第94部 冷凍毛ガニ ×2尾と……人狼二号と
1970年11月14日
*)煩わしい一年生
「あぁ、それがな、あの欣ちゃんが亜衣音の部下になりたいとしつこくてな、弱っている。夜に来られたらこちらも困るからね。どちらかと言うと、危険だね。ウブで真っ直ぐで、どうも美歩ちゃんには抑える事が出来ないらしいんだよ。」
お父さんはそう言って大地を置いて帰ってしまう。
翌日。私の病室の札が取り外された。そう、面会謝絶の札が。これが知れ渡ればひっきりなしに訪問を受ける羽目に陥る。関東八州連合の族たちだ。最初の五人までは室内に入れたが、都度のベッドがら起きるのに疲れたと、今度は自筆で紙に書いて、ドアの前に椅子を置いて椅子に貼り付けた。
丸いパイプ椅子だったので足蹴りしながら入り口まで運んだ。肝心の大地は私を起こすこと無く学校へ登校しているし、お陰で朝食には量・手数と共に難儀した。どうして私の身体はいつまででも重たいのだろう。誰かヒールを掛けてくるれ人はいないのか!
ドアには鍵を掛けてノックされようが無視を続ける。余りにも長くノックをするので起きてみたら、昼食の時間だった。これまた二人分もあるのだが、朝に食べた量が多いので残しておいた。直ぐに喰らい手が現れる。
またしてもゴンゴンとドアを蹴る音で眼を覚ましたら、
「亜衣音、俺だ、大地だ、開けろ!」
「あ!……大地、直ぐに開ける……ゴン!…ドテ!……お待たせ。」
「なんだ今の音は。」
「うん、何でもないわ。ベッドの脚が怪我したくらいだね。……ウヒャ!」
「ベッドに足をぶつけたんだろう、運んでやるよ。」
「うん、私……重たいよ。」
「いいさ、これ位は運べる……。」
大地は私をベッドの上にぞんざいに放って、あらまぁ……お昼ご飯に直進していた。
「大地は朝抜きだよね。」
「そうだな、朝一番に登校しないと俺たちの机に何を置かれるか、判ったもんじゃない。クラスの連中は見て見ぬ振りだから、当てにも出来ない。」
「それで大地。何か在ったの?」
「言いたくはないが、俺とお前の机にはまた花が置かれていた。花の代金も安くはないだろう。」
「菊の花とか? あれだったら多く流れているから安いよ。」
「そうか、何処かの家庭の廃品かもしれん。参るぜ。」
半分残した私の昼食、私も食べたそうにして口を半開きにしていたら、何も運ばれてはこなかった。大地が全部食べてしまう。次に大地の視線はお見舞いの品……果物に注がれている。だけれども大地は何も言わない。
「大地、私リンゴを食べたい。ナイフと一緒に取ってくれないかな。」
「いいぜ、……ほらよ。」
私に渡されたリンゴを半分に切って……そのまま大地に渡した。自分の分は何とか分厚い皮むきでやや小さくなったリンゴを頬張った。
「俺は馬か!」
「いいじゃん、雷神と仲良しなんでしょう?」
「分った、今度は俺な。」
「うん、早く……あ~ん、」
……大地の手先は器用だ。ズンズンと丸いリンゴのまま、細く皮を剥いていくのだった。
「大地……凄~い、皮が床に着くよ。」
「まぁ、俺の小さい時の遊びのようなものだ。柿の木に登って喰っていた。」
「へ~、お隣の柿の木だったりして!」
「う……そうだな。たまには下から石を投げられたりしたが、無事に生きてこれたよ。」
「大地は大変だったね。それで代償は何だったのかしら。」
「ババァの肩もみだな。柿の木の根元に座り込むからさ、無碍にも出来なくて明日の分も下さいと、長めに揉んでいたよ。」
「優しいね、大地は。」
「あの家な、柿の木は五本在るのだが、どうしてか一本だけは摘果しないで取り放題だったぜ。」
「それって、……大地の餌付けだよね、お婆ちゃんの肩もみの代金かな。」
「ケッ、知るか!」
私は昔の大地の事を少しだけれども知る事が出来て、心がホッかりとした。大地、もっとお話をしてよ……。餌付けされた……大地だね?
「ところで大地、どうして昼なのに居るのよ。」
「今日は半ドンだろう? 亜衣音は半ドンの意味は知ってるか。」
「もち、お祭りのどんたく。その半日だから半ドンだよね。」
どんたくとは、オランダ語で日曜日を意味している。外来語が根付いた単語なのだが、全国で使われているかはドンじません。
「そのだんたくが間もなく来るさ。煩いお祭りのようなあの一年生がな。」
「あ。そうだよね。桜花祭以降、声も聞いてはいないな。懐かしいわ。」
事もあろうか一年E組の山口智子と岡田眞澄は、なんと北海道産 冷凍毛ガニ 500g×2尾を手土産に見舞いに来てくれた。
「ギャピ! ガャピ! ギャバ!……。」x2
言葉も出ない大地と私。呆れた一年E組の山口智子と岡田眞澄も言葉が無いのも事実。
「白川先輩への、クリスマスプレゼントです。」
「うん、ガリガリ、ありがとう。」x2
「亜衣音先輩。お身体はどうですか?」
「うん、ガリガリ、ありがとう。」x2
「大地先輩。……デートして下さい。」
「うん、ガリガリ、ありがとう。」x2
専ら私は脚を咥えてタダひたすらに囓っていて、大地はカニの胴体を甲羅ごと囓っていた。
「この二人、凄いね、飢えていたのね。」
「うん、ガリガリ、ありがとう。」x2
「眞澄ちゃん、この毛蟹の包装紙をドアに貼り付けて帰ろうか!」
「そうだね、きっと誰かが差し入れしてくれるよね。」
「うん、ガリガリ、お願いね。」x2
張り紙には、「求む! 飢えた新婚さんへ……毛蟹を!」
毛ガニ 500g×2尾はB級品なのだが、とても美味しかった。お礼を言おうと視線を上げたら……居なかった。呆れて帰った様子。
「うわ~、大地。私、二人に嫌われたかな。」
「そうだろうよ、あんなにガッツいていたらそうだろうな。」
翌日の血液検査で、これらの改善がみられたという。ドクターの顔も真っ青。コレステロール低下、高脂血症や腎不全の改善、貧血や電解質異常の改善作用の数値が下がっていたそうだ。
「亜衣音さん、といても良い知らせです。血液検査で上記の数値が改善したのですが、私にもその理由が判りません。」
「その、私に言われましても分りませんですよ。」
「亜衣音さん、お口の周りが肌荒れしていますね、……ほどほどに!?」
「せんせ~、んな事していません。」
「いいからいいから、また来週ね!」
「はい、先生。」
せっかく下がった血液検査の数値が……跳ね上がる。大地が病室に入れたのは、昨日の二人だった。
「せ~んぱい!……昨日は美味しかったですか?」
「一年E組の山口智子と岡田眞澄、いらっしゃい。」
「今日は無いのか!」
「もうありません。二度とお見舞いは持参しません。ハイエナが無口で食べる姿なんて!」
「眞澄、貴女が悪いのでしょ? カニとか食べにくいからダメと言いました。」
「でも……丸ごと囓っていた。」
「眞澄ちゃん、昨日はごめんなさい。故郷の味が恋しくなって……つい。」
「先輩。毛蟹は高いのです。二匹で八千円ですよ。」
「ギャピ!」
「私、真冬に毛蟹を捕りに行っていた。だって、わんさかと砂浜に上がってくるのだもの。」
「え~……それ、本当ですか!」
「それは本当よ、希なんだがね。」
「そんなニュースは聞かないよね、眞澄ちゃん。」
「ニュースに載せたらダメだよ、地元だけの幸運は広める事は致しません。」
「亜衣音はどうした、親には言ったよな。」
「大地、親にも言わないよ。だって……。」
「あ、すまね~、親居なかったな。」
「ち、違うよ。麻美ママに言ったら……根こそぎ捕って行くもん。お歳暮に化けて全国へ飛んでいくよね。」
「だから買い手もない、シシャモがお歳暮になったってか!」
「ホタテの紐の燻製とか、ね?」
それからというもの、五階の住人が徒然に退院して行く。最後は欣ちゃんなのだが、一向に怪我が良くならないと、看護婦さんは嘆いている。いつも綺麗に巻いた包帯は翌日には、グチャグチャで血まみれだそうだ。自虐癖があるのかと言われている。その最たる言葉が、
「亜衣音さんと一緒に退院致します。」
「あんたはそう言うがのう、いつも怪我をほじくっていたら、治らないよ。まだ入院したいと言うことならば、俺も仕事だ、協力するよ。」
「えへへ、先生、よろしくです。」
「でもね~、亜衣音ちゃんは年末には追い出すから、その積もりでいたまえ。君の治療が長引くだろうね~。」
「え! それは困ります。私もお正月の初詣に行きたいです。」
「ふっふっふ~、いいだろう。直ぐに怪我は治してやるよ。特製の血中製剤でな!」
特製の血中製剤とは何の事はない。私の血を百ccを輸血したらしい。この時は何も考えてはいなかった。翌日には欣ちゃんは元気元気……朝のラジオ体操をしていたらしい。
退院した若い衆は私の病室の張り紙を見て毎日、誰かの差し金のように毛蟹が二杯届けられるようになった。私と大地の二人はいつものように、無言で食べていた。これが十二月二十四日のクリスマスに、待ちに待った退院の許可が下りたのだ。
「わ~、やった~!」
私は喜んで大地に頼んでお父さんへ知らせに行かせた。学校の仕事を半ば放りだしたと思える、十五時にお父さんがやってきた。
「おう、亜衣音。良かった、良かった。うんうん、」
「お父さん。ありがとう。やっと家に帰れます。」
「亜衣音、どうしたんだい。さっきドクターから説明を聞いてきたが、理解出来ないと、言っていたぞ。」
「澪お姉さま、曰く、藪医者! です。」
私は二十四日に再手術の宣告を受けていたが、『年末も空いていますよ!』というドクターの温かい声を無視して、二週後の再検査に望んだ。正しく……亜衣音と同じく、
「あんた、どうしたんですか、もう再手術は必要ありません。」
「いいえ、私は何も……紅茶を日に日に三杯から五杯を飲んでいました。」
この返答にはドクターの顔もはてな? だった。理由は判らないと言われた。
でも、私には……毛蟹の甲羅のキトサンが治してくれたんだ~!! それもこれも一年E組の山口智子と岡田眞澄のクリスマスプレゼントが効いたんだ。
ウキウキしていた処に緊急ニュースが飛び込んだ。あのドクターがヘマ? それとも医療ミス? を犯して、欣ちゃんを危篤に追い込んでいた。秘密裏にドクターはホロお婆さまを呼んで相談していたという。
わ~、大変だ、どうしよう……大地。
*)人狼二号となった欣二郎……
明日は退院というお目出度い日に、私とホロお婆さまとお父さん。それに大地とお母さんも狭い会議室へ呼ばれた。私は退院の取り消しでなければ良いのだがと、やや心配して両親に連れられて会談に臨んだ。私の主治医は先に来ていて私たちを見るなり、いきなり土下座をしてしまった。
「白川さん、申し訳ない。五階の欽次郎さんに、その……亜衣音さんの血液を輸血してしまった。そこのお婆ちゃんから言われていたのを、すみません忘れていました。」
「え”え”え”え”~!!!!」x4 「ポカン?」x1 大地だ。
「先生、まさか……あり得ません。私の血を無断で他人へ輸血したなんて、これはもう……わ~イヤだ~~、欣ちゃんをお婿さんには出来ないよ~!」
「亜衣音さん、輸血は百ccですのでそれが悪いのでしょうか。」
「で、先生。欣ちゃんはどうなったのでしょうか?」
「はい、大地くんのように翌日にはほぼ回復しました。ですが、ここ最近は危篤状態で意味が解りませ。ただ、欽次郎さんにはそこの大地くんと同じ回復が見られて、尚且つ血液も似たようになっておりまして、その……すみません、判りません。」
お父さんは抗議するでもなく、静かに考えていた様子。最後は……怖い顔。
「亜衣音、欽次郎さんには死んで貰うか、俺の養子に迎えて亜衣音に治療して貰うしかないよな、沙霧さん。」
「穣さん。見殺しにも出来ませんが、どうしましょうか。まさか亜衣音にそんな事はさせられません。」
「だよな~……亜衣音~、どうするよ。病院の入院費はチャラに出来るが、俺にもう一人の生活費は稼げないぞ。」
「ホロお婆ちゃん、私はどうしたらいいの。お婆ちゃんには判りますよね。」
「そうだね~、欣二郎さんには亜衣音の愛が必要になるよ。それも一月はね。このまま放置しても死にはしないが……じ*ろ*になってしまうね。ただし、輸血が少ないから変化はゆっくりだろうね。」
私は泣き顔になって大地の胸にしがみついた。
「ねぇ~大地~、私、どうしたらいいの。」
「俺にも判らん、だが、亜衣音は譲れない。殺しても俺はいいぞ!」
「おいおい、大地くん。物騒な物言いは御法度だよ。」
「お義父さん、俺は断固反対です。」
「穣さん、少しいいかえ。今回は亜衣音の血の百ccなのだが。ワシらの輸血も影響しておる。この際だ、ワシの血を輸血してワシが嫁になってやろう。もうこれ以外には方法がない。言い出しっぺがワシだからの~責任取る。」
「お婆ちゃん、それはそれで有り難いのでしょうが、将来はどうなるのでしょうか。」
「ワシにも判らん。可愛いひ孫じゃ。守ってやらねばのう~。」
「ホロお婆さま!……まだお若いですよ。」
「おうおう沙霧。嬉しい事を言ってくれるね。孫の了承があれば……嫁に行けるさ。帰って澪にも尋ねようかね。」
「ホロ……お婆さま、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします。」
「欣ちゃん、気が狂ってしまわないよね、お婆ちゃん。」
「なに、大丈夫さ、顔に袋を被せて過ごすさ。」
「そんな~、ホロ……お婆さま。」
「これ若造……。亜衣音たちの入院費用とは別にワシらの新居を造ってくれるよな? あぁ、ああん?」
「はい、善処します。私の家を進呈致します。」
「あ~あれはダメだ。亜衣音の横に新築してくれ。然もないとワシの婿にするぞえ”~!!」
「ギャヒビンダ~!! そればかりはお許しください。私にも嫁が居ります。」
「嫁は追い出せ、嫁いびりは姑の仕事じゃてな。」
こんなとんでもない騒動で私の退院の取り消しが決定された。私の病室には欣二郎さんにホロお婆さまも同居する事に決まった。勿論、大地もだ。
欣二郎さんは、ベッドの上で括られて起きる事すら許されない地獄となった。
「厳しぃ~~~~!!」
毎晩毎晩、赤目の欣二郎さん。私と大地のHを見て眠れず、ホロお婆さまがこれまた毎晩迫るので、これでも眠れずに……目が充血してしまいドラキュラの風貌になった。勿論、無敵の人狼……欽次郎だ! たまにカムイコロさんも混じるので、混乱は収まることはなかった。
勿論……面会謝絶だ。私と大地の二人は十二月二十九日には自主退院していた。




