第四話「使えない者」
「ジュリアード騎士団長……それはどういう事かしら?」
部屋に押し入ってきた鎧騎士は、王国騎士団長だった。
「どうもこうもあるまい。 王命は絶対である!!」
団長は不遜な態度のまま、僕達に強い敵意を向けてきた。
「私も、王命を受けて面談していたんだけど」
ダイアさんも強い口調でそれに返す。
【魔鏡】に映った僕の異常なスキルを目の当たりにして、すぐにこの事態だ。
とても正常で居られないが、それに飲み込まれるわけにいかない。
僕は冷静であろうと、必死に状況を観察していた。
「そうだ! 貴殿こそ、何をしているのだ?」
文官の一人が不意に、騎士団長へと近づいた。
『ブオン』
団長の一閃。
文官は剣圧が生み出した風に、壁まで吹き飛ばされる。
辺りには破れて散った本の紙片が舞っていた。
「間合いに入るな。次は斬る!」
騎士団長は剣を構えなおすと、
「王命に背く者は断罪する」
そう言い切った。
「お、おかしいのではないか!」
文官長の声だ。焦っているのだろうか。
「二人のスキルを調べる事。それが我々、文官が賜った王命であるぞ!」
と、団長に言い返した。
「それは聞いている、が」
団長は表情を変えずに、
「その王命は我ら騎士団の忠言によって、撤回されたのだ」
そう言って、視線を僕に移し、
「王は少年の処刑を、我々に命じられた」
「処刑? 僕が……」
「そんな事、あるわけない!!」
ダイアさんが怒声と共に、身体から光を放っている。
それは強い魔力を開放した証だった。
「王はお優しい方よ! そんな事を仰るはずがない!!」
ダイアさんは叫んだ。
「ダイア・ライア、城内での魔力開放はいただけないなぁ」
団長の真一文字に結んでいた口角が、少し緩んだ。
「人の部屋で抜剣して暴れるのも、どうかと思うけど!」
いつの間にか、ダイアさんの手には魔法杖が握られていた。
文官達が我先に部屋から出ようとしたが、
「無駄だ。この部屋は区画ごと、我らが囲んでいる」
と、団長が制した。
「ダイア、意見が合わんなぁ。ここで戦うかぁ?」
団長はついに笑みを零し、表情は狂気を含んだような、嬉々としたものに変わった。
「やはり、この国はおかしくなっている」
「何だと?」
「あなたを倒して、この異常事態をギルドに報告させてもらうわ」
その言葉に、
「エサに食いついたな。ギルドのメス犬!」
団長の表情は更に崩れ、狂気に歪んだ。
「この騒動は、まずお前の尻尾を掴む為に起こしたのだ」
「ふん。途中から気付いていたわ。あまりに手回しが良すぎるんでね」
「もう遅い。今回の騒動は、我々には好都合だった」
ダイアさんは団長を睨み付けた。
「だから教えてやろう……」
団長は再び、僕に視線を向けると、
「少年のスキル、それが何なのか……我々は解明している!」
「「なっ!」」
ダイアさんも、僕も、その言葉に驚きを隠せない。
「故に、少年の利用価値は無い事も判った」
「どういう事か説明しなさいよ?」
「ふ、良かろう」
この団長は饒舌な男なのか。
情報を渡す事に、何の躊躇いも無い様子だった。
「あれは【使えない者】だ」
「【使えない者】ですって!?」
「そうだ。過去の我々に間引かれて、居なくなった筈の劣等人種だ」
団長の表情は、自信に満ち溢れているようにみえた。
「我々の持つ情報と照らし合わせても、それで間違いない」
「そんな馬鹿な! だって現代では――」
「我々の目指す完璧な世界には【使えない者】など居てはならないのだ!!」
団長はダイアさんの言葉を遮った。
「教導国の狂信者め……」
ダイアさんが呟いた。
「信仰者と言え。メス犬」
僕には、そのやり取りの意味はわからなかった。
……が、【使えない者】は知っている。
昔、スキルが普及する過程で、それを使えない人が少数居た。
そして、その人々は差別され、粛清の犠牲になったと聞いている。
「今更【使えない者】だなんて……」
ダイアさんが言うように、今は存在すらしない。
昔の未熟な魔道具が原因だとされ、後に【天鏡】が開発されてからは、消え去った。
「それなら、あのスキルの数はどうなるのよ?」
確かに、それは【使えない者】とは関係ない筈だが、
「そんな事は、知ったことではない」
「はぁ? 何を根拠に――」
「我々がそう判断した。それが答えだ」
団長はそう言いきって、構えていた大剣を床に突き刺した。
「ちと言が過ぎたな。俺の悪いクセだ、が」
そして、手甲の緩みを直しながら、
「まあいい。お前達は死ぬ。冥土の土産だ」
そう言って、恍惚な笑みに顔を歪めながら、
「フハハハハッ」
僕達の存在を見下すように、高笑いした。
『ドガン』
突如、その恍惚な笑みは歪んで消えた。
炎を宿した拳が炸裂したのだ。
「隙あり!」
「グエェ!!」
油断で身を焼かれた団長の声が響き渡る。
その顔面は熱傷で赤くなっていた。
「レベッカァァァ!!」
いつの間にか日は沈みかけ、辺りをオレンジに染めていた。
そのオレンジと同等の夕日色を、レベッカの握り締めた拳が纏っていた。
「<大火炎拳>……とでも、名付けようかしら」
僕は団長とダイアさんに集中して、レベッカの事が目に入っていなかった。
その間に、レベッカは攻撃の準備をしていたんだ。
「小娘、気配を消していたなぁ!! 体術スキルの恩恵かっ!!」
団長は怒り狂った表情で、レベッカを睨み付けた。
「だが、我が間合いだ!」
団長はそのまま腕を伸ばし、下がろうとするレベッカの腕を引っ張って、
『グイッ』
そのまま羽交い絞めにし、動きを封じた。
「くっ! 離せ!!」
レベッカの抵抗は、圧倒的体格差で抑えられているようだ。
「丁度良い人質ができた」
「ぐうっ!」
「ダイア・ライア。杖を置け!」
「うぐぅ……」
「早く置け! 置かないと小娘の首を捻り落とす!」
ダイアさんは魔法杖を地面に置いた。
身体を包む魔力の光も消えていた。
「ダイアさん、すみません……」
レベッカから消え入りそうな謝罪が聞こえた。
「いや、惜しかった。良い拳だった」
ダイアさんは責める事も無かった。
「入れ!!」
団長の声に応じ、部屋の中に騎士がゾロゾロと入ってきた。
「王命に背いた反逆者だ。捉えろ!」
動きを封じられた僕達は、あっという間に捕縛された。
「まだ我らの事は、公にしたくなかったのでな」
「おのれ! 騎士団は、王国を裏切っていたのか!」
一緒に縛された文官長が叫んだ。
「何だと? 先に裏切ったのは、お前達ではないか?」
団長の言葉に、
「な、何を、言っているのだ……」
困惑する文官長。
そして文官達が、先に連れ出されていった。
「これで、邪魔な文官共が一掃出来たな」
団長はダイアさんに視線を向け、
「そして明日、お前達は反逆罪で処刑される」
「そうきたか。これも王命って事かしら?」
「そうだ。ここで直接手を下すより、都合が良い」
「……今思えば、安い挑発に乗ってしまったわ」
ダイアさんが歯噛みしている。
「王国騎士団が王を操り、この国を簒奪したんだわ」
「ふふっ。不敬だな、ダイア・ライア」
団長はダイアさんの顎を掴み、顔を引き寄せると、
「王はご健在だ。我らは王の剣なり」
色んな事が起きすぎて、混乱している。
僕は【使えない者】でダイアさんは反逆者で、僕達も捕まって……。
関係の無いレベッカまで……。もう何が何だかわからない。
僕の心はまた、恐怖や不安で震えていた。
「そうだ、マシュー・エンセント。反逆罪は連座制だ」
「え?」
「お前の母親も一緒に、処刑される事になる」
「止めろ! 母さんは関係ない!!」
「既に団員を差し向けている。親子一緒に仲良くな」
団長はそれ以上何も言わず、ニヤリと笑った。
「クソっ! クソッ! 畜生!! 何でこんな目に合うんだ!!」
「マシュー! ダメだよ!」
「落ち着いて! マシュー君!」
二人の制止も聞かず、 僕は怒りに身を任せ叫んでいた。
「母さんも、レベッカも……なんで、なんで、どうして!!」
「五月蝿いなぁ。黙れ少年!」
何が五月蝿いだって……。こうなったのはお前のせいじゃないか!
「僕はお前を、絶対に……絶対に許さない――」
『パリン』
その時、ダイアさん特製の【魔鏡】が淡い光を放って割れた。
「何だ……これは? 少年の圧力なのか?」
この時、僕には団長が少し怯んだように見えた。
その反応に、
「僕なんかに気圧されるなんて! それでも騎士団長か!!」
ここぞとばかりの挑発。
「そのガキを黙らせろっ!!」
『ドガッ』
重たい衝撃で視界が歪む。
「畜生……」
僕の記憶は、ここで途切れた。