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人狼と少女 垣根の上を翔ぶ女 亜依音  作者: 冬忍 金銀花
第一部 第一章 亜衣音の生い立ち

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第8部 亜依音の覚醒!

 


 1960年 2月8日(昭和35年)北海道・苫小牧



*)亜依音の覚醒


 子供たちと明さんが寝てしまった22時過ぎになると外は猛烈に吹雪いていた。九州を通過した時は998mmbだったのが関東を過ぎたら急に発達して、ここ北海道の東海上に差し掛かれば爆弾低気圧にまで成長したのだった。オホーツク海に出た低気圧は早々に過ぎ去る事は無くて居座るのだ、だから先日からは大吹雪で積雪も多い。


 あの1955年9月19日・ポル=バジンから5年と半年が過ぎた。三学期が始まって暫くしたら亜依音の元気が無くなった様子に麻美が気が付いた。亜依音にそれとなく訊いても返ってくる返事は同じ、「なんともないよ」だ。


 母のホロに訊いても解らないとしか答えない。明来みくや明子に尋ねても解らないと言う。男に訊くのは論外だと省かれていた。


「お母さん、亜依音はどうしのだと思います?」

「あたしに訊かれても解らないよ、娘の霧の時は……確か十歳の時だったと桜子は言っていたよね。」

「やっぱり巫女の力が抜けていないから人狼の血が覚醒するのかな~。」

「そうでも無かろうが儂には分らん。」


「だったら桜子は無駄死にだったじゃないのさ、沙霧に至っては無駄死とも言えない悲惨な結末でしょう? 何が巫女の力の消失よ! 消えていないじゃないの。」

「麻美……我が子の為にと思って死んでいった沙霧に対してもそのような事を言ったらダメだよ。」


「そうですねお母さん。あ~もっと桜子から霧の事を聞いておけば良かったな~。」

「霧……懐かしいね。」

「貴方はお母さんだったのでしょう? 何か考えられないの?」

「だ~ってさ~生き別れだし、あの時はもう二度と逢えないと思って霧を託したんだもの。無理っしょ。」


「そうですよね~……不思議な出会いがたくさん重なって、」


 麻美は昔の事を思い出して泣き出してしまい、ホロもつられて泣きそうになったものの、涙が浮かんできた程度で抑えられた。


「水分が足りとらんかの~。」

「お母さん何か言いましたか。」


「熱いお茶を入れるよ。それともコーヒーがいいかい?」

「ありがとうお母さん、お茶がいいわ。」

「麻美、外は吹雪いているから母屋で寝ていくんだろう? 亜依音も眠っているしさ。」

「そうね……お母さんが寂しいのよね。」


 風が強いから隙間風が四方から吹いてくるのは母屋だからか。これは体感的な誇張表現だが本当に底冷えがすると練炭炬燵に入っていても、ちゃんちゃんこを着こんででも寒いものだ。屋内でも吐く息が白く見える。それが普通であって吐く息で丸い天使の輪を作って遊んでいた。


「ラジオの電波も入らないようだね、もう聞こえないよ。」


 ラジオは気象が悪いと、雑音が大きくなって声が聞こえたり聞こえなくなったりするものだ。この頃のラジオは大きく小型電子レンジ程の大きさが多かった。1955年にトランジスターラジオが発売されて今の1959年頃には大ブレークしていた。それまでは真空管のラジオだった。俺なんかは田舎だからそんなラジオが残っていたし、色々といじくってヒューズを切らして電気屋さんへと自転車を走らせる。友人らはもうラジカセの時代だと言うのにね~……。数年後になって、貯めたお小遣いでは不足だと姉からお金を借りてラジカセを買ったのは、急激にラジカセが安くなりだしたから。今は無き……ダイエーでだな。



 ホロは寒い中、台所に行ってやかんに水を入れて火鉢に載せる。金火箸かなひばしきに掛けている灰から熾きをだして五徳ごとくを載せた。もちろん木炭を追加する事は忘れていない。


 60歳以上の方ならばイメージが出来るだろう。



「あらあらお母さん。」


 急にスルメを焼くいい匂いが麻美の鼻に流れてきた。


「お母さん、スルメを焼くのですか?」

「そうだね~寝酒を頂くとするよ。」

「さっきはお茶がいいわと言いました。」

「麻美はおさけがいいと言ったさ。」

「勝手にルビを振らないでくださいな。」


 やかんを見た麻美の一言だった。やかんにはお銚子が2本も入れてあって、


「お母さんこそ何よ、お酒とか一言も言わなかったじゃないの。」

「ちゃんと言ったさ。麻美が泣いていたから聞こえなかったんだろう?」

「……ちゃんと聞こえています。」

「あらあら、そうかい。で?」

「ええ付き合いますよ。スルメももう1枚をお願い。」


 ホロが急に顔を上げて厩舎の方を向いた。


「麻美、クロだと思うが啼いていないかい?」

「いいえ……なにも聞こえません、ラジオは消しましょうね。」

「そうしておくれ、もう雑音ばかりになっているしね。」


「あらあらお母さん、それってタラ?」

「ああ、スルメが半分しかないからね。」


「さ、一杯飲んで厩舎を見て来ますよ。お母さん全部飲んではダメですから。」

「はいはい半分を残しておきます。」

「お母さんの半分はこの場合は4分の1ですよ、半分は半分です。」


 麻美はちゃんちゃんこの上からさらに大きい綿入れを着て外に出た。厩舎を見て来るだけだからきっちりと着こむ必要はない。肩を釣り上げ手を擦りながら、更に息を両手に吹きかけて部屋に戻ってきた麻美は、


「クロは寝てはいましたが眠ってはいませんでした、競走馬もみんな大丈夫でしたよ。」

「そうかえ……寒かったろう? 火鉢にあたりなさい。」


 麻美が火鉢に手をかざしたら炬燵の毛布に隠された一升瓶を見つけた。転がして毛布をかけてあるが口の部分が見えている。と言う事はだ、麻美がいない内に御銚子の一本分は飲んでしまったのだろうか。娘が言う処の四分の三を飲んでいた模様だ。


「ほ~ら熱燗になったから飲みなさい。」


 白々しくもそう言ってホロはやかんのお銚子を軽やかに振って見せ、お銚子の底に手の指を当てて燗の温度をみている。麻美にとっては母の優しいひと言である。


「そちらが多そうだね。」

「あら? そうかしら。」

「ご自分の方が多いように感じますが?」


 母娘で多い少ないを論じるとか……普通じゃないよねお母さん?


 外では一段と強い風が吹くようになった。爆弾低気圧とは台風と同等もしくは台風以上に発達した低気圧のことをいうのだが今晩の風は台風よりも強い。弱くなった台風よりも強くなった低気圧の方が風が強いだろう。夏の九州vs冬の北海道……はたしてどちらの風が強いのだろう。


「ちょっと麻美、玄関の戸は締めたかい?」

「ええ、しっかりと戸締りしていますが……でも本当に風が吹いていますね。」


 ホロは麻美の言うことは信用できないと言いながら戸締りを確認しに行った。


「ヒェ~ユキ! あぁぁ~麻美~!」 


 ホロは大きい声で娘の麻美を呼んでいる、麻美は少しびっくりして炬燵から出て急ぐのだった。


「早く来て~」

「はい、は~い。」


 奥に通じる廊下でホロは尻もちをついていた。


「お母さん転んだの? もう大丈夫ですか。」

「違うよ麻美、あの先に亜依音が居たよ。」


 ホロは震えながら暗い廊下の奥を指差している。


「もう亜依音は寝ていますから、そこには居ませんよ。」

「あら? とても強い風が吹き込んでいますね、見て来ます。」


 麻美は何も思わずに廊下を進んでいったら右の部屋の障子戸が開いていた。


「もう亜依音は閉めなかったのね。」

「ギャー! お母さん亜依音が! 亜依音が~お母さん~。」


 しかしホロも驚いているから小さな声しか出ないし、腰も抜けたままであるからどうしようもない。


「麻美? 亜依音がどうしたの?」


 部屋の入口で驚いてのけぞつていた麻美だったが、


「亜依音~どうしたのよ~、」


 と言って部屋に飛び込んでその後の声は聞こえない。ホロは腰が抜けたので立てないから四つん這いになって亜依音の部屋へ行くと、


「ふゎ!」


 と、声にならない声で驚いてしまった。


「亜依音! 麻美?」


 部屋のふすまや障子は風でガタガタと音をたてながら揺れているし、亜依音は真っ直ぐな姿勢で宙に浮いている。麻美は亜依音を抱いてはいるが、麻美の顔は亜依音の下腹部あたりにあり、亜依音の顔を見上げていた。亜依音が飛び立つような感じて宙に浮き、麻美は飛んで行きそうな亜依音を止めている? ように見えた。


「お母さん早く手伝って! 亜依音をおろして下さい。」


 ホロはオロオロしながら麻美の傍らまで進んで立ち上がり、亜依音に抱きついてみたのだが亜依音の両足と麻美を抱きかかえるだけだった。


「麻美、……どうした。」


 瀬戸家の麻美の両親が部屋に来て入った瞬間に両親は動けずに固まる。


「お父さん早く亜依音をおろして下さい、お父さん。」

「あ、ぁ、今、今行く!」


 亜依音は無表情で天井を見つめるだけで手足はだらんとしていて、この亜依音に麻美の父も縋ったがなんの変化もなかった。


「亜依音! 亜依音。しっかりして、目を覚まして!」


 亜依音は声に反応したようで下にいる麻美を顔を見た。それから顔を上げて正面を見つめている。短い髪の毛は風に吹かれて上に靡いていて、もうこの世のものではない、そういった世界が見えていた。


「亜依音! 亜依音。亜依音! 亜依音~~~」


 麻美は何度も亜依音を呼んだ。風が止まったと同時に亜依音は三人と共に布団に崩れ落ちた。


 瀬戸の母は大きい灯りを点けて部屋に入ってみるも亜依音は普通に眠っている。


「亜依音……亜依音!」


 麻美は亜依音のほっぺを数回叩いたが起きなかった。


「麻美もう大丈夫だよこのまま寝かせよう。あたしが添い寝をしておくからさ。」

「お母さん……亜依音は大丈夫でしょうか。」


 ホロは優しく頷いている。対する麻美の両親は、


「あ、あ、あ さみ。これはいったいなんだい、どうしたんだい。」

「……お父さん居間でお話ししましょうか。」

「お母さんは亜衣音と添い寝をお願いします。」

「ああ寝ずに見ているよ。すみませんがご両親も早くお休み下さい。」

「ホロさん亜依音はどうしたんだい。」


 ホロは小さい声で、あ~亜依音の事が瀬戸の両親にばれたねと呟いてから、


「麻美、やっぱり私も行くよ。」

「ホロお母様はそのまま亜依音をお願いします。私が話してみますから。」


 麻美は両親にどのように説明するか、思い悩んで居間へと進んだ。



「おうお~お前ら親子で宴会だったかい、こりゃ~ワシも飲むよ。」

「もういやですよ、お父さんったら!」

「私が御燗をつけますね。」


 麻美は隠されていた一升瓶を炬燵の隅から取り出してお銚子に注いだ。麻美はお酒の力を借りるつもりのようでコップに手を掛ける。


「おっとその前に熱燗をコップに半分入れて、と。」

「お前いける口だったか?」

「そうよ、知らなかったの?」

「お父さん麻美はキッチンドリンカーっていうらしいですよ。」

「ほうチッキンカレー? 意味が判らん!」


「麻美もっとタラを焼いてさ、戸棚には何かあるだろう。持って来ておくれ。」


「三十年ぶりにいいだろう、婆さんも少しは飲みなさい。」

「いやだよ、あの時は飲み過ぎてさ三日間も寝込んださ、もうこりごりだね。」


「お父さん、お母さん、亜依音はね、その、なんと説明したらいいか……、」

「麻美? もう落ち着いたかい? 驚いただろう?」


「ええ……それはもうとても驚いたわお母さん、亜依音は、そのみ……、」


 麻美は巫女と言いかけて止めてしまった。父はおいしそうにタラを割いて口に放り込んでいて、母はお酒を飲まないと言いながらも、いつの間にかコップに注いで両手で持って揺らしていた。


 潤滑油を口に放り込んだお父さんが口を開く。


「なぁかあさん。あれは何年だ? もう三十年は過ぎたかね~。」

「そうですね~三十二年か三十三年になりますね、あの時は上に下にと大騒ぎしました。それも三回はあったでしょうか。」


「いやいや二回だよ。三回は多すぎだ、麻美が泣いてしまうぞ。」

「もういいでしょう。家は半分燃えてしまって古い家が新築になりました。」

「そうだったな、三浦さんには悪い事を押しつけたね。」


「え? え? お父さん、お母さん。いったい何を言っているの? 家が火事になったのかしら?」

「ああそうだよ、麻美が燃やしてくれたね。事の顛末を三浦さんに話したら家を建ててくれてね、押し付けてすまない? とかなんとか言っていたよ。」


「ねぇお父さん。私が家を燃やしてって、それ、どういう意味なの?」

「そ、そ、それに三浦さんて、もしかして三浦教授ですの?」


「ああ、あの三浦くんだ、亜依音はまだまだ大人しいよ。麻美は気にせずにもう休みなさい明日の朝は馬の世話を頼んだよ。ワシらはもう起きれんから明さんと頼んだよ。」


 麻美はコップのお酒を一気に飲み干し、


「お父さんお母さん。知らないこととはいえ大変ご迷惑をおかけしました。反省はもうできませんがお世話は出来ます。」

「おうおう可愛いユキだったよな。なぁ、かあさん。」

「麻美はさ、訳も分らずに巫女の力を使っただけだよ。」


 麻美の父は1937年7月のシベリアで三浦教授から聞いた話を思い出した。二人には子供が出来なかった。だからユキの事は嬉しくもあったから何でも素直に受け入れてきたのだった。


 そうか子供が出来なかった両親だったもの、私の事を分かってて引き取ってくれたんだわ。ありがとうお母様。ご迷惑をおかけしましたお父様。


「で、私は家を二回も燃やしたの?」

「いや確か三回だ。そうだったかな、かあさん。」

「小さい小屋だから二軒でいいよ。もう二軒目は隣に出来ているし、弁償は済んでいるからね。朝は馬の世話を頼むから休んでおくれ!」


 お酒が入ったものだからか、当初の説明とは夫婦してお互いがズレた事を話し出している。


「はい、おやすみなさい。」


「なによこれ。私はキリや亜依音以上に悪かったのね、知らなかったわ。」

 あー、反省!!!?



 翌朝になり亜依音が起きてきた。


「お母さんおはよう。ねぇ、お婆ちゃんはなんで私のお布団で寝ているの?」


「ああそれはね、お婆ちゃんがあまりにも寒いから眠れないと言うからね、母さんがついうっかり亜依音を抱いて寝れば温かいですよ~と言ってしまってさ、済まなかったさ。」

「そうなんだ。お婆ちゃんも温かかったよ。」

「そう、良かったね。」


「うん、お母さんもありがとう。」

「えぇ? 何が~、」

「なんでもな~~~い。」

「亜依音は……いい夢を見れたのかな。」


「あらお母さんだって、きっと私よりもいい夢を見たんだ。何だかお母さんが可愛く見えるもん!」

「こらっ!」

「だってそうでしょう?」

「亜依音には判るのね、お母さんの秘密が無くなっちゃたよ!」


「もうお父さんと明子お姉ちゃんが来るよ。」

「もぉお? 早いわね~。」


 亜衣音はお父さんに挨拶をした。


「おはようーお父さん。」


 父の明は麻美に向かい、


「雪が積もって来られないかと思ったよ?」

「そうかしら、大げさですわよ。」

「おう朝からなんだい? いいお天気だね。」


「お父さんまだ雪だよ、今日は学校が休みだもん。」


 父が言う「いいお天気」とは、会話のはずむ意味だ。


「リリリーン、リリリーン、リリリーン……。」

「ほらね?」


 まだ六時半だというのに玄関にある電話のベルが鳴った。悪天候で朝一の電話とはそういうものと相場は決まっている。電話が無ければ在る家庭に電話連絡が行き、後は家人が方々へと歩いて知らせることになっていた。そのような過去は古き良き時代か?


 だが台風の迫る中で隣といえども三百メートルとか離れているのは田舎の特長で、歩かされる身には堪えるものだった。真夜中に歩くとかもう恐ろしくて出来ないし、親父は水路に墜ちて指の骨を折ったりしていた。


「はい白鳥!いや瀬戸です。……、分かりました、山田さんには連絡をします。……はい、 また、あしたに……。」

「亜依音ちゃ~ん学校はお休みになったよ~。」

「うんお姉ちゃん、ありがとう。」


「お婆ちゃんを起こしてくるね。」

「あ、それからね……、」

「うん分かってる、爺ちゃん婆ちゃんは起こさないよ。」


 瀬戸家と白鳥家の食事は三人の老人がいる母屋で全員が揃って食事をする。直ぐに下二人の子供がやってきた。電話を受けたのは長女の明子だ。


「今日は休みだろう?」

「うんそうだけれれども……どうして分るの?」

「ふふ~ん、秘密だ!」

「お兄ちゃんは電話のベルで起きたんだね、だってまだ六時半だもの。」

「こら! 亜依音。その事は黙っていろ!」



「そっか~亜依音が覚醒おきてしまったか~。」


 今朝の麻美はにこやかでかわいかった。


 これからの亜依音は気持ちがいいくらいに明るく育っていく。同時に上級生との喧嘩で麻美もまた、教師から呼び出しがこれから八年間も続くのだった。


「あぁ~桜子の気持ちが判るようになったわ~。そうよ、これは戦争だわ!」




 1967年4月7日(昭和42年)北海道・苫小牧


*)亜依音の平穏が終わる


 麻美の苦労も七年が過ぎて亜衣音の中学二年生の春になった。一年生ではなくて二年生で転校生が入ってきたのだった。こんな田舎では珍しい部類に入るものだ。


 通学区が広くなって同級生が増えた中学校では、クラスには打ち解けないで亜衣音は殆どが独りで居る。仲の良い同級は隣のクラスに居るので登下校で一緒に帰る。亜衣音としては授業間の時間やお昼休みに女同士できゃぁきゃぁ言うのには抵抗があったから、だから独りで居る。(もしかしましたら広い北海道だから中学もそのままの、顔ぶれも無く持ち上がるのかもしれませんが。)


 中学一年の時は最初こそ友達欲しいな! というノリで級友と会話に参加してはいたが、やはり今までが独りで居る方が多かったのでおのずと離れてしまった。とにかく女たちと居るのが面倒に思えてきた。まだまだ人格は出来上がってはいない十三歳。


 ならば男は……論外! ここに孤高の女戦士が誕生してしまった。


 そこに自意識過剰の女子が転入してきたのだった。前は東京の中心部らしいと耳に入るも、とりたてて自己紹介には聞き耳を立てずに無視。その他、休み時間も無視。いやクラス全員を無視しているから当然か。



 その女子は人気が欲しいのか常に周りを巻き込んでは話をしている。しかも自分自身が中心にならないと気が落ち着かない、なんでも自分が一番が欲しいようだった。少なくとも亜衣音にはそう映っていた。東京出身だから成績はやはりずば抜けていて学級では一番、学年では二番と本当に優秀なのだ。



 亜衣音は六十人中、四十~五十番あたりで過ごしていた一年生。それもこれも学校が終われば乗馬と牧場の手伝いをして楽しんでいたからだった。


 それがどうしてか二年生になってからは約八~二十番程度で収まっている。どうしてか、それは下記を読めば理解出来るであろうか。


 予習復習、宿題、これらはすべて無視。成績が上がったのは他者が下がったから? ではなかったかと言って勉強を自宅で始めたのでもなかった。どちらかというと昨年と同じなのだが、とりあえず勉強といえば授業中心なだけだった。授業の難易度は上がるのが普通なのだが、普通に授業には付いていっている。他の人は知らないけれども。


 一学期が終わり二学期になった。夏休みの宿題ドリル等は放置、これは今も昔も同じでいつも直前でやり出すのが毎年の行事。親も認めている……悪く言えば放棄。自主性はあるのだが、こと、学業には自主性という概念が存在しない。


 同類は必ず居るものでそれが判るのは任意に課外の宿題の昆虫採集や植物採集。鉱物採集もいいがほぼ無理な課題の北海道だ。だから植物採集が一番手っ取り早くて済む。そんな植物採集にも紙箱に収まっているのが青々とした葉っぱだったり、細い雑草の全体の押し花だったりする。明らかに昨日に……だろう。図画工作に秀でた男の子もいるがクラスでは三人も居たかな。


 転入生の子は名前が雨宮藍。やや亜衣音の名前に似ているがこの子は夏休みの課題を立派にこなしていた。一方の亜衣音は冴えない、本当に夏休みに集めたのか、という植物採取だった。最後の漢字が違う集が取なのだ。採取と採集は意味が違うのだから。


 これらの物は力作順に部屋の後ろの棚に左から並べられて、部屋に入る引き戸の傍が最低の評価を受けて置かれている。何でも落として壊れていいのだからか?


 その雨宮藍は一番が貰えて誰彼関係なしに自慢するのだが、亜衣音はそうやって話しかけてきた雨宮藍を無視してしまった。おはようと言う藍をすれ違いざまに一瞥しただけで、朝にも拘わらずに『おはよう』の挨拶も言わなかった。


「ちょっと白鳥さん。私は『おはよう』と言いましたわ。それをなんですか、全く無視で通り過ぎまして。」

「え、あ、そうね、ごめんなさい。おはよう雨宮さん。」

「んんんんん・・・・なんですか、その気も抜けたように面倒くさいという仕草と言い方は。」

「うんこれが普通なんだ……どうして?」


「どうしてって、私たち級友はその程度なのですか。」

「うんまぁね。だって友達じゃないもの。」

「わ、私はクラス全員がお友達だと思っているのですよ、それを友達ではないと言い切るのですね。」


「もう先生くるから。」

「ちょっと白鳥さん。」


「ほら、もう席に着こうよ雨宮さん。」

「えぇそうですわね。ありがとう琴乃ちゃん。」


 そうやって雨宮藍を諌めたのが、一番連れだって行動を共にしている小西琴乃だった。この小西は一年生の時は学級で一番の派閥を形成していた。地方有力のお嬢さまらしいが父親が議員か会社社長か、所詮は片田舎の中学校だ大したことはない。


 とは亜衣音が考えている事なのだが、小西琴乃からしたら自分が派閥で一番だと認識していたらしい。その割には学業は中で上には及ばないらしい。このようなクラスの動向には関心もなくてクラスメイトの会話にも聞き耳を立てていない。


「白鳥亜衣音、貴女ってとても残念な女だわ!」


 雨宮藍が小西琴乃を従えるようになって、白鳥亜衣音を苛めの対象と認識して何かにつけて、ちょっかいを掛けるようになった。


 亜衣音が席に着いて本を読んでいると、雨宮藍は亜衣音の横を通る度に机の脚にわざとぶつかっていく。


「あらごめんなさい。あなたの机が出過ぎていましたから当たりましたわ。」

「あらごめんなさい。あなたの机が出過ぎていましたから押し込みましたわ。」


 こんなことは些細な事だからどうでも良かった。最初は本に夢中になっていた時はよく驚いたものだ。後になって亜衣音はそっと右足を出して雨宮藍に足をかけようとしていた。右足を出す位置が当って雨宮藍は躓き転びそうになった時があった。


「あらあら私が席を立とうとしたばかりにごめんなさいね。」


 と、亜衣音は悪びれた様子も見せずに言い放った。


「ふんなにさ。私が転んでけがをしたらどうするのよ。」

「そうね、私は転んだ雨宮さんを踏んで通り過ぎるわ、だって邪魔だもの。」


「わ~……言っちゃったよ~。」


 とは心配顔の小西琴乃、嵐の予感を思って言ったのだ。他のクラスメイトも一斉に亜衣音と雨宮藍を見るのだった。たとえ喧嘩になったとしても、誰も仲裁入る事はないだろうし、これが亜衣音とその他の女子との喧嘩ででも誰も仲裁には入らない。学校とは所詮そういうもので、第三者としての行動が判らないし他人の縄張りにまで侵入したりはしないのだ。


 偶々喧嘩を止めた俺が後になって褒められた事があった、ま、そういう事なのだ。俺は極普通に何も考えずに喧嘩の仲裁に入っただけというのにな。


「なによその言い方。文句があれば聞くわよ!」

「いいえ何も言うことはないよ、さっさと行けば! でも、いつも遠回りで疲れるのではありませんか?」


「わ、私は小西さんの元に行っていたのよ。どこを通ってもいいでしょう?」

「そうねご自由にどうぞ。琴乃は反対方向に立っているよ。」

「ウ……、・・。あら……そうですね、いつ小西さんは移動したのかしら。」

「……。」


 藍の目が泳いでいた。


 小西琴乃は最初から教室の前方の廊下の窓の所に立って他の女子と話をしていた。だから部屋の中央で後部席の亜衣音の横をわざわざ通る意味がない。雨宮藍も後部に座っているがそのまま前に行けばいいのだから。これは普通に考えてもそうなる。


 この日はこれだけで済んだ。だが卒業まで、いや卒業しても諍いは終わらなかった。


 月日を卒業後まで流しておいた。


 雨宮藍と白鳥亜衣音は高校受験が済んで中学を卒業して河川敷で喧嘩を行ったのだ。在校中は先生にも迷惑を掛けるし、中学生、という立場があったからだ。河川敷……中学の近くには無かったな~……すると広い畑の中なのか? 美々川の河川敷は在るだろうが雑草が生い茂るだけだし、橋の下とか立てる事も出来ないみたいだ。


 これが卒業前や高校入学後だったら、学生という身分が付いてまわるからおいそれとは喧嘩は出来ない。


 見学する者から見れば雨宮藍の優勢、白鳥亜衣音は防衛一方の劣勢に見えていた。事実は亜衣音が力を隠した喧嘩であったから、亜衣音は痛くない程度で殴られて、殆ど手は出していない。手を出す時は常に雨宮藍へのダメージにならない足だったり腕だったりで、顔や腹には全く拳が入っていない。力を入れ過ぎて疲れて雨宮藍が動きが鈍ったところで、亜衣音は半泣きになって帰っていった。藍が単独で亜衣音に喧嘩を売れる性格も度胸も持ち合わせてはいない、気は小さい方だから。藍の取り巻きは藍が勝ったのだと喜んでいる。



 雨宮藍はいい加減疲れて肩で息をしているからか、亜衣音の芝居には気が付いていない。亜衣音は中学を卒業すれば東京へ上るのだからここで負けても勝っても意味は無い。しいて言えば亜衣音が負けた、という事実が少しの間語られるだけの事だ。それ以上の汚点は残らないはずだったが、少しは町に伝説が残っていたようだ。


 麻美が知ったのは大分遅れての事で、今更起こるにも気が引けて~……お咎め無し。ホロお婆ちゃんが手を回していたのかもしれないね。



 そうして亜衣音は東京へ旅立つ準備で苫小牧の街に出た時に雨宮藍にばったりと出会ったのだった。その時、亜衣音は大きく目を見開いて驚いた。


「この前は楽しかったわ、ありがとう。」


 と、亜衣音とすれ違う時に思わぬ一言を藍は言ったのだ。これを聞いた亜衣音は立ち止まり、思わず上体をのけぞる恰好で驚いたのである。その様子を見てほほ笑む雨宮藍が居た。


「あら、それはどういう意味かしら。私は負けて悔しかったのに。」

「……。」


「まぁ亜衣音さんが負けるはずがありませんよね、それを見越して二年の蟠りをぶつけたのですよ。それでも私は全力で臨んだというのに、亜衣音さんに勝つ事が出来ませんでした。」


「それどういう意味かしら、私は負けて涙流して帰ったのです。私は藍には勝ってはおりません。」

「そうですか、それならそれでもかまいません。私、亜衣音さんの上京先を聞きましたわ、とても楽しみです。」

「う……、それって、もしや。」

「そうできるように私も勉強いたします。その高校は偏差値がとても高いのですもの、いくら学業優秀でも私には手が出せませんでした。」


 しかし藍の実力では十分に狙える高校ではあったのだが、藍の転校してきた目的と東京の高校受験とは大きく違うのだから。普通に考えたら苫小牧の高校を受験するはずだ。亜衣音だってそのように言いながらクラス全員を騙していたのだった。学校の処世術はみんなと同じ普通が一番なのだから。


「言っていいのか悪いのか分らないけれどもね、私は父の七光りで受験して合格したんだよ、普通ではないんだ。」

「ええぇ?? それ、本気で言っているのでしょうか?」

「はい特に養父母のお蔭ですよ。」

「亜衣音さん、あんたって両親は居ないのですか?」

「そうね父は東京で検事をしていますが、母は私が二歳か三歳の時に死別いたしました。でも、今の母を本当の母だと思っております。」


「そうでしたかごめんなさい。知らないとは言え不謹慎でした。」

「いいのよ、私には二人の母が居たという事ですわ。」

「では、お父さまはどうなのよ。あらあら、お父さまも二人かしら、」

「あははは・・・・。」

「まぁ、大きな口で下品な!」


 大きく口を開けてあっけらかんと笑う亜衣音。後で亜衣音は考えたが、藍が私の両親については何も言っていなかった筈。でも何故に不謹慎だと言ったのか、答えは見付からない。


「そうですね、大声で笑えたのは何年ぶりになるのかしら。」

「それ、本気で言っているの?」

「マジですよ。愛馬のクロとはいつも笑っていますがそれは特別ではありません。家族以外の人と笑ったのは、……6年ぶりかもしれませんね。」


「ねぇ亜衣音さん。私って、今この時に馬に成り下がったのかしら。」

「え……いや~だぁ~! あははは……馬だなんて、おっかしい、あははは……。」


 大きい声で屈託もなく笑う亜衣音。それを見ている雨宮藍も嬉しくなって一緒に笑い出した。


「いつ東京へ発つの?」

「うん明日の朝一番で!」

「そう、また飛行機のお迎えが来るのかしら!」

「たぶんそうなるでしょうね。お爺ちゃんが、そのう……私を迎えに来たいらしくてね。もう定年になるからと考えていると思う。」

「まぁなんと言うか、とにかく豪快な旅立ちになるのね。」

「そう……なんだけれども。私は卒業したら家を追い出される運命だったんだ。ここの馬たちと別れるのがとても辛いわ。」


「じゃぁ、私と別れるのは?」

「う~ん……、」

「再会を楽しみにして……笑って別れるのよね?」


「分んない。」

「うん、まぁね。楽しみにしていてね、私……頑張るからさ!」

「はい……何処で?」


 雨宮藍は亜衣音との最後の喧嘩を通して亜衣音の偉大さが感じ取れたのだ。だから、喧嘩の後は会う事が無かったのだけれども、雨宮藍は亜衣音を尊敬するようになった。『自分では勝てないのだと。』恐らくだけれども、三年おきの父親の転勤が解けてまた東京へ戻るという事は伏せておいた。亜衣音と別れた後、優秀にも拘わらずに猛勉強を始めだしていた藍だった。


「もちろんよ、転校先ででもトップを取る為よ!」


 半端ない少女は……強かった、学業の差が出るのは高校からだ。だが、北海道の田舎では参考書も少ない、いったいこの苫小牧には書店が幾つ在るのだろうか。この時点で東京と差が出るものだ。


「いいわ大丈夫。東京の友達に買って送って貰うから!」


 小さな町には書店も潰れて無かったりするこのご時世、参考書を買うにしても大きい街へ連れて行って貰うしかないとは、これでいいのだろうか日本は。???ふと閃いたのだが、業者さんが参考書を高校へ持って来たような記憶が甦る、違ったか? 教科書の販売と併せてだったかも知れない。



 亜衣音は東京の高校には自力で合格していると思ってはいるが、北海道の両親が数年前からこっそりと手を出していた。その事を豪快に亜衣音に言って聞かせていた。


 ちょうど一年前になるのだろうか、母娘の対話で、


「亜衣音あんたが学校を壊してもいい処を見つけたのよ。偏差値が高いからしっかり勉強なさい。」

「お母さん、それって裏口なの?」

「いいえ、あの校長は喜んで亜衣音を迎えるらしいわ。でも、もしも、」

「試験が悪ければこのまま田舎暮らしが続くのね。」

「そうよ、そうしたら私たちがあなたのお父さまから恨まれて殺されちゃうかもしれないのよ。運が良くて投獄よね。」

「そうね……お父さんは検事だもんね。それ、あり得るかも。」

「言ったな亜衣音。お前は中学を卒業したらこの家から追い出すよ。」

「きゃ、怖い!」


「あれれ~……? 私ったらいつ関東農業大学付属高等学校を受験したいって言ったのかしら。」

「家から一番近い高校を受けると言っていただろうが、もう忘れたのか。」

「そうだねお父さん。」



 両親が数年前からこっそりと手を出していたのだから、一年前の会話というのは可笑しいのかもしれなかった。中学の成績が良くなくて心配していた白鳥の両親だった。実際は、


「亜衣音、お父さんの実家がここで、俺の家はこの地に建てられるんだ。それで高校は一番近くて優秀なのが……この関東農業大学付属高等学校だ、分ったか。」

「うん分ったよ。」

「この関東農業大学付属高等学校は札幌にも大学を持っているからな、高校受験は東京へ行かなくてもいいなよ、な?……亜衣音さん。」

「へ~……関東農業大学付属高等学校か~。」


 その後も父の穣は機会があれば関東農業大学付属高等学校の名前を言って、亜衣音に刷り込みを画策していたらしい、それも養父母も含めての作戦計画だったらしい。色々と競馬業界と通じる情報も囁かれていたらしくて、校長が競馬ファンだったり馬事公苑が近くであったりしたからだそうだ。


 そんなこんなで、その勧める高校を亜衣音が受験しますと本人が言うまでは気が気でなくて、本当に心配していたのだという。未来は大学受験にも拘わらずに亜衣音に勉強を教えていたのだった。これって麻美ママの最上級命令だったりしたのだろうね、ありがとうございます未来お姉ちゃん。

 


「亜衣音、合格おめでとう。やっと私たちからも卒業するのだね!」

「違うわ、お母さんが私から卒業するのよ。今まで育ててくれてありがとうございました。」

「それ、お婆ちゃんに言いなさい。私は知らないわよ。」

「まぁお母さん、もう照れちゃって!」

「ふん、なにさ。」


 晴れて白鳥亜衣音が白川亜衣音へと名字が戻るのだった。


 母娘の対話を聞こえない振りして楽しんでいる祖母のホロ、そして笑って聞いいる養父が居た。


 長女の明子は嫁に、幸樹と明来は札幌の大学へと進んでおり今は白鳥家の子供ら不在である。この白鳥家から亜衣音が巣立つ。残るは白鳥明と麻美とホロの三人だけになった。


「儂らはどうなった~……ブヒヒヒ~ン!」


 麻美の両親とクロである。


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