ジュリア)だった。


「死ねよぉオラァ!!」


「おば様ぁっっ、危ないっっっ!!!!」


 ジュリアが、背後から、無防備な母さんに襲いかかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ