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第八話 そして舞台は整った!

S県F市市民体育館。都心から電車で30分さらに駅から車で十数分。そのロケーションは決戦の舞台としては少々物足りない。収容人数も約3500人。詰めれば何とか4000近くは入るかといったレベルだ。しかしこの対決、注目度という点では既に大イベントに匹敵するまでになっていた。マスコミを上手く利用した猪狩たちのPR活動は期待を大きく上回る結果をもたらしたのである。

5月2日。F市市民体育館の周りは異様な熱気に包まれていた。何しろ普段は学校の音楽祭かスポーツ大会しか行われないようなローカル・スポットなのだ。ここにテレビの中継車やマスコミ各社が集結している時点で地元は大騒ぎである。立ち並ぶ屋台、体育館の入り口から連なる人の列、チケットを求める者、それを高値で売ろうとする者。とにかく急に人口密度があがったF市体育館近辺にはちょっと異様なムードが漂い始めていた。

 試合開始3時間前。会場入りした新日本グレート・プロレスの面々が言葉を失う。

「す、す、凄いっすね!」と、パンダマンが感心する。

他の面々も普段とは違う会場の設備に驚きを隠せない。

戸惑う選手達に向かって猪狩が自慢する。

「どうだ? これが一流のステージだ!」

「シャチョさん、あのデッカイ箱は何? アチコチにイパイあるヨ」

そう言ってアシムが指差したのは巨大なスピーカーだ。

「照明も半端じゃないですね」と、南大門が唸る。

臨時的に増設されたライトが数十箇所、それらがリングに向けられている。さらに良く見るとテレビカメラがあちこちに設置されている。

猪狩を除く面々にとってこんな設備の中で試合をするのは初めての体験だ。

ケンちゃんがにっこり笑う。

「今回は運営の為に外部の人間を雇ったから君らは試合に専念してくれ。音響も照明もみんなスタッフたちがやってくれるから」

何もかもがいつもとは違う。皆、改めて今回のイベントの重要性をかみ締める。

そこへ場違いなテンションの声が乱入する。

「いやはや。立派でんな〜」

緊張していた面々が振り返ると、いつぞやの金貸しが仲間を引き連れてゾロゾロと会場に入って来たのだ。

「いや〜さすが猪狩はんや。こりゃ成功間違いなしですわ!」  

親分のフナ顔を見た途端、闘子は不安になった。

「ひょっとして……また追加でお金借りたんじゃ?」

闘子に肘を引っ張られた猪狩が当然だろうといった風に頷く。

「うん。いっぱい借りた」

それを聞いて闘子が天を仰ぐ。

(ばっかじゃないの……)

すかさずフナ親分の仲間が次々と名刺を差し出してくる。

「よっちゃん・ローンです」

「ペンギン・ファイナンスです」

「にゃんにゃん・クレジットです」

そんな具合で、あっという間に闘子の手が名刺で一杯になる。

(このバカ親父……いったい幾ら借りたんだろ? 怖くて聞けない……)

猪狩と闘子をぐるりと取り巻く金貸しの代表としてフナ親分が一言。

「なんとしても成功してもらわな困りますわなぁ」

そして金貸し連中が一様にいやらしい笑みを浮かべる。これはこれでかなりのプレッシャーだ。

ただし、猪狩だけは不敵な笑みを浮かべる。

「心配無用。必ず成功するさ」

猪狩と金貸し連中がお互いに気持ちの悪い笑みの応酬をしているところにアルバイトの警備員が駆け込んできた。

「た、大変です! 責任者に会わせろという団体が裏口に集結しています!」

猪狩が顔をしかめる。

「団体?」

「はい。保健所とか動物愛護団体とか……」

警備員の言葉を聞いて皆が不安そうな顔を浮かべる中、猪狩はやれやれと言った風に首を振る。

「保険証だか動物介護だか知らんが、まあ行ってみるか」

猪狩を先頭に闘子たちもしぶしぶ裏口に向かう。


  *  *  *


関係者出入口の所で騒いでいたのはF市の保健所の連中だった。

猪狩がこのイベントの代表だと告げると保健所の所長と名乗るいかにも神経質そうなおじさんが『安全第一』の黄色いヘルメットを被って半ばビビリながらまくし立てる。

「ワタクシはF市の保健所の責任者でしてね。ええ。なんでも猛獣を一般市民の前に出すと聞きましてね。ええ。」

それに対して猪狩が呆れる。

「何だお前ら? その格好は?」

保健所の人達はなぜか全員ヘルメット着用。ただし白やら黄色やらバイクのメットやらで統一感は無い。さらにみんな防弾チョッキのようなものを着込んでいる。こちらは良く見ると溺れない為に着用する救命着、しかもご丁寧にF市市営プールと書かれている。

「当保健所としましては身体を張って市民を動物被害から守るという使命がありますもんで、ええ」

保健所の職員達はこれでも重装備をしているつもりらしい。もっとも野良犬を捕獲する網など持っていても役に立たないような気がするが……。

「とにかく許可が無いと許しませんよ! ええ!」

保健所の所長の言葉に猪狩が反応する。

「そうか。許可があればいいんだな。フフン」

そう言って猪狩はケンちゃんに「あれを」と指示した。そしてケンちゃんが胸ポケットから紙を出して猪狩に手渡す。

「こういうこともあるかと思ってな。先に許可をもらっておいた!」

猪狩がよれよれの紙を広げて所長の顔に押し付ける。

その紙には汚い字でこう書かれてある。

〔私は熊五郎を応援します。 厚生労働大臣 舟本浩〕

しかも名前の横には年賀状に押すような芋版がくっきりと。 

「どうだ!」と、猪狩が胸を張る。

紙を見せ付けられて所長が絶句する。

「こ、これは……」

そこはやはり公務員。上からの命令には滅法弱い。とはいえ、猪狩の持つ許可証の印は勿論正式なものではない。この印は、猪狩が大臣のところに押しかけて押させたもので、実際は大臣が趣味で書いている日本画に押す為の芋で作ったハンコなのである。

が、オバカな所長にとっては十分、効果があったらしい。

「く……ならば仕方ありません。しかし、少しでも熊が暴れたりしたら我々も黙ってはいません。しっかり試合を監視させて頂きますよ。ええ!」

そう言い残して保健所の連中はいったん引き下がった。 

しかし、ほっとしたのも束の間。今度は入れ替わりに動物愛護団体を名乗る集団が猪狩たちの前にしゃしゃり出てきたのだ。

「ワタシは動物愛護団体『アニマル・ラブ』の責任者ざます!」

責任者と名乗るおばさんはこれまた神経質、というより神経痛を絵に描いたような人物だった。あまり近くに寄って欲しくない種類の人間である。

「動物介護団体が何の用だ?」

猪狩が真顔でそう尋ねるので、おばさんは金切り声をあげた。

「キィッー! 動物を介護するんじゃございませんことよ! 愛護です!」

さすがの猪狩もこの手のタイプは苦手なようで渋い顔をする。

するとおばさんは一気に持論をまくし立てた。

「だいたいですね。かわいらしい熊ちゃんにプロレスだなんて野蛮な行為を……」

おばさんの演説は5分ぐらい続いた。その間に「動物虐待」という単語が20回ぐらい出てきたが話の内容はまったく無かった。

おばさんの話が途切れたところで闘子が口を挟む。

「ていうか何が動物虐待? 意味わかんないし!」

「んまぁ! 何ざんしょ。この生意気な小娘!」

「はあ?」と、闘子がおばさんに掴みかかろうとするのを選手たちが必死で止める。

それを無視しておばさんは横柄に尋ねる。

「そもそも。肝心の熊ちゃんはどこにいるざますか?」

そこで、おむすび山が答える。

「会場のスピーカーにお尻こすりつけてマーキングしてる」

それを聞いておばさんが目をむいた。

「んまぁ! マーキングだなんて! 何てハレンチな!」

(ハレンチの意味がわかんないし……)

と、ズッコケながらも闘子が辛うじて反論する。

「とにかく試合を見りゃわかるから! 熊五郎は負けませんっ!」

「んまぁ! そこまで言うなら拝見するざます。ただし、もしワタクシ共が納得できなければ許しませんことよ」

何とかおばさん連中を押し返したものの、どうしてこうも邪魔が入るのか闘子たちには分からなかった。

(無事に試合できるかも分かんないのに。頭痛いなぁ…… もう)


  *  *  *


控え室のマックス徳山は準備運動に余念が無い。なにしろタレント活動の方が忙しくて格闘技の試合は久々なのだ。

そんなマックスを見守りながら童顔マネジャがブツブツ言っている。

「まったく役に立たない連中でしゅねぇ。結局、試合をするハメになってちまいまちたよ」

試合を潰すという童顔マネジャの策略は失敗した。保健所も動物愛護団体も試合を止めるまでには到らなかったのだ。

「しかしポクは超優秀なマネジャでしゅから準備は万端なんでしゅ!」

その言葉通り、童顔マネジャはボディガードを8人も雇っていた。それもみんな筋肉モリモリの外国人だ。

「さすがに名前が覚えられましぇんね……あ、しょうだ!」

童顔マネジャは男達を上半身裸にすると各人の背中に油性マジックで大きく数字を書き込んでいった。

これでボディガード1号から8号までの出来上がりだ。

「これでよち。それではお願いしましゅよ」

「イエッサー!」

「あんしゃん達には高い時給を払っているんでしゅからね。相場の4.23倍でしゅよ!」

「イエッサー!」

「いいでしゅか。ポクが行けと言ったらマックスしゃんを命がけで守るんでしゅよ!」

「イエッサー!」

「熊なんて軽く捻り潰しちゃってくだちゃい!」

「イエッ……サァ」

「なんでしょこで声が小さくなるんでしゅか!」

素手で熊を捻り潰せと言われても流石にそれは無理というものだ。

「かぁ〜情けないでしゅ。心配なんでフォーメーションの確認をしましゅ」

童顔マネジャは男達を一列に並ばせると練習の成果を試すことにした。

「しょれでは、まずフォーメーション「S」!」

童顔マネジャの号令で8人の男達が3−3−2に分かれてファイティング・ポーズをとる。

「もっとしゅばやく! フォーメーション「M」!」

男達がざっと足を踏み鳴らして並び方を変える。

「続いて「A」でしゅ! はい「P」でしゅ!」

童顔マネジャは調子に乗って陣形の確認を繰り返す。早く! もっと早く! とリズムを刻むうちになんだかエアロビ教室のようなノリになってきた。そのうちだんだん自分も興奮してきたようで童顔マネジャは意味不明な言葉を絶叫する。

「ハイッ! フォーメーション S! M! A! P! シュマッピュ!」

マックス陣営は一応、準備万端なようだ……。



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