第85部 関東農業大学付属高等学校 文化祭
1970年11月6~8日
*)桜花祭……始まる
お昼も過ぎて人が多くなる。今日は平日という事もあり学生の父兄が来たと言うべきだろう。十五時を過ぎた辺りから我が二年E組のバザー会場が賑わい出した。奥様達が足を止める唯一のバザーの商品なのだから。お野菜が……とても安い。
学生が学生を相手にする時間は過ぎていく。夕方前になると他校の生徒達がグループを組んで見学にきた。中学生に連れられて小学生もチラホラしだす。こうなると我が馬術部は少しだけ繁盛してくる。だが、まだ少なすぎる。
「大地、何しているのよ。欣ちゃんを投げ飛ばしたのは喧嘩なの?」
「いいや、煩いから放り投げただけだ。」
「なんだ、そう……? どうしてよ。」
「この男がお前が好きだとよ。」
「え?……ウソ!」
「亜衣音ちゃん、紹介するよ。関東八州連合のボスで、通称が欣ちゃん。私の近所に住む幼なじみなんだ。」
「へ~……そうなんだ。美歩ちゃんにデートの申し込みだったりして! 交替になれば構内を案内してやればいいよ。」
「え、それが目的は亜衣音ちゃんだったりするのよね。」
大地から投げられて身体に付いた埃を叩いて私の前に現れた。私は怖じ気づいて後退りしてはみた。怖いと言うよりも、私を見つめる目つきが嫌いなだけであって、顔は至って普通かな。「夜目遠目笠の内。」の、遠目かな。遠くから見た欣ちゃんは格好よく見えたのだがね。実際は……美歩、ゴメン!
「え~なんで、ヤダよ。」
「亜衣音さま、どうか関東八州連合のボスになって下さい。お願いします。」
と、いきなり私に向かって頭を下げたのだからさ、驚いたよ。この欣ちゃんは再度『お願いします。』と言うなり頭を下げて……下げたままだ。
「な、なによ。なんで私がボスにならなければならないのよ。」
「か~ボス……。いいね、亜衣音。なっちゃえば?」
「大地、あんたがなりなさいよ。男でしょうが。」
今度は大地が囃し立てる。その次は美歩で、
「亜衣音ちゃん。なっておしまいよ。わ~ボスだよ、凄いな!」
「美歩、なにを言うのよ、嫌ですよ。」
にやりと笑って頭を上げた欣ちゃん。……あ~、その先は言わないで~……。
「ボス!」
欣ちゃんは私に向かって大声で言うのよね。参っちゃうな。
「亜衣音さま、どうか関東八州連合のボスになって下さい。お願いします。」
「……えぇ~……!?」
「大地、私を連れて逃げなさい!」
「嫌だよ、逃げても同じだと思うぜ。今日はダメでも明後日があるさ、ね?」
「はい、明後日と言わずにまた明日に参上いたします。なんなら、今晩!」
「ほらな!」
「亜衣音様さえ宜しければ、今宵にお迎えに参りますが、」
「いやよ、まだ死にたくはないわ。お迎えに来ないでいい!」
「亜衣音ちゃん。うふふ~ん!」
「美歩、聞けばあんたの許嫁らしいじゃないのさ。早く嫁に行けば!」
「欣ちゃんは私にとって、な~んも無い間柄で、」
双子ちゃん……が、
「うんうん……、」x2
「好きじゃないのよね。」
「へ~……つまらない。」x2
曳き馬から帰ってきた立花の双子たちはもう興味津々らしい。二人は恋愛も出来ない、チョ~貧乏というのが、対面した時に言う挨拶なのだ。こう言えば大概の男は去っていくらしい。事実もそうなのだが双子の親はどうしたの?
「大地さん、欣ちゃんを馬に乗せて下さい。少しご案内いたしますから。」
ニヤリと笑って大地は、欣ちゃんを軽々と持ち上げて馬の背に乗せてしまった。揺らつく馬の上になると、人間は足場が無いのと同じで気持ちも不安定になって落ち着かないものだ。バイクに乗るのとは大違いかな……? 非日常の馬という大きな動物の背中……欣二郎にとっては手に取る紐が全て……怖いはず!
「わっ!……なんだ、降ろせ……、」
「碧、頼んだぜ。」
「あいよ、任せて、兄ちゃん!」
「翠!……それぇ~、」
双子ちゃんは有無を言わさずに、欣ちゃんの後ろに翠を乗せて駆け足をさせてしまった。近くの悲鳴が今では遠くに聞える……ようになった。もう出店のいい笑いもの、いや、見世物になってしまった。
バイクと違って自分自身で身体のバランスを取らなければならない。いくら背中に大きい胸の感触が有っても……分らない。『残念だ!』と私が思っても、本人が分らなければこれは他人の感想でしかない。
「大地、ありがとう。……それで美歩はあの男をどうしたいのかしら。」
「どうもしないわよ。亜衣音ちゃんに差し上げます。だって要らないもん。私は大地くんを独り占めしたいのよ。」
「大地、良かったね、モテ期到来だね。将来は社長だね!」
「ありがとう。亜衣音ちゃん。」
「美歩、亜衣音に突っかかるなよ。お陰で俺は帰る家が無くなったよ。」
「嬉しい、では我が家へご招待致します。」
「私、クラスのバザー会場にお手伝いに行くわ。」
「いってら~~~~……。」
私は美歩に送り出されたようにして、馬術部のテントを離れた。私は、
「ねぇ、このとても大きい大根はお幾らでしょう。」
「はい、五円でいいですよ?……こうやって半分にすれば二発の弾丸になりましてよ?」
「そうね、このジャガイモも良いわね。当たれば痛そう……。」
「はい、全部で五十円でどうでしょうか。家内安全と商売繁盛は相性がとても良いですわ。」
「買った。馬術部の名前で領収書を頂戴。これから物当て競技を始めるわ。」
「うひょ~、荒れた文化祭の初日になりましたわ~、ゾクゾクしてきた!」
私は箱一杯の野菜をクラスの吉田から買った。この吉田も危ない性格なのだなと、初めて気が付いた。やはりEクラスの編成は異常だよね、お父さん。
「吉田さん手伝って!」
「はい、喜んで~……。」
私は曳き馬コースの途中に臨時ステージを造って、看板には『憂さ晴らし特設ステージ開設!』という段ボール箱を開いて貼り合わせたチャチな物を掲げた。
「当たれば投げたお野菜は無料で差し上げます。当たらなくても五十円でお持ち帰り出来ますよ~、、、いらっしゃいませ~~、、、。」
未だに碧と翠に解放されない欣二郎に、私は大根とジャガイモを投げて憂さ晴らしを始めた。観客が集まるだけでジャガイモを買ってくれる奇特な人は……現れなかった。
痛い、イヤ、止めて、ヤダーと、悲鳴を上げる欽次郎に私は全部を投げつけていた。向こうの馬術部から悲鳴が上がった。走ってくる二人の姿があった。
「ダメ~……欣ちゃんが可哀想よ、亜衣音ちゃん……もうやめて~、」
「翠、馬に給餌をお願い。美歩にも大根を口に押し込んでおいて!」
「ラジャー。」x2
「大地、帰るから後はよろしくね。」
「いいぜ、碧と翠。給餌が済んだらアンミツを奢るから手伝え。」
「ラジャー。」x2
と、双子ちゃんは涙を流して喜んで、大笑いしながら宥められている欣ちゃんを見ていた。美歩は私を睨んでいるから、美歩は欽次郎を好きなのが確信出来た。
文化祭の初日はこれで済んだ。夜は大地をどうしてやろうか……と悩む私だ。
「あっとその前に、未来と藍に頼んでおかないとね……ウッシッシ。」
私は、自分の経験からとある出し物を計画・実行に移していた。
「儲かるかな……儲かったらいいな!」
明日の十一月七日は土曜日で、学校は十一時からの開放となる。同時に数発の音だけ花火を上げて開始時間となる。午前中は材料の調達と午後からと明日の日曜日の最終に向けての準備で忙しくなる。
良いのか悪いのか、吉田 一美が私たちのグループに加わってきた。この日のうちにお父さんへ部活加入届けを出して来たと、夕食の時に聞いた。
「うわ~、小悪魔の登場かしら!」




