第98部 私の巫女の力が無くなる日……その三
1970年12月29日
*)そう……さっきはどちらだったのかな?
鱗のある物体を見せられて、驚きで悲鳴を上げて失神……す!
「お義父さん、可愛い孫になんという事をしてくれるのですか!」
怒ったお母さんの声だ。
「こら親父。また入院させる気か!」
今度は怒ったお父さんの声が聞えた。なんだ、私は失神してないのか。いや可笑しいよ、私の姿が見えているよ、どうして!
「おいおいおい……亜衣音!」
「カムイコロさん、直ぐにお布団を二階から下ろしてきます。」
「俺も手伝う。」
慌てふためく二人が見えていた。
「亜衣音……こら、亜衣音!」
「私、死んじゃったのかな、魂が抜けたのかな。」
カムイコロさんは私の名前を呼んで、ほっぺをペチペチと叩いている。お父さんはオロオロとしていて、この事件の元凶はというと、腰を抜かさんばかりに驚いていて、お婆ちゃんから介抱されているありさまだ。いや、罵られているようだな。
「落ち着け……私! 霊抜けはたまに聞くから、たぶん大丈夫。」
私は心に呪文を掛ける。
「そうだ、双子たちを眺めて……? おや、どうしたのだろうか、皆からは白いもやっとしたものが見えている。これが『マナ』というものか、」
初めて見る光景に驚いていたら、その白い、モヤッとしたものが段々と宙に舞い上がって人型に形作ってきた。その姿は幼児の体型ではなくて、やや大きい成人と思われる姿に出来上がる。そう……私と同じ年頃で見た事も無い女性たちの姿に見えてきた。……私は声を出して、
「貴女たちは……?」
「お姉さま……今まで巫女の力を与えてくれてありがとう。私たちはお姉さまから多大な力を奪い過ぎたようで申し訳ありません。今この時をもちまして頂きました巫女の力を少しだけ返却致したく思いまして、このような事象を引き起こしました事をお詫び致します。」
「いいわよ、とっくに自覚していた事だしね。それよりも皆が無事に大きくなってくれた事を喜んでいたのよ。」
「ですが、今のお姉さまの状態ですと、迫り来る困難には太刀打ちができません。今後もお守りをお願いする事も御座いますが、以後は自分らで立ち向かいます。つきましては、身体が動けるまでは巫女の力をお返しいたします。」
「そ、そうね。動けないのでしたら妹たちも守る事もできないわ。ありがとう。」
「いいえ、お礼を言うのは私たちでございます。あ、それからマムシは似せモノで ございますので、安心して下さい。」
「偽物?……そう、でも気持ち悪いから食べないわよ。でも何かしら?」
「はい、琉球名物のイラブー汁ですわ、お姉さま!」
「それって……どちらも同じよね?」
「……では、未来でお会い致しましょう、お姉さま!」
六体は幻影のように消えて見えなくなって、それから暫くして私も気を取り戻して目を覚ました。その時は、すっかりとお布団の中だったのだが、横にお母さんが添い寝をしていて、私の顔に指でツンツンとしていたところだった。もしかして?
「お、お母さん……。」
「そうね、貴女が赤ん坊の時はね、いつもこうやって亜衣音のほっぺを良く突いていたものよ。昨日のように思い出されたわ……。」
お母さんは横向きになっているから両目から流れている涙を見る事ができた。私は右手を差し伸べて、恐る恐る母の涙を人差し指で、目頭を押さえてみた。とてもではないが、流れ出る涙は抑える事はできない。
「お母さん……。」
「はい……なにかしら、」
「うん……、」
母の左目から流れ出た涙は右目へと流れ込む。すると右目からは大量の涙となってお布団へと落ちていった。私は……その逆だ。
「私の涙が亜衣音に移ったのかな、」
「そうね、これはお母さんの涙だよ、だって私は強いから泣かないもん!」
「いつも亜衣音を困らせているようで、ごめんなさい。」
「ううん、みんな……妹たちへの巫女の力の委譲なんだ。気にしないでいいの。でも、六人とも大きくなっていて驚いていたのよ。もう私と同じ大きさだった わ。」
「ウフフ……、可笑しな赤ちゃん。きっといい夢を見ていたのね。」
「うん、そうだよ。もう動けると思うし……私、お腹が空いて敵わないな。」
「あら、大変。餓死させるところだったわ。直ぐに用意するね。」
「うん……お願い。」
お母さんはゆっくりと起きる。それから私もゆっくりと、身体の状態を確認するように起き上がった。
「ほら、起きられたわ、もう大丈夫だからね。」
「亜衣音……良かった……。」
私の顔を見て感慨深かそうに、そう、紛れもない母の顔がそこにはあった。笑顔で笑う母の顔、何だか懐かしい思いがこみ上げてきた。
「はい、次は綾香と彩香の番だよ。」
「わ~、こんなに重くなって、」
カムイコロさんは私に二人を抱かせてくれた。バブバブと言いながら小さい腕を私の顔に、二人とも揃って手を伸ばしている。可愛い……。
「ほら、お姉さまですよ~。」
「ばぶ~!」x2
「そう……さっきはどちらだったのかな?」
「ばぶ~!」
「おや、彩香ちゃんだったのね、うん、もうとても元気になったよ。」
「ばぶ~!」
「智治お爺ちゃん、綾香ちゃんと彩香ちゃんの写真を見せて貰ってもいいかな。さっき、夢に出てきてくれたと思うの。」
「おう、いいぞ。先に夕食を済ませてな。」
「うん、」
夕食の残りは……全てが私のお腹に収まってくれた。もうデップリなお腹だな。
「おやおや、もう孫ができるのかい?」
と、冗談を言えるお父さんが其処には居た。大地は笑って私を見てるが、今晩はキツいお灸を据えて遣るんだからね、大地!
*)綾香ちゃんと彩香ちゃん
私と大地の二人は食後に杉田家へと訪問した。明子お姉さまが甘いプリンを作っていたらしくて、私にだけ出してくれた。だから大地の機嫌が悪いようだ。
「わ~可愛い……。」
そう言えば綾香ちゃんと彩香ちゃんの写真を見せて貰ったのは初めてかも。勿論居間に飾ってあった二人の写真は見た事はあるの。でも、赤ん坊からの写真は初めてだよね。
「こやって並べてみたら、どちらがどっちとは判らないのもだね。」
「あら、母の私には判りますよ。右が綾香で左が彩香ですよ、智治さん。」
「それは覚えているから言える事だよ、そうは思わないかい亜衣音ちゃん。」
「はい、私もそう考えるのが普通ですよね。でもね、私には判るんです。次は私が当ててしんぜます。」
「うそだろう……いいだろう。桜子、審判を頼んだぞ。」
「はいはい、任せて下さい。」
桜子お婆さまは三枚の写真を選んで、私と智治お爺ちゃんとは別々にして見せて判断させたのだ。二人揃ったのでは判別が左右されてしまうと考えての事だろう。
桜子お婆さまは智治お爺ちゃんへ背を向けて私に問いかける。勿論小声で囁くのだが、後ろで気を揉む男二人の感じがビシビシと伝わってきた。
「大地、スパイしたらダメだよ。」
どちらかが立ち上がる気配を感じて直ぐさま考えて大地だと判断した。やはり大地だった。
「ちげ~よ、ちょっとトイレな!」
「はい、行ってら~!」
「……。」
無言で部屋から出ていく大地だった。智治お爺ちゃんは気も漫ろだという感じの顔をしていた。
「桜子、終わったか。」
「はいはい、終わりました。今度はお爺ちゃんですね、当たるかな~当てられないのだったら親失格だよ。」
んな何十年前の写真を見て覚えているはずは無い。もちろんの事、事後判断ができるようにと、写真に写すときは左右別を決めていた。だから、
「ひ、卑怯だぞ、運動会の写真だと?……も~ちろん判るぞ……これが彩香でこれが綾香だ!」
「では次、今度は中学校だよ。」
「うぐ~……これは綾香だ。」
「ではこっち、」
「……う~……彩香!」
と、言い終わった瞬間に私と桜子お婆さまは大笑いになった。三つとも大外れ。勿論、私は全問正解だよ。
「二人して卑怯なり。わざと判別不可能な写真を選んだな。」
「だったら智治お爺ちゃんが問題を出してよ。私、席を外すからさ。うんと小聡明い写真を選んでもいいからね。」
「お、おう勿論そうさせて貰う。桜子、亜衣音に肩入れはやめろよ。」
「はいはい、だって貴方の妻ですものね。」
「うぎゃ~、お熱いことで。」
部屋に戻って直ぐに名前を言い当てた私。二人とも驚いていた。
「こっちが綾香ちゃんで、これは彩香ちゃんの……いや、これも綾香ちゃん。」
「せ、正解よ。」
「う~~~~……。」
う~としか言えないお爺ちゃん。でもね、ずるいのは私なんだ、だって二人が内緒で教えてくれたのだからね、白い二人の陰がね。ニコニコと楽しそうに笑っていたんだよ。二人には見えないのが残念としか言えないな、ね~大地。
「俺には同じにしか見えない。」
「だったら産まれた娘の顔に名前とか書いておこうか。」
「それがいい。」
「娘の顔に名前を書く親が何処にいる!」
怒ったのは桜子お婆さまだった。そう言えば、替え玉作戦でもお爺ちゃんの目は誤魔化せなかったらしいと、この後に聞いた。宙に浮いている二人の白い陰、それは巫女の魂なのだろうか。
この日以来、白い陰は見えなくなった。たぶん巫女としても力も無くなった様な気もした。
「うん、これでいいんだ。これで私の姉としての役目も終わったのかな。」
こうやってバタバタした、12月29日は過ぎていった。大地が楽しみにしていた餅搗きも我が家では昨日に終わっていたが、どうした事か杉田家では明日に餅搗きをしようかと、申し合わせが出来ていた。大地が話したからだろうか、優しい杉田家だ。今日の29日には「苦持ち」になるからと、餅搗きは敬遠される日だという。
「明日は餅搗きか。大地、いい夢が見られそうで良かったね。」
30日でもセーフだろう。杵と臼は何処に在る。
そう言えば私が居ない自宅では、お爺ちゃんは私の両親から散々とコンコンと説教を貰っていたらしい。
「あ……私のお布団が、お爺ちゃんに取られている。」
「亜衣音、今晩は私と寝ようか。孫を気絶させたからと怒っていたらお爺ちゃんはふて腐れて酒を飲んで寝て仕舞ってね、ゴメンよ。」
「うん、いいよ。お母さんと一緒か~、久しぶりだね。」
勿論、大地もふて腐れるのは、ま、愛嬌か!




