第三話「驚異と脅威」
「うわぁ……」
崩れそうな程、大量の本。
「ごめんね。これでも片付けたんだけど」
女の人は、申し訳なさそうに掌を合わせた。
「キミ達か、とっても特別な子達っていうのは」
女の人は髪色と同じ漆黒の瞳で、僕らをじっと見つめて、
「やっぱり……ちょっと普通じゃない感じね」
そう言いながら、姿見の前に移動した。
「さあ、私にスキルを見せてくれる?」
さっきまでの気だるそうな感じから一転、嬉々として言った。
スキルの事を知りたいという気持ちは、僕も同じだ。
「はい。どうすれば――」
その瞬間、
『グゥ~』
自分でもびっくりする位の大きさで、お腹が鳴った。
「うわっ、すみませ~ん……3日間何も食べて無くて」
体力回復したせいか、急に胃腸が活気付いたようだ。
僕はその音で、空腹を思い出した。
「あら大変。すぐにお茶とお菓子を用意するわ」
そこだけ物が除けられている円卓の上に、あっという間に広げられた。
「いただきますっ!」
返答も待たずに、お菓子を口いっぱいほおばった。
「ちょ、ちょっとマシュー、はしたないわ!」
「うぐっ、ゴホゴホ……お茶、お茶」
「そんなに慌てなくても、好きなだけ食べていいよ」
「はりはとうほざいまふ」
「もう! いきなり食べたらお腹がびっくりするわよ」
レベッカの注意も無視し、お菓子に貪りついた。
これじゃ母さんのスープ食べられるか、わかんないな。
食欲が満たされ、一息ついたところで、
「あの、今回の件、私達は何も聞かされてません」
レベッカが眉間にしわを寄せて言った。
「やはり、スキルの事ですよね?」
「そうねぇ、王様が煩くってね」
「ダイア様! 王のご心配は国家安寧を思うが故。ご理解頂きますよう」
「はい、はい。わかってますよぉ」
文官の接し方を見ても、きっと偉い人なんだろう。
だけど、何だか態度も軽くて、変な人だな。
なんて事を思いながら、僕は飲み干したティーカップを置いた。
「さて、自己紹介がまだだったわね。私の名前は【ダイア・ライア】よ」
「……ん?」
どこかで聞いたことがあるような名前だなと、記憶を遡ってみる。
「あっ!」
思い当たる名前が……
いや、何度も何度も、伝え聞いた名前が頭に浮かんだ。
「あの冒険者クラン【先鋭なる者達】の!?」
【ダイア・ライア】といえば、超有名な冒険者だ。
高階位スキルの中でも、特に稀少で有用な【暁の賢者】を授かった魔法使い。
獄炎など、有用な新魔法の開発や、人間の脅威となる、名前付き魔獣を何頭も討伐して、大陸に勇名を馳せていた。
「色々あってね。でも嬉しいわ。私の事、知ってたんだ」
「そりゃあもう! 毎日ダイアさんの話題で持ちきりでしたから!」
思ってもいない出会いに、僕は興奮してしまった。
「ちょっとマシュー、落ち着きなさいよ!」
「あ、ごめんごめん。僕の憧れの人だったからさ」
「そりゃあ……私でも知ってるわよ」
レベッカは、何だか照れくさそうな態度だ。
「あ! そっか。昔、部屋にダイア・ライアの伝記絵貼ってたよね?」
レベッカは女性冒険者の中でも、特にダイアさんに憧れていた。
「もう! 本人の前でやめてよ!」
レベッカは赤面して、顔を背けた。
「あとでサインもらう?」
周りに文官達が居ることを忘れて、ついはしゃいでしまっていた。
「ごほん」
誰かの咳払いで、ここがどこなのかを思い出す。
「「すみません……」」
「大丈夫。キミ達は本当に可愛いなぁ」
ダイアさんは、嬉しそうに微笑みかけてくれた。
「それじゃ、お仕事しますか」
ダイアさんはレベッカを指差した。
「レベッカといいます。よろしくお願いします」
「ありがとう、レベッカちゃん。ちょっと、こっちに来てよ」
レベッカは促されて、ダイアさんの前まで進む。
するとダイアさんは、
『ボウッ』
と、手のひらから炎球を出した。
小さなものだったが、その熱はこちらまで伝わってきた。
「初期魔法【小炎球】よ。威力は抑えてある」
ダイアさんはそう言ったが、タダで済むとは思えない。
「【炎を極めし者】を得たなら無効化できるはずよ」
ダイアさんの人差し指に、炎球が移動する。
「ずいぶんと実戦的なんですね」
レベッカはその熱気に怯んだ様子も無い。
「現場主義の叩き上げなの。分かりやすいのが一番」
ダイアさんは、不敵な笑みを浮かべ、
「でわ、いくよぉ――」
炎球を放とうとした瞬間だった。
『ボフン』
音を立てて炎球が消え、煙だけが残った。
「あら、放つ前に消されたわ」
「ええ、何とか」
どうやら炎を消したのはレベッカらしい。
「頭の中に、やり方が浮かんだでしょ?」
「はい。これがスキルを得たって事なんだ」
「それにしても、放つ前に消すなんて」
「上手く扱わないと、本当に持て余すような力だわ……」
物憂げな表情を浮かべ、レベッカが言った。
「レベッカはスキル覚えたてなのに……」
ダイアさんはレベッカを見つめ、
「まるで熟練冒険者のようだわ。どういうことかしら…………」
ダイアさんはブツブツと独り言を繰り返し、考え込んでいる。
その様子を、僕は固唾を呑んで見守っていた。
「そうね、有り体に言えば」
ダイアさんは、レベッカに視線を向け、
「天才的センスの持ち主ね、凄いわ」
その評価に、レベッカは少し笑みを浮かべた。
「しかも、体術系の高階位スキルも持ってるんでしょ?」
「はい。一緒に【体術を極めし者】を授かりました」
「古巣の先鋭なる者達が欲しがりそうな、即戦力ね」
ダイアさんは、お茶を一口飲んで、
「レベッカちゃんは、将来有望な天才よ」
そう言って文官に目配せした。
文官もそれに気が付き、深く頷いたようだ。
そしてダイアさんは、僕を指差し、
「じゃあ、次はキミの番ね。マシュー・エンセント君」
「は、はい! お願いします!」
いよいよ僕の番か。僕は立ち上がった。
「まずは再確認の為、キミには魔鏡に手をかざしてもらわなきゃ」
【魔鏡】とは【天鏡】から授かったスキルの確認や、記録魔法の再生に使える、とても便利な魔道具だ。
「私特製の魔鏡なら、問題ないわ」
僕は【魔鏡】へと歩み寄った。
「今度は、大丈夫かな?」
僕は不安を零し、思わずレベッカに視線を送った。
レベッカは何も言わない。
強い眼差しで、そして小さく頷いた。
「じゃあ、やってみて」
僕は覚悟を決め、【魔鏡】の前に立ってスっと手をかざした。
『カッ』
鏡から光が放たれた。
「うわっ! ……え? もう終わり?」
今回は目の眩みも痛みも無く、呆気なかった。
「よしよし、ちゃんと機能したみたいだねぇ。どれどれ……」
ダイアさんが僕の前に割り込むように、【魔鏡】に映ったスキルを確認する。
僕も気になって、ダイアさんの肩越しに【魔鏡】を覗き込んだ。
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そこには、鏡面いっぱいに、解読不能な文字が羅列されていた。
「なんだよ、これ……」
僕は自分の目を疑った。
「……これか。やはり故障ではない」
ダイアさんが目を丸くして驚いている。
「私が見たものもこれだったの」
レベッカが言いたがらなかったのも、無理はない。
「黙っていてごめんなさい……」
「ダイア殿! これだ! これはどういう事なのだ?」
位の高そうな服を着た文官の人が、ダイアさんに問いかけた。
ダイアさんは、冷めてしまったお茶に手を伸ばし、
「文官長、私もこんなのは初めて見る」
と、お茶をぐっと飲み干して、
「怖いわね。こんな解析不能なスキルを持つ、存在が」
今までに無い鋭い眼差しを、僕に向けた。
「そんな! マシューを、まるで化け物みたいにっ」
レベッカが強い口調で、ダイアさんに詰め寄った。
「化け物……って」
レベッカの言った強い言葉が、僕の心を震わせた。
「あっ! マシュー、そんなつもりじゃ、ごめん……」
「いや、大丈夫だよ……」
と、言いながらも、内心、僕はこれからどうなるんだろう?
そんな不安で頭がいっぱいになった。
そして長い沈黙が訪れた。部屋の中に居る誰もが、各々思案している。
そんな沈黙を破って、
「何も分からないって事ですか!!」
募っていた不安が爆発して、僕は大声を上げた。
「こんなの……何かの間違いよ!」
被せる様なレベッカの嘆きも、気休めにすらならない。
「少年のスキルが原因で、今回も鏡が故障した可能性は?」
文官長がそう訴えたが、
「そうだったとして、魔道具が壊れる程のスキルって事よ」
「むぅ……」
文官長は口を閉じて、唸るしかなかった。
「どっちにしたって、未知の脅威と認定するしかあるまい」
「何も分からない事が、一番怖いのだからな」
「前代未聞……脅威の存在となるか」
「これから少年の処遇、どうすればいいのか」
文官の間でも、様々な負の意見が飛び交っている。
僕はその不穏な渦の中で、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。
『ドカッ』
突然、その渦をかき消すように、ドアが乱暴に蹴り開けられた。
「失礼。ちょっとノックが強すぎたな」
そう言いながら、大剣を持った鎧騎士が入ってきた。
その行動に、部屋の中に居る全員が思わず身構えた。
鎧騎士は、身の丈ほどもある大剣を軽々と鞘から抜き、
「ダイア・ライア! マシュー・エンセントの身柄を引き渡せ!!」
鎧騎士の怒声が部屋中に響き渡った。