第二十一話「目覚め」
『ドガアァァァァァァァァァァァン』
轟音と共に頭上から、熱風が激しく吹き付ける。
『キィィィィィィン』
耳鳴りに、音は奪われた。
眩しさに、目も眩んでいる。
周囲の魔力も激しく乱れ、感じとれていない。
「ちくしょおおおおおおおおおお!!!!」
何も分からない。僕は憤りを声にして吐き出す。
……絶望の淵に居たのだ。
【境界街】には多くの人々が暮らしていた。
僕の父さんも、そこに居たんだ!
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
僕の上に折り重なった複製達を、怒りに任せ、全力で払い除ける。
さっきまでの押さえ付ける圧が無い。
『ドンッ』
複製達はただの重石のように、抵抗無く吹っ飛んでいった。
薄ら目を開き、
「ジュリアード! 見えるか? 街は、街はどうなっている?」
と、僕は気配を感じる方に声を投げた。
「少年、街の方を見てみろ!」
ジュリアードから求めた答えは返ってこなかった。
僕が聞きたいのはそれじゃない。
『ドクン、ドクン……』
と、緊張と恐怖で胸が高鳴っている。
僕は焦点を取り戻した目で、恐る恐る【境界街】の方を見据えた。
僕の視界に映ったのは、
何事も無い【境界街】の姿だった。
「は、はぁ……無事だ……よかった」
安堵の息が漏れ、半分泣きそうな顔で、両の手を握りこんだ。
今、何が起こったのだろう。
集約された破壊的な魔力はもう感じない。
『ガガァン』
突然、大きな音が響き渡った。
その刹那、辺りが暗闇に包まれて、
『ゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ』
上空から再び、熱風を伴った重低音の圧が襲ってきた。
大きな破片が僕達に迫っている。
「駄目だっ! 間に合わない――」
「<重縄束縛>」
『バチィィィィン』
突如現れた光条が、その大きな破片を縛り上げて、
『ドォォォォォォォン…………ガァァァァァン』
軌道をずらし、少し離れた場所に落着せしめたのだ。
「死ぬかと思った……」
僕は力無く、その場にへたり込んだ。
「何を呆けておる。まだ終わってはいないぞ」
この声は!
「しかしまあ、何とか間に合ったな。棒立ちのお前にヒヤヒヤしたぞ」
そこには小高い丘の上で、魔力を帯びた縄を操る師父の姿があった。
「す、すみません!」
「魔軸戦艦の破片に、浮力が残っていたのが幸いだったわ」
と、縄は手甲の様に前腕へと巻きついて戻っていく。
【紐縄の技巧者】
師父のスキルで強化した紐縄は、とんでもない強靭さと張力を備える。
それを師父の魔力と豪腕で自由自在に操るのだ。……お陰で九死に一生を得た。
魔軸戦艦は、
『ボフンボフン……』
と、黒い煙と火を吐いて、横に流れながら少しずつ高度を落としている。
「これは一体……」
「あっちの丘の上を良く見てみろ。お前なら分かるだろう」
師父がクイっと顎をしゃくった方を伺うと、
「<地獄炎熱線>」
純白のローブを靡かせながら、
『カッ』『カッ』『カッ』
小柄な魔法使いが、舞うように、赤い光線を魔法杖から何発も放っていた。
それは生体魔軸戦艦の魔獣装甲を、確実に貫いている。
「だから、我らにはやる事があると、言っただろ?」
師父の顔を見ると、師父は不敵に、口の端を持ち上げた。
「奴等が焦って魔力兵器なんぞ放とうとしたのが運の尽きよ」
と、師父は丘から跳んで、僕の前に『ドスン』と着地した。
「よくやったマシュー。作戦は成功だ」
「なんだ、僕は囮だったんですね」
「おいおい、人聞きの悪い事を言うな。これも戦術だ」
「ちぇっ。何か上手く纏められた気がする」
「はー。お前は自分を過小評価しすぎだの。ワシは褒めて伸ばすタイプだっただろうが。ふははっ」
師父は笑みながら、僕の両肩に手を置いた。
「作戦は成功! 結果が全てよ。なぁ?」
パンっと、師父の手が僕の肩で弾んだ。
「痛っ!」
やばい……嬉しい。
何だか泣きそうだ。
「……ありがとうございます」
涙を堪えた僕の顔は、歪んでいただろう。
修行に明け暮れた三年半が報われたような……そんな気がした。
「ところで、そこに居るデカイのは誰だ?」
「ああ、実は……」
僕は手短にジュリアードの事を説明した。
「なるほどのぉ……嫌がる者も多かろうが、一緒に来るのなら、ワシが口を利いてやる。判断は皆に任せよう」
「かたじけない……」
ジュリアードは、師父に恭しく頭を垂れた。
『ガシャァァァァン』
破片がまた落下している。これ以上、ここに留まっては危険だ。
「移動しましょう!」
「うむ。ダイアと合流するぞ!」
「すまんが、先に行ってくれ」
ジュリアードが片膝を突いた。その顔は苦痛に歪んでいるようだった。
「少し休んでから合流する。さあ、ここは危ない……」
ジュリアードは何とか立ち上がったが、その足取りは怪しかった。
「ふざけるな、いくらお前でも置いていけるか!」
「おい、無理をするな」
師父が心配の声を投げた。
「とりあえず合流が先決だ。お前たちはどこか安全な場所で休んでから来い」
口早に告げると、師父はダイアさんの居る丘へ、軽やかに駆けていった。
「少年、いいから行け!」
ジュリアードは何故か焦ったように促してきた。
「おい、一体どうしたんだ? 本当に大丈夫――」
「カハッ!」
突然、ジュリアードが口から白を吐き出した。
ジュリアードの身体からは白い液体が流れ出し、
「キサマ……」
足元に溜まりを作っていた。
何が起きた? これは血なのか?
肩越しに透かして見ると、
『ハハハハッ! ざまあ無いぜ!!』
そこには狂気に満ちた笑顔で、雌型の複製騎士が立っていた。
「う、やはり……近くに居たのか……」
ジュリアードは力無く地面へと倒れこんだ。
「ジュリアードっ!」
突然の惨事に、僕は叫んだ。
そうだ、雌型の複製騎士から感じる、この禍々しい魔力……。
奴は、ジュリアンだ!
『ハッハー!! 私の任務をよくも台無しにしてくれたなぁ!!』
ジュリアンが叫び、それと共に雌型の複製騎士の身体が、魔力光を発しながら、少しずつ変化していく。
『ジュリアード、忌々しいお前の存在が、期せずして新たな発見に繋がった!』
と、足元の呻くジュリアードを一蹴りする。
「ぐわっ!」
蹴りの衝撃で、ジュリアードは己が流した白血に塗れながら、ゴロゴロと地面を転がった。
『これが【魔力連携】の新たな利用法だ。適合者の意識を複製体に転送する!』
と、魔力光は徐々に弱くなって、身体の変化が収まった。
『ジュリアード、貴様と同じ遺伝子因子を持つ私には簡単に再現できた……ありがとう、我が兄弟!』
ジュリアンの意識が転送されたという複製体は、ジュリアンそのものでは無く、良く似た女の姿といった感じに成り果てた。
『ふーむ。流石に完全なる変体は無理だったが……』
と、ジュリアンは、接続を確かめるように、空いた手の指を複雑に動かしていた。
『イイねぇ、コレェ! 女の身体も悪くない』
ジュリアンはナイフを投げ捨てて、しなを作るように、自らの艶かしい肢体を、指でなぞっている。
『折角だ、ジュリアの武器で突き殺してやる』
と、傍らにあったそれを拾い上げた。
「ふざけるなぁ!」
僕は拳を握り締め、威勢を吐きつけた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
下から、決死の叫びが響き渡った。
ジュリアードが、白血塗れの身体で奮い立ち、
「侮辱しおって……貴様は、私が!」
白い血を垂らしながら、一歩前に踏み出した。
『ザザッ』
だが、その踏み出した足は、砂となって崩れ、ジュリアードは、重心を失って『ドサッ』と倒れこんだ。
「ジュリアードっ!!」
駆け寄ろうとする僕を、
「隙を見せるな!!」
言で制しながら、ジュリアードの身体からは砂塵が剥がれ落ち、風に散っていく。
『ンハハハァ! 時間切れかなぁ?』
ジュリアンはその様子を、悦に浸ったような貌で眺めていた。
ジュリアードの身体は、ドンドン砂と化して崩れていく。
これが人体を弄られ、造られたモノの末路だ……何度か目にした光景だ。
「無念……ここまでか…………少年、後を頼む」
ジュリアードは瞳からボロボロと涙を零し、目を閉じ、天を仰いだ。
『ハアッハハハハハハハハハハハハハ!!!!』
耳を劈くような、ジュリアンの笑い声が響いた。
『無茶の代償だ。元から試作型の稼働時間は限られていたしなぁ!!』
と、ジュリアンは視線を僕に移し、刺突剣の切っ先を向けた。
『さあ、もう助けは居ない。二人で殺りあおうか』
ジュリアンの身体から、凶暴な魔力光が輝いた。
そして、赤く光る目から放たれた、殺意を纏った眼光が僕を突き刺した。
全身の毛が粟立ち、喉がゴクリと鳴った。
これが純粋に僕だけに向けられた殺意の重圧か。
嫌な汗が全身から吹き出している。
受け止めた殺意は、僕の心を削っていく。
その時、
『カッ』
雲の切れ目から、僕達に陽光が差した。
曇天だった空が、いつの間にか青に染まっていく。
そして青空のキャンバスには、大きな虹が描かれていた。
「美しい……」
不意に、僕から零れ落ちた。
戦いの最中だと言うのに。
なのに……。
気付けば、身体からは無駄な強張りが抜けて、僕は自然体となって、敵を等身大に見据える事が出来た。
放たれた殺意の矢は、僕の身体をすり抜けていく。
何故だろう、さっきよりも魔力を鋭敏に感じる事が出来る。
己の中に存在する魔力も、まるで源泉のように勢い良く湧き出してくる。
この変化は一体……。
『美しい……だと? 戯言を! 私の美貌に見惚れたか!!』
ジュリアンは自惚れた勘違いを吐き出した。
「そうか、ほんの一瞬だったのか」
考えを廻らせていた筈が、時間は殆ど経っていないらしい。
『いいだろう。そんなに私の事が好きならば……この手で殺してやるっ!!』
自惚れをそのままに、ジュリアンは湿った黄土を巻き上げながら、眼前に切っ先が迫った。
『ドンッ!』
心臓を目掛けた、ジュリアンの刺突剣が、
『グニュッ』
僕の身体に触れる寸前で、切っ先からまるで飴細工のように潰れた。
「おい、勘違いするなよ。虹が綺麗だって言ったんだ」
「なっ……」
ジュリアンは目を白黒させている。
僕は体内で練った魔力を、全身に纏っていた。
魔軸戦艦が同じ様にしていたのを真似てみたら、出来たのだ。
『バカな! 魔力で防御膜を……一体どれ程の魔力を生み出せばこんな――』
ジュリアンが言い終わる前に、
『ドゴッ』
魔力を纏わせたままの拳で、横合いから殴りつける。
『ターン、タン、ダン、ゴッ、ガシャン』
ジュリアンの身体は五回ほど跳ねて、魔軸戦艦の破片に埋もれた。
「醜いよ」
僕はジュリアンを見据えて、言い放った。
『ど、どういうことだぁ!! この力、計算と全く違うぞぉ!!!!』
ジュリアンは瓦礫から這い出ながら、焦りの表情を浮かべていた。
「お前が醜いと言ったんだよ!」
僕の身体から、激流のように魔力が吹き上がった。
『ま、待て! そうだ、私なら、そこのジュリアードを助けてやれるぞ!』
「五月蝿い」
僕は聞く耳を持たなかった。
昔の僕なら心を揺さぶられていただろう。
「そうだ、アレをやってみるか」
僕の魔力で魔軸戦艦と同じ事が出来た。それなら、先刻見たアレも再現出来るはずだ。
試しに魔力を拳の先端に集中すると、
『パチ……バチッバチバチ……バチバチバチッ』
前に見た【魔力雷】と同じ原理で、拳に電撃が走った。
「よし! 思った通りだ!!」
『ま、魔力で電気を!?』
ジュリアンの顔が激しく歪んだ。
『複製との接続を切れ! 早くっ!!』
僕は全身に感じるこの魔力が生み出す電流……それを解き放つ形を思い描く。
電撃、稲妻、烈風、渦巻く雷……技のイメージは固まった。
「<稲妻渦巻>」
僕は思い描いた通りに拳を引き絞って、前に突き出すと、稲妻を纏った渦巻く風がジュリアン目掛けて放たれた。
『ゴォォォォォォォォォォォォ』
黄土は砂となって散っていく。
『バチッ……パチパチパチッ……』
それは静電気のような余韻を残して、彼方に消え去った。
「ハァハァハァ……思ったより、魔力を使うんだな、これ」
途轍もない距離を全力疾走したような疲労感が、僕を襲った。
呼吸が乱れ、身体の到る所から汗が噴出してくる。
呼吸を落ち着けて、前を見据えると、もう敵の姿は無かった。
ジュリアンの居た筈の場所には、砂を被った刺突剣と軽鎧だけが残っている。
「倒したのか、逃げられたのか……」
と、そこで僕はハッとして辺りを見回した。
「おい、ジュリアード!!」
……返事は返って来ない。奴の魔力も感じられない。
既にジュリアードの姿は、跡形も無く消え去っていた。
別れの暇も無いうちに、砂となってしまったのか。
ジュリアードの居た筈の場所には、砂を被った大剣と重鎧だけが残っていた。
『ザクッ』
僕はその大剣を墓標として、大地に突き刺した。
志半ばで散ったジュリアードの遺志は、僕が引き継いで完遂させる。
そう心の中で誓い、黙祷した。
『ドゴォォォォォォォォン』
突然の轟音に振り向くと、魔軸戦艦が煙を上げながら荒野の端に墜落している。
「終わったのか……」
思わず安堵の声が零れ出た。
【魔軸戦艦】対【少数精鋭】
異世界の力で宣戦布告をした【教王国】との初戦……この戦いに勝ったのは僕達だった。
色んな事があったこの戦いだが、これはまだ序章に過ぎない。
そして、僕の中に訪れた不思議な変化。
あれは師父の言っていた、この世界の人間が持つ本来の力……その一端なのだろうか。
僕は、自分の掌を見詰めながら考えていた。
『パカラッ、パカラッ、パカラッ……』
遠くから馬蹄の音が近付いてくる。
『ヒヒーン!』
「マシュー! 大丈夫なのか?」
馬上で手綱を握っていたのは、心配そうな顔の父さんだった。
「作戦完了だと、師父から魔道具通信が入ってな。お前も大活躍だったそうじゃないか!」
父さんは嬉々として僕に語りかけた。
「それにマシュー、タイミングの良い事に、母さんからも連絡があったんだ! 他の者と一緒に無事だそうだ!」
父さんの喜び様は、僕の活躍だけのものじゃなかった。
「母さんと連絡が取れたんだね。良かった」
「おい、マシューどうしたんだ? 早く合流せねば。行くぞ」
「ううん、何でもない。分かったよ」
僕は味気無いその墓標に、ジュリアードの面影を探していた。




