第9部 亜依音の旅立ち
1968年3月29日(昭和43年)北海道・苫小牧
*)亜依音の旅立ち 前哨戦
この日は亜衣音の旅立ちの日である。待ちに待った東京での新生活が始まる。今までが北海道の田舎で育ってきた、芋娘のような生活も終わるのだ。意外な結果で別れた雨宮藍。最後は笑顔で共に相手を認めて別れたのだが、亜衣音には藍が元の古巣の東京が忘れられないように感じたのだった。
「藍は、どうして転校してきたのだろう。」
この日初めて藍の事を気にした日でもあった。亜衣音にしてみれば他人なのだから、それこそどうでも良かった。これは麻美の教育が悪かったのかもしれない。
子供は親や取り巻く環境によって決まる。麻美は亜衣音が他人に迷惑や、まして怪我すら簡単に負わせる事が出来るので戦々恐々として毎日を過ごしていただろとは、想像に難くないない。麻美の口癖は、
「亜衣音、とにかく感情に任せてはダメですよ、常に冷静にね。」
という感じで諭していたのだから。言葉は優しいのだけれども、小さい女の子には無理難題だったとは思える。
来賓があった。元、三浦教授と阿部教授だ。今では白髪が良く目立つ老紳士だ。智治が車に乗せて連れてきた。そういう意味では同窓会様々の体(態)で、馬の世話は全くしていないのだった。
ホロとしてみれば、我が息子であり家族を救ってくれた恩人たちでもあろうか。だからこれらの人達の面倒は進んでみていた。
亜衣音が隣の農場から帰った時の事だが、智治は亜衣音に元教授の二人を会わせた。なんでも、また大学に復帰したのを自慢したかったようだ。
「亜衣音、教授のお二人だが、昨年からまた大学で教鞭を執られているそうだ。」
「わ~凄い。昨年? とっくに引退されていたのですよね。それにこんな白い頭ででも出来るのですか!……?」
私の発言に怒った智治お爺ちゃん、
「お前~な~、」
「きゃ~お父さま助けて~。お爺さまが~!!」
「俺の義父だ、諦めろ!」
「え~、そんな~、役職で対抗できないのですか~。」
「役職は血の繋がりよりも薄いのだ。麻美さんに頼めばいい。」
「おかぁさま~、酔っ払いが私に絡んできます~。」
「なに~!? ……亜衣音、ビールを運んでおくれ。」
「ふぁ~い!」
そんなこんなで、白鳥家と瀬戸家では朝からてんやわんやの大騒ぎで始まった。昨晩から訪問しているお爺さまの杉田智治と瀬戸のお爺さん。この二人に加えてのホロお婆さま。全く役に立たなかったらしい。
春休みで帰省している幸樹と明来。それに親子連れで帰省した明子の一家。明子の夫は終始子守を押し付けられる。
迷惑な、そう何処まででも迷惑な亜衣音のお迎えなのだ、それが来る!
クロ以外の競走馬と飼馬は近くの、いや北海道の田舎では近いのかも知れないが、とにかく一番近くの農場へ送られたのだ。札幌の競馬場からは多数の騎士達が、それも昨晩から応援に来て貰ったりしている。隣の農場へ馬を送ればいいだけではすまない。
管理監督も必要で、送った翌日には瀬戸家の農場へ戻すのだから。競馬場からは専用のトラックを借りるも、多数の馬は簡単に運べない。夕方前の最後は騎士が馬にまたがって連れていく。
「亜衣根ちゃん凄いね。クロを使って一度に五頭も連れていくなんて、とてもではないが俺らには出来ないさ。」
亜衣根はクロにまたがり一人で五頭もの馬を移送していた。
「うん、これがさ、最後だもの。私の仕事を取らないでね。」
「分かってるよ、二往復、頑張ってくれよ。」
「うん、任せて!」
偶にしか通らない国道の車。その度に横に寄って車を通してやるのだが一台は、
「おう、嬢ちゃん、男の扱いが上手くなったね!」
「おじさん、みんなメスの競走馬です。オスは暴れると大変ですからトラックです~。」
「あ~さっきすれ違った車か、大変だね。」
「うん、みんな、私の為だものね。」
「いや違うだろう、何処かの爺さんがヘリで来たがるからだろう?」
この地方では度々ヘリが飛んで来る。それが瀬戸家の近くであったり、学校であったり。そうそう河川敷という事もあった。このときの事がきっかけで公私混同の事実が判明したという。その後、ヘリが来ると馬を待避させるというから本末転倒だ。それもこれも馬主にとっては大事な道楽でもあり、金づるででもあるのだから管理を任される方はとても気を使う。気を使われる亜衣音も大変だろう。
「あん時の、ばんえい競馬だったよな。河川敷で農耕馬がヘリに驚いてお祭りが一時中止になっただべさ。」
「ごめんなさい、お爺さまもあれ程ヘリの音に驚くとは思ってなくてさ。」
「いいさいいさ、あれもいい思い出になったよ。俺の馬が一等をとれたのも、偶然だったさ。最下位が優勝だったものな、アハハハ……。」
「賞金を逃したのよね。」
「一頭だけでは優勝扱いには出来ないと言われたね。二時間後に再レースでは俺は勝てなかったよ。ま、賞金に見合う物が貰えたから嬉しかったさ。亜衣音ちゃん、爺様にまた飛んで来てくれるように頼んでくれっしょ。」
「でも今回が最後だよ。私は東京の父の元で暮らすんだ。それにお爺さまは明日には退官ですもの、好き勝っては明日が最後になるだべ。」
「そうかい、それは残念ださ。面白い爺様だったさ。」
「うん、ありがとう。」
(北海道の唯一のばんえい競馬、検索されて下さい。)
帰り道ででもすれ違う。帰路が違っていた。
「亜衣音ちゃん、何処行くだべさ。」
「うん中学校に寄るの。友達に別れを言って来るさ。」
「そうかい、札幌を通り越して東京に行くなら、今生のお別れかもしんね~な。」
「お爺さんだって、そうだよ。寂しくなるね。」
「おう、俺んちの庭を荒らされなくなるので清々するよ、ホンとクロは我が物顔で通ってくれていたものな。」
「わ~ごめんなさい。でも二回だけだったさ?」
「いいや、五回はあったさ、ま、父ちゃんと仲良くな。」
「うん、したっけ!」
方言としては、「~さ、~っしょ、~かい、~だべ(だべさ)」を付ける事が多いらしいのですが、私には無理ですね。
千歳基地は終戦後アメリカに接収されて、1959年(昭和34年)の7月に防衛庁に返還される。白川がこの千歳基地を利用出来たのは、アメリカの人狼の戦いを終わらせたからである。そんな理由により白川が越権行為で使えるようになった。どうして白川のお爺ちゃんがヘリをタクシー代わりに使いたがるのか不明です。(という事で了解されて下さい。)
穣の父の退任の日が明後日に迫っていた。年度末に退任するが決まりであった。白川のお爺ちゃんの退職金は、ほぼ亜衣音が使い切るのだろうか。なぜならば、ボロい校舎が逐一新設されたというから推測が出来よう。これも考えてみます。
*)亜依音の旅立ち 夜戦
亜衣音が昼過ぎに会ったお爺ちゃんの事を、白川のお爺ちゃんへ話したのがそもそもの間違いであった。急にお爺ちゃんの居所が悪くなったというから。
ヘリの音に驚いて逃げた農耕馬を集めて貰った方々(ほうぼう)の人達には平身低頭、お詫びの品々が飛んで行ったと言われたら、それもお酒が入っているので大声で言われたならば、首も縮こまることにもなろう。父親の穣ですら祖父のした事だからひたすら謝っている。
「そう言えば、お父様も一緒に来たんだよね。」
「しっ、亜衣音。瀬戸のお爺ちゃんは忘れているのだから黙っててよ。」
「え~どうしょうかな。」
「茶化すな、酌をされても嬉しくない!」
「うん分かった。お爺ちゃんの処へ行ってお酌してくるね。」
「あぁ、頼んだぞ。酒瓶を口に突っ込んでおいてくれ。」
「うふふふ、それも良いね!」
「おいおい親をからかうな。……先が思いやられるよ。全く、あいつも大変な娘を残してくれたものだ。」
「う……ん、ごめんなさい。お母様の事を思い出させてしまったね。」
「あ、悪い、亜衣音は可愛いぞ!」
「べ~だ!」
「あ、こら!」
「きゃっ!」
亜衣音は祖父の処へお酌しに行く。
「お爺ちゃん、明日は退任式なのでしょう? それなのに、此処で暢気にお酒を飲んでいても良いのですか!」
「なに亜衣音が第一だ、それに明日の明後日だ。それになぁ~、」
「そうね、ヘリに乗れる最後だものね。役得、役得。」
「バカ言え! お前が辺鄙な処に住んでいるのが悪い。」
「基地空港は車で20分だよ、それでも5分が良いのよね。」
「早く会いたいのだよ、あれがな!」
「あ、そうか。お父さんが悪いのか。」
「ま、そういう事だ。明日から仲良く暮らせよ。」
「はい、ありがとうございます。でも、お爺ちゃんの処はすぐ近くだよね。だから毎日来るね!」
「おうおう、歓迎するよ。ばぁばも喜ぶよ。」
「うふふふ、……。はい、どうぞ!」
本当に退官式の前日になったのには理由があった。成田空港問題で仕事の引き継ぎに手が回らなかったという。三月十日の第2次成田デモ事件がそう。白川の退任では忙しくてもうどうにもならない。それに三十日は土曜で三十一日は日曜だから仕事も休みがとれる。四月一日が退任なのだからもうどうでもいいのだ。
久しぶりの楽しい親子の対話に繋がった。穣は娘が可愛くて仕方が無いのだろうが、来る日の娘の反抗期を考えれば、今が如何に大切だとしみじみと感じいってしまう。明日からの同居を考えてみるのだが、少しも実感が湧かなかったらしい。
それほど父親と娘の二人暮らしは難しく思えた。家族の三人で過ごした日々は言葉に出ない程の、僅かばかりだったから。涙が流れた……。それを見逃す智治では無かった。
「穣くん、どうだい亜衣音はとても素直に育っているだろう。」
「あ、はい、お義父さん。とても可愛くなっていて、自分の娘だとは、そのう、まだ実感が湧かなくて妻の沙霧の方を思い出してしまって……。」
「そうだよね、小さい時から離ればなれが多かったものな。俺だって時には……いやよそう、しめぼったくなってくる。」
「はい、お義父さん、飲みましょう。」
「だべな、」
可愛いスマイルの若い娘には誰も勝てはしない。そろそろグループ分けに入る頃合いだろうか。白鳥家の家族と麻美お母さま。瀬戸家には阿部教授と三浦教授のグループが出来る。それに穣たちの親子三代。ポツンと離れたヘリの運転手さんがとても寂しそうだった。
母の沙霧の名前が一度だけ上ったが、それ以降は誰の名前も上がらなかった。
「亜衣音、」「亜衣音、」と、方々から名前を呼ばれては、「は~い、」と返事をして巡回している。
夜も更けて、一人、ひとり、また一人と白鳥の家にと散っていった。残りの男どもがこの瀬戸家で雑魚寝になる。
亜衣音は夜更けにも拘わらずにクロとの散歩に出た。
「クロ、これからも元気でね!」
「ブヒヒ~~ン……。」
翌日のクロは厩舎に入れられたままだった。終日大人しくしていたがたまに、「ブヒヒ~~ン……。」「ブヒヒ~~ン……。」と、寂しく鳴いていた。
亜衣音がこの地から旅立つ。1968年3月29日(昭和43年)北海道は苫小牧から。
*)父と新居と…………祖父母
その日、藍と別れた時にリカちゃん人形をプレゼントされたのだった。
「この着せ替え人形はね、お父様が作っている会社なのと、発売が7月からだから飛行機内で人に見せないでね。」
「え~可愛い……、これがお人形さまって、どうして~、え”~~!!」
「亜衣音さん、最後に二つ名を贈るわ、……孤高のお姫様!」
藍は恥ずかしがっているので、綺麗な日本語にはなっていなくて、亜衣音には『可愛すぎる~、』と、これまた日本語の文章にはなっていない。だが、このリカちゃん人形が発売された年でありました。
だがだが亜衣音には我慢が出来なかった。
「だって、飛行機ではなにもすることがありませんもの、……寝ているし!」
近くに小学生の女の子がいたら、きっときっと泣いてせがむ事だろう。そんな我が娘には感心が向かない程の二日酔いの父とその爺。高い高度を飛ぶ飛行機。気圧が下がって酔いもぶり返していたのかもしれなかった。
酷い脂汗の男とはうらはらにとても元気な亜衣音。そんな三人を割烹着姿で出迎えた祖母。
「お婆ちゃん、ただいま!」
「お帰り亜衣音。久しぶり!」
「大変だったね。さ、上がって、あがって。」
「うん、お邪魔……我が家だから違うか!」
「お母さん、来てたんですね。」
「当たり前です。お迎えができないのですよ、自宅で待つに決まっているです。それに貴方たちは、もうだらしない。これがお国の一級公務員なのですか!」
「なんだ………先に風呂だ、すぐに入る。」
「お婆ちゃん、手伝うよ……。」
「はいはいお父さん。もう準備は出来ていますよ。これだから男は……、」
玄関から奥へと向かう小言は、小さくなって聞こえなくなる。祖父はそのまま浴室に。穣は二階の自室へ着替えにあがり、その後浴室へ。
「ねぇねぇ聞いてよ、お父さんとお爺ちゃんはさ、自分たちが二日酔いで気持ち悪いからと大事な娘に昼食を食べさせてくれない・・・・・・・・。」
「おやおや、そうかい・・・・・・・・。」
二人の都合に合わせて昼抜きとなっていた亜衣音。台所では女二人の声が弾む。
その夜の食卓は、見た事も無いお寿司が並んでいた。80%は亜衣音の腹に収まったのだ。お風呂上がりの男はビールで迎え酒に臨むも、お刺身に箸は伸ばない。余程疲れたのか二人の口は重かった。あ~だの、う~だのと言うだけだ。
「なんだい二人とも、私の手料理は食べられないのかい。」
「う~、」x2
「ご馳走さま!」
「あ~、」x2
「亜衣音さん、余程お腹が空いていたんだね、でも何か忘れていませんか?」
「え~お婆ちゃん。なにも忘れていないと思うが…………あ”~~~~!」
「早く見ておいで。荷物も無理して上げておいたよ。」
「うん、お婆ちゃん、ありがとう。」
「ドタドタドタ、ドタ。」
「きゃ~!! 憧れの私の………お部屋~それにとても可愛らしいベッドも!」
「お父さ~ん、ありがとう……。」
ドアを開けっぱなしにして階段を駆け上る亜衣音。大きい声だったから階下まで良く聞こえてきた。それをニコニコとして聞いている祖母。
「お、おう、気に入ってくれたか。」
「穣、そんな小さな声では亜衣音に聞こえませんよ。」
「いいんだよ、これ位で……。で、残ったのは厚揚げの卵焼きだけだな。」
「もたもたしているからですよ。……もう食べませんよね。でしたら残りは全部私が頂きます。」
亜衣音に初めての自室が与えられた。もちろん白鳥家の長女が家を出たら、そこが亜衣音の部屋にあてがわれたのだが、すぐに次女の明来と相部屋になった。もっぱら次女の未来が亜衣音に勉強を教えていた。その未来が亜衣音に勉強を教えた事で亜衣音の成績が大きく伸びたようだ。未来が高校を卒業するまで続いた。未来とは歳も近かったので仲が良かったのだ。
穣が亜衣音に風呂を勧めに二階へ上がったものの、一心不乱に荷物を整理している姿を見て何も言えずに静かに二階から降りてきた。
「どうでした? あの子。」
「一生懸命だったよ、それで声かけれなかった。」
「おやおや、でしたら今日はあの子の気が済むようにさせてあげましょうね。」
「布団は在ったよな。」
「穣がお父さんなのですよ、親だからそれ位は覚えておきなさい。」
「母さん、そうは言ってもね、娘だし……女だし、……どうしよう。」
「なに、自分の娘でしょうが、だから穣の好きなように教育しなさい。老いぼれには何も言わせません。」
穣は女性に弱いのか、母にも娘にもタジタジになっているし、祖母はそう言ってソファで寝ている祖父、夫の寝顔を眺めて目を細める。
「明日は最後の休暇ですね、お爺ちゃん。(それにしてもだらしない……。)」
「はいお母さん。今まで転勤、転勤で苦労しましたね。」
「終の棲家も近くに造れたし、そうよね~何して過ごそうかしら。」
「亜衣音は渡しませんよ、ご自分で見つけて下さい。」
「もう決めています、お茶とお花ですね。自宅で教室を開く予定ですよ。するとこの老いぼれが浮いてしまいますね。」
「浮くのなら重りをお願いします。この家まで届くような鎖は結んで短くして下さいな。」
「はい、はい。……うふふふ…。」
「え”え、今、教室を開くと言いましたか!」
「おや、ちゃんと聞こえているではありませんか。」
「いつからお花教室へ行ってらしたのです。」
「もう、5年にはなるのかしら。穣は知らなかったの?」
「……恥ずかしながら知りませんでした。」
慎ましやかな母だと思っていた穣。アクティブな母の一面を見た思いだった。穣もエリートを走る公務員。転勤もあったのだから当然か。これからは娘が同居するからと、上司に直談判して最低3年は転勤を外すように頼んでいる。結果はどうであれ、地方への転勤は無いと思われる。二年後には通勤できる範囲で転勤の辞令が下りたのは言うまででも無い。
だが、上司は更に上の上司には逆らえないのであって、部長クラスの上司が何でもポカをしたらしくてね、お父さんは一時的に欠員のでた急に地方へ出張するのだった。帰宅は未定だというから最後はとうとう有給を取得して私の入学式になって帰宅が出来たのだ。怒った祖父は当然に裏から手を回していたとか。だからその後のお父さんは四月十一日から東京勤務となったんだ。
「お父さん、私は自炊も出来るから頑張って!」
「いいや俺はお前が心配だから通勤で通う。遅くなるがよろしく頼む。」
だが……、
「やはり寄宿舎へ入る事にした、すまん!」
「いいよ、ガンバ!! 私は下宿先見つけました!」
どなたか、会話を北海道方言に書き換えていただけたら、と考えました。




