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第二十八話「天と地と人と」

「元々、この世界の人間にスキルなど必要ないのだ」


 唐突な師父の言葉。

 明日から修行が始まるという、最初の夜だった。


「この世界には濃密な魔力(マナ)が満ち溢れている。故に、こちらの人間は魔力(マナ)との親和性が非常に高かった。だが、スキルの存在がそれを()()()()()

 椅子に身体を預けながら、師父が続けた。


「マシューよ、世界と、天地と一体となるのだ」

「天地と一体……ですか?」

「人もまた森羅万象、その一部にすぎない。無垢な人間ならば、天地の魔力(マナ)を、その高い親和性をもって利用する事も可能な筈だ」

「無垢な……スキルを持たない僕ならば、それが可能だと?」

 師父は優しげな視線を、僕に差し向けた。


「それはマシュー、お前次第だ。その境地に達することが出来たとき、お前はこの世界の人類が持つべき、本来の力を…………ふふふふふっ」

 そこまで言って突然、師父は笑いだした。


「ふははははっ。まだ修行も始まらん内に“最終領域”の話は、気が早すぎたわ」

 と、椅子からゆっくりと身体を起こし、師父が立ち上がった。


「この話は終わりだ。明日は早い。もう寝るぞ、マシュー!」

「は、はい。師父」



 ▼ ▼ ▼



 結局、あの先は聞けずじまいだったが、今になってその言葉が思い返される。

 ジュリアンとの戦いで感じたあの感覚の正体……それがまさか、修行の始まりに語られていようとは。



 無限大に存在する天地の魔力(マナ)と、自らの内に秘めた魔力(マナ)魔核(しんぞう)にて一体とする。

 やがて、双方の境界線は曖昧となり、互いの魔力(マナ)は溶け合い、身体から噴き出さんばかりに爆裂(バースト)する。


 魔力(マナ)循環強化法の最終領域……それは、天と地と人が一体となる境地。

 これが僕なりの、この力に対する解釈だった。


 人の身でありながら、世界に溢れる無限大の魔力(マナ)を自在に引き出すなんて、途方もない存在だ。

 だけど、これが師父の言っていた“この世界の人間が本来持ちえるべき力”かもしれない――



「おい、マシュー?」

「ん、ああ……」

 リンダの声で現実に引き戻された。


「さあ、その最終領域とやらを、見せてもらおうか」

 続くリンダの言葉に、僕は違和感を覚えた。


 追体験(また)だ。気付けば一瞬しか、時間は経っていない。


 自分の体感では随分と長い時間、考え込んでしまったと思っていたのに、この体感時間の圧縮は……ジュリアンの時と同じ。いや、遡ればこれはレンと最初に邂逅した時と……。


『グギャアアアアアア』

 人魔獣の威嚇音に、思案に持っていかれそうな思考を振り切った。

 悠長に悩んでいる暇は無い。敵は目前に居る。



 魔法もまともに使えない僕の身体から、魔力(マナ)光が炎のように吹き上がっている。


 内包するはずの魔力(マナ)が、身体から溢れ出しているからだ。

 少しでも手綱を手放せば、何もかもを持って行かれてしまいそうな大きな力。

 馴れない感覚に僕は「ふぅー」と、息を吐き出して脱力した。

 そして、人魔獣に敵意を向けた瞬間――


 身体が“感覚”と“音”を置き去りにしていた。


『ズドォンッッッッ!!!!』

 “思う”と“動く”の間が限りなく短い。感触が先にきたと感じるほどに。


『ウギャァァァァ!!!!』

 人魔獣の腹を突き上げた拳は、肉片と触手を撒き散らしながら、再びその身体を分断した。

『ドガン……ドン、ドン、ドン』

 人魔獣の上側と下側は、錐揉みしながら着氷し、その勢いで氷の上を滑って止まった。


「えっ!? いつの間に!?」

 シルムが戸惑いの声を上げた。それも無理はない。

 僕自身でさえ、この想像を超えた力に戸惑っている。


 しかし、闘いの最中にそんな事は言っていられない。

 続けざま、僕は人魔獣の下半身側に意識を向けた。

 今度は先に行きそうになる身体に置いていかれないよう、さっきよりも更に精神を集中する。

『ダッ』 

 地面を一蹴りで、人魔獣との間合いを潰し、

『ドガン』

 と、勢いのまま殴りつけた。


 吹き飛ぶ人魔獣の身体を追って、

『ドドドドドドドドドドドドドドドドドド……』

 正拳、手刀、指拳、肘鉄……師父から授かった、あらゆる手業で肉を削いでいく。


 人魔獣の下半身は、あっという間に粉みじんになった。

 魔力(マナ)を削りきった証だ。



『グガァァァァァァァァ!!!!』

「マシュー!!」

「うおっ!?」

 間一髪。リンダの声が無かったら、危なかった……。

 すぐに振り返り、人魔獣の上半身を睨み付けた。


『グギャアッ……グガアアアアアアア!!!!』


「おいおい……何でもアリかよ!」

 声と共に、変な汗が全身に吹き出してくる。


 人魔獣は、更なる変体を遂げていた。

 獣毛に覆われた人間女性の下半身が、失った獣の下半身の代わりに生えている。

 その姿は獣から人へ……呼び名は、そのままひっくり返せば良い。


 まさに【獣魔人】というべき有様だ。


「くそっ! 下半身を捨てて、上半身に魔力(マナ)を集中していたのか」

 普通の生物と考えては駄目だ。まさに異形。


「マシュー、これが最終形態なのだろう。荒々しかった魔獣の魔力(マナ)が人間のように調和されている」

 確かに……リンダの見立ては正しい。


 ある意味無駄ともいえた猛々しい魔力(マナ)の奔流が整えられ、身体中にバランス良く循環している。

「これが本当の意味での“魔獣と人の融合体”ってわけだ。教王国の連中(アイツラ)、一体何処まで生命を弄べば気が済むんだ!」



『ウウウ…………』

 唸るような、しかし甲高い声で、

『マ、マシュゥゥゥゥゥー!』

 獣魔人が僕の名を呼んだ。


「喋った!? 奴には人間並みの知能まであるっていうのか!?」

 知恵を持つ怪物……ジュリアーナは自らを【設計された人間(デザインヒューマン)】だと語っていた。異世界の生体技術(バイオテクノロジー)、その行き着く先が――


『マシュー……ワ、ワタシヲ…………』

「ん……何だ? 何と言った!?」

『ワタシヲ、コ、コロシテ…………』

 その頬まで裂けた口から、想像だにしない言葉が発せられた。


『オネガイ……ハヤク、コロシテェ…………』

 そう言う獣魔人ジュリアーナの表情は、笑んだままだった。

 だがその笑顔にはさっきまでと違い、悲哀の色が濃く浮かんでいた。

止むに止まれない諸事情により、しばし更新ペースは1ヶ月1話くらいが目安となりそうです。時間が取れたらもっと頑張ります。今後ともお願いいたします。伊乃辺到

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