第二話「謎の男との邂逅」
「……ここは?」
目を覚ますと、皆目見当も付かない場所に寝ていた。
「なんだこれ……」
高い建物だと思われる何かが、沢山立ち並んでいる。けれど、どれも崩壊しそうなほどボロボロな状態だ。
その見知らぬ何かの威容に圧倒されてしまい、僕は思考も身体も停止してしまっている。
なのに、不思議と恐怖心は、少しも湧いて来なかった。
『ドゴオオオォォォンン!!!!』
「うわっ!!」
突然、爆音が鳴り響き、遅れて衝撃がここまで伝わってきた。僕は驚き、耳をふさいでうずくまる。
「何だあれは……空に」
衝撃が過ぎ去って立ち上がると、空に大きな船が浮いていた。
あれが衝撃の発生源なのか。あんなに遠くから、魔法みたいに。
……奇妙だ。僕は何故、あれが船だと分かった?
船が空を飛ぶなんて、どう考えたってありえない事なのに。
「あれは魔法の力で空飛ぶ船【魔軸戦艦】さ。俺の故郷を真っ平らにでもするつもりなんだろう」
突然すぐ後ろから声がした。人の気配なんか、全くしなかったのに。
「よう、マシュー。調子はどうだ?」
振り返ると、見たことも無いような格好をした男の人が、腕組みをして立っていた。
そして周りの風景が、全く別の場所に変わっている事に気付く。
どこまでも続く、音も無い真っ白な空間。さっきまでの爆音や衝撃が嘘の様だ。
ここは静かな無の世界だった。
「あの、これは一体?」
とりあえず、目の前の男の人に尋ねるしかなかった。
僕の記憶では【成人の儀】に臨んで、【天鏡】からの衝撃で吹っ飛んで……。
そこまでしか覚えていない。……そうだ、レベッカはどうしたんだろうか?
「レベッカか。ここには居ないよ。ここは、俺とお前だけの場所なんだ」
「俺とお前だけの場所って……それはどういう事――」
あれ? 今なんで会話が成り立ったんだ? 僕はレベッカの事なんて、話していないのに。頭で考えただけなのに。
この人は……僕の心を読んだ?
「いや、心を読んだわけじゃない。お前は俺だからわかるだけだ」
やっぱり、心の声で会話が出来ている。
「あなたは誰なんですか? 僕が、あなただって? まったく意味が――」
『ズキン!』
突然、頭が割れるような、激しい痛みが僕を襲った。
「痛っっっ!!」
その痛みはドンドン増していく。
「やれやれ。対話の時間は、ここまでのようだな」
と、その人は両手で僕の頬を掴んで、自分の顔の前に引き寄せて、
「お前は絶望するだろう。その時、俺の力を欲する。必ずな」
と、ニヤつきながら言った。
絶望だって? ダメだ、頭が痛すぎる。もう意識が――
「ふふっ、またその時に、ここで会おう」
この時の、僕の記憶はここで終わりだ。
▼ ▼ ▼
「レベッカちゃん、ちょっと水を汲んでくるから、マシューをお願い」
聞き馴染みのある優しい声で、目を覚ます。
いつの間にか寝てしまったのか? ここは……どこだったっけ?
記憶が混濁しているような。目を閉じたまま、思考を整理する。何か変な夢を見ていたような気がした……妙に現実感のある夢だった。内容は思い出せないけど。
「あ、痛ててて……」
突然襲った酷い頭痛に、思わず声を上げてしまった。
「あっ! マシュー! 目が覚めたのね!! 大丈夫? こっち見て!」
僕の声を聞いて、心配そうに語りかける声……レベッカだ。
そう確か、僕は儀式で【天鏡】に吹っ飛ばされて……気を失ってたのか。
「へへっ、そんなに心配して、僕の事が好きなの?」
「もう、何言ってるの! バカなの? しぬの?」
レベッカは照れ隠しなのか、顔を真っ赤にして怒ってきた。
「本当に、心配したんだから……」
レベッカは涙目だ。本当に心配してくれてたんだ。
僕は本当に申し訳なくなって、
「ごめん、ふざけ過ぎちゃった。でもやめろよ、しぬの? とか縁起悪いんだからさぁ」
僕は一息置いて、
「おはよう。頭痛で酷い目覚めだけどさ」
「ふふっ、このねぼすけ!」
レベッカから、ようやく笑顔がこぼれた。
「ちょっと、ねぼすけは無いだろ~!」
「何言ってるの? 儀式の後、この王城で3日間も眠りっぱなしだったのよ」
「えっ! そんなに!? 儀式で吹っ飛ばされた事は、一応覚えてるんだけど」
どうにか身体を起こそうとしたけど、
「もう、無理しないでね、あんなことがあったんだから……」
レベッカの言うとおりで、まだ少しふらついてしまう。何よりもズキズキと頭が痛い。
とりあえずは安静にしておいたほうがいい事は明らかだった。
「喉渇いてるでしょ? お水飲む?」
レベッカはいつに無く優しかった。
そういえばレベッカの涙目を見たのなんていつ以来か? しおらしくって、いつもこうだと嬉しいんだけど。
『ガシャン』
金盥の落ちる音がした。
「マシュー!!」
さっきの聞き慣れた優しい声の主。それは母さんだった。
「母さん、村から、来てくれたんだね」
そう言う間に、母さんは駆け寄ると、僕を強く抱きしめた。
「おばさまはマシューが倒れたって聞いて、すぐに駆けつけてくれたのよ」
「良かった! 本当に良かったわ! もう、目覚めないのかと」
母さんは涙を浮かべながら、
「ああ、マシュー! マシュー! 母さん心配で生きた心地がしなかったんだから!」
「うぎぎ……母さん」
胸を押し付けないで……息が……出来ない。
「おばさま! その、マシューが苦しそうです」
「あら! そうね。ごめんなさい、マシュー!」
母さんの愛情たっぷりの抱擁から解放された。母さんの抱擁は、想像以上に力強かった。
「やだわぁ、私ったら……つい嬉しくって」
母さんは、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしていた。
「もう! そんな事より母さん、びしょ濡れじゃないか」
「あ! いけない、取り乱して水をこぼしちゃったわ」
「おばさま、そこは私が拭きますから、濡れたスカートを着替えちゃってください」
さすが宿屋の娘だけあって、レベッカは気が良く利く。手早く後始末をしようとしていたが、
「レベッカちゃん、心配ご無用よ~」
「<乾燥熱風>」
と、母さんが【生活魔法】を発動させた。
心地よい熱風が過ぎ去って、あっという間に床も服も乾いてしまう。
この効果は【生活魔法強化】というスキルのお陰。それは母さんが唯一授かったスキル。
それは誰もが使う【生活魔法】を強化し、生活をより豊かにしてくれる。
今みたいに強化された熱風で洗濯物や洗い物もすぐに終わるし、色々と使い勝手が良いものだ。
「母さんのスキルは、いつ見ても便利だね」
「うふふ、主婦には最高のスキルなのよ」
母さんは嬉しそうに笑った。
母さんみたいな、生活を支えるスキルも重要だけど、
「スキルといえば……レベッカのスキル、凄かったじゃないか」
レベッカは高階位スキルを複数授かっていた。僕はそれを思い出した。
「うん……そうなんだけど」
レベッカは煮え切らない反応だ。
「そんなこと……今はどうでもいいじゃない!」
「え? どうでも良くはないだろ」
「それより、マシューは身体を治す事を考えて、寝てなさい!」
「え~! もう3日も寝ちゃってたんだから、大丈夫だよ」
「こら! レベッカちゃんを困らせちゃダメよ! じゃあ母さん、スープでも作ってくるわね」
「そうですね。マシュー……詳しい事は、食事の後で話しましょう」
母さんが部屋を出ようとした時だった。
『バタバタバタ……』
大勢が慌しく駆けてくる足音が聞こえ、勢い良く扉が開かれた。
部屋にノックも無く入ってきたのは、儀式にいた数名の文官だ。
「失礼、レベッカ殿も、こちらにいらっしゃいましたか、ちょうど良い」
何だか只事ではない雰囲気だ。
「マシュー殿が目覚められたということで、改めてスキルの確認をしたく」
目覚めたばかりで、とても慌しいなと思っていると、
「こんなに早く来るなんて、まさか監視していたんですか!」
その一言に僕は目を丸くする。
「レベッカ殿、あれを見て監視をつけないなど、ありえないのでは?」
「そうだとしても――」
「――文官様、マシューは今しがた目が覚めたばかり……まだ頭が痛く、ふらつくと申しております」
母さんが心配そうに、僕の現状を説明してくれた。
僕に監視が必要だって? 一体何が……。
「王は早急な確認を望んでおいでです。マシュー殿にはこれを!」
そういって万能回復薬を差し出した。
「え~! こんな高級なものを!」
文官の勢いに圧され、小瓶に入った黄金色に輝く液体を、素早く飲み干した。
「マズッ!」
味は酷いものだったが、一瞬にして、煩わしい頭痛が明らかに軽減された。
「うわっ、凄い効きますね、これ」
「それは良かった。ではお二人ともこちらへ。母上様、どうかご容赦を!」
半ば強引に、僕らは文官達に連れられていく事となった。
頭痛が軽くなったのは良かったが、文官達の慌しさが、僕を一層不安にさせる。儀式の時みたいに、痛い思いをするのは、もう嫌だ。
「母上様は、お部屋にてお待ちいただきますように」
扉を出て行く僕達に、付いてこようとした母を、文官の一人が制した。
「マシュー、レベッカちゃん、スープ作って、待ってるから」
「うん! ありがとう、母さん!」
僕達は広い王城の中を少し移動して、さっきまで居た区画と反対側あたりの、別の部屋まで連れて来られた。
文官が開けようとするドアの前で、レベッカが小声で言う。
「マシュー、大きな力には、大きな責任が伴う。私、そう言ったよね?」
「うん、ホントは覚えてたよ」
「そっか。私も大きな力を授かったけど、あなたも――」
「準備は整っているようです。この部屋へどうぞ」
文官がレベッカの声を遮り、そしてドアが開かれた。
そこに居たのは、白いローブを着た背の低い女性だった。
女性は艶々とした、長い黒髪をかき上げながら、
「どうも、お二人さん。急かしてごめんねぇ」
と、少し気だるげに言った。




