第二十七話「人と魔と獣と」
【人魔獣】はこちらを見据えながら、その身体はまだ小さな変化を続けていた。
顔の周りの体毛が、艶やかな髪の毛のように伸びて、ジュリアーナの面影をより色濃くしていく。
「教王国、生命を何だと思ってやがる……」
その異様を前に、僕の中で怒りに血が沸き立っていくのを感じていた。
この陰鬱な感情を、また味わうことになるなんて。
生物を部品に作った空飛ぶ戦艦、同じ顔が立ち並ぶ人間モドキ、そして今度は……人と魔獣を交ぜ合わせ作った化け物か。
「クソッ!」
憤りを吐き出しながら、僕は修行した三年半の月日を思い出していた。
あの頃、凶暴な魔獣が跋扈する大森林で、生存競争の中に居た。
生き抜くこと……それが生きる為に血や肉となる厳しい世界。
そこで僕は生命の厳しさと尊さを、自らの身を持って学んだ。
教王国の遺伝子細工は、生命そのものを冒涜している。
そんな事、絶対に許せない。
「マシュー……どうやら変化が終わったようだぞ」
シルムの不安げな声に、再び人魔獣を見据える。
強魔力地帯から遠ざかり、僕の魔力感知能力が少しずつ戻ってきていた。
「見ろ、外骨格の魔力鉱石は、殆ど体内に吸収されてしまった」
「パッと見で残ってるのは、額と両肩、尻尾の先くらいだな」
「マシュー、ただ取り込んだわけじゃない。ヤツの潜在魔力を探ってみろ」
「ああ、凄まじい。触手といい、まさに生まれ変わったって感じだ」
視線の先、人魔獣がとてつもなく高い魔力を秘めている事が伝わってくる。
「……来る」
僅かな動きを察知したリンダが言った。
僕は拳を握り、シルムは腕の魔道具を敵に向け、リンダは抜刀し正中に構えた。
ダイアさんだけが一人距離をとったまま、見計るような眼差しで、魔法杖を向けている。
……飛び込めない。人魔獣が未知の存在すぎて、迂闊に攻めることが出来ない。ヤツもそれを感じ取ってか、随分と緩慢な動きだ。
人魔獣は視線を左右に動かした後、正面を見据えた。
『キュアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!』
突如、甲高い鳴き声が耳を劈いた。
その刹那――
「痛っ!」
シルムが声を上げた。
「大丈夫か、シルム!」
「ああ、左腕に痛みが……大した事ない」
シルムの左腕には、ほんの僅かに血が滲んでいた。
「何をしてきたか、わかったか?」
「いや、何も見えなかった。針に刺されたような、鋭い痛みだったんだが……」
僕らの訝しげな視線を意に介さず、人魔獣は不気味な笑みを浮かべたまま動かない。
ヤツは一体、何をしてきたんだ。
僕らは湖の岸辺に陣取っている。人魔獣はリンダが凍らせた氷上……つまり湖の中に位置している。距離としては近からずも遠からずだ。
魔力で作った氷は脆くなってきている。あちらが攻撃を仕掛けたとするならば、氷が割れるなり、何らかの痕跡が残る筈。
「足元の氷一つ割れていない。シルムが受けた攻撃は一体――」
『パキパキパキ……』
「――ん? この音は?」
肌が粟立つ。息が白い。
気付けば、人魔獣の周りにキラキラと細氷が舞っている。
ハッとした表情の後、リンダが眉間に皺を寄せた。
「ふざけるな……今度は、あたしの氷刃か」
そして、人魔獣の後頭部から、いくつかの氷刃が現れた。
それはもはや氷柱といってもいい大きさ。切り裂くというより、貫くに特化した形状だった。
これは、ダイアさんが放った炎弾の時と同様だ。もう間違いない。
「人魔獣は、一度食らった攻撃を、模倣できる」
それと同時に、
『バッバババッ』
と、鋭利な四本の氷柱が発射された。
なんだこれは……迫力こそあれど、随分と遅い。
氷柱自体が重過ぎるのか、常人ならばともかく、この四人には避けろと言っているようなものだ。
僕達は素早く散開し、氷柱は衝撃と共に、
『ドドン』
と、地面に突き刺さった。
着弾点の地面は大きく抉れてしまったが、それだけだ。
人魔獣はというと、少し首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべ、固まっている。
「おいおい、こりゃ、どういうことだ?」
拍子抜けなシルムの疑問符に、
「やはりな。あの術は私の“カタナ”と技あってのもの。術理だけ真似しても使い物にはならない」
自分の技ゆえか、リンダは薄々、感じ取っていたようだ。
その言葉に、隣のシルムは視線を僕に移した。
「じゃあ、最初の針攻撃は……」
「シルム、傷口に長い毛が付いていた。……推測だが、さっきのは体毛を芯にして作った氷針だったんだろう。それで術理を掴もうとしたんだ」
と、右手で摘んでいた毛を、ふっと吹き飛ばした。
「逆に言えば、炎弾のような純粋な魔法攻撃ならば、即時に模倣出来るのだろう」
「まるでスキルみたいじゃないか。魔獣がスキルを使うだなんて……」
異世界の力に触れてきたシルムにとっても、この生物は想定外なのか。
「人魔獣とは……よく言ったものね」
これまで黙していたダイアさんが口を開いた。
「【人】これはマシューが言った“教団の教戒士ジュリアーナ”の事よ。“模倣”は彼女の能力だったのかもしれない」
「ジュリアーナの能力……」
ダイアさんは、そのまま言葉を続けた。
「【獣】それは、鎧殻魔狼の強靭な肉体の事。そして【魔】……これはその双方を魔力で結び付けて動かす“触手”。……つまり体内の触手生物が“本体”とみて、間違いないわ」
「人と魔と獣の、合成生物……」
ただの語感だったのだが……名付けておきながら、そのおぞましさに僕は息を呑んだ。
ダイアさんが観察して導き出した答えは、筋も通っていて説得力がある。
「つまり、どうすれば倒せるんですか?」
僕が一番気になっているのは、それだ。
「まず人魔獣に対して魔法は使えない。ならば単純に強い力でダメージを与え続け、本体たる触手生物の魔力を枯渇させる。そうすれば身体を維持できなくなって崩壊すると思う」
「簡単に言いますけど、随分と脳筋な作戦ですよ、それ?」
「まず魔法特化の私には無理ね。魔道具での攻撃も魔法同様に模倣されそうだし……」
「じゃあ、僕と……リンダならばやれると?」
「そういうこと。今回はあなた達にお願いするわ」
と、ダイアさんは、口の端を僅かに持ち上げた。
「へぇ。面白そうじゃないか、マシュー」
リンダはどこか嬉しそうに、正中の構えを崩し、腰にあったもう一振りの小剣……カタナを左手で抜刀。二振りを交差するように構えた。
「どっちにしろ私は守りに適したスタイルなんでね。フォローはまかせたまえ」
そう言って、シルムは後ろに距離をとった。
湖岸には前衛として、僕とリンダが残された。
「ここに来て、攻略法が物理で殴る、斬る……だなんて」
「わかりやすくていい。あたし好みだ」
「あはは。そりゃいいな、リンダ」
「何だ? 馬鹿にしてるのか?」
「いや、頼りにしているよ」
「はっ。急造コンビだ。こっちこそ頼むぞ、マシュー」
戦いの中で、随分と打ち解けられた気がした。それが無性に嬉しかった。
冷淡に思えたリンダの中にも、熱いものが宿っている事を知れたからだ。
リンダには悪いが、何だかレベッカと一緒に戦っているような、そんな気がしたからかもしれない。
『キュルルルル』
刹那、人魔獣の嘶きが辺りに響いた。
「リンダ……まずは僕だけで行かせてもらう。今日は何もしてないんで、力が有り余っているんだ」
「良いところを持っていく気だな?」
「ははは。大トリは、僕に任せてくれよ」
そう言って、身体を解しながら、僕は人魔獣に強い眼差しを向けた。
「ようやく準備が整った。……魔力循環強化法“最終領域”を見せてやる」
諸事情により、目処として最大で1ヶ月ほど更新が空いてしまいますが、必ず再開致しますのでお待ちください。 伊乃辺到




