表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

第三十一話「戦士、再び」

 僕達は砂丘を越え、大きな街の手前にある水場へとたどり着いた。

 そこは旅人の泉という、公共の水場(オアシス)らしい。


「ゴクッゴクッゴクッ……っぷはぁ! 生き返ったぁ」

 冷たい湧き水が、乾いた身体に染み渡っていく。

 こんな立派な水場を設置するなんて……この街の豊かさがわかる。


「さすがは南の城塞都市"辺境街”。私も初めて訪れるけど、とても大きな街よ」

 と、ダイアさんが両の手で水を掬い、ゆっくりと口に運んだ。



『辺境街』

 北の境界街と並ぶ、南の"名前を付けられた街(ネームド・タウン)”。

 この街は王都より最も遠く、人も魔獣も住まぬ“砂丘”“沼地”“荒地”と隣接した“辺境”に位置する。


 もっとも、境界街のように異世界の技術が残された街ではなく、教導国建国以前より、宿場町として栄えた歴史ある街だ。


「シルム、本当に予定通りなのか?」

「……いや、遅れてる」

「砂丘越えに時間がかかったもんな」

「ああ。だから計画を組みなおして、この街で少し休憩しようと思うんだ」

「おいおい、急いでいるのに、それで大丈夫なのか、シルム?」

「僕達は疲れている。ここでへばっちゃ元も子もないだろう? この先に難所はない。そこで巻き返せるさ」

「それで決まりね。もう汗でベトベト……砂まみれだし、何も気にせず思いっきり水が浴びたいわ」

 ダイアさんは手に持ったハンカチを湧水に浸し、首元を拭った。


 水場は街まで、あともう少しという目印でもあった。

「さあ、街は目の前だぞ」

 重い腰を上げ、身体を伸ばす。飲み干した水は、すでに汗へと変わってきている。


「さっさと行こう。これ以上、干からびる前にね」

 僕達は辺境街の入り口へと歩き出した。




「なんだ、これは……」

 辿り着いた僕達を待っていたのは、

「誰も居ないぞ。門は開けっ放しだってのに……」

 明らかなる異変だった。


「敵襲があったのか?」

「いや、そんなはずは……見ろ、荒らされた形跡もない」

 シルムが魔道具で周囲の様子を調べながら言った。

「とりあえず、街の中に入ってみよう」

 そのまま奥へ進むと、正面の大通りも、それに面した建物にも人の姿は見えない。


「なんだこれ。まるで、神隠しみたいだな……」

 不穏を言葉に吐き出した。

 建物も、何も荒らされた形跡は無い。街の人々は日常をそのままに消えていた。

 さっきから感覚を研ぎ澄まし、魔力感知(マナサーチ)の範囲を広げ、周囲の様子を探り始めているが、変化は無い。


『パチッ』


「なあ、聞こえたか?」

「ああ。あの建物の中だ」

 静寂の中に、微かな音を捉えた。

 魔道具で感覚を強化している、シルムにも聞こえたようだ。


魔力(マナ)反応は無い。が、とりあえず中に入ってみよう」

 何の手がかりも無い現状で、僕は縋る様にその出所を追った。



「ここはパン屋ね。かまどの火は消えてるけど、煙がまだ燻っているわ」

 店先には美味しそうなパンが、数多く陳列されていた。いい匂いもする。


 店内のパン焼き釜では、炭がパチパチと弾けていた。

「音の正体はこれか」

 と、念入りに魔道具で分析を測るシルム。

「どのパンもまだほんのり温かい。並べられてからまだ、そんなに時間は経っていないな」

 店内(ここ)も荒らされた形跡は見当たらない。


「街の日常から突然、人だけが消えた。マシューの言うように、まるで神隠しだわ。この世界でこんな芸当が出来るのは……教王国(あいつら)しかない」

 ダイアさんの表情が、いつの間にか険しいものに変わっている。


「しかし王国事変後に唯一、自治独立を宣言し、それを維持してきた街なんですよ? たとえ教王国が侵攻してきたにしろ、無抵抗……なんてことは在り得ないのでは?」

「シルムの言う事は(もっと)もだ。だが、この現象も新しい異世界技術の一端だとしたら? 獣魔人といい、僕達が思っている以上に奴らの進化は――」



『いい匂いだ……』

 突然、暗闇から声が響いた。


「誰だ!!」

 声の出処はわからない。魔力探知(マナサーチ)も無反応だ。


「どうしたんだマシュー!? いきなり大声を出して」

「えっ? シルムには今の声が聞こえなかったのか?」

「声だって? いや、何も」

 警戒して周囲を見回すが何も無い。ダイアさんも首を横に振っている。

 だけど、僕にははっきりと聞こえていた。


『まあ待て。直に皆に聞こえるようになる』

 僕にしか聞こえない声が、そう言っている。


 刹那、カウンターの奥で、強烈で強大な魔力(マナ)が集約した。

「カウンターから離れろ!」

 その言葉より速く、皆が間合いを取って構えていた。

 目前で煌々とした魔力(マナ)光が、人の姿を形作っていく。


「何なんだ、これ……」

 魔力(マナ)圧力(プレッシャー)は獣魔人にも匹敵する程に強大だった。

 その光はすぐに弱まって、光だった人型は、完全な実体として、物陰に現れた。



「ふう。“IFPデコード”による、情報粒子の再構築を確認……こちらの実験も成功のようだな」

 かまどの陰から声がした。今度は確実に音となった声だ。


「誰だ、お前は?」

 男は暗がりから姿を現すと、僕に視線を移した。

「おいおい、俺の事を忘れちまったのか? 連れないなマシュー」

「お、お前は……」

「俺達はずっと一緒だったじゃあないか?」

 言葉の軽さとは裏腹に、目に入ってきたのは、見るものを全てを凍らすような、冷たく鋭い眼光。


 一目で分かる鍛えあげられた肉体と、黒く肌にまとわりつく異世界人の装い。

 茶色い長髪を後ろで束ね、額には目を引く三角形の痣があった。

 ……その声を、その姿を、僕は知っている。


「レン!? お前はレンなのか?」


「ああ、そうだよ。久しぶりだなぁ、マシュー(兄弟)

 レンは嬉しそうに、獣のような白い歯を光らせた。


「レンって……君の中に潜んでいた異世界の、転生兵士(リンカネーター)!?」

 ダイアさんが大きな目をさらに大きくしている。

「何ぃ! 転生兵士(リンカネーター)だって!?」

 シルムは驚きながらも、左腕の魔道具をレンに向けた。


「二人共、ここは僕に任せてください」

 ダイアさんとシルムは軽く頷くと、警戒しながら一歩後ずさった。


「ふっふ。旨そうなパンだな。合成食材(ケミカルフード)とは違う、上質な小麦粉を使った“前世”ではお目にかかったことの無い高級品だ」

 相手の動揺はお構いなしといった満面の笑みで、レンは口の端から零れる唾液を掌で拭った。


「たまらんな。我慢できない」

 そう言って、レンは傍らのパンを鷲掴んで、勢いよく食いちぎった。


「ふむ……美味い。経口摂取は一体いつ振りだ? 実に素晴らしい。生きている実感が湧いてくる」

「おい! どういうことだ? 説明しろ!」

「慌てるなマシュー、久しぶりの食事なんだ。もう少し堪能させてくれよ」

「もう充分だ! この状況を説明しろと言っている!」

 怒号と共に、レンの顔を睨み付けた。


「説明だと? どれから始めればいい? 何故、俺がここに存在するのか? 何故、実体を持たぬ俺が身体を持ったのか? ……何故、人々が消えたのか?」

「……その答えは全て、繋がっているんだろ?」

「ほう、察しがいいな。まあな。その通りだよ、マシュー」

 レンは店のカウンターを飛び越えて、僕の目前に迫った。


「いいか、これらの現象は全て“IFP”による生命体の情報圧縮と解凍処理による産物だ。これを物理的インターフェイスを使って――」

「異世界語混じりは止めろ! 僕達にも分かる言葉で説明するんだ!」

「おっと。分かる言葉……ねぇ」

 レンは薄ら笑うと、

「なら“アレ”を見せた方が早い。ついて来な」

 そう言って、僕達の脇を抜け、建物の外へ出た。


 敵意は感じられない。それどころか、レンからは親しみすら感じる。

 僕は直感に従い、レンに続いた。二人も僕に続いて外へ出た。


「この先の角を曲がった中央広場だ」


 レンに続き、角を曲がると、

「なんだ、これは……」

 人々の憩いの場であった中央広場。

 その中心部には魔力結晶(マナライト)と異世界の技術(テクノロジー)が融合した、不思議な形の柱が突き刺さっていた。


「わかりやすく……端末(ターミナル)とでも名付けようか」

 レンはまた薄ら笑んで言った。


「異世界の……何なんだ、これは?」

「これが存在するから、俺はこの場に存在できる。そして、この街の住人を傷つけず、別の場所へと転送させたのも、この端末(ターミナル)だ」

端末(ターミナル)……それに転送? 街の人は生きているんだな?」

「勿論だ。全てはスキル付与技術の応用さ。この世界の人間は非常に強力な潜在魔力(ポテンシャル)を秘めていた。だから第一世代の異世界人はスキルという恩恵を与え、お前たちを縛ったんだ」


「その事は知っている」

 それはかつて、師父から聞き及んでいたものだ。


「では、これも知っているか? スキルには恩恵や枷の裏に隠された、もうひとつの役割があると言う事を」

「……それは何だ?」

「森羅万象は“情報粒子”という超時空的概念によって構成され、定義されている」

「情報粒子?」

「そうだ。(InFor)(mation)粒子( Particles)……詳しい説明はできないが、端的に言えば俺達の文明は、それで“魂”の存在定義を確立し、万物を理解した。だからこそ次元を超えた転生にも成功し、この世界に至った」

「随分と難解だな。だが御託を並べるのはやめろ!」

「焦るなよ。スキルもその一端だと言うことだ。そのスキルに隠された役割とは――」


氷柱(アイス・スピア)


 牽制代わりの氷柱が、レンの足元に連続で突き刺さった。


火炎球(バーニング・ボール)

 レンは火球を放ちながら、

「ちっ! 術式……だと」

 眉間に皺を寄せ、視線が天を仰いだ。


「誰だ、テメエは!」

「レン、まさか、ここで……アンタと出会うなんてね」

 視線の先、建物の屋根上で、肩までで切り揃えられた蒼色の髪が風に揺れている。


「王都で会おうって言ってたじゃないか!」

 間違いない。その姿は一緒に獣魔人と戦った、氷の傭兵リンダだ。


「その予定だったんだがな、これも運命か……」

 屋根上から飛び降りたリンダは、僕達とレンの間に着地した。


「ん? ま、まさか……」

 さっきまでの雰囲気から一転。突如レンが狼狽えだした。


「リ……リン姉さん? 姉さんなのか!?」

「はん! あたしはアンタの姉さんじゃない。でも本当に驚いた……あたしが生み出したアンタがここで、実体を持って存在してるなんてね」

「姉さんは戦場で死んだはずだ! どうしてここに!!」

「五月蝿い。ああ、そうか。その柱はIFPデコーダーとして作動しているのか。だったら、あたしも……」


 レンとリンダが姉弟って……そんな。意味不明が多すぎる。


「なぁ、マシュー」

 レンをよそに、リンダが振り向き、僕に視線を合わせた。

「あ、ああ」

「もう少し借りる予定だったけど……あたしの協力者、マシューの大切な人を返すよ」

 そう言って、リンダの身体から青白い光が分離した。

 そして、さっきのレンのように人の形に集約していく。


「返す? リンダ、それって――」

『さあ、この身体、優しく受け止めなさい』


 光が抜けきったリンダの身体が、糸の切れた操り人形のように力なく崩れた。

 僕は慌てて、それを受け止めた。


「……マ、マシュー」

 あふれ出した感情の洪水が、僕の目を伝ってあふれ出した。


「へへっ、何泣いてるの。馬鹿なの? 死ぬの?」

 ああ、これだ。久しぶりに聞いた彼女の口癖。


 目の前には、太陽のような朱色の髪、緑の瞳。

 時なんかで風化する筈も無い彼女の面影が、目の前の現実と重なった。


「レベッカ!!!!」

「そうだよ、マシュー。ずっと、ずっと逢いたかった……」

 口の端がわずかに持ち上がった、見慣れた彼女の笑み。


 僕はただ、強く抱きしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ