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第四話 やるっきゃないの?

 熊五郎は人懐っこいクマだ。頭をなでても怒らないし膝に乗っても平気。名前を呼べば「ガ!」と返事をするし、同意を求めると「ガ〜」と頷いてくれる。

 その中でもトイレが自分で出来るということ。これはやっぱりタダモノではない。道場のトイレはさほど広くないので止む無く壁を1枚取り除いた。が、動物の世話で一番大変なのがフンの始末だということを考えれば熊五郎ほど手のかからない奴はない。さすがに外をプラプラ散歩させるわけにはいかないが、人と同じように食べて、皆と同じように寝る。

 そういう訳で熊五郎が来てから三週間、いまではみんな熊五郎とごく普通に生活をしている。

 自分は動物嫌いだと公言するパンダマンでさえ、

「おれ、犬や猫はダメだけど、熊なら大丈夫かも!」

などと自分が動物呼ばわりされていることを棚に上げてのたまう始末。

 そんなある日、ピンチは急にやってきた。

 道場での練習が終わりかけた頃、入り口のところで「おこんばんは」という気持ちの悪い声がした。

 オカマのセールスかと思って闘子が声の主を確認する。

「どちらさまでしょうか?」

「まいど、おおきに。わては『マサオ・ファイナンス』の人間どす。ちょいと社長さんに用があるんですわ」

関西弁にしては大阪と京都が混ざったようなイカサマ臭い方言だ。

「社長って……留守ですけど」

「おやおや。さいでっか。それは困ったどすなぁ」

そう言って小首を傾げるその男、見るからにまともな職業の人間ではない。ファイナンスということは多分、金貸しなのだろうが、なんせ着ている服がいただけない。スーツは銀色のダブル、シャツは青、ネクタイは外国の毒蛇みたいな柄……。それに何だか顔が魚っぽい。

(ていうかフナ?)

 闘子が怪訝そうな顔をしていると、フナの親分がブランドもののポーチから名刺をぬっと取り出した。本人はスマートに名刺を抜き取ったつもりなのかもしれないが顔が魚っぽいので少し気持ちが悪い。

 それをしぶしぶ受け取った闘子が名刺を読み上げる。

「借りたい貴方に、貸したいアタシ、いつもニコニコ『マサオ・ファイナンス』……」

「つまりそういうことでんねん。はよう社長さんに返してもらわんと」

「はぁ。で、父は幾ら借りてるんですか?」

「あんた社長さんの娘さん? まいどおおきに」

「まいどって! アタシは別に……」

そんなの関係ないと闘子が言うより先にフナの親分が営業スマイルをみせる。というよりそのまずいツラでは営業妨害スマイルである。

「猪狩トウコさん! あんたしっかり保証人になっとりまっせ!」

「保証人?」

意味が分からず闘子がきょとんとしていると一緒に話を聞いていたロマノフが闘子に耳打ちした。

「保証人トハ、借リテル人ガ借金ヲ返セナクナッタ時ニ責任、取ル人ノ事デス」

「マジで? そんなの初耳なんですけどっ!」

 それを見てフナ親分がポーチから契約書をペロンと取り出した。

 その瞬間、闘子は思い出した。3ヶ月ぐらい前に猪狩に何かの書類にサインとハンコを求められた。確かあの時、猪狩はボランティアの申し込みだとか言っていた。

(あのバカ親父〜!)

フツフツと怒りが湧いてきた。が、金額欄を見た瞬間、闘子の頭のネジが一斉に抜け落ちた。

「え? ゼロがひいふうみ……ゼロが7個って? 何ですかぁ?」

「せや。全部で八千万。で、今日は半分ぐらい返してくれるんでっか?」

「無理っ! ケタが4つぐらい違うし!」

「そうはいかへんで。そんじゃ、中で待たしてもらうさかい」

 フナ親分はそう宣言するとぺたぺたと道場内に足を踏み入れた。

 いやらしい目つきでジロジロと室内を見回す親分。きっとあれは金目の物がないか物色しているのだろう。

「いや、しかし困るでホンマ……」と、よそ見しながら歩いていた親分がボスッと熊五郎の腹にぶつかった。

「なんや? 行き止まりかいな?」

「ガッ」

「ガってなんやねん。ガって……」

ひょいと上を見上げた親分の目が点になる。

「ガ?」と、熊五郎が(誰だこいつ?)といった顔をする。

「ク、ク、クワッ、クワッ……」

フナ親分がアヒルみたいな鳴き声でパニックに陥る。

さらにそこで熊五郎がフナ親分の頭に噛り付いたからたまらない。

フナ親分の絶叫が道場に響き渡る。

 慌てて闘子が止めに入る。

「く、熊五郎! それシャケじゃないから! フナだから!」

 5人がかりで何とか熊五郎を親分から引き離して事なきを得たもののフナ親分の怒りは収まらない。

「な、何ですのん? 金返せへんからって何の真似や?」

さすがに悪いと思って闘子が一応、謝る。

「驚かせちゃってごめんなさい。まぁこれには訳が……」

「訳やて? そんなもん知るかいな! さっさと金出しぃな! 金や金。金持って来んかいっ!」

 金、金とわめき散らすフナ親分を見て闘子はうんざりした。それを察して熊五郎を抑えていたハマド兄弟とロマノフが一斉にぱっと手を放す。

 それを見て親分が「あひぃっ!」と、後ずさりする。そしてビビリながらも憎まれ口を叩く。

「あんたらそれ犯罪やで! 八千万は返さん。おまけに脅迫や。訴えられてもええんかいな!」

 するとどこからともなく「金なら返す!」というドスの効いた声がした。

 皆の視線が声のした方に集中する。

「シャチョさん!」「社長!」「バカ親父!」

いつのまに戻ってきたのだろう。猪狩は自信満々に言う。

「八千万だか八千円だか知らんがそのぐらいまとめて返してやるさ!」

「な、なんやて? あてはあるんかいな?」

「勿論だ。そこに金の卵が居るだろ?」

 そう言う猪狩の視線の先には……熊五郎!

 信じられないといった表情でフナ親分が猪狩と熊五郎を見比べる。

「は? あんさん頭大丈夫でっか? この熊が金の卵?」

 フナ親分の馬鹿にしたようなその言い方に熊五郎が「ガッ!」と、反応した。

 そこですかさず小次郎がいつもの調子で翻訳する。

「見くびるな! 人は見かけによらない、と熊五郎は言っているだ」

(絶対言ってねぇ〜!)と、そこで話がぶった切れる。

 なんだか妙な流れになってきた。

 猪狩は多額の借金を一発で返すと言い切る。それも熊五郎を使って……。

 闘子はだんだん不安になってきた。

(まさかとは思うけど……やっぱ熊五郎を?)

 フナ親分が疑いの目を猪狩に向ける。

「ホンマでっかぁ。そら金さえ返してもろたら文句はありまへんけどな」

 猪狩はフンと鼻を鳴らしニヤリと笑った。そして、闘子の不安は的中した。

「こいつを来月デビューさせる! 大イベントだ。凄いことになるぞ」

 それを聞いて闘子は天を仰いだ。

(やっぱり諦めてなかったんだ……)

 猪狩の無謀な計画にシーンと静まり返る場内。何のリアクションもない。

「猪狩はん。悪い事は言わん。ものごとは計画的にせなあかんで」

 高利貸しの親分がご利用は計画的にというのも説得力は無いが一理はある。だいたい、無名の熊がデビューしたぐらいでさほど話題になるとは思えない。

「猪狩はん。この熊にサーカスでもやらせはるつもりでっか? それじゃお客はんなんぞつきまへんで!」

 フナ親分の最もな疑問に闘子以下、他のレスラー達もうんうんと頷く。

 すると猪狩は皆の顔を見回して、一呼吸置いてからこう言った。

「熊五郎の対戦相手が……マックス徳山でもか?」

「ええっ?」と、いう驚きの声が湧き上がった。

「まじっすか?」「それは凄い!」「そりゃ大イベントだ」

 さっきまで胡散臭そうに猪狩を見守っていた面々の顔つきが一気に変わった。

―― マックス徳山

 その懐かしい名前に闘子は頬を赤らめた。

(ゴン兄ちゃん……)

 急に楽観的なムード漂う中、ひとり流れに乗り遅れたアツシが尋ねる。

「マックス徳山って、あのテレビで有名な?」

「そうダヨ〜 CMとかイパイ出てる人ヨ」と、ハマドは笑顔で答える。

 しかしアツシには納得がいかない。そんな有名人とこの弱小プロレスの関係が分からない。

「けど、そんな売れっ子の人が、ウチのイベントなんかに出てくれるんすかね?」

 そんなアツシの素朴な疑問にアシムが答える。

「マックスはシャチョさんの弟子なんだヨ〜 5年ぐらい前まではボク等と一緒にここで働いてたあるヨ〜」

「まじっすか!」

 それでアツシも納得した。マックス徳山がこの団体の出身だというならあり得ない話ではない。が、気になるのが闘子の反応だ。マックスの名前を聞いた時、闘子が嬉しそうな顔をしたようにアツシには見えた。その表情は恋する乙女のそれだ。と、アツシは勝手に解釈した。そして激しく嫉妬した。

「闘子の奴まさか……」

 

 いよいよ熊五郎の格闘家デビューが近付いてきた。それも相手は時の人マックス徳山!

風雲急を告げるとはまさにこのことか……。


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